※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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Long way home.
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時間が経てば経つほどに、色褪せるものがある。
色褪せることが、ときに救いであることも解るようになってきたのは――成長、と呼ぶべきなのだろうか。
だとしたら。
こうも、考えてしまう。
――“忘れていること”の意味は、どうなんだろう。
それは、救いなのだろうか。
今となってもその良し悪しは解らないままだ。
すくなくとも、あの頃の私にとっては――。
“ちがうこと”は、残酷だった。
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賑やかな空間は、当時の彼女にとっては蜜のようなものだった。
子供たちの嬌声。躍動的な足音のつらなり。大人たちの見守る視線の中で、大げさにはしゃぎ、落ち込み、落胆したり、嘆いたり。
そんな気配を声と風景のみで追いかけながら、まるで、絵本の中のようだ、と感じていた。
見えているのに、感じているのに、すべては玻璃の向こうの出来事だった。手が届かない。その場に入っていけない。
うすく滲んだ光景は、それでも――どうしようもなく、きれいに見えていた。
「ねえ、なにしてるの?」
言葉とともに、近づいていく。一団の中で最も大柄な赤毛の少年がまっすぐに彼女を睨みつける。周囲の子供たちも、互いに目を配り合っていた。
心が痛む。それでも少女は、その光景に気づかない振りをする。
無自覚ながらも、赦しを求める行為だった。多感な年頃だから、不穏な気配は感じていた。それでも、少女には当時、罪の所在も分からなかったのだ。いつもであれば、言葉を交わしてくれる友達すらも、集団の中で軋む空気を生み出している。
「……ちっ、シラけるな」
少年は大きくかぶりを振った。周囲の面々をじろりと眺め、少女に背を向ける。
「行こうぜ」
紛れもなく、“彼女”以外に向けられた言葉だった。子供たちはそれぞれに、少年のあとを追っていく。
「あ……」
少女には、その背を追うこともできなかった。
彼らの姿は、じきに、見えなくなる。
理解できない痛みと不安が、少女の双眸に雫となって滲んだからだ。
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少女の名前は、柏木 千春(ka3061)。
彼女は、転移者である。ただしく、その“名前”の通りに。
ただし、多くの転移者とは異なり、サルヴァトーレ・ロッソの転移よりも遥か昔に転移してきたのだ、この少女は。
転移したときの正確な年の頃は、定かではなかった。周囲の人間との関係を見る限りでは、物心がつくか、つかないかというころだったのだと思う。
転移した先は、王国は北部の、寂れた村。
異世界の迷い子であった少女は、幸せだったのだろう。彼女を保護した老夫婦は、疑いようもなく、善人であり、敬虔なエクラ教徒であった。
かしわぎ ちはる。彼女の名前を知った老夫婦は、それがクリムゾンウェストの名では無いにも関わらず、彼女をその名で呼び続けた。
その理由は、長じた今なら解る。
故郷との繋がりを断つことのないように、という、優しさだった。名前には想いが宿ることを知っていた老夫婦が、此処には居ない千春の両親に思いを馳せた結果の、選択だった。
けれど。
けれどそれは。
千春が老夫婦の子ではない、とする、断絶でもあった。
チハル、と優しく呼ぶ声を聞くたびに、その親愛の情が、正しく自分へと向けられているものだと幼い千春には解っていた。
此処に居てもいいのだ、という安堵はもちろんあった。同じだけの感謝も、また。
少女の孤独を癒やす程度には、少女が絶望せずに生きていられる程度には、老夫婦は優しかったから。
だが、千春は真に満たされることはなかった。
ただ、我慢していただけだった。
ただ――忘れていっただけだった。
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疎外感は時間とともに、薄れていった。
理由は色々あるけれど、一番大きいのは子供たちが成長するにつれて、村八分のような忌避をしなくなったことだろう。受け容れはしないが、拒まれもしない。そんな距離感が、出来上がっていた。
それは、結局のところ、千春自身が変えたことではない。
誰かが変えたことでもない。少女にとってはあまりに長い時間を経た中で――少女も、周りも、大人になっただけだった。
――『こんなことに意味はない』と、気づいただけのことだった。
ああ。それ故に、千春は機会を喪ってしまったのだった。
なにせ、千春は明確な実感を得ないままに、ただただ、受け容れられた。
春が来て、夏が来て。秋を経て、冬を忍ぶ。
当たり前の生活を、当たり前と感じられるようになった。
けれども、それは、彼女が抱いた“欠落”を、わずかばかりも埋めることはなかった。
彼女は、たしかに、大人になったのだろう。
しかし、だ。
その頃には、彼女は、『故郷』を喪くしていた。
リアルブルーに生まれた。たしかにそうだろう。
クリムゾンウェストで育った。たしかに、そうだろう。
それでも、彼女には『故郷』はただの一時も、ありはしなかった。
幼き頃に希求していたものは与えられないままに、それを望んでいたことすらも、いつしか忘れて成長した結果がこれだった。
柏木 千春は、故郷を知らない。
知らないままに、生きてきた。
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いつしか、千春は老夫婦と同じく、エクラの教えを良しとするようになった。老夫婦が示した善性の端的な答えがそこにあると感じられ、忌避感などありはしなかった。
道徳は、千春にとって心地が良いものだ。
許容も、認容も、それらを為すことは、とても善いことだ。
与えることは、善いことだ。奉仕することは、善いことだ。
心情として、論理として、千春は道徳の善性を理解している。
そしてそれは、彼女にとって重要な指針になっていた。
なにせそれは、彼女が武器を取る理由に足る理念だった。
この時から、千春にとって明確に故郷は不要になり――そしてこの時から、彼女の未来が確定したのだろう。精霊に愛され、覚醒者として武器をとる未来が。
故郷を知りたいと、“希求することそのものをいつしか忘れていた”彼女にとって――『誰かのために』闘うことは、自然な帰着だ。なにせ、闘えるのだから。そして、それが善いことだと、知っているのだから。
だとしたら、なんて、残酷なことだろう。
幼きころに疎外された千春は、疎外されたままに、ただ善性をもって世界を救おうとあがいている。
疎外感という心の瑕疵に、なんの埋め合わせも無いままに――幼いころの不幸を背負い続けたまま、生きていこうとしている。
もはやそれは、彼女にとってあまりにも自然な生き方になってしまった。
その事に、彼女は疑問を抱くことはない。
ただ――全ての出来事が、玻璃の向こうの出来事であるように感じるだけのこと。
なぜなら千春は、それを――いつの間にか、受け入れてしまっていたのだから。
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka3061 / 柏木 千春 / 女性 / 17 / 玻璃の彼方、光芒は優しく包みて 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもシナリオでお世話になっております。ムジカ・トラスです。
今回はノベルの発注、ありがとうございました!
突然ですが、千春ちゃんは、無私でありながら、とても抑制的な人となりだと思っておりまして、今回のノベルも、そんな実感が枝葉となってあっちこっちに伸びていってしまった感があります……。
奉仕的で、失敗や成果に少しだけ強迫的なくらいに取り組む彼女は、何故、ああなのか――という過去に直結するノベルになっていたら、幸いです。
彼女の具体的な時期や過去、哲学めいたところまで勝手に踏み込んじゃってしまっているので、何か修正などありましたら、リテイク頂けましたらと思います。
以上になります。この度はご発注ありがとうございました!