※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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夢は終わり未来へと歩む
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春の夜だ。故に雪の気配もない――というのに雪夜のように音は聞こえず、雲が垂れ込めているわけでもないのに星どころか月すらも見えない闇が空に広がっていた。
此処においで――
生温く澱んだ空気が肌に孕みつく。
誰も傷つくことのない優しい世界へ――
此処においで――
優しい声に呼ばれた気がしてラディスラウスは周囲を見渡す。窓から差し込む明るい春の陽射し、思わず目を眇める。
「此処は……」
陽射しの眩しさに慣れてきた目に映る光景、ラディスラウスは息を飲む。
赤い絨毯の続く長い廊下。窓の外に広がる中庭。庭師の少し歪んだ麦わら帽子。
中庭を囲む廊下では糊の利いた白いエプロンの女たちが掃除の手を止め、通り過ぎる長衣を纏った男たちに頭を下げている。
裏から聞こえてくるのは訓練中の騎士見習い達の声。
そこは記憶の奥底、とっくに色褪せてしまった――だが決して忘れることのできない……、若かりし日、ラディスラウスが騎士として多くの時間を過ごした城砦だった。
「教導隊の隊長にって話があるんだって? 大出世じゃないか」
軽く肩を叩かれて我に返ったラディスラウスは目の前の人物をまじまじと見つめる。
「おまえは……」
ラディスラウスと同日に叙任され、そして力不足故に助けることのできなかった同僚が笑っていた。
「真面目なお前の事だ、悩んでいるんだろ? 受けちまえよ。失敗したらその時だ」
騎士らしからぬ砕けた調子は記憶にあるままだ。
どうやら己の失態から上司を喪い、騎士としての矜持を打ち砕かれたあの日はなかったことになっているらしい。
「でくのぼう」とラディスラウスを罵った人々は同じ口で「騎士の中の騎士」と讃え、「自分にはそのような力も誉れもない」と自嘲すれば誰もが「謙遜だ」と言う。
若かりし日の自分が胸に描いた誇り高き理想の騎士、ラディスラウスが此処には存在するのだ。
なんと都合の良い夢か――ラディスラウスは心の中で乾いた笑みを吐く。だが心のどこかはそれを心地よいとも感じているのを自覚していた。
久しぶりに長期休暇を貰い、甥と姪が暮らす村を訪ねる。
庭で馬の世話をしているラディスラウスの元に甥と姪が手を振りながら駆け寄って来た。
甥のアリオーシュはラディスラウスが引き取った年頃だろうか。
「……馬の後ろに立つのは危ない、と言っただろう?」
「誉れ高き騎士ラディスラウスの一番弟子だもの。 馬に蹴られるなんてヘマはしないよ」
甥が胸を張る。その隣の妹も「騎士アリオーシュが守ってくれるもん」と誇らしげだ。その笑みがあの日、血にまみれた姪の顔と重なりラディスラウスの胸を締め付ける。
「馬に乗せてくれるって約束覚えてる?」
「馬も此処までずっと走ってきたからな。少し休ませてやりたいのだが……」
「えーー」
頬を膨らます甥はラディスラウスの記憶のなかにあるよりも天真爛漫で実に子供らしい。あの歪虚の襲撃がなければ彼はこんなにも明るい表情をする子だったのか、とうに擦り切れたはずの心の内に広がる痛み。
馬に乗せてやる代わりにラディスラウスは二人を連れ聖堂教会裏手の丘まで向かった。よく母に連れられ遊びに行く場所らしい。
「こっちだよ」
駆け足で少し先に行っては戻って来るアリオーシュ。
「お兄ちゃん、待って」
ラディスラウスに手を引かれた姪がお気に入りのうさぎのぬいぐるみを振る。
追いかけっこをしよう、花摘みをしましょう――ラディスラウスは散々二人に振り回された。
そのうち遊び疲れた姪が欠伸をし、ラディスラウスの膝に頭を預け昼寝を始める。
どのような夢を見ているのだろう。楽しそうに笑みを浮かべている姪の、その小さな頭に恐る恐る手を乗せた。
掌に伝わる子供特有の高い体温。
降り注ぐ木漏れ日が気持ちよく姪を起こさないようにそっと髪を梳いてやる。
ラディスラウスの頬を撫で通り過ぎていく、草原を渡る柔らかい風にゆっくりと瞼を閉じた。
