※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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鏡の夜
俺はまた、コップに注がれた水を一気に飲み干した。
ひんやりした感触が喉を抜けて、腹の中へ消えていく。
満たされない、という思いだけが満ちていく。
精神がささくれ立つほどに、静かな夜だった。俺は全く眠れず、ベッドに腰掛けて、ベッドサイドテーブルに置いてある水差しからコップに水を注いでは飲んでいた。
「カレンデュラ……」
我知らず、俺は呟いていた。
考えるのは、彼女──カレンデュラのことばかりだった。
彼女はもう存在しない。俺は自問自答ばかり繰り返す。
自分自身に問いかけて、自分で答えて、そしてその答えをひっくり返す。眠れないから考えているのか、考えているから眠れないのか、もうわからない。
ああ──言葉が蘇ってくる。
「クリュティエ、あんたは仲間と共にいたいと願うのですか?」
「そのために──我はここに来た」
カレンデュラの複製たるクリュティエに会うのは、リアルブルーの月の戦いで二度目だった。
一度目はリアルブルーの日本だった。クリュティエはあの時、黙示騎士と息の合った戦術でハンターと渡り合った。
だから、気付いてしまった。クリュティエは歪虚を仲間と思っているであろうことに。
別に、彼女の口からそうだと認めて欲しかったわけではないのだ。でも、その考えは最早俺の中で無視できないものになっていた。見ない振りはできなかった。だから、月の戦場で問うたのだ。
クリュティエははっきり歪虚を仲間だと言い、作戦が失敗しようとも仲間の黙示騎士を守ることを優先させた。
その言葉を聞けば……この想いは冷めると俺は思っていたんだ。
だが、現実は違った。愛しさは加速するばかりだ。
クリュティエはカレンデュラの複製だ。ならば、思考が似ていることは当然だろう。
当然だから……考えてしまうのだ。
『未来を見ることができないのなら、今を永遠にしたい』というクリュティエの願いは、カレンデュラの願いの本質だったのではないだろうか?
ごとり、と重い音を立てて、コップが床を転がった。
思考に集中しすぎるあまり、手元が疎かになったのだ。
幸い、中身はなかったので、床を濡らすことはなかった。
俺は屈んで、コップを拾い上げようと手を伸ばす──
──例え、それがカレンデュラの願いの本質だったとしても、いじらしいとさえ思えた。
「我は今を永遠にしたい。そして未来を否定する」
「いつか必ず別れが訪れる未来ではなく、最期まで仲間と歩むために」
それはカレンデュラがしたくてもできなかったことだった。
俺の知っている彼女──快活に笑ったカレンデュラは、守護者の務めに自分の悲しみを押し殺し、気丈に演じていた姿だったのだろうか。
彼女は強がっていたのだろうか……
『だったら、お前はどうしたい?』
床に転がったコップに手が触れる寸前、そんな声が聞こえた。
この部屋には俺以外誰もいない。
で、あるのなら──この声の原因は俺しかいないだろう。
『素直になろうぜ、俺。そんな自問自答はただの言葉遊びだぜ』
コップの曲面に歪んだ俺が映っていた。
カレンデュラ……貴女の強さも、弱さも知りたいと思っていた俺は、本当に、救いようのない馬鹿だ。
『愚かさに身を委ね、落ちるところまで堕ちればいい』
コップに映った俺は、そんなことを喋っている。
『なあ、ところで。あの複製の女は今頃仲間の黙示騎士達と仲良くしてるのかねえ?』
そう言って、卑しい笑みを浮かべた。
クリュティエは今も世界のどこかで黙示騎士達と過ごしているのだろうか。
彼女の隣にいるのは、俺ではない。リアルブルーを凍結にまで追い込んだ、黙示騎士達だ。
いや、それでも……、
仲間と共にいて寂しくないのなら、それも、悪くはないか……。
『思い出せよ。あの複製女が仲間に向けた微笑みを!』
月での戦いで、仲間の黙示騎士を庇い、微笑みかけたクリュティエの顔を思い出す。
仮面で隠れていたけれど、あれは本当に優しい、慈愛に満ちた微笑だった。
コップに映った俺がにまにま笑っている。
歪んだ俺の姿は、何だか顔を損壊した死体じみていて、歪虚のようにすら見えたのだ。
『俺は、俺の声に素直になるべきなんじゃないのかい?』
俺が隣にいなくても、彼女は幸せなのだろう。
本来なら、嫉妬に狂うことかもしれない。
けれど、俺の胸にある、嫉妬と言うには緩やかで、安らぎとも温もりとも付かぬこの感覚は、自分でもよく分からない……。
歪虚とは何なのか、改めて考える機会が多くなった。彼らは未来に背く存在だ。永遠の停止の体現者だ。
ならば、悲嘆に暮れる生者と、歪虚の心に、特別な違いなどあったのだろうか?
