※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
-
ひとりだち
――「私」の強さとは。
かつての高瀬 未悠(ka3199)は箱入り娘だった。それは自覚であり他認でもあるから動かざる事実である。
転移してからの立場の変化は目まぐるしいものだった。どんな事にも対応できるようにと施された教育では足りず、焦りを抱えながらも希望を見出したことは今もまだ鮮やかな記憶だ。
今だって未熟な自覚はあるけれど、ひとつの答えを胸に抱いている。
力が必要だと、思った。
無い事で道を狭めたくないし、諦めたくなかった。
生き延びるための武力を。騙されぬための知力を。物を得るための財力を。
一人が当たり前だったから、限界に気付くのが少しだけ遅れた。
縁を繋ぐ魅力は友人に学んだ。諦めない胆力は恩人に学んだ。周囲の皆から助力の存在を知った。
執着を知らなかった頃は周囲は流れて過ぎていただけだから。自分を含めた全てがただの歯車に見えていた。
独りよがりの力に委ねた時間は確かに楽に過ぎ去っていた。けれど今はその踏み外した足を、確かな場所につけていきたい。
護りたいと、願った。
命を懸けるほどの出会いを重ね深めてきたから。
身体を守るには力が必要だ。心を守るには愛が必要だ。何よりそのものを知らなければ方法がわからない。
一人では生きられないと知ってから、心の蓋が消えていった。
沢山の思い出を紡ぎたい。助け合うその手を繋ぎたい。大切な絆を長く続けていきたい。
未悠が目指すのは、胸を張れる自分自身。
かつての自分も一部と認めて、現在から未来までの自分を誇る人生を選ぶ。
幸せの形をいくつも見つけられる今が、最高に充実していると確信している。
未悠にとっては、力も、愛も、そのための努力も……全てが、大切な宝物。
――「私」と「あの人」の未来に、願うなら。
出掛ける度に、大切なものが増えていると感じる。
モノクロで単調に見えていた人生は今や様々な色に溢れている。恋人との逢瀬は勿論のこと、仲間との仕事や、友人とのたわいない会話だって鮮やかで、いつも胸の奥のアルバムにしまい込むのが楽しい。
過去を思い出す時はどこか胸が締め付けられる気もしていたけれど、次第に記憶に色がつくようになっていた。
人によって立場が違う、経験が違う、考え方だって違うのは当たり前で、それは昔から知っていたはずなのに、伴う感情の差が受け止め方を変えていた。
諦めていた時の自分は本当に勿体ない事をしていたと思う。
(今更かしらね?)
こうして時折思い出して感傷に浸ってしまうことくらいは、自分自身に許そうと思う。
「それで、どうだったのかなあ……なんて」
おずおずと遠慮しているようで、けれど色の違う瞳には同じ期待が浮かんでいる。メロンの果肉を花の形にして閉じ込めたゼリーはふるふると震えていて、武者震いのような緊張のような、とにかく落ち着かない様子なのがよくわかる。
「私もそれほどしっかり見たわけじゃないのよ?」
あの日は他にも知り合いが訪れていたようだけれど。自分の予定が充実していたからこそ、余所見らしい余所見は出来ていない。
杏と黄桃のスライスを挟んだミルクレープを一口運んでゆっくりと咀嚼する。うっすらとブラウンに色づいたクリームは紅茶味で、さっぱりとした口当たり。
「わかってはいるんです。写真も見せてもらってますしある程度は……予想しているんですけど」
「何かいつもと違っていたのかしら!?」
ゆっくり話を聞くつもりだったけれど、話の流れが急に色めいて未悠はずいと身を乗り出す。
「……あっ、つい急いちゃったわ」
落ち着かなきゃいけないのは自分ね、なんて思いながらグラスを少し傾ける。冷やした緑茶の渋みが口の中をリセットしてくれた。
「こちらから説明するべきだったなって」
紅茶で唇を湿らせたエステル・クレティエ(ka3783)が続ける。
「……表情が」
家族だからわかる程度かも知れません、なんて言葉に未悠は頬が緩むのを感じる。
「なるほどね……少し慌てたようにも見えたけど、後ろ姿だったもの」
フラワーシャワーを撒きながら、では限界があったのだから。
「変化が見えているなら、良かったわ」
