※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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but for your road
帝都バルトアンデルスが半壊状態から脱し始めれば、人々にも余裕が生まれはじめた。
まずは物資の余裕。予め備えられていた備蓄の解放、かの作戦が収穫期を前にどうにか終息を迎えたことは幸いだったのだろう。
心の余裕。住処を失った者は少なくない。けれど予め避難を促すにあたり、その対策はもちろん考えられていた。軍事国家ゆえの体質がうまく働いたと言えるだろう。
正しき欲は願いや目標と名付けられ、より大きな成果の為に前へ進む力となる。
悪しき欲は破壊や混乱を巻き起こし、己に限らず周囲をも誘い込む障害となる。
民は翻弄され、惑う。彼等を導くための立場となる者達にも波及していくのだ。
「……ったく、本当にキリがないんだな」
先ほどまで過ごしていた建物から出て、扉が閉じたのを確認してから。呆れた声が漏れるのは仕方ないとばかりに春日 啓一(ka1621)がぼやいた。
たった今そこで一仕事終えたばかりではあるのだが、達成感とは程遠い。気分としてもあまり良いとは言えなかった。
腕を伸ばし、凝り固まった筋を解すように身体を捻る。身体的な疲労はさほどないが、フェリアの後ろで護衛として待機するだけというのは、これがなかなか……身体が鈍ってしまいそうだ。
「お疲れ様です、啓一」
取り交わした書面を丁寧にしまいこんでから労うフェリア(ka2870)の声はいくばくか硬いもの。それは先ほどまでの交渉を引きずっているのかもしれない。
「しかし、これが帝国貴族としての義務でもありますから」
それをこなしてこそ胸を張れるというもの。なにも成さないのであれば、立場なんて意味がありません……そう、続けようとしてから。少し首を傾げた。
「……でも。これは私の立場で在り責任であり義務。啓一は、無理に手伝わずともいいのですよ?」
「今更何言ってんだ。俺が手を貸すっていって、受け入れたのはフェリア、あんただろ?」
ここまで肩が凝るとは予想以上だったがな、なんて軽く返す啓一もどこか声が硬い。次の場所へと足を向け始めはしたが、どうにも納得がいかないのか軽く身を跳ねさせるように歩きだした。
確かに、はじめはただの手伝い程度のつもりだった。
復興というものは、一個人が努力すればどうにかなるというわけでもない。それを取りまとめる存在、この場合は国が主導して進めなければすぐに滞り立ちいかなくなる。
転移者でもある啓一はそれこそ何年もこの地でハンターをしているけれど、咄嗟に動ける程この世界のルールに明るくない。明るくなくても過ごせていたし、なによりこの地の貴族であるフェリアを友人に持っているのだ、彼女に聞けばそれで解決するのだ。
友人としての甘えがあるのは分かっているが、しかし今回に限って言えばそれは都合が良かったのかもしれない。
手を貸しやすい、都合のいいきっかけになったのだから。
転移したのは随分と昔のように思える。今はこの世界で生きることそのものが当たり前になっていた。
啓一はこの世界で家族を得たから、この地に根を下ろすことにした。住む場所が、国が、困っているなら手を貸すのは当たり前だ。
でなければ、武神と呼ばれるような豪快な祖母はきっと啓一の背を殴り飛ばす事だろう。突っ立ってないでさっさと手を貸しに行くんだよ! ……程度の怒声ですめば軽いくらいだろう。
帝国に復興の為に立ち回るフェリアは忙しなく、休息をとれているのか心配だったのもある。
知った顔が傍に在れば、気を抜くタイミングだって増やせるだろうとそう思ったのだ。
「完全に平和ってわけじゃないけどよ、約束しただろ?」
ハンター業もいつか終わりを迎える、他の仕事を選ぶ必要が出てくる。そんな漠然とした不明瞭な未来を憂いた啓一に手を差し伸べてくれたのは他でもないフェリアだ。
歪虚は根絶したわけではないし、帝国は帝都を戦場にした事で緊急体制が敷かれている。けれど、動くなら今だと、そう思ったから。
責務に追われる彼女に、それですべての恩が返せるわけではないけれど。
(堅ッ苦しい考えはやめだやめ!)
