※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
枷のある自由

 夢さえ見ない眠りだった。ため息をするように、俺は目を覚ます。
 ぼんやりと、白い天井が見えてくる。起き上がろうとすると、体が動かなかった。よくみると、俺の首、手、足には鎖で連結された枷がはめられており、同時に、寝かされているベッドに皮のベルトで縛り付けられていた。
 状況が飲み込めない。動く範囲で顔を動かし、周りを見ると、壁も天井と同じ白色をした正方形の部屋だった。変わっているのは扉で、全体に鉄格子が嵌められていた。尋常の部屋でないことは直ちに了解された。
 扉の方から足音が聞こえてきた。白衣を着た女が通りかかったのだ。
 俺は女に呼びかけた。
 女も俺に気付いて、鉄格子の鍵を解錠し、部屋に入ってくる。すらりとした鼻梁に銀縁の眼鏡をかけた美しい顔の女だった。俺の横倒しになった目線にはちょうど彼女の白く瑞々しい足が見える。あんな足があれば、さぞどこへでもいけるだろう、と俺は思った。
 俺はこの状態からの解放を申し出た。
 しかし、女は首を横に振り、「それは私の一存ではできないの」と答えた。
「あなたの名前は?」
 女が訊いてきたので、俺は適当に「マイク」と名乗った。本名や出生を教えてやる謂れなどなかった。
「そもそもここはどこなんですか?」
 俺がそう聞くと、彼女はここが収容施設であること、そしてこの部屋が特に問題のある患者を入れておく隔離室であることを説明した。であるとするなら、この白衣を着た女は医者なのだろう。
 俺はもともと、ある貴族の屋敷に住み込みで働いていた。どうやら俺が、剣で体を突き刺しては治癒するのを繰り返しやっていた、つまるとこと自傷行為の常習犯だったこと主人にバレたらしい。そこで、俺は気絶させられてここに放り込まれたという訳なのだそうだ。
「そういうわけだから、自傷、さらに進んで自殺の恐れがある患者として、私はあなたを診ているの」
 彼女は最後にそう言った。
 この日から、俺の隔離室での生活が始まった。

 女医は俺の担当医であるらしく、毎日やって来ては、問診をした。
「どうして、自分の体を傷付けるの?」
 或る日、彼女が訊いた。その瞳には、職務や興味以外の親しみの感情がこもっているように、俺には見えた。
 仕方ありませんね、と前置きして俺は答える。
「覚醒者は治癒力も高く便利な体なのだから、堪え難い感情の矛先が自分の体に向かっただけですよ」
 それを聞く彼女の瞳には俺は写っていない気がした。
「死ぬほど辛くても、死にたいわけではありませんよ」
 俺はどこか彼女を安心させるように言っておいた。

 夜になっても俺は彼女が時折見せる、遠い目のことが頭の中で渦巻いていた。
 しかし、そんな思考は、呻き声で中断される。
「殺してくれ」
 という声がどこかの部屋から漏れて来る。繰り返し、繰り返し。毎晩、毎晩。それは俺の耳でも反響して、終わらないエコーになっていた。
 また別の部屋では、喚き声とともに暴れる音が聞こえる。
 隣の部屋からは、一定のリズムで壁を打つ音がしてくる。
 夜になるといつもこうだ。狂人たちの本性が現れる。
 俺も、今やその一人だった。何やら怪しい薬を毎日投与され、拘束されてベッドに寝かされている。
 だが、俺はまだ狂っていないつもりだった。しかし、このままここに居続ければ、俺もどうなるかわからない。
 俺が、俺を保っている前に、ここを抜け出さなければならない。
 脱走。
 そう考えた時、俺の思考はぱっと弾けた。
 脱走。それしかあるまい。
 その時同時に思い出されたのは女医のあの足だった。
 あんな足があれば、どこへでもいけるだろう。瑞々しくしなやかに、飛ぶように走っていけるだろう。
 俺は脱走を計画することにした。この拘束された体では艱難を極めるだろう。しかし、俺は、やらねばならなかった。

