※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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背中を押す手の温もりが
「お願い、美味しく作れるように助けて」
目の前の親友が懇願の言葉を口にする。その声音はひどく苦しげで、同じ高さにあるはずの瞳は伏せられ、睫毛にはうっすらと涙が滲んでいるような気さえする。
少し前から物思いに耽ったり、ふとした瞬間に辛そうに顔を歪めるのには気付いていた。自分以外の友人もその機微を察し、手を差し伸べようとしていることも。勿論言葉を交わし、想いを伝えることも大事だ。しかし彼女がこうして求めてくれるのなら、望む形で協力したいと年下ながらもほんの少し姉の気分で、エーミは二つ返事で引き受ける。
「勿論。私の魔法で、あなたも笑顔にしてみせるわ」
と笑って。
バレンタインを控えた休日の朝早くから未悠の部屋に親友たちが集まっていた。お菓子作りの指南役として協力するエーミとユリア、それぞれ意中の相手へのチョコを作るルナとエステル。そして特別誰かに贈り物はしないものの、何か手伝えることがあればとエーミやユリアとは違った形での支援を申し出たユメリア、そして家主である未悠の計六人が複数の物を寄せ集めて作った大きなテーブルを囲んで座る。勿論キッチンのほうが設備は整っているのだが、如何せん手狭なのと、料理ならともかく製菓なら設備を使用する機会は少ない――と、威力を調整した魔術で早速チョコを溶かしたり、氷水を用意しているエステルを見つつ思う。
「チョコは水分が大敵で、温度管理が命。長年のあれこれそれで学びました」
と言うエステルはこころなしかキリリと得意げな顔をしている。長年の~のくだりに誰か――彼女の兄か父辺りか――の犠牲を感じ取りエーミは苦笑を浮かべた。
「今年も、頑張りましょうっ」
「ふふっ、私もエステルちゃんに負けないよう頑張らなきゃ。……未悠ちゃん?」
「え? ええ、勿論。頑張りましょ」
「皆、頑張ってね~。何かあったら、あたしかエーミに遠慮なく言って頂戴」
上の空かと思えば、キャビネットの上にあるクマのぬいぐるみを見て唇を噛む、そんな未悠の様子はやはり気になるもののここにはユメリアがいる。ユリアと目配せし合い、エーミは一先ず三人の様子を見守ることにした。
「これダメよね……」
「うふふ、前途多難かしら?」
ユメリアの手を借りながらチョコ作りに励んでいた未悠が、早々に失敗宣言を零す。反対側の隣に腰を下ろし、エーミはおもむろにまだ固まりきっていない例のチョコをスプーンで掬い、二人が止める間もなく口に運ぶ。
「……不味いでしょう?」
「お菓子作りで一番難しいのはアレンジよ。正直、初心者にはあまりお勧め出来ないわ」
言いつつ、エーミはチョコの入ったボウルを借りると、テーブルの上にある材料の中からてきぱきと目的の物を選んでいく。そしてそれらをチョコに加えて混ぜて、一応再び味見をしてから「もう一度食べてみて?」と、未悠に返却した。二人の躊躇は一瞬。顔を見合わせた後でエーミに向き直る。
「美味くなってる……!」
「どんな魔法をお使いになったんですか?」
訊かれ、エーミは簡単に種明かしをした。もし苺を一つ加えたのなら、その分増えた水分や減った糖度を調整するのがアレンジの基本。目指す味になるまでトライアル・アンド・エラーを繰り返すだけの話だ。しかしエーミには人より観察眼に長け、時には予知能力めいた結果を齎す“推理術”がある。味見でその食べ物の糖度や脂質、塩分に水分値といった数値を割り出して、そこから他人が使った有り得ない具材を推測。的確な物を足すことで強引に理想値に近似させるというわけだ。