友人たちの幸せが形作られていく、それが本当に嬉しい。
「関係が変わってから、の……なんて言うか」
言葉がうまく繋がらなくて、詰まってしまう。正面の未悠は穏やかに微笑んでくれるから、焦りが少しずつ解けていく。
「恋人になる前と、今とで。接し方だとか、過ごし方だとか。変わったり……実感って、やっぱり、ありますか?」
どうにか疑問の形にはできたと思う。前から聞いてみたいと思っていた事なのだけれど。他の誰かと一緒に聞くには、少し勇気が必要だったせいだろうか。
二人でのお茶会、という今はほんの偶然で。親友と兄のことも勿論気になっていることだけれど……どちらが切欠かは、考えないでおこうと思う。
「……私の想像を超えていたわ」
ぽつり、とこぼされた声はけして大きなものではない。けれど噛んで含めるように、遅れて実感がついてくる。
(具体的に聞いていい、のかな)
なぜだろう、聞いたら最後、自分は受け止めきれるだろうか。僅かながら怯えに近い何かが迫ってきている……気がする。ゼリーを掬おうとスプーンを持ち上げていたのだが、気付けば器に戻していた。
「私、機会があれば想いを伝えるために努力していたわ」
知っている。努力する姿を実際に見ているのだから。その気持ちの大きさも、理解している。
「でも、彼にも都合があったし……会えない時は、ついつい、気持ちばかり先走って、こうなったらいいなって想像、いえはっきり言って妄想までするほどだったわ」
頷いては失礼かと思うので黙って見つめ返すだけにするけれど、それももちろん知っている。時々言葉が漏れていたので、察するのは容易な事だったから。
「想像上の彼は、私に優しかった。でもね、実際に、隣に立ってくれる彼は、もっと……」
ごくり、熱っぽく語り続ける未悠の声につられて、エステルの喉がなる。
「支えてくれるときだとか、少し先を歩くだけでも。言葉じゃないところでも……その、すごいのよ……」
具体的な説明ではないというのに。徐々に頬を染め、その赤味を増していく未悠の様子を見るだけで、なんだか自分も照れてしまう。
「……それは……すごいですね……」
知らないうちに大人の階段を上った気になる、というのは……随分と貴重な経験ではないだろうか?
話していただけだと言うのに。妙に火照ってしまった熱を冷ますために未悠がグラスへと手を伸ばし、エステルも氷入りのグラスへと残った紅茶を注いでいく。熱い紅茶を頼んではいたが、季節柄冷たいものも楽しめるようにカップとあわせて二つ並べられていたのだ。茶葉がまだ浸かったままで濃くなっていたからこそ、氷を溶かし薄まるくらいがちょうどいい。
「……彼の場合は、立場が複雑で。事情があったからこそだと思うの」
ぽつりと零れる、未悠の声。
「隠すのが上手だから読めなかったのではなくて、隠さなければいけなかったからよね」
あの人の性格も勿論、あると思うけれど。仄かに嬉しそうな声色が混じっているから、エステルも穏やかに耳を傾ける事が出来る。
「今はその必要が減ってきているのだと思うわ。少なくとも私にはそう見えているし、彼の素の姿を見せてくれているのだと思うの」
「……それって、嫌な聞き方かもしれないけど……怖くないですか?」
変わること、変わったこと。それまでと違うという事実に戸惑うことはないのだろうか。未悠のもつ答えはわかる気もするけれど、あえて。
未悠の言葉で聞きたいと思った。
「怖くないわ。むしろ、彼が私に対して変わらなかったら、その方が怖くなったでしょうね」
――「私」の向かう先は。
幼い頃からエステルは恋をしている。気が付いた時は既に想いを抱えていたから、本当の始まりがいつだったのかは、覚えていない。
想いに正しく名前がついた時の衝撃は、今も忘れていない。忘れられるわけがない。
変わらず胸の内に在る彼は、常に心の同じ場所で、微笑んでいる。
秘めているだけで、よかった。
家族ぐるみの付き合いも同じだったから。
理由を作れば会える。他愛ない会話で笑顔が見れる。今までと同じ距離感が心地よくて。
踏み出せない理由があったから。
気まずくなるのが怖かった。家族のおまけは都合よかった。会えなくなるのは嫌だった。
積み重ねる勇気を、少しずつ。
