※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
-
語り継ぐ輝き
あいも変わらず、劇を観るようにして日々を送る。
ひりつくような熱意に息を呑み、魂の叫びに心揺らし、結末を得た物語に思いを馳せる。
『それ以上』にならない事も決して変わらない。
この肉体こそ未だ鼓動を刻むけれど。
精神はとうに彼岸にあり、ただ現世に干渉出来る腕が残されてたから、亡者の未練が如く気まぐれに手を添えるだけだった。
帝国にあるアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)の実家、明かりの消えた書斎から窓外を眺める。
長い間詰めていた机は綺麗に片付けられ、業務の全てを他所に振り分けた事に伴い、もうこれ以上書類が積まれる事はないだろう。
かつて控えていた複数の使用人もとうに屋敷を離れていて、手入れする人間がいなくなったせいで少し寂れた風に見える屋敷は、利害関係だけだと思っていた使用人たちの勤勉さを教えてくれる。
少しでも感じる寂しさを噛み締めて、しかしこれでいいのだと確信が満ちる。
家が抱えていた実務は、それらが伴う利益とともに生存を望む分家へと譲り渡した。
もともと当主に要求されるのは目利きと判断力だけ、実務をしていた使用人も共に斡旋してしまえば引き継ぎに大した問題はなく、ただアルヴィンという人間だけが表舞台から消える。
『当主様も引退かな』
『ご友人様も次々と旅立って……』
『元々こんな世界を好んでいた様子ではなかった』
『ただ優しすぎるか、生真面目すぎただけで――』
…………。
最後に去ったのは、確か長年付き添ってくれた使用人頭だったか。
小隊を辞め、家に戻ってきたばかりの時、彼はまだ10歳そこらの従僕だった。
そこから70年、よく仕えてくれたものだと思う。
家格の問題さえなければ家令にも届いたかも知れない、結局は本人の拘りもあり、使用人頭どまりだったが。彼も年を重ね、引退するか、次の家に仕えるかはまだ考えてると言っていた。
『使用人デハなく、引退した一個人とシテなら、コノママこの家に居てクレテも良かったんダケド?』
『引退後も若様に付き添えるのは魅力的ですが……使用人として振る舞うなというのは難しそうですな、遠慮しておきましょう』
若様が折れてくださってもよいのですぞ? と茶目っ気たっぷりに言われたが、それも難しそうなので見送った。仕えられるとどうも『報いたくなってしまう』。
それにアルヴィンはこれからこの家を発つのだ、そこも含めて彼には見透かされていた気がする。
しかし旅に出るのに本気で屋敷を無人にする訳にはいかない、廃屋になってしまう。
少し考えて、アルヴィンは子供の結婚に伴い住居を分けた老夫婦を探し、管理費代わりに屋敷に住んでもらう事にした。
『そんな、見ず知らずの私達に……』
「今知ったシ、僕はベツに気にしないヨ」
貴族としてのアルヴィンに残ったのは自分の名前に紐付けられた人脈、発言力、そしてこの屋敷くらいのものだ。
この家で守るべきものはもう残っていない、強いて言うなら墓地と思い出くらいだが、壊そうとして壊せるものではなく、壊れたなら何か変わるだろうかと未だに想い続ける自分もいた。
「ジャア、コノ家をヨロシク」
固執するものではない、でも大切にして欲しかった。いずれ崩れ消えゆくものだとしても、出来るだけ長い時間健やかに在って欲しかったから。
家を離れて遠く、もはや自分の名前など誰も知らないだろうという僻地でアルヴィンは一息をつく。
ふらりと当てもなく、気持ちのままに歩き出した。
…………。
十年ほど経ち、あの使用人が亡くなったという知らせをきっかけに、アルヴィンは再び実家に戻っていた。
「そうか、……キミも逝ったカ」
彼は仕える相手としてのアルヴィンを望んでいた気がするから、最後にしてあげられることとして、貴族の正装で葬式に参列した。
式の後、久々に屋敷に戻ったアルヴィンはまず管理人夫婦を労った。経年劣化こそ免れなかったが、それでも格調ある屋敷はとても良く大切にされてる。
墓地に顔を出して、何一つ記憶と変わることのなかった様子を見て、浮かぶのは安堵か落胆か。
何か変われればと思ったけど、そもそも死者に託すべき望みではないと、アルヴィンは初めからわかっていたはずだった。
チョコレートと人参を供え、背を向ける。きっとこれからも此処には来る、でももう引っ張られはしない気がした。アルヴィンの友も、大切にしていた使用人も、多くが向こうへと逝ったから、……きっと向こうはもう賑やかで、先に逝った家族が寂しがることもないだろう。
空を見上げる、気がつけば此岸と彼岸は逆転していた。
屋敷に戻って、まずは管理人夫婦に屋敷に戻るつもりでいること、これからやりたいこと、良ければこのまま勤め続けて欲しいことを伝えた。
「コノ屋敷を使って、孤児院を開こうト思って」
+
宣言した通りに、アルヴィンは自分の屋敷の有り余るスペースを使って、事情のある子どもたちを受け入れた。
孤児とは限らない、或いは虐待を受けてて本気で誰も助けてくれそうにない子だったり、口減らしの中で一番聞き分けがよく捨てられそうになっている子だったりした。
彼らを産んだ歪みもアルヴィンには見えていたけれど、……少し見つめただけで、多くを語ることなく、子供の手を引いて立ち去った。
一度だけそれを聞かれたことがあったけれど。
「地獄はヒトの数だけアルからネ」とだけ静かに応えた。
何かしたかったような気がするし、特に深い意味はなかった気もする。
ただ多くを求めることなく、子どもたちの気持ちを受け止め続けて。
もうすぐ20年、丁度あの戦いから100年といったところで、アルヴィンは屋敷と子どもたちの世話を信頼できる筋に託し、子どもたちにこれから皆の世話をする人が変わることを伝えた。
『せんせー、どっかいっちゃうの……?』
「後のコトは頼んでアル、キミ達は何も心配イラナイヨ」
『そういう事言ってるんじゃないもん……』
「……ワカッタ、スコシ話をしようカ」
そんなに前の話じゃない、子どもたちを迎える前のアルヴィンの話だ。
家を離れた後、アルヴィンはあてのない旅をしていた。
最初は友人たちがいなくなり、繋ぎ止めるものがなくなった末の放浪だったけれど、世界を見て回るうちに変わり、次第に語り継ぐための旅に変わっていった。
『語り継ぐための……?』
「ソウ、ヒトは忘れ去られた時、ホントウに死ぬんダ。
僕はソレをスコシでも先延ばしにしたかっタ、セカイを彼らの輝きで満たしたかっタ」
子供相手に話が重くなりすぎないように、話の多くは旅の間アルヴィンがどう過ごしていたに主眼を置いた。
お金はいっぱいあったけどそれを崩すことは結局なくて、吟遊詩人の真似事でおひねりをもらったり、普通に働いたり……そうして蒼の世界を含めた各地を見て回り、次の地へと移っては前の地の事を語り継いでいた。
それがアルヴィンの世界への接し方だった、これで輝きが世界を巡っていくと、祈りのように信じていた。
「ダカラネ、僕はイナクなるワケじゃナイ、キミ達が覚えてクレル限り、僕はキミ達と一緒にイル」
それがこの世でのお別れ、次は、夢か思い出の中で。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
エピローグ……でした! 長い! 盛りすぎ! やりたい事全部盛りました!
音無MS自分の手でPCの人生に幕を下ろすのは初めてです。
長い間、度重なる発注有難うございました、お疲れ様でした。