※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
-
二人だけの陽だまり
●
窓の外、今にも雪が降り出しそうな重たげな鈍色の雲を背景に鳥が一羽飛んでいく。まるで風を切る音が聞こえそうだ、とヴォルテール=アルカナは部屋の中から鳥を見送った。
暖かな室内に流れるのは湯の沸く音と暖炉の踊る炎の音。ヴォルテールは戸棚から先日市場で買い求めた茶葉の缶を取り出した。
封を空けると陽光をたっぷりと浴びた干草のような柔らかくどこか懐かしい香りがふわりと漂う。
それを温めておいたポットにティースプーンで二杯ほど。
ケトルから上がる蒸気がいよいよ忙しくなり湯が沸いたことを教えてくれる。
天井へと上っていく白い湯気。たっぷり十秒ほど数えるとぽこぽこと大きな気泡が浮かんで消える音が混じりはじめた。頃合だな、とケトルを火から取り上げる。
お湯を注いだポットの中、くるくると踊る茶葉。その様子はスノードームを思わせた。
蓋をして、時計を確認する。
間もなく夕刻、日が暮れる時間帯。午後のお茶には少しばかり遅いような気はするが、まあ悪くはない時間だ。予告もなくふらりとやって来てそのままヴォルテールのベッドを占拠した幼馴染を起こすのにも……。
「どんな夢を……」
視線をポットに落とし、少し間を空けてから「見てるのでしょうか」と続ける。
幼馴染のヴィス=XV。だが今は単なる幼馴染ではない。
ヴォルテールは右肩に触れた。そこには彼の所属する組織の象徴『六芒星』の刺青がある。ヴィスも同じ組織の一員だ……しかも組織内の立場は彼女の方が上。ヴォルテールの上司の同僚である。
組織が掲げる『懲罰と救済』、それは決して正義の味方などという子供が憧れるようなものではない。世界はそんなにも単純にはできていない。
掲げる題目のために時に苛烈な手段も躊躇い無く用い、ひそやかに世界の裏側に存在する、そんな組織だ。お前らこそ悪だと指差す人もいるかもしれない。
秘密結社的な組織ではあるが、そこに血より濃い繋がりがあるなどと信じているのはよほどの能天気者だろう。隣人は同志ではあっても必ずしも良き友とは限らない。例えば上司の足を引っ張ろうとする存在がヴォルテールの事を見張っている可能性だってある。故に常に気を抜くわけにはいかない。
前髪に隠れた双眸を僅かに細めた。
ヴォルテールとヴィス互いの間に生まれた距離。そこに寂しさを感じないか、と問われれば否定はできない。だが組織に属する以上、立場というのがある。
これは互いを守り生き抜くために必要な距離なのだ。
「さてと起こしに行きましょうか」
顔を上げたヴォルテールはいつも通り穏やかな笑顔を浮かべベッドへと向かう。
窓際のベッド、カーテン越しの曇天の淡い光に照らされ枕を抱き締め丸まっているヴィス。適当に脱ぎ散らかされた服を一つにまとめてヴォルテールはベッドの端に腰掛ける。
シーツの上に広がった髪。艶のある鮮やかな青紫に混ざる紫、朝露に濡れた花びらのようだ、と一房救い上げてからゆっくりと戻す。
「ヴィスさん……」
そっと小さく名を呼んだ。
「……んっ」
ヴィスの肩がピクリと揺れる。だが起きる気配はない。
「ヴィスさん」
今度は少し強めに……とは言っても会話をする程度の。
「ぅ……」
くぐもった声。ヴォルテールに背を向け抱き締めた枕に顔を埋めるのは「まだ寝ていたい」という無言の意思表示。
しょうがないですね、と苦笑と共に溜息を零して。ヴィスの耳元に唇を近づける。
「そろそろ、起きないと……」
一度言葉を止めて。
「……また朝が来ますよ?」
すぐに日が暮れて夜が来て、気付いたら朝ですよ、と笑う。吐息が彼女の髪を揺らす。くすぐったそうに震えてからヴィスは
「む……」
のそりと起き上がった。ヴォルテールはヴィスの顔にかかった青紫の髪を優しく後ろに流してやる。
「おはようございます、ヴィスさん」
目を擦るヴィスからは「あー」だとか「うー」だとか言葉にならない返事が戻ってくる。
なんとなく寝付けなくて訪れたヴォルテールの家。「ベッド、借りるぜ」挨拶もそこそこそれだけ言って返事も待たずにベッドに倒れこんだ。ヴォルテールが何か言っていたような気もするが、毛布を頭まですっぽり被ってそれには聞こえないふり。
ヴィスは枕に頬を押し当て鼻を鳴らす。
「ヴォルの匂い……」
自分を包み込む、幼馴染と同じ匂い。毛布を引っ張り体に巻きつける。少し懐かしいようなくすぐったいような安心するような……。自分のベッドよりも落ち着く匂いだ。
