※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
アタラクシアに至る道

●邂逅
 乾いた音が響き、大小様々な鳥達が羽音を立てて空いっぱいに飛び立つ。
 雲類鷲 伊路葉は軽く身構えつつ、銃声のした方へと目を凝らす。
 まっしぐらに空を翔けて飛び去る鳥たちの中から、黒い影がひとつ、羽を散らしながら落ちていった。
 伊路葉はそれを見届けて、また歩き出す。

 鬱蒼と茂る木々、そして草の匂い。
 都会に暮らしていると忘れそうになる感覚が、少しずつ呼び覚まされる。
 枯れ草を踏む音が近付いてきて、伊路葉は足を止めた。
 道に現れたのは長身痩躯の青年だ。
 色白の肌、白く光る髪、こちらに対して警戒の色を隠そうともしない紫の瞳。
 その姿が与える印象は、お世辞にも頼りがいのある男のものとは見えなかった。
 だが細い腕には獲物を提げ、もう片方の手には見事に磨きこまれたライフルを持っている。
 伊路葉はいつも通りの一切の感情を排した、けれどどこか柔らかく響く声で語りかけた。
「貴方がネイハム・乾風ね?」
 青年は怪訝そうに眉を寄せ、小さく頷く。


●達人
 リアルブルーからやって来た伊路葉がクリムゾンウェストについて感じたのは、「人間のいる限り何処もそれ程変わらない」ということだった。
 勿論、キノコの精霊が街中をうろうろしていたり、食堂ではエルフやドワーフが隣の席で食事をとっていたりする光景には多少なりとも驚いたものだ。
 だがそういったことに慣れて来ると、次第に見えて来るものがある。
 人間のある所、貧富の差があり、満たされぬ欲望があり、そして犯罪がある。
 ハンターと呼ばれる存在になって闘うのは、歪虚の様な敵ばかりではない。普通の人間の手に余るような咎人の存在も知ることとなる。

 だが、彼らが意思の疎通ができる存在であることは間違いない。
 少なくとも伊路葉はそう思う。
 不遇な過去は彼女をひとりで生きることに慣れさせていた。
 慣れてはいたが、ひとりの世界で全てが完結していた訳ではない。
 弱い心を必死に鼓舞しつつ、どこかで求めていたのは教え導き、共に歩んでくれる大人の存在。
 自分は軍人として今日まで生きることができたが、咎人たちとて誰かが手を差し伸べれば、顔を上げ、暗い場所から出てこられるかもしれないではないか。

 伊路葉は、咎人達にも生きる目的を持つことは許されるはずだと思っている。
 拭いきれない罪を背負いながらも、新しい人生を歩むこと。それが何故いけないのか?
 そこでこの地で彼らの受け皿を作ろうと思い立った。
 富豪の協力者に資金提供を願い出て、各所を奔走する。
 その結果、それなりの金額を積んで彼らを牢獄から解放し、その金を返済するまで社会奉仕の任にあたらせるというシステムを作り上げた。
 だが、まだ足りないモノがあった。
 それは咎人が万が一脱走した際に、確実に身柄を確保する者。伊路葉自身も無論その責を負うのだが、もう少し仲間が欲しいところだ。
 伊路葉の熱心さに半ば呆れながらも、顔見知りの男が、随分昔にリアルブルーからやって来た銃の達人の事を教えてくれた。
 だがやっとのことで尋ね当てた達人は年老いており、既に引退を考えていると言った。
 引き留めようと身を乗り出す伊路葉に、老人は笑ってある男の名を告げたのだった。


●獲物
 狩りの際に使う小屋には、ちょっとしたキッチンもある。
 ネイハムは大鍋を火にかけると外に出て、慣れた手つきで獲物の羽をむしり、下処理を済ませた。
 その間に伊路葉は、聞いているのか聞いていないのか分からない相手に、自分の作ろうとしているギルドの話を語って聞かせる。
「……という訳。貴方の技量はお爺様が保証するとおっしゃっていたわ。どうかしら、協力して貰えない?」
「……協力、ね……」
 ネイハムがようやく鍋から目を離し、ちらりと伊路葉を見た。
(……協力って……どう見ても引っ張っていく気満々にしか見えない、よね)
 祖父と二人で長く過ごしてきたせいか、ネイハムは他人と話をするのがあまり得意ではなかった。
 しかも、見るからに毅然とした、意志の強そうな、まるで氷柱のような女。
 正直言って、ネイハムが苦手なタイプの人間だ。
(……結構美人、なんだけどね)
 小さく嘆息すると、ネイハムはまた鍋に視線を落とす。

 勿論、伊路葉はこの程度では引き下がらない。
 ネイハムの力が必要であることを重ねて説明する。
 狙撃手である伊路葉には、先程の鳥撃ちでネイハムの技量が並々ならぬものであることが良く分かっていた。
 だからこそ、諦めるつもりはない。

