※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
3年F組・金髪先生! ~お前らは腐ったオレンジじゃねえ!

●朝の光景

 キーン・コーン・カーン・コー……ン♪

 私立グリーヴ学園の正門には、いつも通りの賑やかな朝の光景があった。
 予鈴の音が響くと、生徒達のざわめきがひと際大きくなる。
「あと5分早く家を出ろって、いつも言ってるだろうが!」
 ぺたぺたと便所スリッパの音を響かせてやってきたのは体育教師のジャックだ。
 小麦色の肌に金の髪のジャージ姿の教師は、力強く正門に手を掛ける。
「ほら、門を閉めるぞぉ!!」
「やあん、先生待ってぇ~!!」
 黄色い声が悲鳴のように湧き起こると、ジャックは何故か担いでいた竹刀で自分の肩を幾度か叩き、顔をしかめて横を向いた。
 その間に生徒達は大騒ぎで門を抜けて行く。

 ジャックが担任を務めるのは、3年F組である。
 高校3年生というのは実に大変な時期だ。身体はもう大人だが、内心では夢と不安を持てあます生徒達。すぐ目の前に迫っている進路のことや、異性のこと、家族のこと。山のような問題を抱えながら、日々残りが少なくなる高校生活を送っている。
 だが日々悩んでいるのは生徒たちだけではない。
 教室の扉を開ける前に、ジャックは長身を僅かに屈め、誰にも分からないように小さな溜息を漏らす。
 一見不遜な程に堂々として見えるジャックだが、教室に入る前のこの一瞬だけはいまだに慣れない。
(ああ……なんで俺様はこんなところにいるんだ……!!)
 こんなところ。つまりは、学園の高等部。
 教職を選んだジャックの最初の希望は初等部だった。
 日々可愛い女子小学生を見守り、花開く前の蕾のような彼女達を愛でていたい。
 ――早い話が、ジャックはロリコンだった。

 こんな男の望みを神が見逃すはずもなかったか。
 あるいは、危険な香りを誰かが敏感に感じ取ったか。
 ジャックの配属先は、高等部だった。
 残念ながら女子高生は守備範囲外。正確には既に大人に近い彼女達をまともに見ることのできない、意外なところでシャイな性格が災いし、ジャックは悲しみを胸に押し込めながらも職務に励んでいたのである。

 というわけで今日も振り切るように扉を開け、大きな声をあげた。
「お早う、みんな揃ってるかー!」
 生徒の視線が一斉にジャックに注がれる。
 この瞬間もジャックには苦行だった。
(うっ、俺を見るな……!!)
 無茶だが切実な心の叫び。
 ジャックは大股で教卓に近付くと、急いで出席簿を開く。
 順に名前を呼び、生徒の様子を見るために顔を上げるが、相手が女子学生の場合は正直言って肩を見ている。まともに顔を見ることなど、とてもできないからだ。
「えーと、アルテア・A・コートフィールド?」
「……はい」
 一見小柄な少年のように見えるアルテアが、挑戦的な目でジャックを見返してきた。
 男子用の制服を着ているが、れっきとした女の子である。
 学園では特にその辺りは問題にしていない。
 だがジャックとしては数少ない心のオアシス、高校生にしては幼い風貌のアルテアがパンツスタイルなのは少々残念なところであった。
 なので、その辺りをそれとなく伝えてみる。全然伝わってないが。

 HRを終えて教室を出る前に、端っこの席に居るアルテアに冗談めかして声を掛けた。
「アルテア、偶には女子用制服もどうだ? あ、勿論強要はしないがな!」
 アルテアはじろりと睨みつける。ショートカットの金髪はふわふわと軽く柔らかそうで、幼い顔立ちにも関わらず茶色の瞳は知的な光を帯びていた。
「こっちのほうが似合うと思ったから」
 それだけを端的に答えると、ふいと横を見る。
「確かに似合ってるけどな。ブラウスにスカートもすごく可愛いと思うんだぜ……ってうおう!?」
 ガツン。
 物凄くナチュラルにアルテアが机の下で足を振り上げ、膝が机の底を打つ。
 蹴り上げたアルテアの足捌きも、ギリギリのところで避け切ったジャックも中々のものだ。
「ハハハ、まあいろいろ挑戦するのは悪いことじゃないぜ? じゃあ今日も一日、しっかりやれよ!!」
 スチャッと二指の敬礼をおどけた風にキメて、ジャックは早々に教室を後にした。


