※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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初めての光
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とぷり……。とぷん。
波が船体にぶつかる音が響いている。
スウェル・ローミオンは寝床からそっと身体を起こした。
顔を覆う布を改めてしっかりと巻きつけ、身支度を整える。彼にとってこの布は、外の世界に出るために、自分の心を守る鎧でもある。
身につけた飾り物の音がシャランと響く。それに衣擦れの音を伴って、滑るように部屋を出た。
廊下に出ると、賑やかな声が大きく聞こえて来る。
今日は年越しの夜。水夫達が年越しの宴に興じているのだ。
スウェルは少し迷った後、細い梯子を上がっていく。
床板に開いた穴からそっと顔を覗かせると、甲板ではどんちゃん騒ぎの真っ最中だった。
(大丈夫なのでしょうか……?)
スウェルは思わず辺りを見回す。
海はどこまでも暗く、冬の風は身を切るように冷たい。
彼が乗っているのは、やや小振りだがしっかりした作りの帆船だ。
一見商船のようにもみえるが、実は偽装した海賊船なのだ。
さすがにまずい連中に見つかるような場所で騒いでいる訳ではないだろうが、今、軍にせよ同業者にせよ、襲われてはひとたまりもないのではないか。
スウェルはそれを心配したのだ。
(ああでも、僕が考えるようなことは、きっととうにご存知ですよね)
長い裳裾を持ち上げ、スウェルも甲板に出る。
ランタンの灯が甲板で暖かく揺れていた。
少し乱暴で粗野ではあるが、案外気のいい海賊たちは、歌ったり笑ったりしながら酒を飲み、ご馳走を頬張っている。
その楽しそうな輪を一段高い場所から眺めているのは、海賊にしては華奢ななりの男だった。
スウェルは輪の外側を遠慮がちに歩いていく。
「お、オヒメサマもどうだ、一緒に飲むか?」
「やめとけやめとけ。お頭に殺されんぞ」
どっと笑い声がおきる。
少し困ったように立ちすくむスウェルを呼ぶ声が響く。
「そこで何やってんだ、こっちに来い」
「灼藍様」
顔を覆う布でスウェルの表情は見えないが、声には煌めくような感情があふれていた。
するすると何かに引かれるように近付き、少し離れた場所で止まるとそこで膝をつく。
「すみません。ここでご一緒してもよろしいですか?」
灼藍は大げさな溜息をついた。
「部屋に鍵かけて大人しく寝てんならともかく、だ。ここまで来ちまったら、うろうろすんじゃねえぞ。海に落ちたら、お前は拾い上げる前に死んじまうだろうが」
そう言って自分のすぐ隣を指さした。
「面倒だ、ここに座れ」
「ありがとうございます」
スウェルは遠慮がちににじり寄り、ちょこんと敷物に座る。
「お頭ァ、そろそろ酒が足りねえや」
手下のひとりが灼藍の表情を窺うように言う。
「へっ、海の水でも飲んどけ。と言いたいところだが、今日は特別だ。もうひと樽開けてもいいぜ」
男達はどっと湧き上がる。さすが話せるとか、これからもついて行きますぜとか、調子のいい声が口々に囃したてた。
そんな様子を、スウェルは静かに見守っている。
酒を飲むわけではないので、身体が冷える。冷える指先で布を直すふりをしながら、息を吐きかけた。
「だから寝ときゃいいものを」
ふわりと、暖かな衣が肩にかかる。
思わず傍らを見ると、灼藍が自分が羽織っていた上着をスウェルにかけてくれていたのだ。
「だ、大丈夫です!」
返そうとすると、灼藍は杯を片手に苦笑いした。
「俺にはこれがあるからな。それよりも、大事なお宝が鼻水たらしてるとこなんざ見たくねえぜ」
「はな……!!」
スウェルは思わず布の下で自分の鼻を押さえる。見えているはずはない、とはわかっているのだが。
「全く、お前にゃ手を焼かされっぱなしだぜ」
そう言って灼藍は勢いよく杯を煽った。
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出会いは小さなエルフの集落だった。
スウェルは森の奥深い集落のそのまた一番奥、まるで神殿のような建物の中で暮らしていた。
一族の巫女として暮らす日々には、喜びはなかった。
ただ決められた通りの日課をこなし、祈祷し、過ごす一日。
ほとんど誰とも口をきくこともないし、食べるものも着るものも何もかも自分では決められない。
そんな日々に心はすり減ってゆき、全てを諦め、いっそこのまま身体も朽ちてしまえばいいとすら思っていた。
ところが突然、扉は開いた。