「凄いけど……でも私じゃ参考に出来なさそうだわ」
むぅ、と唇を尖らせて未悠が言う。
◆◇◆
斜め左の席からその言葉を聞いたルナは、やはり手作りするならなるべくは自分の手でやりたいのだろうと共感の念を抱く。自分自身、以前よりは調理もお菓子作りもまともになってきたと成長を実感しているのだが、失敗したら日を改めて、とはいかないだけにどうしてもどこか不安が付き纏う。
「なら、まだまだ頑張ってみましょ。時間なら幾らでもあるわよ?」
試すようなエーミの言葉に未悠がしっかりと頷く。どこか戦場での彼女を思わせるような凛とした面持ちに発奮し、再びお菓子作りに集中し始めた。
実のところ、これだ、と決めているのはまだラッピングだけで、その包装紙は鞄の中で使われる瞬間を待っている。覚醒したときに彼を取り巻く風の色。それに合わせるなら抹茶になるが、果物を入れるのも捨て難い。それに形もどうしよう、以前使った音符や星の型も持ってきてあるけれど、彼は覚えているだろうか――。
「待って、ルナ!」
すっと伸びてきた白い繊手がドライフルーツを袋ごと放り込もうとした腕を留まらせる。
「えぇと……これだと多過ぎ、ですよね?」
「そうね。ルナは一体どんなチョコが作りたいの?」
そう優しく問うユリアは背丈が変わらず、ルナよりも幼くさえ見えるがこの集まりで唯一の既婚者らしい余裕が感じ取れる。失礼だろうと実年齢は訊いていないものの、彼女の孫娘もまた自分たちの友人なのだから然もありなん。
「それが、よく分からなくて。ただ、何年経っても忘れられないような……そんな思い出に出来たらって思います」
「思い出、ねぇ」
しみじみとした語調で言って、けれどユリアはこちらと目を合わせると唐突に鼻を摘んでくる。
「ふにゃ」
「冒険したい気持ちは分かるけど、お菓子作りは正確な分量で行なうことが成功のカギよ?」
少しも痛くなかったのだが反射的に鼻をさすりながら、諭すような言葉に耳を傾ける。
練習を重ねれば上達する。上手くなれば更に先の景色を見たくなる。それは音楽にお菓子作り、それから恋愛事も同じ。歌に関しては日々着実に前向きになってきた自覚があった。しかし恋愛はとなると、押し切るにはまだまだ踏ん切りがつかないのが実情だ。
「ドライフルーツを使うならそうねぇ……チョコバーかブラウニーが良さそうかしらね」
こだわらないのならそれこそ何でも出来るわよ? と付け足してユリアはにっこりと笑う。前者は片手間に食べられて、後者なら都合がつけばだが、一緒に楽しめるかもしれない。
「試してみますね。ありがとうございます」
「材料の心配はしなくていいわよ。少しくらいなら私もあげられるから♪」
「ユリアさんも何か作るんですね」
てっきりエーミやユメリアと同様に贈る用の物は作らないと思い込んでいた。訊くと、彼女はあははと笑ってから、
「孫たち家族用にちょっとだけね」
と、内緒話のように声を潜める。同業者として活動している人たちの分だけでも大変そうだ。勿論腕前を心配する必要はないけれど。旦那さんに用意するのかどうか気になったものの、そこは訊かず助言を受けながらお試しで作り始める。
「ルナ様も如何ですか?」
ふぅ、と肩の力を抜いたタイミングでユメリアが隣に膝をつき、邪魔にならない位置にお茶を差し入れてくれる。お礼を言ってから有り難く飲むと、さっぱりとした香りと味に気が安らぎ、集中し過ぎていたことを自覚する。
「良ければ是非お手伝いさせて下さい」
「それが、まだ決められてないのよね。ユメリアは何かアドバイスがあるかしら?」
手助けのお陰で物自体はいいのだが、まだ結論までは至っていない。代わりに尋ねるユリアにユメリアは少し考える素振りをした。
「そうですね……」
◆◇◆
