※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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木漏れ日の白い兎
木漏れ日が降り注ぐ家の一室。射し込む陽光の姿を埃が映す。
雑然と散らかった部屋の片隅にはシンプルな机。本や書類の山の谷間、かろうじてノート一冊分ほどのスペースが空いている。
広げられた白紙の便箋に転がったペンの先から広がる青黒い染み。
壁際の長椅子に脱ぎ捨てられた服――ではなく家主の神代誠一(ka2086)。
天井を仰ぐ目は焦点を結んでいない。ただぼうと向けられているだけ。
誠一を包んでいるのは奇妙な静けさだった。
重たい水の底にいるような。考えることも動くことも忘れてしまったような……。
面倒くさい、という感覚すらない。心が動かない。
それでも何かしようと手にした数独の冊子。結局手から落ちて床に散らばる物を一つ増やしただけだが。
これならまだ酒を片手に徹夜でゲームに興じているほうが健康的だな……と皮肉気に思うこともできない。
ただただ流れる時間の底に沈んでいる。
不意に何かが軋む音。壊れた静寂に誠一は漸くのそりと上体を起こした。
「……っ」
窓から射す光の眩しさに目を眇める。
滲んだ視界に広がる明るい真白。
陽射しを遮ろうと翳した指の隙間、白い光から何か丸いものが飛び出すのが見えた。
「がっ、は……!」
違わず顔に飛び込んでくる何か。眼前に星が飛ぶ。激突した勢いで折角起こした背が長椅子に沈む。
顔を覆うしっとりとした温かさ、口や鼻に容赦なく入り込もうとする細やかな毛。
「ぐまぁ……」
誠一のペット、白兎のぐまだった。ぐいっと掴んで引きはがす。
「少しは加減ってもんをだな……」
お小言なんて聞いちゃいない。悪びれた様子もなくペペペペペペ……誠一の腹の上で高速耳かきを始める始末。
ずれた眼鏡をなおす誠一を一頻り耳を掻いて満足したぐまが黒目がちな瞳で見上げてきた。
はい、はい。おざなりな返事とともに背を撫でてそのまま寝そべろうとしたらタン……っ! 前足を一度高らかに鳴らされる。
「あ~……腹が減ったとか?」
その通りと言わんばかりに誠一から飛び降りドアのほうへとぐまが跳ねていく。
専用出入り口からするりと抜けたぐまを追い誠一はドアノブを捻り一歩外へと踏み出そうとして、
ゴンッ!!
鍵をかけっぱなしだったことを忘れていたのだ。
「いっ……」
今日は顔の厄日なのか、と額を抑えてしゃがみ込む。
鍵をかけたのは自分。たとえそれを忘れていたとしてもドアノブを回した時点で気付くだろうに。
大きな音に驚いて出入り口から顔を覗かせたぐまと目が合う。
「誰にも言うなよ」
人差し指を唇の前に立ててみたが、ぐまは長い耳を揺らすと尻を向けてさっさと行ってしまう。
餌皿に固形の餌を入れる。ついでに水を取り替えるかと水皿を手にしてキッチンへ向かう途中、転がる酒瓶に躓いた。
視界が揺れる。そのまま転ぶのは踏ん張って耐えたが――水皿から溢れた水で濡れた床に溜息一つ。
「……」
ぐまに餌と水をやるだけなのに、何をしてるのだろう。
雑巾を手に四つん這いで床を拭う誠一の背にぐまが棚から軽やかに飛び移る。
そういえば時々掃除ロボットに乗って散歩していた。
「だが俺は掃除ロボットじゃないからな」
正した姿勢に背から転がり落ちそうになったぐまを見事キャッチすると餌皿の前へ。
カリカリカリカリ……餌を食べている隙に床を掃除して誠一は自室へ戻った。
長椅子ではなく机に向かう。
時折手紙をやりとりする仲間へ返事でも書こうかと。
しかしペンを持ったはいいが手が動かない。
弱音であろうと愚痴であろうと止まり木の彼女は受け止め己の言葉で返してくれるだろう。
自身の心をありのままに吐露することのできる相手。だというのに……
その吐露すべき心情すら浮かばない――机に突っ伏す。
「そういえば……」
ぐまの餌が補充されていた。
互いに背負った荷を分かち合える翼が気を利かせてくれたのか……。
