※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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微睡みに沈んで
「いってらっしゃいなのじゃ、路上気をつけるのじゃぞ?」
扉が閉じ、向こう側の足音が遠ざかっていくのをヴィルマは穏やかな微笑みで見送る。
恋人が立ち去った後の部屋はしんと静かで、少しの空白が恋人の出かける姿を思い出させる。
目の前には恋人を見送ったばかりの扉、なんか新婚みたいだなと一瞬思って―――ヴィルマは、自分の想像に対して盛大に自爆した。
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……いや違う、待って欲しい、何が違うかはまだ浮かんでもいないが、とりあえずそうじゃない。
エプロンを身につけた自分の姿なんて想像してはいないし、お出かけのキスをすればよかったなんて考えてもいない。
よこしまな妄想をぶんぶんと振り払い、ヴィルマは居間へと足を向ける。
変な事を考えてしまった余熱で顔は未だ赤い、言い訳がましく自分を押さえ込もうとするのは見栄か、それとも予防線だろうか。
一人になった居間はしんと静かで、寂しいな、と感じてしまった事に後から気づく。
……本当は。
恋人が休日に仕事に行くのは珍しい、だから、今日も本当は一緒にいたかった。
じわりと広がる静寂が不安で、目が部屋にある恋人の痕跡を探してしまう。
乾かしている食器は二人分あり、ソファには自分が使う訳ではないブランケットが掛かっている。
ヴィルマはソファにもたれかかるとブランケットを引き寄せ、まだ少し残っているような恋人の温もりに頬をくっつけた。
……少し冷えてしまっているのぅ。
割りと恥ずかしい事してるなぁという自覚はあったが、誰も見ていないし、恋人と過ごせない分の埋め合わせだからと自分に大義名分を与える。
……勿論、本当は本人に寄り掛かるのが一番よかった。
前は一人で部屋にいるなど普通だっただろうに、この部屋を広いと感じる事もなかっただろうに、変わってしまった自分に感慨深いような、複雑な感情が入り交じる。
「……のぅ、エヒト」
黒猫はヴィルマの呼びかけには応えず、くぁとあくびをして丸まってしまった。
構ってくれない猫にむぅと思いつつも、突っつくと機嫌を悪くするのがわかってたので、そっとしておく。
エヒトがいるから寂しくないはずだが、何か物足りない。このソファにも出来れば恋人が腰掛けていて欲しかった。
書物に目を落とす恋人を、自分が後ろから覗き込む。それに気づいた恋人が、顔が見えないからと自分を横に座らせるのだ。
少し気恥ずかしく思いながらも、自分はきっと招かれるままに隣へ腰掛ける。身長差があるから、上を向かないと彼の顔が見えなくて、見上げると、大きな手が頭に載せられて、髪をかき分けるのだ。
……実際のところは、多分顔じゃなくて目が見たいのだろう。
悔しいような、もどかしいような、そんな気持ちは否定しきれない。
思考がオーバーヒートしそうで、ヴィルマは一旦考えるのをやめた。
一人で考えこんで、一喜一憂している事も考えてみれば気恥ずかしい。
「……うむ、寝室の整理でもするか」
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扉を開け、寝室に足を踏み入れる。
慣れ親しんだ部屋にはベッドが二つあり、ぬいぐるみを一杯並べた自分の天蓋付きベッドの向かいに、恋人の大きめなシングルベッドがある。
外を見れば日差しの眩しい良い天気で、せっかくだからとヴィルマは恋人のベッドシーツを変えようとする。
背が小さいせいで、立ったままではベッドの端に手が届かない。膝をかけてよじ登り、シーツに手をかけようとして―――ヴィルマは日差しの暖かさに屈した。
「…………」
ぽふりとベッドに埋まる、程よい日差しに引っ張られるように、ヴィルマはベッドに埋まって目を閉ざす。
シーツに顔を押し付ければ、異質と言っていい異性の香りが嗅覚を満たした。
女性が持つものとはかけ離れていて、新鮮で不慣れだから、一層異性を意識して動悸を感じてしまう。
この匂いを知ったのは、彼に近づいてからだ。
抱きしめてというのは気恥ずかしくて、彼の腕を取って、顔をくっつけると似たような香りがする。
こんな些細な触れ合いでも、とてもドキドキするのだ。だから、彼の体温も、香りも、何もかも覚えている。
(……飴の匂いが足りないかな)
彼のもう一つの香りは流石にベッドに残るほどではなく、少しの物足りなさに、会いたいなとヴィルマは微睡みながら思った。
夜が来れば、恋人はまたこの部屋に戻ってくる。
その事のどれだけ満たされていて、幸福な事か。彼と共にいるようになってから、待つ相手も、出迎えてくれる人もいない部屋がどれだけ寒々しかったか改めて認識したのだ。
帰っても家族はいない、その事実は思い出すだけでヴィルマの心を蝕む。共にいたかった人が失われた事が悲しくて、残された事がとても寂しかった。
帳消しには出来ない、でもそれを埋め合わせてくれた人がいた。
―――彼が大切だと、そう思う。
「…………」
うわ言で彼を呼ぶ、指が布団を掴み、顔をシーツにすりつけて、彼の香りに包まれる。
一時、彼を夢見ながら―――ヴィルマの意識はうとうとと落ちていった。