●2限目:数学

 僅かにうなだれながら職員室に戻ったジャックは、自分の席で授業の準備に取り掛かる。
 それを見守るのは美術教師アルバート。
「ジャックがやられたようね……女子高生ごときに負けるとは金髪教師の面汚しよ……」
 オネエ口調で意味ありげに良く分からないことをコメントしつつ、貴公子然とした金髪の男は傲然と腕組みしていた。碧の瞳がひたとジャックを見据えている。
「ふふ……けれど奴は四天王の中でも最弱……」
 四天王って誰だ。
 そう突っ込んで下さいと言わんばかりの呟きをこぼし、アルバートは額にかかる髪を弄ぶ。まあ一度言ってみたかっただけで、然程深い意味はない。
 大体、ジャックにもうひとりの弟を含め、実際は3兄弟なのだから。
 寧ろジャックの心を抉ったのは、向かいの席で顔を上げた末弟ロイの言葉だった。
「ジャック先生。変態行為は控えて頂けますか?」
「へ……変態!? 誰がだ!!!」
 思わず身を乗り出すが、ロイは冷然と受け流す。
「女子高生をじろじろ見たり、視線を合わせて赤面したり。これを変態と言わずして他に何と表現するのですか」
 ロイは厳格な数学教師であり、隣のクラスの担任でもある。恐らく朝礼やHRの際に、ジャックのクラスの騒ぎを耳にしているのだろう。
「せ、赤面は変態っていうか!? 寧ろ健全だと思うぜ!!」
 ロイは返答の代わりにふっと溜息をつき、机の上の教科書類をトントンと揃える。
「妙な関心を持たなければ、皆可愛い生徒に違いはないだろう。いい加減慣れたらどうだ」
 最初は堅物でとっつきにくい印象を与えるロイだが、常に生徒のことを考える熱い心を内に秘めているのだ。
 その証拠に、昼休みや放課後になると誰かしらが質問にやってくる。
「では授業に行ってきます。ジャック先生のF組に」
 何故か後半を強調しながら席を立つロイを、アルバートが呼びとめた。
「あ、待って。ネクタイが曲がってるわよ」
 アルバートの繊細な指が魔法のように踊ると、ロイのネクタイをきちんと整える。ついでにエチケットブラシでスーツを掃い、満足げに頷いた。
「これでいいわ。さ、いってらっしゃい」
 ――念のために断っておくが、朝の新妻のお見送りではない。
 整った容姿に真面目な性格であるにもかかわらず、美術的センスに恵まれないロイの外観を整えるのはもっぱらアルバートの役目なのだ。
「ありがとう、では行ってきます」
 きりりとまなじりを引き締め、ロイは職員室を出て行った。

 F組の教室で教卓に立ったロイが教科書を開く。
 生徒達も一斉に教科書やノートを開き、ロイを見た。
「では前回の続きから。内容は覚えていますか」
 チョークを取りあげると、慣れた手つきでさらさらと図形や数式を黒板に書きあげるロイ。
 だが内心には僅かな迷いのような物があった。
 職員室ではジャックに辛辣な言葉をかけたものの、F組に来ると自分のクラスよりも何故か和気藹藹とした雰囲気を感じるのだ。
 あるいはそれは気のせいかもしれない。
 また気のせいではないとしても、ロイのクラスのように生徒と教師は親しく交わりながらも、一線を画しているのが正しい姿なのかもしれない。
 そう思いながらも、いまひとつ自信が持てないロイだった。
「と、これは応用問題になりますが、基礎がしっかりできていれば解ける筈ですね。じゃあ……」
 ロイが教室を見渡すと、生徒たちが目を逸らし、肩をすくめるのが分かった。
 少し考えて、一人の女子生徒を指名する。
「アルテア君、前で解いてくれますか」
「……はい」
 指名されたアルテアはしょうがないという表情を隠そうともせず、渋々前に出て来た。
 黒板の前で僅かに首を傾げると、少しずつ数式を書いては、また首を傾げる。
 ロイは我慢強くその姿を見守っていた。
「そこまではあっています。自信を持って」
 時折助言を挟み、例を示し、どうにかアルテアを導いて行った。
「良く頑張りましたね」
 そう言うロイの目は、思いの外優しく微笑んでいた。
 アルテアは一瞬目を見張り、それから慌てて自分の席へと戻って行くのだった。


