※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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Kirschbluete
塵埃がさっと巻き上がる。ミィリアは春の陽気の中で箒を使って庭先を掃いていた。
手際よく掃き掻き集められた塵の中に、ミィリアはぽつぽつと紛れている白い花びらを見つける。
「あ、桜……」
どこかで散って、風に舞い流れてきたのだろうか。
目を閉じて浮かぶのは、かつての主が生きていた頃の記憶。その時もまた、今のように桜が舞う季節であった。
●花は桜木
「おお、いたかミィリア。どれ、ちょっと老いぼれの話に付き合ってはくれないか」
縁側で湯飲みを片手に笑っていたミィリアにとっての、元の主。人の良い笑顔を浮かべた老人は、慣れたように体を動かし、一人分の隙間を空けている。
「仕事中だよ」
ミィリアが苦笑しながら答えれば、彼は朗らかに笑って、
「気にするな、休憩も必要じゃろう?」
と言った。そのまま彼は空けた自分の隣をぽんと叩いて座るよう促す。ミィリアも促されるままに腰掛けた。
老人がミィリアに、と用意した湯呑みに茶が注がれていく。
「やるのに……」
「なんでも任せきりじゃ呆けてしまうでな」
かかかと声を上げて笑いながら老人はそっとミィリアに茶を勧めた。
もう、と言いながらも、ミィリアの顔には微笑みが宿っている。老人がこうやってメイドであるミィリアを、孫のように扱うことは度々あった。
「今日はどんなお話してくれるの?」
「そうじゃなぁ……」
急須を置いてから一口、彼は自分の湯飲みから茶を啜ってから、
「日本の人々を魅了するものに、桜という花があるんじゃが」
と言って、話し始めた。
「たとえば今みたいな春には満開の花びらが、夜だろうと……雨模様だろうと、そして散り際でさえ人々を惹きつける」
どこか遠くを見るように語る老人の話に、ミィリアも春の美しい桜の花を思い浮かべながら聞き入っている。
老人は続けた。
「散った後も、葉桜って言ってな。この姿も人々には愛されておる。その季節も過ぎた夏の桜には、生命力を感じさせる力強さがあるな」
色付いていた花も散り、葉を残して佇む桜の、力強く逞しい姿をもまた、ミィリアは思い浮かべた。
空想の中の桜の木々の下には、夏の桜を楽しむ人の姿も現れる。
「花がなくなっても綺麗なんだね」
素直な感想に、おうよ、と老人は頷いてまた茶を一口。ミィリアもそれに倣って一口飲んだ。
クリムゾンウェストのここではないどこかでも、そうして人々を楽しませているのだろうか。
「……秋を経て、冬になり葉が全て落ちても、雪が積もればそれが花のようだと言われる程に忘れがたい存在感を放ってるものだ。移ろう季節に決して抗うことなく、それでも必ず自身の魅力を放つ」
ここまで言い切ってから、老人は言葉を切り、ミィリアをしっかりと見つめる。
春の風が沈黙を切り裂いていった。少しの間の後、老人はぽんと、今度は自らの膝を叩いて話題を変える。
「さて、いつもよくやってくれてるからな。ひとつ、ミィリアにはぷれぜんとをやろう」
「なに?」
老人に浮かぶ表情は朗らかな微笑から、なにやら真剣な顔つきに変わった。
ミィリアは、老人の言葉を待った。
「名前だよ。『春霞』……どうだ、いい名前とは思わないか」
「春霞……」
春霞たなびく山の桜花見れどもあかぬ君にもあるかな
ふと、いつの日にか教えてもらった和歌がミィリアの脳裏を過ぎった。
春霞がたなびく山の桜のように、どれだけ見ていても飽きぬ君……という意味だったような気がする。
どれだけ見ていても、飽きぬ桜。
「ミィリアも、そんな桜のように在れ」
こう言った老人は朗らかに笑っていた。
●人は武士
二人の湯呑みも空になる頃。
ミィリアはそれらを片付けながら、思い出したことを言葉にする。
「春霞って、おじいちゃんの故郷の名前じゃなかった?」
老人は自らの顎に手を当てて、嬉しそうな、照れるような顔で答えた。
「よう覚えているな。ああ、そうじゃな」
「桜が綺麗だって言ってたよね」
記憶を遡りながらミィリアは言う。そんなことを、いつの日にか老人が言っていたような気がした。
「ああ、そりゃ綺麗なもんだったなぁ……」
はるか故郷を思い出しながら、老人はしみじみと語る。
「わしも幼い頃からずっと春が楽しみじゃった。また見たいものだ」
しかし郷愁もそこそこに、からっとした調子で続けた。
「ま、今度帰るときはミィリアも一緒じゃ。そんで、酒でも飲み交わそう」
満開の桜の木の下で。そういって交わした約束も、結局は果たされることはなかった。
彼もまた桜の花のように潔く、命を散らして行ってしまったのだ。
春霞。大好きな人の故郷の名であり、その人から貰った名前。形見……のようなものでもあった。
その名に相応しく在りたい。ミィリアはそう願う。いつか、胸を張って名乗ることが出来るように。
「なんだか懐かしくなっちゃった」
回想も終わり、また箒を動かすミィリアのもとに、誰か道場の客人がやって来る。
「あ、お客さん!こんにちは!」
ミィリアの道はまだ始まったばかりだ。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2689 / ミィリア / 女性 / 12歳 / 闘狩人(エンフォーサー)】