※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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The Most Sweet Day
2月14日――その日は女の子にとって、命を懸ける日。
広めのキッチンで作業スペースもゆとりを持って作られているが、今は隙間を探す方が困難なほどである。
ボウルやハンドミキサーなどの調理器具。薄力粉やチョコチップなどの材料。紙のカップやリボンなどのラッピング用品。どれもこれも新品や新品同然であった。
それらの前で両肘を抱えるように腕組みをして、仁王立ちの南條 真水。その中性的で、ともすれば冷たい印象を与える顔には戦場へ赴くような緊張感が漂っていた。目を細め材料と器具を一つ一つ睨みつけ、そしてプリントアウトしたカップケーキのレシピへと目を落とす。小声で読み、口の中で何度も反芻する。
すでに察しているであろうが、ひとつ、先述しておこう――南條 真水は料理が得意なわけでは、ない。もっとも、苦手というわけでもなく、あえて言うなら……普通。
手の込んでいない普段の食事とかなら、そこそこは作れる。あまり手の込んだ料理となると別だが、そこまで腕を磨く必要性は感じていない。それがお菓子となると、さらに必要性が下がってしまう。なにかのイベントでごくたまに作る程度であって、少なくとも趣味とは呼べない。どうせ世の中の8割がたの女子がこんなものだろうと、真水は勝手に決めつけていたりする。
そんなわけで、8割の中に入る真水のお菓子作りは、ほどほどでしかないのだ。
(そんなこと、南條さんは百も承知さ。だから南條さんはここに書いてある通りのことしかできない……むしろ圧倒的に南條さんよりもやったことのないヒースさんの方が、得意だってこともよく知っているよ。それなら店売りで済ませればいいのにとは思う)
それでもあえて困難に挑む、乙女の覚悟を察してほしい。
「それに、南條さんにはヒースさんを喜ばせるための秘策も用意してあるんだ」
ラッピングのリボンへと目を向け、キラリと眼鏡が光る。そして本人は必死に気づかないフリをしているが、耳が赤く染まっていた。
(喜んでもらえると思ってるのは思い上がりとか、傲慢かもしれないけれど、これが南條さんの精一杯だよ)
水浴びも済ましているので、気合十分。腕をまくり、深呼吸――さあ、作戦開始だ。
キッチンへ背中を向けるソファーに身を沈めるヒース・R・ウォーカーは膝の上で両手の指を絡ませ、目を閉じていた。
身じろぎ一つしないヒースはこれから起こる惨劇を想像し、震えていた――りなどせず、口元に笑みを湛えている。
キッチンから聞こえる「うぬぬぬ」と言う声に、「ああ、うなり声が出ているなんて、真水は気づいていないだろうねぇ。きっと秤の前で眉をひそめて睨んでいるだろうねぇ」と、声だけでその風景が目に浮かぶ。
そのうちにうわっと言って盛大な音、そして「大丈夫、こんな時のために材料は余分にあるんだ」といった独り言。
(ひっくり返した時の顔を見てみたかったねぇ。どれほど可愛い顔をしていたんだろう)
いつもとは違った表情を想像して、笑みはますます強くなる。とても見てみたいが、真水からは「完成までヒースさんは来ちゃだめだよ」と釘を刺されているので、ここから動くことはできない。
再びあの「うぬぬぬ」という声。そしてカチャカチャとキッチンから聞こえる。
(また初めからだねぇ。今度は計るのが短かったようだけど、計ったつもりでいて計り忘れがありそ――)
そこまで考えていると、真水のあっという声と計りの動く音。
「やはりねぇ」
唇の端を持ち上げ、苦笑ともとれる笑みを浮かべる。
また最初からやり直す気配を感じ、まだしばらくかかる様子ではあったが、待つのは得意だ。
さすがに一度犯したミスを繰り返すわけでもなく、それからしばらくは真水の奇声もないまま、甘い香りが漂い始めた。そして洗い物の音がする。
だが、その洗い物の時間が妙に長い。