約束を出して雇わせたが、実際のところ、啓一は深く考えているわけではなかった。
友人が大変そうなら、手伝う。根っこに、それだけあればいい。
啓一の少し後ろを歩きながら思い返すのは、はじめに啓一が提案してくれた頃のことだ。雇う話はもっと先の、ハンターとしての仕事も少なくなった頃の話のつもりだった。その頃にはきっと自分も、ハンターではなく当主を引き継ぐ期間に入っていると思ったからだ。
父の補助をしている者達が頼れることは知っている。彼等が、代替わりしてからも自分の傍で働いてくれることは分かっている。けれどそこに自分が一から作り上げた信頼関係は不足していて、むしろその絆を作る所からで。息苦しさを感じてしまうだろうと考えていたから。
ハンターになったのは自分の意思だ。貴族として、皇帝の剣で在る覚悟があった。貴族のフェリア=ジレディア=シュベールト=アウレオスとしてはそれで事足りるかもしれない。
けれどフェリア個人としての力量をそれだけで鍛えられるかと言えば、否だ。型にはまった貴族社会の中で生きるにはそれまでの環境で良いかもしれないが。もっと臨機応変に対応できるようになりたかった。かの陛下はハンター贔屓だったこともある、だからこそハンターと言う存在を己自身で知っておきたかった。
(それは間違いなく今の結果につながったと思っています)
今、その陛下は生死不明となったけれど、きっとどこかで生きていると信じている自分がいる。それを察している者の中には身勝手だと囁く者もいるらしいけれど、フェリアは、そうは思わない。
フェリア自身もハンターとして過ごした時間があったから。彼等の自由を知ったから。その在り方に羨望も感じたから。
けれどフェリアは今、本来の居場所へと戻っている。そうしたいと、改めて決めたから。
剣の家に生まれた身であるのに、大事な戦いに赴けなかったという負い目も、切欠としてはあるかもしれないけれど、それ以上に。
啓一にもらった言葉が、フェリアの心を定めた。決められた道だと思っていた者は、フェリア自身が望んだ場所になった。
(架け橋に、なんて烏滸がましいことまでは考えていませんが)
そうして今の立場を選んですごし始めて。新たに培った視点は今、確かにうまくはたらいている。
貴族だからこそこう動くだろう。民だからこうするだろう。様々な立場を目に出来るハンターであったことはフェリアの視点を知識を豊かにした。少しでも先回りをして、事態をなるべく小さな被害で収めるためには貴族の目だけでは駄目なのだ。人同士の諍いが目立ち始めた今の帝国では、その力は非常に有用性を持っていた。
「……助かっているわ」
貴族としてではなくハンターのフェリアとして過ごした時間を知っている、その期間に親睦を深めた友人が近くに居てくれると言うだけで、気を抜けるタイミングがうまく作れるというだけで。今の仕事の効率が跳ね上がった。啓一はお世辞にも貴族社会に向いているわけではないだろうけれど、だからこそ、フェリアであるための鍵として、その存在がありがたかった。
彼は恩だと言っているけれど、自分だって既に恩を感じている。お互い様だろ、と笑って受け入れられそうだけれど。
こうして、想定より早くにボディガードとして仕事をしてくれるようになって、そのありがたみは日々実感として増えている。
勿論、今だって……彼の能力だって、信頼している。
「次の場所には遅れそうね」
そう伝えて、フェリアは一歩後ろへ下がった。啓一の間合いから逃れやすいように、はじめからそう決めていたから。
「そうだな、邪魔がはいっちまったしな!」
ニヤニヤとした笑みを口元に浮かべた二人組が寄ってくる。ほんの少し人目を避ける道を選んだだけでこれだ。
逢引なんて羨ましい、なんて適当な台詞が飛んでくるが、それこそポーズなのが丸わかりだ。何故も何も彼らの足運びは酔っ払いでも一般人でもないからだ。何より笑みが口だけだ。目もそれらしく装っているが、瞳に力が入りすぎている。
(しょせんは残党か)
これまでに収めた騒動は随分と数が多くなった。はじめの頃の話は知らないが、啓一がフェリアの護衛として付き従う形をとるようになってからも、随分と時間がたった。
こうして、恨みつらみを刺客なり暴漢なりの形で向けてくる事だって何度もあった。
時に不意を突いてくる者はいたが、結局は一般人の足掻きばかりだった。大事に至ったことはなく。
「なんだ、羨ましいのか?」
適当に煽って様子を伺う。こちらは揃って気付いていて、あえてこの場所に誘導したことにも気付いてない様なお粗末な奴らに後れを取る気なんてなかった。勿論、油断だってするつもりはない。
啓一が、フェリアが、ハンターであると知らないのだろうか?