●3限目:美術

 職員室に戻ったところで、ロイは深い溜息をついた。
「なあに、今度はロイが溜息なの?」
 からかう様に、労わるように、アルバートが声を掛ける。
「……少し自分の指導方法に疑問を持っています」
 ロイは正直に内心を吐露した。
 数学は整然として美しい、論理的な学問だ。
 秩序と理性が支配する世界はロイにとって居心地が良かった。
 だが生徒は存在そのものが混沌と言っていい。その混沌もまた愛おしいものだ。
 だからロイは悩むのだ。もっと生徒たちの中に入り、混沌に身を浸すべきなのか?
「本当に、ロイは真面目ねえ。もちろん、それが良い所なんだけど?」
 アルバートが目を細め、穏やかな声で言った。
「大丈夫よ。ちゃんとロイの気持ちは伝わっているわ。あの子たちはこっちの本気は見抜いて来るものなのよ?」
「だと良いのですが」
 生真面目に頷くロイに声をあげて笑い、アルバートが軽く肩を叩いて行った。
「じゃ、行って来るわね」
 ひらひらと手を振り、アルバートは美術教室へと向かった。

 F組の生徒たちが、それぞれイーゼルを立ててキャンバスに向かう。
 テレピン油の匂いに窓の外から流れ込む新緑の香りが混じり合い、一種独特の静謐が美術教室を包んでいた。
 アルバートはゆっくりと生徒たちの間を巡りながら、それぞれの絵を楽しむ。
 課題で仕方なく描いてはいても、それぞれの個性は隠しようもない。時折どうしても必要な場合に技術的な指導もするが、基本的にアルバートは好きなように描かせることを好んだ。
 その足がアルテアの背後で止まる。
 奔放でのびやかな線、明るく自由な色合い。それでいて基礎はきちんと押さえている。幼い頃にきちんとした教育を受け、生来の才能がその土台の上に花開いているようだった。
 思わずアルバートも笑顔になる。
「素敵ね、とってもいい絵だわ」
「……」
 アルテアはちょっとふてくされたような顔になった。
 自分の大好きな絵を、専門の教師に褒められたのだから嬉しくない筈がない。
 だがアルテアの家族は学問を疎かにして絵にかまけていると言って、彼女が絵に夢中になることを余り良く思っていなかった。
 だから褒められたときにどうすればいいのかがわからないのだ。
 そこでアルテアは、返事の代わりに突然席を立った。
「あっ」
 隣の女子生徒が小さく声を上げる。パレットにアルテアの肩が当たり、乗せていた入れ物からテレピン油がこぼれ出したのだ。
「ごめん! 大丈夫!?」
「違う、僕が急に立ったから」
 制服の肩を油で濡らしながら、アルテアは少し泣きそうな顔をした。
 素直でない自分を何かが罰したような気がしたのだ。
「怪我はない? だったら控室で少し汚れを落としておきましょうか」
 アルバートの助け船に、今度はアルテアも素直に頷いた。

 上着を脱ぐと、中のシャツまで油に汚れていることがわかった。
「早く洗濯した方がいいかもしれないわねえ。体操服は持ってるかしら?」
「持ってる」
 アルテアはこくりと頷いた。
 むしろ体操服でいられるのは嬉しかった。ジャージには男女の区別がない。
 アルバートは少し迷った後に、一応尋ねてみる。
「貴女の体格に合う、女子用の制服は予備があるのよねえ。もし良かったら、だけど」
「え……」
 アルテアの顔に困惑が広がる。
 男子の制服はコンプレックスの裏返しなのだ。どうせ自分が女子の制服を着ても、女の子扱いなんかされない。だったら最初から、女の子の服なんか着ない。
 そんな複雑な内面に気付かないふりをして、アルバートはブラウスを取り出す。
「どう? こっちだけでも。私は少し授業を見て来るわね」
 後はアルテアが選ぶことだ。アルバートは笑顔を向けると、部屋を出た。