もう二度と会えないと思っていた人たちが此処にいる、心を砕くような悲しい出来事はやってこない――。
誰も、何も失う事のない優しい世界。
ずっとここにいればいい……
風に紛れ耳に滑り落ちる優しく甘やかな声。
なんと抗いがたい魅力に満ちた声か。
確かにこのままでもいいのかもしれない。そうすれば甥も妹を助けることができなかったと自分を責めなくてもいい。
そう思ったとき、木漏れ日を遮り影がラディスラウスに落ちた。
「俺も騎士になる。そして叔父上みたいに困っている人を助けるんだ」
枝の剣を掲げ、ラディスラウスの目を見つめるアリオーシュ。迷いのないまっすぐな視線が記憶の中のアリオーシュと重なった。
ずっとここにいればいい……
再び聞こえる優しい声。
膝の上で姪が寝返りを打つ。「また、みなで 遊びに……」可愛らしい寝言。
(あぁ……そうだった)
もう一度優しく姪の髪を梳いてやると立ち上がる。
そこはもう緑豊かな丘ではなく、見慣れた荒野だ。幼い甥も姪もいない。
荒野に一人、立つ。薄汚れた鎧を纏い、錆びついた剣を手に。
まだびょうびょうと吹く風にあの甘い声が混じる。今ならまだ戻れる、と。誰も傷つくことのないあの優しい世界に……今ならまだ。
いいや、とラディスラウスは首を振った。
「俺に……過去から逃げる資格はない」
しかと声にした。そう自分は罪を犯した。自らの力が足りなかったが故に。
これは自分の罪。全て自分が背負うべきこと。ならば投げ出すことも、逃げ出すこともすまい。
「誰に嗤われようが、罵られようが構わん。 だが――」
己の力の無さを認め、なお前を向き歩いて行こうとする甥の姿が浮かぶ。
我が子同然に想っている大切な甥、矜持を失ったラディスラウスが得た最後の誇り――。
彼に恥じるような生き方はしたくはない。
「俺は 全てを背負い無様に生きて――…… 死ぬ」
そのためにそれが唯一自分にできること。
彼のようにまっすぐ正面を見据え、向かい風に向かって一歩踏み出した――……。
一際強い風が吹き付ける……と、再び目を開けば視界に広がるのは見慣れた天井。自室の寝台にラディスラウスはいた。
窓の外、東の空は既に明るく、太陽は昇り始めている。
ラディスラウスは無言で姪の温かさが残る手を握りしめた。
決して忘れはしない。なかったことにはしない。自分の罪を――。
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夜、それもとりわけ静かな夜……アリオーシュはベッドに入ってから目を閉じると瞼の裏に子供の頃の光景が浮かぶことがある。
母がいて、妹がいて――そして叔父もいる。とても幸せだった頃の……。
あの時妹にパイをもっと分けてやればよかったとか、もっと母を手伝ってやれば良かったとかあれこれ考え、最後にはいつもあの日が来なければ自分たちはああしてずっと幸せに暮らしていたのだろうか……と思うのだ。
その夜もアリオーシュは眠りに入る少し前、子供の頃を思い出していた。
母と妹とお弁当を持って遊びに行った近所の聖堂教会裏手にある丘の風に揺れる美しい緑を。
気づけばアリオーシュは草原に立っていた。風が草原を渡り、伸びた草の先が手を擽る。
なだらかな下りになっている道の先へと目を向ければ聖堂教会のシンボル、逆を向けば一本の大きな樅の木。
故郷の村、皆でよく遊びに来たあの丘だ。
「お兄ちゃーーん!」
うさぎのぬいぐるみを持った小さな妹が一生懸命駆けてくる。転ばないかと思わず差し伸べた自分の手も記憶にあるよりずっとずっと小さい。
「お母さんが、そろそろお弁当にしましょう、だって」
飛び込んできた妹を腕の中に抱きしめる。答えるよりも先にお腹が鳴った。
「あたしの分もわけてあげるね」
「じゃあ、チェリーパイを貰おうかな」
「それはだめー」
樅の木の下、母と妹と三人でバスケットを開く。
ハムやチーズがはみ出したサンドイッチはアリオーシュと妹が作った。少し不格好でパンもべちゃりとしていたが、「とても美味しいわ」と母がいつもより沢山食べてくれる。
デザートは母の手作りチェリーパイ。母はよく季節の果物でおやつを作ってくれた。特にパイは絶品で、母がパイを作り始めるとそわそわと落ち着かず妹と二人で「いつになったら出来上がり?」「もうできた?」と何度も聞いては困らせていたものだ。
