※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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危険な届け物
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じり、と先頭の男の爪先がこちらに向かってにじり寄る。
男の目には明らかな敵意が宿り、全身は今にも弾けそうなばねのように力をためている。
「悪いが、この先にちょっと用があってな。すぐに済ませてくるから、オハナシなら後にしてくれんか?」
ヴァージル・チェンバレン(ka1989)の口調はいつも通りの、ゆったりとしたものだった。
だが前だけではなく、背後からも近づく殺気を、痛いほどに感じているのだ。
背後からだみ声が聞こえた。
ヴァージルがどこそこの店から出てきた、と報告しているようだ。
正面の男が目を細める。
「鉄砲玉か? いい度胸だな」
低い声が冷え冷えと響く。
ヴァージルは相手との間合いを計りながら、いつでも得物を掴めるように右手に意識を集中する。
左手には、大きなバラの花束を抱えたままだ。
(おいおい、なんだか面倒なことになって来たぞ。あのジジイ、食わせやがったな)
口元に笑みを浮かべたまま、ヴァージルは少し前の出来事を思い返す。
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クリムゾンウェストで「パルムを締め出しての会談」といえば、密談を意味する。
ある日ヴァージルは、そんな会談を希望している人物がいると知らされた。
それなりの報酬を約束する代わりに、ハンターズソサエティを通さない仕事をハンターに依頼する。
余り公にはなっていないが、そういう仕事を仲介する奴がいるのだ。
そしてヴァージルは、そんな仲介人を何人か知っていた。
「ちょうど暇でな。会うだけ会ってみるか」
世界は今、重大な事態に直面している。
ほとんどの「真面目な」ハンター達は厳しく眉を寄せて世界の危機を憂いているが、ヴァージルは余り関心が持てない。
皆が同じ方向を向いていることに、多少退屈を感じていたのだ。
待ち合わせに指定されたのは、とある劇場に近い酒場だった。
個室で待っていたのは、なかなか羽振りのよさそうな老紳士である。
向かいに座ると奇妙な威圧感を与える男で、ヴァージルはこの老人がどんなことを依頼したいのか、興味がわいてきた。
「お前さんが今回の仕事を受けてくれるのか」
「まだ内容を聞いていないがな。一応前向きに検討するつもりだ」
ヴァージルはにやりと笑って、ソファにもたれる。
相手の口元にも微かな笑みが浮かんだように見えた。
「何、簡単なことだ。届け物を頼みたい」
老人が片手をわずかに動かすと、すぐそばに控えていた黒いマント姿の男が、この場に不似合いなものを差し出す。
それは一抱えもあろうかという深紅のバラの花束だった。
「これをこの場所に届けてくれんか」
ヴァージルはメモに記された場所が、ダウンタウンの中でも特に厄介な地域だと見て取った。
「なんで自分が行かない? いや、爺さんは無理だろうが、そこの兄さんなら大丈夫だろう?」
黒いマントの男を顎でしゃくり、反応を窺う。
「そうできればいいのだが。事情があってな」
老人が金の大きな指輪をはめた指を動かした。
すぐに黒マントの男が、何か重い物が入った革袋をヴァージルの前に置く。
無造作に取り上げて中を改めると、かなりの金額の金貨が入っていた。
「事情込みでどうだ」
「悪くないな。相手の受け取りサインはいるかい?」
メモを指で挟んでひらひらさせると、老人は首を横に振った。
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そうしてバラの花束を抱えて目的の場所にやってきたヴァージルは、すぐに誰かに見張られていることに気づいた。
(訳ありでなきゃ、わざわざ個別に依頼することもないだろうからな)
ぞくぞくするような緊張感。身一つで何かをなすスリル。
こういう楽しみがなければ、退屈で仕方がない。
少なくともヴァージルは、そういう性質の男だった。
ヴァージルは薄い笑いを浮かべながら、ゆったりとした足取りで歩いていく。
そうしていくつかの角を曲がったあたりで、行く手を塞がれたのだ。
後ろの声が、ヴァージルに仲間がいないと告げていた。
正面の男は益々剣呑な目つきになる。
「いくらで雇われた? 命に見合う金額なのか?」
「待ってくれ。話がよくわからん。俺は届け物に来ただけだ」
別にヴァージルは、目の前の男を恐れているわけではない。
ただ届け物の花束が台無しになるのは、色々と面倒だと思ったのだ。
「死の届け物か。なら、そのまま返すぞ」
話が全くかみ合わない。ヴァージルは交渉が無駄だと悟った。
鋭く突き出される、軍用ナイフの切っ先。
ヴァージルが僅かに身体を捻り、相手の腕を掴んだ。僅かな手の返しで、相手の男の身体が宙を舞う。
唸り声が前後から響く。
狭い裏通りで、同士討ちを避けるために飛び道具や長物を避けているらしい。
これはヴァージルにとって好都合だった。
続けてとびかかってきた男の腹に膝を食らわせると、すぐに身体を屈め、膝に力をかけながら右の掌で顎を打つ。
もんどりうって相手が倒れるのを確認もせず、体重のかかっていなかったほうの足の踵で残るひとりの脛を蹴飛ばした。
体勢を整えて辺りを確認すると、全員がうめき声をあげて転がっている。
ヴァージルはすぐにその場を離れた。
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目的の家はすぐにわかった。
古びた扉をノックすると、のぞき窓が僅かに開く。
老人から渡されたメモを差し込むと、ややあって扉が開いた。
「頼まれてこれを届けに来たんだ」
ヴァージルは、迎え出た老女にバラの花束を見せる。
すると奥から女の声が聞こえた。
「どうぞこちらへ」
ヴァージルはほんの少しの間、周囲の気配を窺う。
目の前の老女と、奥の誰かのほかに、この部屋には誰もいないようだ。
一応それでも周囲を警戒しながら奥へ進むと、独特のすえた臭いが鼻を突く。それは、病人の発するものだった。
「お見苦しい姿で失礼しますわ」
ベッドの上から、年齢もわからないような痩せた女が、それでもはっきりとした声で言った。
ヴァージルが預かって来た花束を手渡すと、女が微笑んだ。
かつてはさぞかし美しい女だっただろう。ヴァージルがそう思うような、微笑みだった。
これで要件は済んだ。
ヴァージルは特に何も言わず、女も何も問わず、そのまま家を出た。
後に知ったことだが、ちょうど女の家の近くには、面倒な集団の本拠地があったらしい。
ヴァージルは雇われて襲撃をかけに来たと勘違いされたわけだ。
(つまりあのジジイも、真っ当な奴じゃないってことだろうな)
ヴァージルには、あの老人と女がどういう関係なのかは分からないし、知るつもりもない。
ただバラを受け取ったときの女の微笑みだけは、仕事の追加報酬として満足できるものだったと思うのだ。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
またのご依頼、誠にありがとうございます。
裏の仕事の件については、きっとヴァージルさんのような方ならこういう伝手があるだろうなという想像なのですが。
公式設定ではありませんので、並行世界の何かということでお願いいたします。