※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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夜は明けて陽は昇る
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死とは許しだ。ならば死なないということはまだ自分は許されていないのだ。
色を失った荒野を一人歩く。
どこかにあるであろう死に場所を求めて。
己は単なる抜け殻である。
理想も希望もすべてが打ち砕かれ、何一つ成す事もできぬまま。
執着などとっくに失い、こびり付いた絶望は乾き、すでに何も感じない。
若かりし頃、胸に抱いた熱も、叙任にて肩に当てられた剣の重みも記憶の彼方だ。
ただ存在するだけ……。
そう存在するだけだった……。
夜明け前、闇に沈んだ部屋、椅子に腰掛けたラディスラウスは部屋の片隅を見つめる。
小さな椅子に大きな体を押し込め座っている姿はどことなく滑稽にみえたが本人は気にしていない。
最初は己の身を目立たなくさせるために意識して背を丸めていたが、それがいつの間にか癖となっていた。
己が手を見つめる。
思い出すのはあの日握った甥の手……。
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夜の闇より濃い暗闇をアリオーシュは妹の手を引きただただ走る。
聞こえるのは荒い呼吸の音と、頭のなかで鳴り響いているかのような心臓の音。
追跡者の足音は聞こえない。だが確実に背後に迫っていることはわかった。気配だけが濃厚に自分達を飲み込もうとしている。
必死についてくる妹を励ましてやりたいが、呼吸をするだけで精一杯だ。
乾いて張り付く喉、どこか切れたのだろうか鉄の味が口の中に広がる。
張り裂けんばかりに早鐘を打つ心臓。自分ですらそうなのだからきっと妹など……。でも足を止めたら駄目だ。
背後の闇に飲み込まれてしまう。
頑張れ、と妹の手を強く握る……刹那、いきなり体重がかかり後ろに引っ張られた。
「だいじょ……」
転んだのかと慌てて振り返るアリオーシュの顔に降る温かい雨。ぬるりとしたものが額を頬を伝う。
妹が大切にしていたうさぎのぬいぐるみが飛んできて胸にぶつかった。
仰け反る妹の小さな体。その薄い胸から突き出る醜く歪んだ爪。
妹が何かを言おうとして代わりに血の泡を吹いた。
「ぅ ぁ……ぁ……」
口から漏れる悲鳴とも嗚咽ともわからない声。
目の前の光景を拒絶するようにアリオーシュは頭を小刻みに振った。
生木を裂くような音をたて妹の体が無残にも引き裂かれる。勢い余った切っ先がアリオーシュの額から米神を引っ掻いた。
視界を染める赤、赤、赤……。体が手が妹の血に染まる。むせ返るほどの生臭い血の匂い。
爪に引っかかった妹の上半身。自分を見つめる光を失った瞳。
その背後から闇色の双眸がアリオーシュを捉えた。
人に本能的な恐怖を呼び起こさせる底の見えない歪虚の目。だが恐怖は感じなかった。アリオーシュはぼんやりと自分も妹と同じように死ぬのだろうな、と思っただけだ。
寧ろ一緒に逝ってやることができる、とすら思っていたかもしれない。
妹の血で塗れた爪が振り下ろされるのを恐ろしいほど静かな心で待つ。
爪の風を切る音、辺りに血が飛び散る。だが爪はアリオーシュに至る直前、何者かによって弾かれた。
「立て!!」
腕を引っ張る強い力。アリオーシュと歪虚の間に大きな背中が割って入る。叔父のラディスラウスだった。
歪虚の脳天に一撃を加えたラディスラウスに半ば抱えられるように走り出す。
背後に感じる無数の気配。アリオーシュは引かれるままに機械的に足を動かし続けた。
「……っ」
視界にうっすら映るのは見慣れた天井。
夜明け前の青い闇。耳が痛くなるほどの静寂。
アリオーシュは寝転がったまま汗で額に張り付いた髪をかきあげる。指が右額から米神にかけての古傷に触れた。
町が歪虚に襲われたあの時の夢だ。妹を助けることはできず、自分だけが助かったあの日の……。
腕で顔を覆い息を吐く。
町を襲った歪虚の群はあれから間もなく討伐された。