とろとろと体の中を流れていく温かくて心地よいもの。その流れに身を任せていると何時の間にやら本格的に眠ってしまう。
遠くで誰かが呼んでいる。ヴォルだ……。名を呼ぶ柔らかい声……まるで子守唄のようだ……ともぞりと体を動かした。
更に呼ばれる。
「ぅ……」
もう少し寝かせろ、と今度は寝返りを打つ。そのうちとうとう耳元で囁かれた。吐息が耳朶を擽る。そこで漸く仕方なしにヴィスはこの心地よいまどろみから抜け出すことにしたのだ。
「む……」
毛布を頭に乗せたまま起き上がり目を擦る。鈍い光の中、ベッドから立ち上がったヴォルテールの姿ががぼんやりと浮かんで、暫くしてから焦点を結んだ。
「紅茶が、もうすぐ入ります。…何か食べますか?」
「ふぁあ~……」
片手をぐいっと突き上げ背を反らし大きく伸びる。特大の欠伸も一つ。するりと肩から落ちた毛布、「風邪を引きますよ」とヴォルテールが掛け直してくれた。
「マフィン……。 温めて……」
服に毛布の中から手を伸ばす。
「発酵バター塗ったやつ……」
「はい、すぐに準備しますね」
半分寝ぼけたままヴィスの頭を一度撫でてヴォルテールは部屋を出て行った。
目覚めたヴィスは暖炉前の揺り椅子に陣取り、ヴォルテールがお茶の準備をしてくれるのを待つ。
「まだかよー」
椅子を揺らして、背後へと反り返ればちょうどヴォルテールがトレイを持ってやって来た。
「後ろに転んだら危ないですよ」
「はっ、あたしはそんなトロくねぇよ」
不敵に笑って差し出されるティーカップを両手で受け取る。ほんわりと温かいカップの中は、少し紅の強い琥珀色の紅茶。
「ヴィスさんの目の色に似てますね」
自身の左目をヴォルテールが指差した。
「そんな色の紅茶を飲むってことは……」
意地悪でも思いついたかのようにヴィスは口の端を上げた。
「あたしの目玉舐めたいってことか?」
「そんな事思いませんよ。でも貴女の目は綺麗だと思います」
からかうヴィスの前にヴォルテールがマフィンを乗せた皿を置く。マフィンは二つに割れば湯気が出るほどに熱い。
「あ……つぅ……って、ほらヴォル」
割った片割れをヴォルテールに。
「バター塗ってよ」
「……」
「嘘。半分やる」
子供の頃にやったおやつのはんぶんこ。そんな事を思い出してヴィスは機嫌が良さそうに笑う。
「ヴォルのも半分頂戴」
「同じですが……?」
「いいんだよ、あたしが欲しいんだから」
手で千切ればいいのにヴォルテールはナイフで綺麗に切り分ける。そして大きい方をヴィスへと差し出してくれた。
「ありがとな」
ヴィスは手で受け取らずそのままパクリとマフィンに齧りついた。表の顔だったら絶対やらないようなことだ。
しばらくそうしてお茶の時間を過ごしていると、ちらほらと窓の外に白いものが見え始めた。
「おい、雪だぜ」
ヴィスの声にヴォルテールが窓を振り返る。
「…初雪ですね」
「寒いはずだ」
花びらのように舞っていた淡い雪はあっという間に角砂糖ほどになり窓の外に積もり始めた。雪が降り始めてからしきりに窓の外を気にするヴォルテールが不意に眉を寄せる。
なんとなく考えていることはわかる、とヴィスはカップを持ったままこそりと唇を尖らせた。
「……帰ってこれますかね…?」
ほら、来た。ヴォルテールは自身の上司であり、ヴィスの同僚の男のことを心配しているのだ。
「あいつなら、帰ってくるだろ? ふつーに」
ヴィスはゴッゴと喉を鳴らして紅茶を飲み干す。
心配なのはわかる。まあ、自分もどちらかといえば心配だ。
だが今一緒にいるのはヴィスである。折角の二人きりなの時間なのだ。だったら見るのは窓の外じゃない。
ヴォルテールの皿のマフィンをむんずと掴む。ヴォルテールが自分を見たのを確認して、容赦なくマフィンを口にした。
窓の外、一度積もり始めると雪はあっという間に世界を白に染め上げていく。しきりに空から落ちてくる雪を見つめていると、遠近感が狂うような不思議な感覚に襲われた。
ヴォルテールは自身の上司の顔を思い出す。「ふつーに」ヴィスの言う通り、あの人のことだから自分が心配するまでもない……とは思う。だがもしものことを考えると、いくらでも不安は心に浮かんでくるのだ。
皿のマフィンを奪われヴォルテールはヴィスへと向き直る。マフィンはヴィスの口へ。言えばお代わりを持ってきたのに、と思う。
ふと見ればヴィスのカップが空っぽになっていた。
「紅茶のお代りは如何ですか?」
「貰う」
ずいっと差し出されたカップ、そっけない言い様ににヴィスが拗ねていることに気付く。
(でも、何故?)