強引に扉を叩き割った力の主は、スウェルの知る世界の全てを叩き壊してしまったのだ。
「なんだ? ここは宝物殿じゃないのかよ」
光を背負い、見たことも無いような生命の輝きを放つ人間がそこに立っていた。
スウェルは何が起きたのか全く分からなかった。
だが、気がつけば眩い光に向かって、手を差し伸べていたのだ。
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思えば、スウェルには最初から驚かされ通しだった。
エルフ達が隠していたお宝は、何と生きているエルフだったのだ。
適当な獲物なら、適当に売りはらう。それが海賊だ。
だが灼藍は本当に気に入ったものは売り払わず、手元に置くことにしていた。
――理由はわからない。
だがスウェルと初めて会ったとき、何故か灼藍は、手元に置こうと決めたのだ。
まあ少なくとも、今まで見たことのない存在だったことは確かだ。
食事に着替え、その他、生きていく上で必要な常識がすっぽりと抜け落ちた大人には、流石の灼藍も呆れた。
おまけに面倒そうな衣装に身を包み、誰にも顔を見せようとしない。
泣きわめいたりしないかわりに、媚びて笑ったりもしない。
ただ控え目に部屋の隅に座り、顔を覆う布の向こうから、灼藍を目で必死に追いかけている。
結局灼藍は、そのまま自分の船にスウェルを乗せた。
戦闘にも雑用にも役には立たない、『貴重な私物』として。
正直なところ、スウェル自身がどう思っているのかはわからない。
灼藍も、スウェルをどう扱っていいのかわからない。
それでも何となく手元に置いている。
砂浜でみつけた真っ白な貝殻を部屋に置くように。
蚤の市で見つけた艶やかな織物を身につけるように……。
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手を焼かされっぱなしだ。
そう言われて、スウェルには思い当たることが山のようにあった。
「す、すみません……」
小さな声で呟き、思わず俯く。
「ほらよ。せめてこれでも食え」
伏せた視線の前に、椀が置かれた。中には湯気を立てるスープが入っている。
「いただきます」
熱いスープは身体を中から温めてくれる。
けれど今暖かいのは、スープだけのお陰ではないのだ。
命の輝きそのもののような、うつくしい若者。
その姿はスウェルにとって目も眩むような鮮やかさだ。
見ているだけで心は満たされ、暖かさが身体を包みこむ。
「湯に干し肉ぶっ込んだだけの、いつものスープだがな!」
「ひでえな、お頭! こいつらの舌にあわせてるだけですぜ!」
調理場担当の手下が口を尖らせていた。
「ったく、お前もこんなところまでついてきて、物好きなこったぜ」
灼藍がからかうように、スウェルに笑顔を見せた。
スウェルはスープの椀を置いて、組み合わせた手をぎゅっと握りしめる。
「でも、あの」
スウェルの声はか細くて、ともすれば海賊たちの笑い声にかき消されそうだ。
「灼藍様がいなければ、僕は海を知ることはできませんでした」
その言葉に灼藍はただ小さく笑った。
スウェルは祈る。
いつかあなたの役に立ちたい。
だから傍に置いて下さい。
扉が開いたあの日から、僕を照らす光はただひとつ――。
「おっ夜が明けるぜ!」
ひとりの水夫が彼方を指さす。
いつの間にか、海と空の色は黒から藍、そして薄紫へと移っていた。
「今年もお宝ざくざくだといいな!」
「よーし、前祝に改めて乾杯だ!」
「乾杯!」
新年最初の光を受けて、スウェルの身体を包む衣装が輝いていた。
まるでスウェル自身が光っているかのように。
(やっぱりこいつは、この世に二つとないお宝なのかもしれねぇな)
灼藍は満足そうに杯を掲げる。
誰も手にしたことのない、そして誰にも手をつけさせない、自分だけの宝物に乾杯。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3079 / 灼藍 / 男 / 28 / 人間(クリムゾンウェスト)/ 霊闘士】
【ka1371 / スウェル・ローミオン / 男 / 24 / エルフ / 霊闘士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、海賊たちの年越しの宴をお届します。
一部、描写で不明な点はイラストなどを参考に致しました。
ご依頼のイメージから大きく逸れていないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、ありがとうございました。
副発注者(最大10名)
- スウェル・ローミオン(ka1371)