※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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今夜は別人
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その日の依頼を終えて、ヴァージルは依頼主に人好きのする笑顔を向けた。
「それで? 今回こそご褒美はもらえるのかな?」
相手は泣く子も黙る、ポルトワールの裏を仕切る女傑ヴァネッサだ。
「また飴玉が欲しいかい?」
ヴァージルよりかなり若い女だが、流石の貫禄で軽くいなす。
「飴玉も悪くはないんだがな。そろそろ別のご褒美も期待したいところだ」
ヴァージルはめげる気配もなく、片手を差し出した。
その手に、1通の白い封筒が置かれる。
「今夜、いい子で待っておいで。後はそれからのお楽しみだよ」
ヴァネッサはそう言うと、ひらひらと手を振って席を立った。
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中身はパーティーの案内状だった。
パーティーとはいっても堅苦しいものではなく、酒場での年越し祭というところか。
ヴァージルは約束の時間の少し前に到着し、辺りをざっと偵察しておいた。
知らない店に入る前には、2つ以上の出入口と、大通りからそこに至るルートを確認しておくのだ。
扉を開けると、賑わいがどっとあふれ出してきた。
客はみんな目元を隠す仮面をつけている。そういう趣向の会らしい。
カウンターの店長に案内状を渡すと、にこやかにヴァージルの分の仮面を差し出し、店の奥のテーブル席へ連れて行ってくれた。
飲み物を頼んで腰を落ち着け、仮面をつける。
(視界が悪いな。仕方がないが)
しばらく様子を見ていると、店に女がひとり入って来た。
黒いリボンを飾り結い上げた黒髪、黒いドレスを身に纏う。膨らんだスカートにたっぷりのドレープが、女のすらりとした上半身を引き立てていた。
目元を黒い仮面で隠した女は、上品な足取りでこちらへ歩いてくる。
(なかなかいい女だな、顔は見えんが)
などと思っているヴァージルの目の前までくると、女はテーブルに手をついて上半身を屈め、小声で囁いた。
「なかなかのスケベ面だな」
「やっぱりあんたか」
ヴァージルが含み笑いを漏らす。待ち合わせの相手、ヴァネッサだった。
「それにしても化けたな」
向かい合わせに座り、ヴァージルは遠慮なく相手の姿を鑑賞する。
「偶にはね」
すました顔で答えるヴァネッサは、仮面のせいもあってまるで別人だった。
普段のヴァネッサは、特に乱暴なふるまいをするわけでもないのに、身体のラインがよくわかる服装の割に性別をほとんど感じさせない。
女だてらに荒くれ男達を率いて裏町を暗躍するには、そのほうが便利なのだろう。
だが今日の姿はどうだ。
グラスを持つ仕草も、僅かに首をかしげる仕草も、上流夫人の秘密の夜遊びに見えるのだ。
(やれやれ。女は魔物というわけか)
だがヴァージルのほうも百戦錬磨だ。奥方連中をたぶらかす極上のジゴロの笑みを、ヴァネッサに向ける。
「俺のためにか? 嬉しいね」
「そういうことにしておこう」
紅く塗られた唇が、意味ありげに微笑む。
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店の中はどんどん賑やかになっていく。
そのとき、カウンターにいた店長が慌てた様子で裏へ引っ込むのが見えた。
ヴァージルが視線で窺うと、ヴァネッサはすっと立ち上がる。
「ちょっと失礼」
そう言いながら、ごった返す店の中を、障害物などないかのように素早く移動。ヴァージルも後に続く。
賑わいに紛れて二手に分かれ、ヴァージルは店の外から、ヴァネッサは店の中から裏へ回った。
「た、助けてくれ!!」
男の悲鳴と同時に、黒い影が闇に踊る。
何人かがもみ合う気配、低い唸り声。それも一瞬で終わった。
「ったく、体よく超過勤務に使ったな」
ヴァージルは、気絶した男の腕を縛り上げながらぼやいた。
「ちゃんと報酬は払うさ。中と外から挟み撃ちにしないと、怪我人が出ても困るからね」
いつの間にかスカート部分を取り払って、身軽な黒の軽装になったヴァネッサが笑う。
その足元には別の男が転がっていた。
「た、助かりました! 有難うございます!!」
店長はヴァネッサの前で座り込んでいた。
後に聞いたところ、ならず者に目をつけられ、用心棒代として金を無心されていたらしい。
そこでヴァネッサに相談して、人とお金が集まる日におびき出したという訳だ。
「どこの奴かは、後できっちりシメ上げてやるとして。折角だしもう少し飲ませてもらおうか」
ヴァネッサは店長の肩を叩いて、脇に置いていたスカートをまた身体に巻き付ける。
「おい。こっちはどうなるんだ?」
ヴァージルがわざと拗ねたように言ってやると、ヴァネッサが顔をのぞき込んできた。
「いい歳をして、仕方のない男だな」
耳をくすぐる声。頬に柔らかく暖かな唇の感触が当たる。
「……成程な。偶には拗ねてみるもんだ」
「今日はお互い違う人間だからね」
ヴァネッサが黒い仮面をつけて微笑む。
「じゃあご褒美は、本人がまた別にねだるとしよう」
ヴァージルも仮面をつけた。口元の笑みは相変わらず、ジゴロのように。
幾枚も重ねた仮面の下の、本当の姿は誰も知らない。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka1989 / ヴァージル・チェンバレン / 男性 / 45 / 人間(クリムゾンウェスト) / 闘狩人 】
同行NPC
【 kz0030 / ヴァネッサ / 女性 / 32 / 人間(クリムゾンウェスト) / 疾影士 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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またのご依頼、誠にありがとうございます。
ご褒美の内容が月並みではありますが、ちょっとは楽しんでいただけましたら。
ヴァネッサは変装デートを、そこそこ楽しんでいると思います。たぶん。