※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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ある機導師の記憶
村のはずれを流れる小川は、子供たちの恰好の遊び場だ。大人たちからは、せせらぎが聞こえなくなるまで川から離れてはいけない、と言い含められていたが、それをよく守って子供たちは遊んでいる。
子供たちの集団の中で、一際背が低いのがソフィアだ。同世代の子供らと混じっても、頭一つ分見上げる恰好になる。
体格差で、彼女の友人がひょいひょいと歩く岩の上も、渡るのに苦労する有り様で、エルミアは体を伸ばして彼女の手を取った。
「ありがとう」
「いいのよ。ソフィを助けるのは私の役目」
格好良さげなことを言った自分が可笑しかったらしく、エルミアがくすくす笑う。ソフィアも釣られて笑う。
二人して、ソフィアの体を引っ張り上げるのも忘れてくすくすしていると、「はーやーくー!」と、先に行った子供らに声を掛けられた。
「おいてくよー」
急かす声。せっかちなマルリエルが焦れているとソフィアは気がついて、エルミアの腕を掴む手に少し力を込めた。
引っ張り上げられるのに合わせて、体を起こしたとき、こつん、と、背中に何か当たる感覚がある。その感覚が気のせいでも何でもないのを証明するように、こつん、こつんと増えてゆく。
ソフィアはその感覚の正体に気がついて、途端に笑顔が消える。エルミアも、彼女の表情の変化に気がついて、引っ張る手にさらに力を込めた。
「ソフィ早く!」
「まーだー?」
エルミアの声と、戻ってきたらしいマルリエルの声。背中のこつんがどすんになって、鈍い痛みが走る。
「エルフハイムによそ者がいるぞ」
「ちびのよそ者は出てけー!」
囃し立てる声がする。酷くいじめられるのには、哀しいことにもう慣れたけれど、心が折れていくのは、いまだに慣れない。
萎えそうになる気持ちを、エルミアの腕が支え、二人を飛び越えて盾になるマルリエルが背中を押して、ソフィアは岩の上に登り、それからエルミアの後ろに隠れるようにした。
「早く行こう?」
促すエルミアに手を引かれる。「あんたたち!」とかマルリエルが叫んで、男の子の声は遠ざかっていく。ソフィアは手を引かれながら、二人が友達で良かったと思った。
ソフィア・リリィホルムの両親は、エルフである。
彼女だけドワーフなのは何故か、幼いソフィアには知る由もなかったが、何かあったのだろうことだけは、敏感に感じ取っていた。
外部との接触を絶ったエルフの里は閉鎖的で、異端者を受け入れる余地などは無かった。
世間を知れば、彼らがそうして生きてきた訳にも思い当たるが、当時は考えも及ばずにいた。けれど、自分さえ我慢すればいいと思っていた。少ないながら友達もいたし、何より両親は彼女に愛情を注いでくれていたし、それだけで充分であった。
けれど、心は幾度も折られている。
同世代の子供にいじめられるのはまだいい。大人たちも一緒になって、むしろ大人たちが積極的に、彼女を迫害するのは相当に堪えた。友達が減っていくし、保護者たるべき大人の態度によって、ソフィアは逃げ込める場所など無いと知るからだ。
どすん、と、飛んできた石で右足に痛みが走る。小川に突き落とされ、服も髪もびしょびしょのまま、ソフィアはぐるりと囲まれていた。こつん、どすん、と時折石が投げられて、罵声は止まない。
ソフィアは顔を挙げて、自分をぐるりと取り囲む人々の顔を見た。大人たちがいて、口々にソフィアを罵っている。何かに取り憑かれた眼だ、とソフィアは思った。
それから、大人たちの間に、幾つも見知った子供らの顔。そのなかに、彼女が友人だと思っていた二人の姿もあった。
マルリエルと視線がぶつかる。バツが悪そうに、マルリエルは顔ごと目を逸らす。
エルミアの顔を見る。親の背後に隠れるように、下を向いていた。
ああ、やはり。嘆息も出ない。この状況が何を意味するのか、ソフィアは知っている。
泣いて叫んでやるのも馬鹿らしくなって、顔から表情を消して、二人を見る。大人が何か喚いて、マルリエルを小突くと、彼女も顔から表情を消して、足元の小石を拾い上げた。それは彼女の手から放たれて、ソフィアの手前に落ちる。
エルミアも、しぶしぶ足元から小石を拾う。エルミアの投げたそれは、ソフィアの右腕に当たった。
