※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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かなしい竜のこどものお話
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それは、ある冬の夜のできごと。
陽が落ちたかと思うと急に気温も低くなり、冬樹 文太は身震いしながら自分の部屋に戻ってきた。
そこでドアの前にうずくまる人影を見つけて、思わず身構える。
(あぁ? どこのクソ餓鬼が人んちの前で……)
文太は片眉を跳ね上げて、肩をいからせた。
だがその人影は文太の足音をききつけて、金色の片目を輝かせる。もう片方は黒い布に覆われていて見えない。
「おかえり、文太! 遅かったな」
細い身体が勢いよく立ちあがる。人影はシャトンだった。
「ほんまに来たんか」
文太の鋭く輝く三白眼が、脱力したように光を失った。
来てもいいと言った気はするが、まさか本当に来るとは思わなかったのだ。
「この寒い中、いつからこんなとこおったんや」
腕に捕まる指は真っ白に色を失い、蝋細工のようだ。細い手首を掴むと冷え切っている。
「全く、ようやるわ。はよ入れや」
ドアの中に招き入れると、シャトンは勝手に中に入り込む。
「いやマジで寒かった~! あ、風呂借りるな!」
シャトンは返事も待たずに、バスルームへと走っていく。と思うと、顔を出した。
「この辺の服、洗濯してある?」
「……新しいの出しといたるわ」
文太は溜息を漏らす。
「ったく、やりたい放題やで」
なんだかんだで文太は自分の衣服から、シャトンがどうにか着られそうなものを引っ張り出し、脱衣場に放り込んだ。
「しっかりぬくもるまで出て来るんやないぞ!」
「わかってるー!」
鼻歌交じりにシャワーの音が響き、文太は自分の部屋なのに全く落ち着かない。
とりあえず風呂上がりのシャトンが湯冷めしないようにと、ストーブに火を入れ、湯を沸かす。
(……どうせ泊まり込むつもりやな)
文太はまたも溜息。
(しゃあない、俺が床に寝るか)
ありったけの毛布やクッションをかきあつめ、ストーブの前で少しでも温めておく。
そこでバスルームの扉が開く気配がした。
「おっさきー!」
シャトンは湯気を立てながらニコニコと出てきた。
振り向いた文太は一瞬、シャトンの顔から目を逸らす。
だが再びゆっくりと振り向き、シャトンの左瞼をじっと見つめた。
「それ……ほんま誰につけられたん」
シャトンの左瞼には、くっきりと焼印の跡がある。
普段は布を巻いて隠しているので、余り他人に見せることはない。
「あ、見苦しい? なら、隠すけど」
「そうやない!」
文太の表情は大まじめだった。シャトンにも文太の言いたいことがわかったので、一応説明を付け加える。
「あー……奴隷印ってやつ。奴隷のシルシ。その店の物ってこと」
シャトンは軽く答えて、おどけたように左瞼を指さして見せた。
文太はまるで、今自分の身体にそれがつけられているかのような、怒りをはらんだ瞳をしていた。
「奴隷とか……なんなん」
にぎりしめた拳が震えている。
それをほどき、ゆっくりと上げた指で焼印の跡に触れると、シャトンは逃げようともせずに苦笑いしてみせた。
痛みはもう感じないのだろう。それでも哀しく、あまりに痛々しい。
シャトンは文太の心を嬉しいと思う。けれど辛そうな顔を見ているのは好まなかった。
「それよりもなんか食べモノない? オレ、腹減った」
わざと明るい声で「この話はもう終わり」と告げる。
文太は溜息をついて、背中を向けた。
「……先に食ってろ。残りモンのシチューとパンがあるから。俺は風呂いって来る」
「うん。あ、ちゃんと文太の分も残しとくから!」
シャトンは文太を見送り、暖かく整えられた部屋にほっと息をついた。
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少しぎこちない文太に対し、シャトンの様子はいつも通りだった。
何事も無かったように食事をして、食後のお茶を飲み。そろそろ寝るかという頃になって、ストープの前のクッションに埋もれて毛布をかぶろうとする文太を、不思議そうに見下ろす。
「何やってんの」
「おまえにベッド譲ったるんやないか。毛布蹴飛ばさんように、ちゃんと寝ろよ」
それを聞いて、シャトンはいきなり文太の毛布をむしり取る。
「何すんねん!」
「ベッドに行こう! 一緒に寝た方が絶対あったかいって!」
「狭いわッ!!」
文太が吠えたが、シャトンも折れない。
「大丈夫だって! オレ、コンパクトだし。あ、もしかして床が好きなんだ。だったらオレもこっちで寝る!」
最後はなんだかんだで引き摺られ、狭いベッドの上で身体をくっつける羽目になってしまった。
(なんでやねん……!!)