今は己ばかりが荷を持たせているような気もするが……。そう言ったら彼は怒るだろう。
自身の周囲にいる仲間を思い浮かべる。
先日久し振りにみた花壇には色とりどりの花が咲いていた。
彼らが心を込めて世話をしてくれているのだ。
「あぁ……」
力なく声を発する誠一の顎と肩の隙間を無理やりこじ開けぐまが顔を突っ込んできた。
小さなが鼻が動くたびに髭が誠一の鼻下を擽る。
反対の手を伸ばし横腹辺りを軽く撫でればさらにぐいぐいと誠一の顔と机の間の狭い空間に身をよじって入ってくる。
そして徐に便箋を食いちぎり始めた。
「ぐまっ、お前なぁ……」
遊びたいならと書き損じた一枚を破り丸めて床に転がす。
しかしぐまは丸めた便箋ではなくあくまで机の便箋を狙う。誠一との戦いを選んだのだ。
尤も勝負はあっさりついた。体格差を生かした誠一がぐまの脇に手を突っ込んで持ち上げたのだ。
「これは玩具じゃないからな……」
不服そうなぐまは自由な後ろ足で誠一の眼鏡をぐいっと一押し。華麗に脱出。
そして専用出入口から逃げて行った。
暫くは静かだったが、カタンと専用入口の開く音。
ちらっと誠一が視線を向けるとぴゃっと耳が引っ込む。
また誠一が机に向かうと顔を出す。
それを幾度か繰り返し、先に折れたのは誠一だった。
席を立ち部屋を出る。
するとぐまは待ってましたとばかりにウッドデッキへと続く掃き出し窓へと跳ねていく。
途中誠一を振り返り促すことも忘れない。
外で遊びたかったのか、と窓を開けまた部屋に戻ろうとした誠一の足元に外へ飛び出していったはずのぐまが纏わりつく。
結局根負けした誠一はウッドデッキに座ってぐまの気が済むのを待つことにした。
日向のタンポポの葉を食み、花壇の蝶と戯れれ、ぐまは誠一などおかまいなしに遊んでいる。
「俺はいなくても良かったんじゃないか……」
今更立ち上がるのも面倒だけど。
髪を撫でていく湖からの風が記憶にあるより温い。
「……もう、そんな季節か」
風に宿る水の匂い――どれほどぶりだろうか。
遊び疲れたぐまは誠一の膝の上にやってきた。撫でろといわんばかりに尻を向けて座る。
ぐまの頭にそっと手を乗せた。掌に丁度良いまあるい温もり。ゆっくり撫でてやると顔を上げ目を細める。
そのまま膝の上でお昼寝タイム。
ぐまがほかほか温かく欠伸が漏れる。
起こさないように自身も背を倒した。
頬をくすぐる柔らかさに誠一は目を覚ます。
何時の間にかぐまが顔の近くに移動していたらしい。
気持ちよさそうに眠っている。
指の背でそっと撫でてやればぴるるっと耳が震えた。
「でも、どうしてこんな……」
腹の上とかならわかるが……と首をひねる誠一の髪がしっとり濡れていることに気付く。
どうやら髪を食まれていたらしい。
「獣臭い……」
いや禿げをこさえられてなかったことを喜ぶべきなのだろうか。
素知らぬ顔で夢の中の白い兎の頬をぐいっと突いた。
「自由すぎだろ……」
呆れ声に混じる笑み。
久しぶりに自分のそんな声を聴いた気がする。
目に映る青空。
「良い、天気だなぁ……」
自然と零れる言葉。
寝てるぐまを腹の上に乗せた。
今日くらいクッションになってやってもいいか、ともう一度目を閉じる。
風の音、寄せて返す湖の波、鳥の囀り……久し振りに色々な音が聞こえた。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃
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【 ka2086 / 神代 誠一 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます、桐崎です。
神代さまとぐまちゃんのとある一日いかがだったでしょうか?
温かくて柔らかいもふもふを撫でているとこうほんわりしてきますよね。
悪戯されてもなんやかんややっぱり仲良しだな、という感じがだていればいいなと思います。
気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。