「皆様の作りたいお菓子のイメージや、チョコを渡すときの状況から、何かヒントが見つかるかもしれません。私も、旅の経験から何かお話し出来ればと思います」
「なるほど、吟遊詩人らしい発想だわ」
感心するユリアにこくりと頷く。吟遊詩人はただ歌うだけではなく、悩む人の話に耳を傾け、漠然とした気持ちに言葉を添えて整理しやすくする仕事でもある。カウンセラーか、人々に助言を与える賢者のように、優しく寄り添いたい。それが自分に出来ることだと思うから。
「それなら、一旦片付けてお昼ご飯にでもしましょうか」
「もう? あっと言う間だね」
溜め息をついて手を止めた未悠が立ち上がり、ルナが時計を見て驚きの声をあげる。エステルもすっと立ち上がった。
「そうだ、お味噌が余ったんです。味噌風味のポトフとかどうでしょう?」
「私が作ってもいいかしら? 皆を見ていたら私もやりたくなっちゃって」
「お手伝いしますね」
エステルが持っている味噌の種類を確認したエーミは早速連れ立ってキッチンに向かう。ユメリアも机の上を片付けようと空いた道具へと手を伸ばした。
ご飯を食べながらガールズトーク――のようなものが始まる。
「驚く顔が見たいんです」
と、エステルが微笑む。色の違う双眼が淡い憧憬を帯びて、優しく細められた。
「お味噌のは……加減がちょっと難しくて、兄にしょっぱいって何度か言われましたけど、それは大体全部食べてもらいました」
妙にいい笑顔でのこの発言から、何を作るのか自体は固まっているようだ。代わりに渡すときの状況は考えていなかったので、相手との関係性やまだ告白をするような段階ではないのをふまえて、なるべく自然に、けれど印象に残るよう、少しだけ捻ったアプローチの仕方を提案してみる。やってみますね、とエステルが頷く。そんな初々しさに隣の未悠がうっとりと、どこか羨ましそうな息を零す。
「上手くいくといいわね。ルナはどうなの? そろそろいい感じになってるんじゃない?」
「うーん、どうかな……。進んでいるような、そうでもないような……でも、一年前よりは変わってる、と思う」
そうぽつりぽつりと話すルナからはまだ踏ん切りがついていない様子が窺える。
「私は……ちょっと今年は気合い入れます!」
と宣言しながらもエステルとは逆に、既に当日会う約束はしているものの、何を贈るかは決めかねているらしい。話すにつれて尻窄みになっていく。相手のことはルナや妹であるエステルの方が詳しいので、王国出身で辺境のとある地方に滞在するという情報から縁のありそうなイベントや馴染み深い食材を口にする。そうすると好物という話はしなかったがよく食べていた、だとか案外思い出さない幼少期のエピソードが出てきて、ルナもそれを切欠に何か糸口を掴めたようだ。エーミとユリアがここにない材料が必要か確認し、息抜きも兼ねて買いに行く? と提案する。未悠とエステルの純粋な応援を受け、ルナの口許が綻ぶ。
「ユメリアさんもありがとうございます! 未悠ちゃんは何を作るか決めてあるんだよね?」
「ええ。そうなんだけど……何回やっても失敗ばかりで。折角皆にアドバイス貰ってるのに」
しゅんとしたのは一瞬だけで、
「それでも美味しいチョコが作れるまで、めげないし諦めないわ」
と顔をあげ、ぐっと拳を握る。しかしそんな未悠の傍にいるユメリアは気付く。人目を盗むようにふっと、その表情に翳りが差す瞬間に。そして凛と前を向く人だからこそ、痛みを自らの内に背負い込んでしまうことを知っている。
友人として、吟遊詩人として支えたい。それよりも強い衝動が未悠の手を取らせた。
「我が儘でもいいです」
◆◇◆
「え……?」
「どんなに思い遣った言葉でも、それが相手を傷付けることもあります。勿論、親しい仲でも配慮を忘れてはいけません。しかし、遠慮は停滞を……そして疎遠を招きます。高瀬さんは、彼の為に身を引いて幸せになれますか?」