たった一人の家族を喪った自分に親類が向けたのは「幼い妹を見捨てた兄」という冷たい視線。多くは密やかに、中には面と向かって「どうしてお前だけ生きている?」と言う者もいた。
彼らは厄介ごとを背負い込みたくないというのを隠そうともせず、「助けたのだから責任を取れ」だのなんだの言ってアリオーシュをラディスラウスに押し付けてしまう。
尤も誰の元に行こうとどうでも良かった。
どうして自分が生きているのだろうか。どうしてあの時妹と共に死ねなかったのだろうか。
そんなことばかり考えていた。いやそもそも考えることすらできていなかったのかもしれない。
目の前に横たわるのは最愛のそして唯一の家族であった妹を喪ったという事実と何もできなかった自分の弱さ。
心に空いた大きな穴。そこを風がびゅうびゅう通り抜ける。
叔父と暮らすようになって少し経った頃、多分食事の準備中かなにかだったと思う。
食べる気力すら失っていたアリオーシュに叔父は何が好きか、食べれないものはあるかなどあれこれ気遣ってくれる。
妹はもう二度と食事を取ることもできないのにどうして自分は食べなくてはいけないのだろう。
守る者がないというのにどうして自分は生きているのだろう……。
そんなことを思っていたら自然と言葉が口から零れていた。
「何故助けたの……」
その言葉に酷く苦しそうな表情を浮かべた叔父がアリオーシュの傍らに膝をつく。
大きなごつごつした手が恐る恐るアリオーシュの手を取った。
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助けた――違う。
ラディスラウスは心の中で甥の言葉を否定する。
アリオーシュは助けられたと思っているようだが実際そんなことはない。その場に居合わせた自分のできたことといえば、甥の手を引いて逃げることだけ。
歪虚を止めることをできなかったどころか、幼い姪を助けることすらできなかったのだ。
やはり自分には何もできない。幼い姪を守ることができなかった自分の弱さを無力さを思い知らされた。
親類に邪魔者扱いされたアリオーシュを引き取ったのも無力な自分が唯一彼にしてやれることだと思ったからだ。
だから「助けた」などと言わないで欲しい、とアリオーシュへと向けた視線。
だがアリオーシュの双眸にラディスラウスは言葉を失った。
光もなく何も映していない瞳。その瞳をラディスラウスは知っている。それは全てを諦めた者の目だ。
耳の奥、かつて受けた言葉が蘇った。
「恥知らず」
「臆病者」
親類達がアリオーシュに向けたものと同じ。
ラディスラウスは無意識に甥と自分を重ねていた。
理想を胸に騎士となった。だというのに自分は何一つ成すことができず逃げるように職を辞した。
これと決めた戦いでの敗北。
逃げることしかできなかった己の無力さ……。
何もかも全て打ち砕かれた。自分には何も残らなかった。
自分は何かを望める身ではない。自分は何も成すことができない。あの日からただひたすら背を丸め、呼吸を殺し世界の隅で生きてきたのだ。
ラディスラウスは床に膝をつき甥の目を覗き込む。
少し躊躇ってからその小さな手を取った。
何故生きるのか、何故生きているのか、何故死に場所がみつからないのか、繰り返し自分に問うた。
ハンターになったのも生活の糧を得るためだけではなく己の死に場所を探すためだ。
終わりを探すだけの日々……そこへ甥も踏み出そうとしている。
全てを諦めたはずのラディスラウスの胸が軋んだ。
ひょっとしたら自分はアリオーシュに対して残酷なことを言うのかもしれない。彼に茨の道を行かせようとしているのかもしれない。
でも彼の瞳を見たときに心の底から思ったのだ。生きて欲しい、と。
だから彼の誤解はそのままに答える。必死になって甥の手を引き、歪虚から逃げた時の想いを。
「お前に死んで欲しくなかったからだ」
何も成すことができなかった自分、助けることのできなかった命……。そんな中、たった一つ救うことができた命。
妹を救うことはできなかった……だがせめて……。
せめて……。
甥の冷たい手を両手で包む。
お前だけは守らせてくれ、と祈るように包んだ手に額を当てた。