カップを受け取りつつ内心首を傾げた。先程まで普通にお茶を飲んでいたような覚えがあるのだが……。
口数少なくヴィスはお代わりした紅茶とマフィンを平らげると椅子から立ち上がった。
「……寝る…も一回……」
やはりぶすっとしたまま、それだけ宣言するとさっさとベッドに飛び込むように倒れこんだ。ドスンと棚の植木鉢が揺れる。
「待って下さい、ヴィスさん。どうしたのです?」
ヴィスを追いかけるヴォルテール。いきなり服の裾を掴まれた。
ベッドに頭からダイブ。あれだけ温かかったベッドは既に冷えてしまっている。
すぐ傍で追っかけてきたヴォルテールの声が聞こえてきた。顔を横に向けてちらっと開けた薄目。ヴォルテールの服の裾が目に入る。
それを掴んだ。そしてヴォルテールが何か言うよりも前にぐいと引っ張った。
「え……っ」
予想をしていなかったのかバランスを崩すヴォルテール。
「ちょっ、ヴィス…!」
そのままヴィスへと倒れこむ。その時発した言葉、今のような他人行儀ではない言葉にヴィスは唇を緩ませてヴォルテールを抱き締めた。
「ヴォルの匂い落ち着くからな…」
抱き枕代わりだ、とヴォルテールの服を自分へと軽く引っ張る。
「……まったく」
吐き出される呆れたような笑ったような溜息がヴィスの頬を擽る。
「…少しだけ、ですからね……」
優しい声にヴィスが目を閉じた。ふわりと頭に触れるヴィスより大きな温かい手。彼の手がヴィスの頭を撫でる。
(ヴォル……)
すりっと首筋に自分の頬を寄せる。ヴォルテールの匂いと熱……。すぅ、と大きく吸い込んだ。
(あぁ……)
ヴォルの傍にいると呼吸が深くなるな……と夢現に思う。
(温かい……)
瞼の裏に広がる心地よい闇、ゆらゆらと漂いながらヴィスは意識を手放した……。
首もとに顔を埋めたヴィスから聞こえてくる規則正しい寝息。服の裾を掴んだままの手に自分の手を重ねる。
ベッドに引き込まれたとき、思わず昔に戻ってしまった自分に苦笑を零した。
(少しだけ……なら……)
先程ヴィスに告げた言葉と似たようなことを自分への言い訳に。
誰にも見られないようにヴォルテールは毛布で自分達を覆う。
小さな二人だけの空間。互いの体温で陽だまりのように温かな場所。
重ねた手、掌を合わせて静かに握ると寝ているはずのヴィスが手を握り返してきた。
「ヴィス……」
自分ですら聞こえないほどの小さな声。手を繋いだまま、ヴィスの寝息と呼吸を合わせ目を閉じる。
じわりと伝わる温もりに意識が溶け出した。
互いの温もりが互いを深い深い眠りへと誘う。
二人、手を繋いだまま額を寄せ合い見た夢はとても優しかったような気がした……。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ka2937 / ヴォルテール=アルカナ / 男 / 19 / 聖導士】
【ka2326 / ヴィス=XV / 女 / 18 / 疾影士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
この度は発注頂きありがとうございます。桐崎です。
二人だけの秘密の場所、そんなイメージで書かせて頂きました。
お二人の間に流れる空気の温かさが表現できていれば幸いです。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
副発注者(最大10名)
- ヴィス=XV(ka2326)