 彼女は問診に来るときは、患者が、つまりは俺がいつ暴れだしても良いように、隣には二人の男の看護師を従えていた。
 俺は暴れることなどしなかった。そんなことをしてしまってはここでの生活が長くなってしまう。脱走のためにも、とりあえずはおとなしくして、模範的な患者を装うことにした。
 或る日の問診の最中に、廊下の向こうから叫び声が聞こえて来た。音だけでもわかる。複数の患者が暴れているらしい。
「庭の方だ。誰か救援に来てくれ」
 彼女は側にいた看護師にすぐ救援に向かうように指示した。
 部屋で、俺は彼女と二人きりになった。
「いつになったら、この拘束は解けるのでしょうか?」
 俺は試しに訊いてみた。
「俺はあの患者たちのように暴れたりはしませんよ」
 彼女はやはり、どこか遠い目をしていた。そして、俺の胴と腕を一緒くたに縛っているベルトに手をかけた。
 拘束が解かれるかと思ったその時、あの看護師たちが帰って来てしまった。よく聞けば、騒ぎはいつの間にか静まっていた。
 彼女は何事もなかったかのように、いつも通り問診を続けるふりをした。

 夜になると、当直の看護師が見回りに来る隙をついて俺は、ベルトが外れないかどうか試していた。
 俺は、ベルトを千切らんとして体を目一杯動かした。今までも何度か試しているが、できた試しはなかった。
 が、今日は違った。腰のベルトが緩いのである。
 そうか、と思った。問診の時、彼女が手をかけたベルトだった。確かにベルトはゆるまって居たのだ。
 俺は渾身の力で、ベルトから腕を引き抜いた。ベルトとこすれた部分は赤く擦過していたが、関係ない。
 手が引き抜ければ、もう、問題ない。手枷が俺を拘束して居たが、それはベルトに比べれば可愛いものだった。
 俺はようやく、すべてのベルトを外し自由になった。
 しかし、扉があった。確か鍵がかかって居たはずだ。だが、それはするりと開いた。
 なぜ、という疑問に支配されたが、脱走してしまえば関係ない。俺は昼間に看護師たちが言って居た庭の方に向かって行った。
 久しぶりに当たる夜の風は気持ちよかった。空には満天の星空があった。
 庭の端まで行けば塀なり門なりがあるはずだ。それをよじ登ればいい。枷はあるが、やるしかない。
 走りだした刹那、俺の足は止まった。庭に置かれた、あるベンチに彼女が腰かけていたのだ。
 彼女は、別に驚いた風もなく、俺を見て居た。
「……鍵が開いたままだったのは、あなたのせいですね」
 彼女は肯定するように微笑んだ。
「なぜです?」
 女は語り始めた。自分には弟がいたこと。そして、弟は精神疾患を患っていたことを。施設の中で死んでしまったことを。
「あなたは……あなたたちは、どこに行こうというの? 私にはわからないわ」
「……ここに居ても、答えなど出ませんよ」
「弟も同じことを言っていた」
 彼女の行動は、贖罪か懐旧か、それはわからない。
 俺はそれでも行かねばならない。この閉塞感の答えを知らないことには、生きることは耐え難い。
「あなたの身に何かあったら、私の立場も危うくなるんだけど、もう遅いわね」
 女医は俺を見つめていた。その瞳はついに思い出の中の弟ではなく、俺を見ていると確信できた。
「恩にきます。朝には必ず戻ります」
「裏口を使いなさい。そこなら見つからずに出入りできる。鍵は開けとくわ」
 夜風が吹き抜けて、女医の髪を揺らしていた。
 俺は走りだす。ここではないどこかを目指して。
「監禁するなら地下に隔離室を作るべきね」
 風に乗って、そんな呟きが聞こえた気がした。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2726 / Gacrux / 男 / 23 / 闘狩人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 カッコーの巣の上にも、星は輝く。

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発注者:キャラクター情報
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Gacrux(ka2726)
副発注者(最大10名)
クリエイター:ゆくなが
商品:シングルノベル

納品日:2018/02/27 11:09