仄めかせた好意と言う形で、踏み出そう。
背を押してくれる優しい手が、恋を追いかける勇気が、叶えた笑顔の輝きが、眩しくて、嬉しかったから。
自覚した上で、長引かせるつもり。
急な変化は望んでいない。一歩ずつ前に進めればいい。何より今までだって長かったから。
他の誰かが彼の隣に並ぶ可能性を考えなかったわけじゃない。わかった上で、自分なりの方法を選ぶと決めた。
選び取りたい道はひとつではなく、同時に駆けぬけることはできないから。節々で道を選び直しながら、少しずつでも前に進みたい。
エステルは全力を分けることはできないと、そう決めている。
魔術の道と薬草学の道は師であり母が。ハンターと恋も友人達が。前例を知りつつ自分で同じことができるかと問いかけて、確りと頷くのは難しい。
自分への自信を育てたら。不安な壁がなくなってから。世界の危機を前に自分だけの事に取り掛かれる自分ではないと、自覚があるから。
エステルの恋心はその時まで、同じ温かさを持ち、心の同じ場所に在り、同じ大きさのままで……抑えておく。
――「私」が「あの人」の隣に、並ぶなら。
自分は臆病なのだと思う。
口にするにも勇気が必要だった、無意識に避けていた怖いという感情は、それほど直視したくないものだったのだと思う。
踏み出した後、躓いてしまった時に。他の道へ進む勇気も一緒に失ってしまいそうで。自分の心を守るために、その時までの時間を引き延ばしている。
実家に帰ればいくらだって時間が作れる。けれど進みたい道を諦めた形の自分には自信が持てるはずがない。だから今は離れた場所で女を磨いて、自信をつけて……壁と言う存在は、不安だとか、臆病な気持ちを一時忘れてくれる体のいい存在だという自覚も、ある。
(兄様のこと、言えないのかも)
実の姉弟なのだから当たり前かもしれない。だからこそ助言だって出来るわけだけれど。
あの人との関係だとか、親友との関係だとか。やはり変化が怖いと思っている……大きな変化が起きない現状が、とても過ごしやすくて。心のどこかで安堵している自分を肯定するのがとても難しい。
引け目、というのもきっと、ある気がする。
「ねえ、エステル」
じっと黙りこんだままのエステルを覗き込むようにして声をかければ、はっと顔があがる。
「すみません、ぼぅっとしていて」
「それくらい気にしないで? ……途中だったから、あと少しだけ」
考え違いかもしれないけれど。先ほどの続きとして、言うだけなら構わないだろう。
「私が彼の変化を怖がらないのは、ずっと変わらないものがあったからだわ」
自分の想いだとか、彼の選んだ道だとか。
「変わる部分も、変わらない部分も、全部ひっくるめて彼が好きで、この先も一緒にいたいと思うからだわ……答えになった?」
恋人として隣に立てるから幸せを感じるし、力が沸いてくる。それをエステルもいつか知れたらいいと、願う。
「……未悠さんは、強いです」
溜息のように零れる言葉。
「参考になりました。その、変なことを聞いたのに……ありがとうございます」
「どういたしまして!」
恋話は大歓迎、なんてウインクを挟む。
「恋する女の子って、それだけで強くなれるのよ。でもね、強くならなきゃいけないなんて、だれも言ってないわ」
少しだけ早口に続ければ、小さく目を見開いている。
「恐がっちゃ駄目、なんて誰も思わないわ。弱いところだってあって当たり前なんだから。どうしても頑張れない時だってあるんだから。そう言う時は……」
「……?」
「こうして、甘いものに元気を貰えばいいのよ! はい、あーん♪」
ミルクレープを一口分、エステルの口元に差し出す。
さあ、食べられるのを待ってる子達を、しっかり堪能してあげましょう?
――距離を飛び越え歌声を届けたいのは、春か先。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【ka3199/高瀬 未悠/女/20歳/征霊闘士/appassionato】
【ka3783/エステル・クレティエ/女/18歳/宝魔術師/avec une humble】
乗り越えなければならないとしても、タイミングは人によって違います。
強気も弱気も使い方次第で、乙女の魅力になるはずですよ。