しばらくしてラディスラウスの手の中、アリオーシュが小さく手を握る。
ぐぅ、鳴る腹の音。それがアリオーシュの腹の虫だと気付くのに少し時間を要した。
慌てて顔をあげるラディラウス。
「お腹……空いた な 」
ぎこちないがあの日以来初めてみせた笑顔。
ラディスラウスはその日、荒野に一つ緑の芽をみつけたのだ。
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妹の手を握っていた手の内側にじわりとかく冷たい汗。
アリオーシュは再び目を閉じた。
妹の手の感触、足を止めた時の重み、血の匂いと温かさ、最期の顔、どれも生々しいまでに残っている。
眉間に刻まれる皺。
あの夜のことは何一つ忘れたことがない。
目を閉じればありありと浮かぶ。
己が無力だったが故に大切なものを失った日。
守りたいものを守れなかった現実。
戦慄く唇を薄く開きゆっくりと息を吸う。
妹を守れなかった事は胸の内に残る塞がらない傷だ。
それでも……両手で顔を覆う。
死んで欲しくない、と握られた手。じんわりと伝わるラディスラウスの熱。
ああ……
温かい、とアリオーシュは思った。ラディスラウスの手を。
若い頃騎士だったいう叔父。一体彼に何が起きたかアリオーシュは詳しくは知らない。
だが叔父も自分と同じような経験をしたのだろうということを察することはできた。
抜け殻になってしまうような経験を……。
だというのに、祈るように額を手に押し付けるラディスラウスの姿を見つめる。
(俺に……)
死んで欲しくないと願ってくれる。自分も彼のようにできるだろうか。誰かのために祈るように真摯に……。
アリオーシュは手に力を込めた。
体は現金なもので、生きようと思った途端腹が鳴る。
空腹を感じるなんて何日ぶりくらいだろうか。
驚いた叔父がまじまじとアリオーシュを見つめ肩の力を抜いたのがわかった。
室内に朝日が入り込んでくる。
どうして生きているのだろう、ではない。自分は救われたのだ。
寝台の上、体を起こす。
窓から入り込んだ陽光はゆるやかに動きアリオーシュを照らす。
ならば自分は進もう、と思った。
自分と同じ思いで苦しむ者のない未来のために。その時に後悔せぬよう無力さに憤ることがないよう、自分の無力さを越える力を身につけるために。
そして何より自分に生きて欲しいと願ってくれた、不器用で優しい叔父のために。
朝日の中寝台を降りたアリオーシュは腹が鳴ったときの叔父の驚きと安堵の混じった顔を思い出し笑みを零した。
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ラディスラウスがその大きな体を身じろがせれば、椅子がぎぃと音を上げた。
天井を見上げ目を閉じる。
人は自分を「臆病者」「恥さらし」と謗るだろう。
それは甘んじて受けよう。言い訳もしない。どんなに後悔し強く願っても過去を変えることはできないのだから。
だが荒野にみつけたたった一つの若い芽、自分が繋ぐことのできた命。
彼は歩き出す。自分の理想に向けて。
再び目を開けば薄暗かった室内がほのかに明るくなっていた。夜が明け始めたのだ。
せめてもそれが実を結ぶまでは守ってやりたい、ラディスラウスは窓の外東の空を彩り始めた黄金の眩しさに目を細めた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ka3164 / アリオーシュ・アルセイデス / 男 / 18 / 聖導士】
【ka3084 / ラディスラウス・ライツ / 男 / 40 / 聖導士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます、桐崎です。
頂いた内容を元にお話や人物像を少し広げさせていただきました。
なので違和感などございましたらお気軽にリテイク申しつけ下さいませ。
またイメージ、話し方、内容等他にも気になる点がございます場合もお願いいたします。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
副発注者(最大10名)
- ラディスラウス・ライツ(ka3084)