過去に囚われる人間とどう違うというのだろう。
違いなんて、どこにもなくって。
手を伸ばせば届きそうな……
「違う」
俺は反射的にそう口にした。
『違う? 違うだって?』
愉快そうに、映った俺は言う。
『そう線引きすることで自分を保っているだけでは?』
「……違う」
俺はコップに伸ばした手を引っ込めて拳銃の銃把を握った。無機質な感触が俺に殺せと命じていた。
カレンデュラ……
俺は、俺の物差しでしか物事を見れず、この先も貴女の幻影たるクリュティエにエゴを振りかざし続けるのだろうか。
そこに、貴女の笑顔はあるのだろうか。
『人間だとか、歪虚だとか、もうどうでもいいだろ。共に過ごせるなら』
「……黙れ」
俺はコップに映った自分に向けて発砲した。
粉々になって、俺が、コップが砕ける。絶命の声が頭蓋骨の中に響いた。
『共に過ごせるなら、それでいいじゃないか!』
今度はテーブルに置いてあった水差しに俺が映っていた。俺は一撃で俺を黙らせる。
『だってさ、それはとても幸せだろう!』
続いて、部屋にある鏡に映った俺を、俺は銃撃する。
飛び散った硝子片が俺の頬に刺さっていた。でも、それがどうしたと言うのだろう。
部屋に銃声が反響する。
俺は、弾丸のある限り引き金を弾き続けた。
弾丸が発射されて、新たに弾丸が薬室に送られて、再び発射され、鏡が罅だらけになる
弾を浴びせられるたびに、俺の鏡像は歪んで絶命の声をあげ、消滅した。歪虚のような俺は消えても、俺の姿は鏡に映り続ける。
いくら殺しても、消えてくれない俺を俺は射殺し続け、最後の弾丸を放った刹那、鏡にあるものが映った。
体の半分が歪虚、赤い髪をポニーテールにして、白いメッシュの入った女……
──カレンデュラ……?
彼女の青と赤の目が俺を見た──気がした。
直後、弾丸がカレンデュラを撃ち抜いて、その衝撃でついに鏡が粉々に砕け散り、ものを映すという役目を果たせなくなった。
絶命の声は聞こえない。
一瞬見えたカレンデュラも、もうどこにもいない。そもそも彼女はもう消滅している。
硝煙の匂いが鼻をついた。
あのカレンデュラは幻だ。
あの歪虚の声も幻だ。
──本当に、幻か?
俺は、歪虚に付け入る隙を与えているのだろうか。
……あちら側に引き込まれぬよう、気を付けねばなるまい。
俺は頬に刺さった硝子の破片を抜き取った。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2726 / Gacrux / 男性 / 25 / 闘狩人】
【kz0262 / カレンデュラ / 女性 / 17 / 仇花の騎士】
【ゲストNPC / クリュティエ / 女性 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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鏡に映った己の顔が歪むのは、己故か
それとも、鏡が歪んでいるからなのか