彼らがこの悪趣味なショーに飽きるまで、あとどのくらいだろうか。ソフィアは騒ぎが静まるまで、黙って耐えようと決めた。エルミアもマルリエルも悪くない、エルミアとマルリエルのせいじゃない、と心のなかで繰り返しながら。
少ない友達も遂にいなくなり、いよいよソフィアは家の中にしか逃げる場所が無くなった。
出歩けば必ず誰かと出会い、その誰かに罵倒され殴られ蹴られ、彼女の両親は、ソフィアになるべく外へ出ないよう言いつけた。
言いつけを守り、必要が無ければ家の中で過ごすようになると、ソフィアは部屋に篭もるようになる。
両親は、迫害を受けたショックからだと思っていたが、そうではない。
彼女は知っている。
両親がたまたまいない時間を狙って、窓の外から盛大に罵詈雑言を投げられる。玄関の扉にいたずらをされ、ノブを壊される。両親についての嘘と中傷が書かれた紙を窓に貼られる。職人を生業にする両親にウソの注文をされたこともあったし、母親は否定しているが腕や脚のあざは殴られて出来たものだ。
自分だけ我慢してもどうにもならないことがあるのを、ソフィアは知っている。
自分のせいで、大好きな両親の大事な家が壊され、大好きな両親の仕事がバカにされ、大好きな両親が傷つくのを見て、ソフィアは罪悪感で押し潰されそうになるのだ。
それから少しして、彼女は両親に連れられて、逃げるようにエルフハイムを離れた。
どこをどう歩いたのか、幼い彼女にはわからなかったが、知らない土地。エルミアもマルリエルもいなかったが、それで良かった。エルフの両親にドワーフの子であることを、とやかく言われることは格段に減った。
小さな家を借りてそこを工房として、両親は仕事を続けた。しかし、知らない土地で商売をする苦労は、幼いソフィアにも伝わっている。
夕食のテーブルに三人揃うが、食べているのがソフィアだけなのにはすぐ気がついた。それから、エルフハイムを離れる前から、父も母も心労を隠せなくなっていることも。
最初に病に倒れたのは父だった。母は、自身の心労を押して看病に務めたが、家の中に働き手もいなくなり、限界はすぐに訪れる。
父がベッドの上で冷たくなったとき、ソフィアはまた逃げ込める場所が減って、涙が止まらずにいた。
亡くなった父に関するあれこれが終わってすぐ、今度は母が倒れた。張り詰めた糸が切れたように、母は昏睡し、時折目を覚ましては、ソフィアにうわ言のように「ごめんね」と繰り返す。
謝る理由はわかっている。けれど謝ってもらったところで、どうしようもない。ソフィアをまた罪悪感で締め付けていく。
母の最期をベッドの横で看取って、ソフィアは今度は愕然とした。彼女は生きる伝手を全て失ったことに気がついている。
エルフハイムを出て、迫害は無くなった。無くなったいじめの代わりに、ソフィアは無関心に襲われた。
孤児となったドワーフに差し伸べられる手などあるはずもなく、彼女は両親が懇意にしていた商人に引き取られた。
幌のついた荷台の中でごそごそと、荷物の整理をしてから、小柄な体をごそごそと捻って、御者台へ出る。
「おじさま、休憩してくださいっ、変わります」
元気に声を作る。たった一両の隊商は、彼女と彼女を引き取った商人の二人で構成されていた。
「すまんな、後は頼む」
「はい、ゆっくり休んでくださいっ」
笑顔で、つい今しがたソフィアが荷台に作ったスペースに、商人を送り出す。
「無理せんでええぞ、この街道は難所もない」
「でも、予定通り街までは行きたいですから!」
ソフィア=リリィホルムは、処世術を身に付けた。
迫害を受けて、愛してくれた両親を失って、一人になった彼女の、処世術。
彼女は、「ソフィア=リリィホルム」というキャラクターを演じることにした。
青空の下、馬車は蹄の音をぽっくりぽっくり立てながら、街道をゆるやかに進んでいく。
他に行き交う姿は無い。
ソフィアは、「ソフィア=リリィホルム」のキャラクターの笑顔を被ったまま、手綱を握っている。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2383 / ソフィア=リリィホルム / 女 / 14 / 機導師(アルケミスト)】
【NPC / エルミア / 女 / -- / エルフの少女 】
【NPC / マルリエル / 女 / -- / エルフの少女 】