※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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独り立ちの道行き
夢は、見ていない。
いつかのような柔らかな日差し、優しい潮騒に人々の喧騒が聞こえる、少し肌寒い一人の朝だった。
一人で朝食を取り、小夜は外出の準備を整える。
先日買い込んだ、光を反射してきらめく綺麗なガラスの容器が数個に、頭巾とエプロン、袋いっぱいの御菓子作りの材料。
勿論、バレンタインのためにチョコを作りに行く。
実のところ、作る場所をどう探したものかだけ見当がつかなかったのだけれど、ハンターズソサエティに相談すれば、ちゃんと然るべき場所を紹介してくれた。
予約を入れて場所を借りているから、ちゃんと上手く作れるかどうかの緊張が否めない。チョコ作りの経験はあったけれど、あの時は付き添ってくれた人がいたから、一人で挑戦するプレッシャーがのしかかっていた。
約束したキッチンを訪れ、出迎えてくれたスタッフから借りる一角の説明を受ける。この時期は小夜と似たような要望が多いのか、手慣れた様子で、気さくに応対してもらった。
髪をまとめて包み、エプロンを装着して袖をまくる、書き出した手順メモは壁に貼り付けた。
材料のチェック、そして分量の計算。お兄さんのように手際よくは出来ないけれど、慎重に進めていく。
チョコレートを刻む、今回使うのも、あの時と同じ甘さ控えめのブラックチョコ。
生クリームを鍋で沸かし、沸騰したらチョコレートのボウルに入れて、チョコが溶けるまでかき混ぜる。
お菓子作りは意外と力仕事だ、それほど力がある訳じゃない小夜はすぐへばりそうになるけど、手を止めたら台無しになってしまうから、頑張って持ちこたえた。
ひたすらかき混ぜる作業の中、思い浮かんだのは強い体を持っているお兄さんの事、きっとそれだけではないんだろうと思うけど、必要な事だったんだなと、密かに納得の気持ちを覚える。
卵とグラニュー糖を弱めに泡立てる、垂らした生地の跡が残らないくらいと言われていたのを思い出しながら、加減を見て調整して行く。泡立てた卵を数回に分けて混ぜ合わせて、型にバターと小麦粉を塗るのもお兄さんに教えてもらった裏技だ。流し込んでから表面を均し、テーブルに叩きつける事で気泡を抜いて、ようやっとの事でオーブンに入れた。
オーブンの火を入れて一息をつく、まだやる事はあるけれど、一人で出来たという寂寥と達成感が体を包む。
今度はブラックじゃないチョコレートを刻み、湯煎にかける。生クリームを鍋にかけて、ガトーショコラと似たような手順で作ろうとしているのは基本的なトリュフだった。
作り方は自分で調べた、あまりにも似通ったレシピだったから、これなら一人で作れると思った。
凝ったものがぶっつけ本番で出来るとは思えない、だからこれが今の小夜に出来る精一杯。混ぜ合わせたものを冷やし、ガナッシュにしながら、時折ケーキの様子を見ることも忘れないようにしつつ、トリュフを練り上げていく。
…………。
用意したガラスの容器にチョコトリュフを詰め込んでいく。
容器の形は贈る相手ごとに違う、お世話になったお兄さんやお姉さん、寮母さん、そして商店街の人たち。
彼らの顔を一人ずつ思い浮かべながら、感謝と共に詰めていく。悩んでいた時に気にかけて貰ったことを忘れていない、元気がなかった時、声をかけて貰った事を覚えている。
バレンタインは好意と感謝を伝える日。
帰りたいと願っていた、今も強く思っている。願いはもうすぐ手が届きそうなところにまで来ていて、だから、紅の世界で知り合った大切な人々に、抱いていた気持ちを伝えられるのはこれが最後かもしれなかった。
思い残しのないように、精一杯の気持ちをカードに綴っていく。
カードを十数枚重ねて、最後。薄い緑色のカードが、小夜の手元に残っていた。
ガトーショコラを切り分けて、ブロック状にしてから、潰さないように気をつけつつピンクの瓶の中に入れていく。
他の人はトリュフだけど、お兄さんだけは特別。お兄さんに教えてもらった、大切な御菓子を想いと共に詰め込んだ。
一番お世話になって、一番優しくて、……一番大好きなお兄さん。
一緒に帰ろうと言葉を交わして、帰ったらお互いの故郷を紹介しあおうとも約束した。
ひとりぼっちで放り出された中、同じ願いを抱き、共に約束を交わした人がいてくれた事が心の支えになっていた。その約束があったから、一人じゃないと思えていた、一人じゃないから、頑張れた。
(……でも)
お兄さんは……きっと、地球には帰る事は選ばない、少なくとも、小夜はその可能性が高いと思っていた。
彼は、この世界で龍園という大切なものが出来てしまった、そのために守護者にもなって……だから、きっと。
大事なものがいつ目の前に現れるかなんて誰にも解らない、お兄さんのそれが今なら、小夜は手放して欲しくないと思っている。
小夜も自分が恋をするとは思ってなかった、でも、初めての恋をしたからって、今まで生きた世界を、故郷を捨てようと決意する事は出来ない。
だから、哀しいとは思えなかった、きっと仕方のない事なのだろう。胸に痛みはある、けど自分とて想いを曲げることは出来なかったから、痛みも、決断も、全て飲み込むべきだと思っていた。
――本当の事を言えば、側にいたい。
背を向ける日が来ても、何度でも振り返りそうになってしまうだろう。
でも、この気持ちを伝える気はなかった。だって、お兄さんはきっと困ってしまうから。
意志の強いお兄さんが、私のために躊躇してくれるというのは自惚れかもしれないけれど。彼が既に心を決めてしまっていたら、その手を引いて、困らせるような真似はしたくなかった。
少し先の未来は、一人の道行きかもしれない。
でも、だから、これが最後の機会になったとしても、後悔しないように気持ちを渡したい。
別れの予感はとても苦しいけれど、抱える想い出は暖かなものにしたかった。いつか思い出して暖かくなれる、そんな気持ちを残せたらいいと思っている。
いつか来るかもしれない、別れの日を強い心で迎える事が出来ますように。
頑張れるように、頑張りたかった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3062/浅黄 小夜/女性/16/魔術師(マギステル)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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今まで自分が書いたノベルを引き出して叩きつけるような悪魔の所業。
心情プレだけ渡されて段取りは音無が決めたので、小夜ちゃんは何も悪くありません。