拳を握る男を、もう一方が窘める。……なるほど、そっちがブレインね、教えてくれてありがとよ?
内心が表情に出ていたのか、抑えきれずに腕を振り上げる先の男。ああ、本当に隙だらけだ。そんなんじゃ喧嘩にだって勝てないぜ?
懐に入り込んで、腹に一撃。スキルを使うまでもない。それこそ、リアルブルーで培った祖母直伝の拳だけで事足りる。
「忘れてねえから安心しな」
今まさに後ろに倒れていく様子がスローに感じるほど研ぎ澄まされた感覚をすぐに後方に向ける。もう一人がフェリアに向かっている。
「背中、がら空きだろ!」
瞬く間に上昇していくゲージがいつ満たされるかなんて感覚で分かっている。『閃闘開始』の文字が浮かぶその瞬間、己の向けた得物が後ろの啓一に向かう違和感に気付いた男はその時はじめて、二人が覚醒者である可能性に気付いたのかもしれない。
驚きの表情が浮かぶその頭部を思いきり揺らす一撃を喰らわせれば、それでおしまいだ。
「舞台の幕が降りてからの役者へのおさわりは御法度だぜ、まあ万が一触れたら消し炭にされるがな」
既に聞こえていないだろうけれど。倒れた男達にそう告げる啓一は汗ひとつかいていない。手際よく彼等の拘束を終え、一段落したとばかりに此方へと戻ってくる。舞った埃はとうに掃い終わっているようだ。
「それは買いかぶりすぎよ、啓一」
そもそも啓一だけで対処できると信頼しているから任せているというのに。
男達の回収を頼まなければと表通りに視線を走らせる。伝話の方が早いだろうか?
「そうかあ?」
訝しげな視線を向けてくるが、これは単に互いが気を緩めるための他愛ないやり取りの演出だ。さりげない気遣いに感謝を込めて、微笑みを向ける。
「ボディガードとして雇っているのだから、私が貴方の仕事を奪ってもいけませんし?」
私の魔法では、復興の必要箇所が増えてしまう、なんて添えてみる。事実、範囲魔法などは使えるわけがない。多数に囲まれた時ならともかく。
「……そう返ってくるのかよ……」
やられた、と額に手を当てる様子がどこかおかしい。
「ふふ、でもそれが、揺るぎない事実ですから」
啓一の対人技術は、実際こういった事態にとても都合がよい。友人としての欲目だけではないと胸を張れるものだ。ハンター時代の縁故、しかも異性ということで始めこそ少し物言いはついたけれど、今は誰も彼の存在に文句をいう者は居なくなった。
ついでに言えば、面倒な政略の縁組の話も減った。啓一はそもそもそういった男女の話が上がる相手ではないが、そう見る者も少なからずいるということだ。
まったくもってあり得ないのだが。何かと都合がいいので放置している。
(外聞に惑わされない相手を見つけるにも、丁度いいですし)
先は長そうだけれど。
「そうだけどよ」
回収の手配もついたところで、改めて次の目的地へと歩いていく。余裕を持ったスケジュールを組むのは基本だ、先の言葉はただのブラフ。
建物を出たところからずっと視線が追いかけてきていたのだ、精神的に張れる罠も、使えるものは使っていく。
「では次に向かいましょう」
「身体も解れたし、まだまだいける」
「それはいいけれど」
また立ちっぱなしなのは間違いない。
「帰ったらマッサージを手配しましょう」
「悪くないな」
面倒な気配も今はない。他愛無い会話でこの先へと歩いていく。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【フェリア/女/21歳/宝魔術師/研ぎ澄まされた“剣”が新たな世で閃く】
【春日 啓一/男/18歳/闘筋狩人/世界を越えてなお“武神”の技が冴え渡る】