●廊下での遭遇

 アルテアは何か怖い物を見るように、女子用の制服を見つめた。
「ブラウスぐらい、なら……油、気持ち悪いし。体操服、取りに行けないし」
 自分に言い訳しながらブラウスに袖を通す。肩や袖口が僅かに膨らんだ、柔らかなライン。
「パンツにはやっぱり、あわないかな」
 続いてスカートをはいてみる。姿見に映る自分が自分でないような、妙な感覚だった。
「やっぱりおかしいよね?」
 女の子に見られたい。でもどうせ女の子だなんて思われないから。
「だからこれは、僕の体操服を取りに行く間だけ……!」
 アルテアは自分にそう言い聞かせて、勢いよく控室の扉を開いた。
「うおっ!?」
 突然聞こえた男の声に、アルテアが身構える。
「あー、びっくりした。って、アルテアか! どうしたんだよ、可愛いじゃねえか」
 そう言って目を見張っているのは担任のジャックだった。
「……ッ!!」
 咄嗟に足が出る。
「ぐほぉ……!?」
 アルテアの不意打ちに、ジャックは脛を抱えて屈みこんだ。
「な、なんでだ? 褒めたんじゃねえか!!」
 その大声に、隣の教室からロイが顔を覗かせた。
「どうしたんですか、ジャック先生。授業中は静かにしてください……おや」
 ロイも少し驚いたようだ。
「な、可愛いよな? 男子の制服も良いけどさ、お前が本当はどうしたいのかが一番だと思うぜ!」
 屈みこみながら、ジャックが顔を上げた。その顔には満面の笑み。
 だってすぐ目の前には、少女の白い生足が……!
「良いことを言っていても目が不審なんですよ」
 ロイが絶対零度の声音で、出席簿の角を鋭く振り下ろした。
 アルテアは無言で身を捻り、ジャックの首の付け根に肘を叩きこむ。

 ロリコン教師の悲鳴が響く廊下に、アルバートが佇んでいた。
 油汚れのついた白衣が、何故か風もないのに靡いている。
「ふっ、腐っていたのは教師だったということかしら……でもジャック、ロイ、貴方達もここで色々な事を学ばなければね」
 アルバートの笑みが全てを物語っていた。
 そう、初等部を希望していたジャックを高等部に送り込んだ黒幕こそ、この長兄アルバートだったのだ。
「ロリコンが一時の気の迷いなのか、それとも相手を尊重しつつその道を極めることができるのか。でもね、様々な道を知ってこそ、真理に近づけるものなのよ」
 慈愛の瞳でめちゃくちゃな論理を展開する美術教師。
「強くなりなさい、ジャック……!」
「ぎゃああああああ」
 ロイとアルテアにボコボコにされるジャックは、打たれ強くはなれそうであった。 


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka1305 / ジャック・J・グリーヴ / 男 / 19 / 新米体育教師】
【ka1310 / アルバート・P・グリーヴ / 男 / 25 / 愛の美術教師】
【ka1819 / ロイ・I・グリーヴ / 男 / 18 / 冷静な数学教師】
【ka2553 / アルテア・A・コートフィールド / 女 / 12 / 男装の女学生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
まさかのFNBで学園物。素敵な御兄弟とお嬢さんを大変楽しく執筆致しました。
口調や関係等は、原則として本来のキャラクター設定に準じたものとしておりますが、違和感があるようでしたらご指摘ください。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
  • 0
  • 3
  • 1
  • 0

発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)
副発注者(最大10名)
アルバート・P・グリーヴ(ka1310)
ロイ・I・グリーヴ(ka1819)
アルテア・A・コートフィールド(ka2553)
クリエイター:樹シロカ
商品:WTアナザーストーリーノベル(特別編)

納品日:2015/05/25 15:34