あっという間に自分の分を食べてしまった妹の皿にアリオーシュは取り分けられたパイの半分のせてやる。
「おはふぁ、ひぃはぃほ?」
チェリーパイを口いっぱいに頬張った妹がアリオーシュを見上げた。お腹痛いのか、と心配しているのだろう。
「ん? 違うよ」
チェリーパイ好きだろう、と言えば「ありがとー」と嬉しそうに早速パイにフォークを突き立てる。
「二人の作ってくれたサンドイッチが美味しくて沢山食べちゃったからお腹一杯だわ」
母が自分の分をアリオーシュの皿にのせてくれる。
それから「妹想いの優しいお兄ちゃん」とアリオーシュの頭を撫でてくれた。それがとても誇らしく擽ったい。
この日初めて妹は一人で花冠を作ることに成功した。所々解れ、花の並びはがたがただったが。それを頭に乗せ母が嬉しそうに笑う。
「はい、お兄ちゃんにも」
アリオーシュにはシロツメクサの腕輪を。うさぎのぬいぐるみの耳にもシロツメクサが巻いてある。
「ありがとう。大切にするよ」
母がしてくれたように妹の頭を撫でるとくしゃりと満面の笑みだ。
暖炉の爆ぜる音、妹と二人窓際に並んで見上げる夜空。
明け方から降り続いた雪は夕方には止んで、空には大きな月が昇っている。
暖炉の脇には金銀のモールや星で彩られた樅の木。赤と緑のキルトのパッチワークで作られたソファーカバーやランチョンマット。
今日は聖輝節、サンタクロースが子供たちにプレゼントを配りにやって来る日だ。
母は台所で皆で食べるご馳走を作っている。
「サンタさん、こないねぇ」
「きっともうすぐ来るよ」
眉をハの字に下げて空を見上げる妹を慰めていると、シャン、シャン……かすかに聞こえてくる鈴の音。
「ほら、サンタさん近くまで来て――……」
屋根から茶色の大きなブーツが突き出したかと思うと、どさりと雪と一緒に赤い服を来た人物が落ちてきた。
「サンタさんだ!!」
喜び勇んで窓を開ける妹。
「やあ、メリークリスマス」
雪に塗れたサンタクロースが白い髭の下困ったように笑っている。
「そりはどこ? トナカイさんは?」
アリオーシュほどの年齢になればサンタクロースはお伽噺の中の人だ、ということは知っている。だから目の前の人物が叔父のラディスラウスだと分かったのだが、まだサンタクロースを信じている妹の為それはそっと心の中にしまい込んだ。
「サンタさんを困らせたらプレゼント貰えないよ」
アリオーシュの言葉に妹はぱっと口の前に手を置く。それから「こんばんは」と行儀よく辞儀をする。
「良い子の二人にプレゼントをあげよう」
「ありがとう!!」
サンタクロースに貰ったうさぎのぬいぐるみはその後ずっと妹の宝物となった。
それだけではない。皆で水遊びをしたこと、万霊節に仮装をして村をねり歩いたこと、妹と一緒に母に手を引かれていった聖堂教会の礼拝……季節も年齢もばらばらだが子供の頃の、楽しかった出来事がくるくると浮かんでは消えていく。
そしてまた母と妹と三人で丘にいた。
丘で妹と駆けまわって遊んで、そして昼頃。
「お兄ちゃーーん!」
妹が駆けてくる。手には聖夜にサンタクロースに貰った兎のぬいぐるみ。
妹を受け止めようと手を伸ばす。
突如、草原は赤黒い炎に飲まれた。
妹の背後に世界を赤く、黒く染める歪な化け物の影――……。
化物が振り上げる大きな爪。
あの日、村を襲った歪虚だ。
「逃げよう……」
アリオーシュは妹の手を引っ張り駆けだす。
サンタクロースが屋根から落ちてきた聖夜を、水遊びをした小川を、かぼちゃのランタンがあちこちに輝く万霊節を……。
ひたすらひたすら走りぬいた。だが退路を塞ぐように、アリオーシュが駆け抜けた光景は歪虚により黒く爛れていく。それを振り返り悲しむ余裕もなかった。
走らねば、そうしなければ妹は守れない。
妹の胸から突き出た醜悪な爪、引き裂かれた妹の小さな体、そしてその粘ついた血の温度と匂い……それらがまざまざと蘇る。
自分が妹守るんだ、そう心に念じ足を動かした。しかし思い出はすべて黒に爛れ、逃げ場はもうない。
もう二度と……。
ぎゅっと拳を握る。
繰り返したくはない。妹を喪いたくはない。
もう二度と……。