 しかし残念ながら、ネイハムは話のほとんどを聞き流していた。
 彼がこれまでの人生で身につけて来たのは、銃の扱いと、人間の扱い。
 人は適当に相槌を打っておけば、自分の期待する回答を勝手に引き出して帰ってしまう。後日また現れれば同じことを繰り返せばいいのだ。
 ネイハムにとっては他人との関わりは面倒でしかなかった。
 人間が集まると面倒事が起きる。それに巻き込まれ、自分の生活を乱されるのは耐えがたいことだ。
 こうして珍客がひとり現れるだけでもう、ネイハムはうんざりしてしまう。
 自分から赤の他人に関わって、面倒事に首を突っ込んで歩こうという伊路葉のような生き方は、ネイハムには到底理解できない。
 彼の心を動かす物は、冷たい銃身、そして銃口の先の獲物のみなのだ。

 その間もずっと伊路葉は静かに語りかけていた。
(……氷柱みたいに鋭い上に、根雪のように頑固、だね)
 軽く肩をすくめると、ネイハムは口を開いた。
「雲類鷲さん」
「なにかしら?」
 不意にこちらを向いた青年の目を、伊路葉は真っ直ぐに見つめ返す。
「……そこ、鍋通るから、さ。ちょっと退いてもらえる……かな?」
 伊路葉はしゃんと背筋を伸ばした姿勢のまま、二歩ほど後退した。


●信念
 ネイハムが手渡す椀を、伊路葉は両手で律義に受け取り礼を言った。
「有難う」
 暖かい汁物がいい匂いを立てている。一口啜ると、どこか野性味のある、だがしっかりとした旨味が口の中に広がった。
「美味しいわ」
 そこで伊路葉は毅然と顔を上げる。
「ねえ、生を求めるのは間違っているの?」
 唐突な問いに、ネイハムの視線がテーブルの木目を無意味になぞっていく。
「そも本能に正も誤もないよ。変な事を聞くね」
 じゃあ、と伊路葉が身を乗り出した。
「美味しい物を食べたい、自由に外を歩きたい。一度罪を犯せば、そんな生きていく上で当たり前のことを求めることすら、永遠に許されないなんておかしいと思わない?」
 ネイハムがゆっくりと視線を上げる。けれどその目が見ているのは伊路葉の肩越しに見える窓の外の光景だった。
「……俺が許すとか許さないとか、そういうものでもないんじゃない、かな」
 ネイハムは自分に語るかのように言った。
 そして続けた。
「ひとつ聞いてもいい?」
「何かしら」
「俺の仕事が、咎人とやらを逃がさないことだとして。追いかけて捕まえられなかったら、どうするの?」
 相変わらず独り言のような、ぼそぼそと呟く声。
「逃がさないのが仕事、ね」
「……俺の力が欲しいんだよね。俺が銃を扱うことは、勿論分かってるんだよね?」
 その瞬間。
 伊路葉はネイハムの紫の瞳が、暗紫色の炎を燃えあがらせたように思った。
 本能には正も誤もない。先刻の言葉は彼の信念なのだろう。
 獲物を撃ちたいと思う衝動は、恐らくは銃を手にした者の本能。
 目の前で逃げる咎人の姿を目にすれば、ネイハムは引鉄を引くだろう。
 相手が人であっても。否、人であるからこそ。
 どこまでも正確に、そして無慈悲に。
 それを分かって、お前は獲物を追えと言っているのか……?

「ええ。勿論、分かっているわ」
 伊路葉はそれだけを答えた。
 信じると決めた。咎人たちの未来を、心を。
 けれど保険は必要だ。全員が過去を心から反省し、伊路葉の信念に従うと無邪気に信じる程、甘い幻想は持っていない。
 だが十人のうち九人に裏切られようと、後の一人が生きることは素晴らしいのだと知ってくれれば、決して無駄ではないはずだ。
 ならばこの青年をも信じよう。

 幻のように暗紫色の炎は消え去り、そこにいたのはやはりどこか頼りなげな青年だった。
「……じゃあいいよ。よろしくね、雲類鷲さん」
「有難う。これからよろしくね」
 差し出された手を握り、伊路葉は微笑む。
 この握手は、長く困難な道程の第一歩にすぎないのだ。
 その道は優しく穏やかな心で咎人が生きる未来へと続いていくのだと、今は信じて。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2718 / 雲類鷲 伊路葉 / 女 / 26 / 焔燃ゆる氷柱】
【ka2961 / ネイハム・乾風 / 男 / 28 / 銃口向ける先】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。リアルブルーのどこかにあるギルド創設前の物語のお届けです。
アタラクシアとは平静な心の状態を意味するそうです。
二人の人間が理解し合うまでにも途方もない時間と経験が必要なもの。
そんな経験の一幕と考えて執筆致しました。お気に召しましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
雲類鷲 伊路葉 (ka2718)
副発注者(最大10名)
ネイハム・乾風(ka2961)
クリエイター:樹シロカ
商品:WTアナザーストーリーノベル(特別編)

納品日:2014/12/01 17:22