文太は頭を抱え、シャトンに背中を向けた。
その背中に、シャトンは額をくっつける。
「迷惑、だったかな」
じかに伝わる声が、文太の身体を震わせる。
「そんなんやない」
くすくす笑う声が明かりを落とした部屋に響いた。
「……寝れないなら……昔話、してやろうか?」
「昔話?」
「うん。お姫様と竜の話なんだ」
シャトンの声はわずかに震えているように思えた。
今より少し昔のお話です。
あるところに、とても美しいお姫様がいました。
ある日、森を散歩していたお姫様を、ひとりぼっちの竜が見初めます。
竜は自分の姿をお姫様が怖がらないように、ずっとずっと、ひっそりと見つめ続けていました。
お姫様の笑い顔、お姫様のやさしい声。
それを見て、聞いているだけで幸せだったはずの竜は、いつしかお姫様をずっとそばに置きたいと思うようになってしまいました。
そしてついに、竜はお姫様をさらってしまったのです。
お姫様はたくさん泣きましたが、自分ではどうすることもできません。
仕方なく竜と一緒に暮らすことになりました。
竜はとても幸せでした。恋したお姫様がずっと自分のそばにいるのです。
しばらくしてお姫様は赤ちゃんを産みました。
竜は本当に幸せでした。
けれど竜の幸せは長くは続かなかったのです。
さらわれたお姫様を心配していた人々の願いを受けて、ついに王子様が竜のすみかにやってきたのです。
王子様はとても強くて、竜は負けてしまいました。
こうしてお姫様は王子様に助け出され、やっと竜の元からお城に帰ることができたのです――。
「めでたし、めでたし~!」
シャトンはおとぎ話を終えて、文太の背中に額をぐっと押しつけた。
文太は今聞いた短い物語についてしばらく考えこむ。
「なあ、聞いてええか」
「なに?」
文太がゆっくりと寝返りを打つ。正面からシャトンの顔を覗き込み、低い声で囁いた。
「それで、残された竜とその子供はその後、どうなったん?」
いつも快活なシャトンの表情が、何とも言えない寂しげな陰りを帯びていた。
そして口元は微笑むだけで、続きを語ることはなく。
「……なんだか眠くなったから寝るね。おやすみ」
改めて、シャトンは文太の胸に耳を当てるようにしてぴったりとくっついて来る。
文太は一瞬、身を固くした。
だがくっくと笑う声に釣られて、小さく笑ってしまった。
「ほんまに、このお姫さんは……随分勝手な奴やな」
そう言ってシャトンの頭を少し乱暴に抱き寄せる。
シャトンの耳に、文太の鼓動の音がやさしく力強く響く。
頭を抱きかかえてくれる大きな掌は確かに大人の男のものだけど、ちっとも怖くない。
シャトンはおずおずと手を伸ばし、文太の背中に腕を回してみる。
ここには確かな暖かさがある。
決して自分を見捨てることのない、自分を大事にしてくれる暖かさが。
この心地よさに身体を委ねてもいいのだと、シャトンは心からそう信じられた。
文太はどこかやり切れない思いで、艶やかな黒髪をそっと撫でる。
竜は愚かだった。
けれどどうしようもない哀しみを抱えてもいた。
到底納得はできないが、その気持ちはわかってしまう。
だからシャトンは、その哀しみと怒りをたったひとりで引き受けて生きてきたのだ。
文太も孤独だったけれど、シャトンの辛さに比べれば、まだマシだったとすら思えてきた。
だからシャトンが、ここにいることで癒されるなら――。
「……おやすみ」
せめて今はただ、ゆっくりと。見るのは幸せな夢だけでいい。
文太は腕の中の温もりを、宝物のようにそっと抱き締めた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3198 / シャトン / 女 / 16 / 人間(リアルブルー)/ 霊闘士】
【ka0124 / 冬樹 文太 / 男 / 29 / 人間(リアルブルー)/ 猟撃士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、冬の夜の少し哀しいおとぎ話のお届けになります。
寂しい心たちが少しずつでも癒されますように。
少しアレンジした部分もありますが、お気に召しましたら幸いです。
この度のご依頼、ありがとうございました。