熱量の籠った言葉と真摯な問いに、未悠が瞳を瞬かせる。しばし沈黙が降りて、その間もユメリアの、いや全員の視線が未悠に注がれる。軽く眼だけ動かせば、ルナもエーミもユリアも全く不安に感じていないようだった。それはエステルも同じだ。自分たちには彼女がどう答えるか、想像ではなく理解が出来る。それだけの付き合いがある。
「――なれない。ずっと手を差し伸べてくれた。守ってくれた。だから私も彼を救いたい。あの人は私の、特別だから」
言い切ると同時、未悠の体から力が抜けて、その瞳にじわりと涙が滲む。それでも決して彼女は泣かなかった。隣で広げられる腕の中に柔らかく身を預け、かすかな震えを打ち消して背中に腕を回す。
「ありがとう。ちゃんと、はっきりと断られるまで……絶対に諦めないわ」
誓って、青銀色の髪に顔を埋めていた未悠が顔を上げる。一点の曇りもない明るさと強さと共に、慈愛の色がそこに宿っていた。誰からともなくひとしきり笑い合って、それから。
「完成するまで付き合ってね?」
と、悪戯っぽく言う未悠にエーミとユリアが仕方なさそうな素振りを装い、ルナとユメリアは当然だと頷いて答える。エステルも同じようにしながら、胸中で祈りを捧げた。
(皆が素敵なバレンタインを迎えられますように)
お昼ご飯も済んでそれぞれに取っ掛かりを掴んでと、良く言えば明るく、悪く言えばハイテンションにお菓子作りを再開する。
「あら、順調ね」
「家で練習しましたから!」
様子を見に来たエーミに笑顔で答える。彼女はくすりと笑い声を零し、
「お兄さんって大変なのね」
「そのお陰で大丈夫だと思います」
「……うん、いい感じだわ」
やり取りの後に味見してもらい、太鼓判を押される。エステルが作っているのはトリュフチョコで、今年はひと味違ったものにしよう、と東方風にすると決めていた。昼前に作っていたのは隠し味にいいと聞いた味噌の生チョコ。自身も最初は驚いたものだが、豆乳を混ぜていることもあり、想像よりマイルドなのに癖になる不思議なチョコだ。実際に作り出すとバランスが難しかったが、先程話した通り兄の協力もあって、丁度いいさじ加減に出来たと思う。
そして現在作っているのがノーマルのトリュフチョコに柚子の皮を加えた物だ。砂糖漬けなので特有のほろ苦さも薄れていて、適度なサイズに刻んでいる為に味は主張し過ぎず触感を楽しめるという、味噌とは違った面白さがある。
「大人の味ね。相手は案外年上だったりするのかしら?」
「そうじゃないんですけど、でも」
普段大人びていると評されるエステルだが、家族や渡す相手――幼馴染には子供っぽく振る舞いがちな自覚がある。勿論前者が演技というわけではないが、どちらが本質に近いかと言われれば後者だろうとも思う。だから、背伸びして成長していることを知ってもらい異性として意識されたい。そんな意図もあった。漠然とした説明にエーミはなるほどねと頷く。と。
「あらあら♪」
溶かしたチョコの勢い余った飛沫をユリアがさっと台布巾でガードし、未悠の顔に飛んだ分はユメリアが直ぐにハンカチで拭き取る。ごめんなさい、と謝って、それでも二人と目が合えば気持ちを切り替えてまたやり直す。そんな未悠の姿にエーミは目を細めると立ち上がって様子を見に行った。エステルも丁度作業がきりのいい所に入って、あちらは大丈夫とルナの状況を窺う。
◆◇◆
調理途中の休憩にと、ユメリアが淹れてくれたお茶と一緒に持参したバクラバをお皿に乗せて配る。シロップに薔薇水を加えているので、ローズヒップティーとの相性は期せずとも抜群だった。ユメリアだけは同世代だが、他の四人は全員年下の友人だ。単純にお菓子作りに慣れていないという拙さも、意中の人の為に何をしたいか悩む姿も。こう見えて主婦歴40年以上のユリアにとっては新鮮で微笑ましく、昔に立ち戻った心地を味わう。
