※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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夢に揺れる
ぼんやりとした意識の中で、小夜は目を覚ます。
意識を引き起こす朝陽の眩しさもなければ、微かに聞こえる波の音、冒険都市特有の喧騒もなかったけれど――。
小夜はそれでも朝だと理解して身を起こした。
奇妙に静かな空間の中、起きてすぐ目に入るのは、物心ついた時から目にしてきた竹色のカーテン。
すぐ横には猫の顔を模したクッションがあり、全体的に渋いと言っていい部屋の中に勉強道具と、コツコツと集め続けた猫グッズが点在している。
馴染み深い、しかしどこか違和感を感じてしまう、自分が育った部屋。
部屋の中には武器などあるはずもなく、どこを見回しても冒険の痕跡など見えない、自分の部屋なのにどこかよそよそしさを覚えてしまい、不安を覚える小夜に理性は考えすぎだと告げる。
そう、これが普通、一般的な中学生の部屋。
不安を追いやるように、足はダイニングへと向かう、家族の顔を見ればいつもの日常を取り戻して落ち着くだろう。
扉をくぐり、両親に声をかけようとしたところで、それを見てしまった。
両親の向かいにはテレビがあり、ニュースキャスターらしき人が生真面目な顔で何かを説明している。
それを見つめる両親の顔は沈痛と不信に満ちていて、俯き、拳を握っては「小夜……」と呟いてた。
反射的に、自分たちを死亡扱いとするニュースだと理解した。
「待って……!」
自分はここにいる、しかし小夜にしては信じられないくらい大声を出したのに、全く気づいてもらえない。
目の前に割り込んで声をかけたのに、自分が幻になってしまったかのように両親は何の反応もなかった。
……そう、だからこれは質の悪い夢。しかし幾ら夢でも小夜にとっては放置できる事項ではなく、必死で声をかける。
私はここにいる、死んでない、気づいて。
焦りと混乱で頭がぐるぐるする、後先を考えずに声を張り上げたため、喉が痛くなった。
しかし夢に手は届かず、小夜は両親の悲しげな表情をどうにかする事が出来ない。
絶望と無力感に心が蝕まれる、なんで届かないんだろうと思いながら意識がぐるぐると沈んでいく、夢見は最悪で―――。
小夜は、今度こそ覚醒した。
…………。
柔らかな日差しが瞼を刺激する、耳には優しげな潮騒が響き、遠くギルド街からはもう起き出した人々の喧騒が聞こえる。
もう夏が過ぎたからだろう、日差しが差し込んでいても朝はやや肌寒く、小夜は乱れた寝起き姿で「さむ……」と呟く。
いつもの、リゼリオの朝。それが今日は奇妙に悲しかった。
―――。
機械的に身を整え、食卓の用意をする。
席に着き、レースのカーテンが揺れる横で、小夜は黙々と一人で食事を取っていた。
今日も向かいに家族はいない、自分と共に異世界を巡ってきた様々な品は手元にあったけれど、それで心が晴れる訳でもなかった。
食事を済ませ、部屋を出ると入り口で掃除をしている寮母に出会い、挨拶をする。
「お早うございます……」
「ああ、おはよう。……おや、良く眠れなかったのかい?」
小夜が何か言うより早く、のしのしと近づいてきた寮母に顔を覗き込まれる。
ちゃんと顔は洗ったはずだが、こういう人たちはどうも勘が鋭い。少し待ってな、と言いつけられた後、寮母は給湯室へと入っていく、戻ってきたときには濡れたタオルを持っていて、それを目の上に当てられた。
ひんやりした感触が目に染み込んで行く、少し心地よく、気づいていなかっただけで、もしかしたら自分は泣いていたのかもしれない。
暫くすれば良くなるはずだ、と言われて小夜は素直に頷いた。
+
世話を焼いてもらった後、小夜は買い出しのために外に出る、自分はそんなに顔に出やすいのか、馴染みの商店街ではどこでも優しい言葉をかけてもらってばかりだった。
――元気ないのかい? ちゃんとご飯は食べてるかい?
口々に声をかけては元気が出るようにと、温もりで手を包み、その中に飴玉やらを残していく。
有り難いと思う同時に、どこか辛い気持ちを覚える自分がいた。優しくしてもらったのはもちろん、嬉しい。だがこの優しさを家族と共有出来たらどれだけ良かっただろうか、家族に話して聞かせようと思う日記帳も、もう一年分も溜まってしまった。
買い出しを済ませ、いつもと違う道で帰路につく。
少し、一人になりたい気分だった。
こっちの世界の事、向こうの世界の事、それぞれの事がぐるぐると浮かんでいる。
こっちの居心地が悪い訳では、ない。普通で優しい人々、気さくに世話を焼いてくれるお兄はん達、口元が思わず綻んでしまうような楽しい司教や、頼りがいのある助教がいて―――。
包んでもらった手の温もりや、抱き上げられた時のふわっとした感触を覚えている。
大人に頼っていいんだぜと、力強い口ぶりを覚えている。
「…………」
ぼんやりと頭上を見上げる、春は小花の咲いていた川沿いの道も、秋となれば葉が減り少し寂しく映っていた。
足元を薙ぐ風が落ち葉を転がし、乾いた音を立てる。
体温を少し持って行かれ、思わず身震いする。隙間風、そんな言葉が頭に浮かんだ。
「服……買い足さんと、あかんなぁ……」
買い物袋を提げて部屋に戻ってくる、買い足した食材を仕分けし、上着を脱いで、きちんとかけた後にベッドのクッションへと飛び込んだ。
ぐるぐるとした気持ちは少し薄れている、でも、両親の事を考えなくなった訳では、ない。
死亡扱いだろうがなんだろうが、必ず帰らないとって思っていた。両親の目の前に行って、声をかけて、安心させてあげたい。自分が手を握って貰った温もりを―――両親にもしてあげたいのだ。
部屋の隅に飾った猫型の瓶を手に取る、中身を食べ終えた後はこうして綺麗に洗って、インテリアとして飾っていた。
中身はまだない、とりあえず今日貰った数々のお菓子を詰め込み、もう一度飾り直した。
猫型の瓶の中に、色とりどりのお菓子、もらってきた温もりを詰め込んだようで、思わずくすっと笑う。
「……うん」
まだ自分にも出来ることがある、諦めなければいつか声は届く。心細さ、寂しさを温もりで押し込めて―――。
小夜は、そっと猫型の瓶を抱きしめた。
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【ka3062 / 浅黄 小夜 / 女性 / 14歳 / 魔術師(マギステル)】