(よく見てじっくりと洗っているんだろうねぇ)
そんな事も予測できでしまう。
しばらくはハンドミキサーの羽を前に目を細め、とても丁寧に洗っているであろう真水の姿を思い浮かべながら水の音を聞いていたのだが、甘い香りに混じってはいけない匂いに、ヒースの鼻がピクリと動いた。
焼ける匂いというよりは、焼けすぎている臭い――つまり、焦げ臭い。
「うわっなんか焦げてる。ぎゃー」
そういえばふと、チラッと見ることができたレシピには、160℃でとあったのを思い出すヒース。そして去年、クッキーを焼いた事があるだけに知っているが、最初の設定温度は180℃になっていたはず。温度の設定方法がわからなかった、もしくは予熱中に160℃と表示された時に開けて入れたという可能性もある。そこからさらに過熱があるともわからずに。
そこからは何故焦げたのか解明するためのレシピ熟読タイムが発生し、「アレンジ、スライスアーモンドをトッピングするとより一層おいしく……?」という呟きが聞こえた。
レシピの最後にある、レシピ製作者のコメントのような部分に書いてあるそれに、今さらながら気づいてしまった……そんな呟きである。焦げはしたが完成してしまった物の前で、今さらだよと思っているに違いない。
(おそらくはスライスアーモンドを買っていないんだろうねぇ)
「……ヒースさん、お待たせ」
さすがにない袖は振れなかったのか、声をかけられ振り向けば、両手に1個ずつ、ラッピングもされずに剥き出しのカップケーキを携えた真水がそこにいた。エプロンのポケットからは何故かラッピング用のリボンが揺れていた。
「すごく待たせてしまったようで、申し訳ない」
「いやぁ、待つのも楽しかったよ、真水」
本心からの言葉に、真水はムスッとしていた。それが気を使ってのものではないとわかっているが、失敗するたびにあげている声がヒースを楽しませていたのではと思うと、そんな顔にもなってしまう。
ソファーが沈み、ヒースの横に座った真水がカップケーキの紙を剥き始め、真剣な顔でそれをヒースの顔の間に持っていく。
「あーん」
あーんのサービス付きのようだが、その表情が表情だけに微妙にもったいない。
だが真剣であるなら、本気で応えるべきである。
「真水が最初から最後まで頑張って作ってくれたチョコ、有り難く頂くよ」
そう言ってカップケーキを持った真水の手を手で包み、かじりつく。
ざくりと、カップケーキらしからぬ音。熱ムラのおかげで焦げる寸前だった無事なヤツなのだろうが、それでもやはり表面は硬い食感。それでいて中はふんわり――なのは一瞬で、真ん中はしっとりというか、じっとりとしている。高温だったせいで表面ばかりが焼けて、中はやや半生ということなのだろう。
だがそれでもヒースは、完食しきった。
そんなヒースの顔を真水は覗き込んで「どうかな、おいしい?」と尋ねてくる。
「――なんて、ちゃんと味見したんだ。普通だろう? 市販品の方が美味しいと思うよ。少し失敗してるし……」
答えはわかっていると言わんばかりの真水は尻すぼみな小声で、「味より気持ちを重視してるんだ」と続けていた。
「そうだねぇ。不味いわけではないのだけれど、市販品を完成品として比較すれば、外は硬くて中がしっとりしすぎているかなぁ」
失敗していると自己申告もあっただけに、忌憚のない感想を述べやすい。
「それでも真水の作ってくれた物だからねぇ、ボクは好きだよ。
たとえ失敗しても、次にこの経験を活かせればいいさぁ。ボクらのバレンタインはこれで終わりじゃないんだからねぇ」
そう告げて真水をじっと見つめていると、妙にそわそわしている。間近で見つめられる事にいつまで経っても慣れないからというのもあるだろうが、それ以外に何かありそうだと、ヒースの直感は告げていた。それに、聞こえていた『秘策』とやらがまだ控えているはずである。
「終わりじゃなくても、今日という日は今日だけだよ。ヒースさんの誕生日だし、プレゼントも、必要」