「ルナさんが贈った物なら、何でも喜ぶと思いますよ」
「でもどうせなら、喜んでもらいたいじゃない?」
「気持ちが大事でも美味しければ尚良し、ですものね」
温度計を見たり、ボウルを支えながらエステルがルナに微笑みかける。
「そうね……“幸せを願う歌”、なんていうのはどうかしら」
「即興でこれだけ作れるものなんですね」
「うふふ、そのレシピはプレゼントよ。味の再現もできるわ」
と、向こうではエーミが再び失敗作をアレンジして、分量をさっと紙に纏める。それを受け取り、ユメリアとくっついて目を通す未悠にエーミは付け足す。
「ただし、分量を間違えちゃダメよ?」
――死人が出るわ? くすり、と笑い、ウインクして。その言葉に未悠はこくこくと真剣な面持ちで頷く。
ユリアも故郷に向こうからの転移者が居たから、バレンタインの謂れについて基礎的な知識を持っているし、経験はエーミにも負けていない。ただお菓子作りは科学的な面が強いと認識している彼女には自分にない視点がある。解釈が分かれるのも物事の面白さだ。
手伝いは任せて、ユリアも自身のチョコ作りに取りかかることにした。作るのはフォンダンショコラと、それから旦那用にもう一つ、ボンボンショコラも用意する。中には葡萄酒とラズベリーを主体としたベリーソースを入れるという特別仕様だ。家族用に作ると言ってあるので魔導冷蔵庫の中に紛れさせても構わないだろうと、頭の中のレシピと長年培った勘に従い作り進める。平行作業もお手の物だ。
夫は自分を救ってくれたエルフの村の長で、そして養父でもあった。初恋は歳の近い義弟。種族の壁もあの村に限っては存在しなかった。あの人の許しが出れば全てが上手くいく。なのにその前日に全てが滅茶苦茶になった。他ならぬ養父の手で。少しも恨まなかった、といえば嘘になる。だが年を経るにつれてその懊悩を知って、自分自身もまた大人になった。子供や孫の存在も大きいが今はそれを抜きにしても彼が好きだと、愛していると言える。こうして若い友人たちの情熱にあてられながらチョコを作るほどには。
「もしかして旦那様宛てでしょうか?」
「へっ?」
未悠にかかりきりだと思っていたユメリアが空のお皿を片付けに来て、ついでにユリアの手元を見やり尋ねてくる。思わず素っ頓狂な声をあげるが、それがかえって恋する乙女たちの関心を惹いた。気恥ずかしさから何か言われる前に咄嗟に、
「バレたか、実は唐辛子入りなの!」
とぺろりと舌を出してうそぶく。我ながらツッコミ必至の嘘だと思ったが、
「唐辛子……? 和風ハーブチョコですか?」
「刺激的な愛ね……」
真面目に受け取ったエステルと未悠の反応に、逆にネタばらししたくなる。訂正せず説明を重ねているうちに夫の味覚がやばい状態になっているが細かいことは気にしない。もしいつか会う機会があってバレたとしても、笑って許してくれるはず。唯一ユリアの手元を見ていたユメリアは気付いているが、何も言わず片付けをして、自身のチョコ作りを始めた。部屋に入ってきたときには周囲を見回し、緊張した表情だったのが今は随分リラックスしている。頬を緩めるのが可愛らしかった。
◆◇◆
ずっと、彼の言葉が頭から離れなかった。「君の愛は深くて溺れそうになる」と。
重くて息苦しいの? 私じゃあなたを幸せに出来ないの? 名前を呼ばれて幸せだったけれど、私は逆にあなたを苦しめていたのかもしれない。
そんな想いが胸の奥でわだかまって、これ以上踏み込んでいいのかさえ分からなくなっていた。けれどユメリアがくれた言葉で気付く。離れたくない、でも彼を不幸にしたくない。なら溺れさせないよう変わっていけばいいのだ。