握ったアリオーシュの手に一振りの剣。
子供だったアリオーシュは青年へと転じ、妹を背に庇い剣を構える。
絶望したくはない――心のままアリオーシュは剣を振り下ろした。
鋭い一閃は歪虚を裂き、巻き起こした旋風が黒く爛れた世界を払う。
「お兄ちゃん……ありがと……」
うさぎのぬいぐるみを抱きしめて笑う妹が光に包まれる。
あの日見ることのできなかった妹の笑顔――……。
妹を包んだ光は粒子となって伸ばした指の合間をすり抜け消えていく。
あぁ、これは都合の良い夢だ――アリオーシュは胸の上で手を握った。
「だから誓ったんだ……」
絶望を繰り返さないために。自分と同じ想いで苦しむ者が一人でも少なくなるように。
まだまだ全然届かない。だが目指すべき理想がある。強い願いがある。
「俺は行くよ……」
幻のなかに見た妹の笑顔に告げた。
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寝台で目覚めたアリオーシュの体は汗で濡れていた。
あれは悪夢だったのか、それとも――。
ゆっくりと身を起こして寝台から抜け出す。
窓から見える明るい紫の東の空。
寝ている叔父を起こさないように足音を忍ばせて台所に向かうと外に人の気配がする。
そっと勝手口を開けて覗けば、寝ていると思っていた叔父ラディスラウスが井戸端で顔を洗っていた。
「おはようございます、叔父上」
大きな背中がびくっと揺れる。
「あ……あぁ」
アリオーシュは水差しを手にラディスラウスに並び、井戸のポンプを押す。
「夢を……みた」
言葉少なくラディスラウスが重たい口を開いた。視線は注ぎ口から溢れる水に向けたまま。
「俺も……夢をみました」
「それは……良い夢だった、のか?」
「優しい夢だったとは思います」
水差しに水を汲みながらそっと伏せる双眸。「あぁ」と叔父の小さな同意。
「でも……都合の良い徒の夢です」
「あぁ」
再度頷くラディスラウスにアリオーシュはひょっとしたら叔父も同じような夢をみたのかもしれない、と思う。
「夢の話を聞いていただけますか?」
ぽつ、ぽつ、と互いに細切れに語る夢の話。そのうち沈黙が二人の間に降りた。
東の空は明るい紫から薔薇色に染まり、太陽がその姿を見せている。
「俺には願いがあります。 その願いをなかったことにはできません」
守れなかった妹の為にも、生きてほしいと願ってくれた叔父のためにも。心地よい夢の中で微睡んでいるわけにはいかない。
「俺も途中で投げ出すわけにはいかん」
いつも通りの静かな声、だが彼にしては珍しくはっきりとした声音だった。
それが恥ずかしかったのか叔父は背を丸めいそいそと室内に戻ろうとする。
「叔父上」呼び止めるとラディスラウスが振り返った。
「お茶を煎れましょう。友人が良い茶葉をくれたんです」
「あぁ、頂こう。お前の煎れる茶は美味いから、な」
アリオーシュが微笑めば、ラディスラウスは髭に埋もれた口元を僅かに綻ばせてくれる。
あの夢から醒めなければこうして叔父と朝を迎えることもできなかった。願いを胸に歩くことができなかった。
そう思えば自然と――
「おはようございます、叔父上」
「おはよう、アリオーシュ」
薔薇色の空の下、もう一度朝の挨拶を交わす。
優しく、でも決して未来には続いていない夢から戻れたことを、これから先も歩いていくことを確認し合うように。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ka3084 / ラディスラウス・ライツ / 男 / 40 / 聖導士】
【ka3164 / アリオーシュ・アルセイデス / 男 / 18 / 聖導士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます、桐崎です。
発注文にない部分はお任せします、の言葉に調子に乗って色々と広げております。
イメージ、話し方、内容等他にも気になる点がございましたらお気軽にお問い合わせください。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
副発注者(最大10名)
- アリオーシュ・アルセイデス(ka3164)