意を決したのか、真水はポケットからリボンを取り出し顎にかけ、頭の上でチョウチョに結び、申し訳なさそうにちょっと上目づかいで。
「だからさ、その、あれだ。な、南條さんで口直しするのはどうかな……?」
みるみるうちに耳まで真っ赤になる真水。今のなしと言ってすぐにでも視線を外したいだろうに、それでも震えながら耐えてヒースから視線を逸らさずにいる。
何を言われたのか言葉が脳へ浸透するまで呆然としていたヒースだが、今にも恥ずかしさで泣いてしまいそうな顔をする真水をようやく抱きしめた。愛しさの強さを表す様に、力強く。
「ありがとう、真水。最高のプレゼントで、大切な想い出だよ」
そして今、愛おしいだけでなく、もっと強烈な想いがヒースの全身を支配していた。
それは今日がバレンタインだからとか、自分の誕生日だからとか、真水がそう言っているのだからとか、色々な理由を思い浮かべてしまう――が。
(そうじゃあないんだよ。そんな理由でそうなるんじゃなく、ボクがそうしたいと思ったからそうしたいんだ。ただ愛しい人に思いを伝えるのみ――何もしないで想いが伝わる道理はないだろ、ボク)
こちらも意を決したのか、「これはボクからのお返しだよ」と真水を抱きしめたまま口づけをする。
驚いて目を閉じる真水はしばらくされるがままにいたが、びくんと肩をすくませて一瞬だけ目を大きく開け、すぐに閉じてしまう。いつもより少し違った長い口づけの間、真水は何度も肩を震わせ、自然とヒースを力の限り抱きしめ返していた。
唇が離れ、それで終わりかと思えば、離れるのが寂しくなると言わんばかりにどちらからともなく唇を突き出して、長い口づけを何度もかわす。
ようやく離れたが、お互いの顔にはまだまだ足りないと書かれていた。
もう一度口づけをするヒースは真水に体重を預け、口づけしながらも真水をソファーに押し倒す。
唇を離し、抱きしめる力を緩めて上半身を少しだけ起こして真水からほんのわずかに離れた。
「ボクが抱く想い、伝えるのには一番分かりやすい行動だと思ってね」
「ちょ、ちょっと待ってほしいかな、南條さんは」
「ちょっと――待ったよ」
リボンをほどく。
「も、もう少し待ってほしいかな、南條さんは」
「少し――待ったよ」
真水の眼鏡を外す。
眼鏡を外されても超至近距離で見えるヒースに耐えきれず、真水は両手で自分の目を覆い隠すのだが、その手がつかまれ、顔の横でソファーに押し付けられてしまう。
そして覆いかぶさるヒース。甘い匂いというか、真水の匂いにさらに昂ぶり――こんな一面を持っている自分に少し驚いていた。恋愛経験はゼロじゃないが、自分からここまで積極的に動いたのは初めてだったから。
(けど、もう我慢しないと、今、決めたんでね)
「愛してるよ、真水」
耳元で囁くと、ひえっと漏らして真水の身体が跳ねた。
再び、口づけをかわす。
押さえていた手を離し真水の頭を包み込んで唇をもっと強く押しつけると、もっと密着したいと言わんばかりに真水の腕はヒースの首へと回されるのだった。
――その後どうなったかは、ご想像にお任せしたい。
ただ、真水はこの時強くこう思った。
シャワーを浴びて、新しいおそろいのかわいいやつにしておいてよかった、と――……
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2377@WT10/南條 真水/女/18/ヒースさんを愛するのがお仕事】
【ka0145@WT10/ヒース・R・ウォーカー/男/24/真水を愛するのがお仕事】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご発注、ありがとうございました。ホワイトデーすら過ぎ去ってしまったものの、こんなバレンタインデーをお送りいたしました。最後、甘々を突き抜けてしまいましたが、いかがだったでしょうか?ここまでの展開を望んでいなかったのであれば、すぐ修正に応じますので、ご連絡ください。
またのご依頼、お待ちしております。
副発注者(最大10名)
- ヒース・R・ウォーカー(ka0145)