キャビネットの上には彼をイメージしたクマのぬいぐるみがある。彼の贈り物である赤薔薇の花束のドライフラワー、ユメリアから貰った髪飾りも並んでいる。そして大事な親友たちがいていつも自分を支えてくれる。与えられた分だけ、いやそれ以上に自分なりのお返しをしたいと思う。その為にはまず完成させないと。
未悠が作るのはザッハトルテだ。トッピングはルビーチョコクリームに苺、それからハニーシトロン。中にはチョコとラズベリーのクリームをそれぞれ挟む。苺は未悠の瞳の色でハニーシトロンは彼の髪の色だ。考えに考えた自分なりの好意の示し方。チョコレートの温度、生地の混ぜ方とエーミやユリアに指摘された点を一つずつ改善し、何度目かの挑戦を進める。材料や時間を考えるとこれが最後のチャンスだ。慎重かつ丁寧に、彼への想いを込めて作っていく。ルナもエステルも作り終わり、道具を片付けながら見守る姿勢に入っている。
「色々作ってるのね」
「パティシエではないので上手には出来ませんが……皆様それぞれをイメージしています」
一息ついて隣を見れば、ユメリアがチョコレート細工で花を作っている。謙遜するが未悠からするとまるで魔法のようだ。それに技術力を抜きにしても、一つ一つが何の花か直ぐに分かるというだけでその知識量に感嘆の息が零れる。――薔薇は誰のイメージだろうか?
「部屋にチョコレートの香りが染み付いてしまいそうですね」
折角いい香りがしているのにとユメリアは勿体なさそうに言う。言ってから恥ずかしそうに手を止め、すみませんと謝罪の言葉を口にした。未悠としては彼女が香りに興味があるのも癖も知っているので構わないのだが。
「それなら今度、ルームフレグランスの調香をお願いしようかしら?」
ユメリアは瞬きし、声の弾みに気付くと頷く。笑顔を交わしお菓子作りを再開した。
「でっ……」
言葉が詰まる。若干咽せそうになりながら、未悠は言い直した。
「出来たっ、完成だわ……!」
今度は感激で涙目になる。味は同じ要領で作った小さい物で確認済み、見た目もエーミやユリアの物の程の精巧さはないが、ひと目で手作りだと分かるだけで粗もない。壊滅的な料理ばかり作ってきた未悠からすると改心の出来栄えだ。
「おめでとう、未悠ちゃん!」
「このまま皆で食べたいくらい美味しそうですね。おめでとうございます!」
「ルナもエステルもありがとうね。いいバレンタインになるよう応援してる」
感極まって抱きつきながら、ルナとエステルにお礼の言葉を返す。
「ほらほら、綺麗に出来たんだから笑って?」
「うぅ……ユリアとエーミも本当ありがとう」
「お料理で人を笑顔にする。それがエーテルクラフトの魔法だもの」
酷い顔になっている自覚はあったが溢れる笑みは心からのものだった。二人があやすように優しく背中を撫でてくれる。
「ユメリア……ありがとう」
「辛いときは声をかけて下さい。お話を聞くくらいは出来ますから」
その優しい言葉に涙腺が緩み、彼女の胸に顔を押し付けた。
自分には勿体ないくらいの優しい親友たち。大好きな皆が幸せになれますようにと、未悠は心の中で強く願った。
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ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
全体的に駆け足気味ではありますが、目一杯詰めさせていただきました。
また、ちょいちょい捏造要素も入っているので間違ってたらすみません。
幾つになっても恋する女性はとても可愛らしいですし、
これだけ踏み込んでいける友情も尊いものだなぁ、としみじみ思います。
リアルでは既にバレンタインデーは過ぎてしまっていますが
それぞれに幸せな時間を過ごせていたなら、わたしも嬉しいです!
今回は本当にありがとうございました!