※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
鼓動


 高瀬 未悠(ka3199)は洗面器に水を落としながら少し腫れぼったい両目を強く閉じた。


 帝国首都バルトアンデルスでの演説活動のあったあの日。
 歪虚の襲来から人々を護る為に未悠達ハンターは戦った。
 戦って。明日は来るのだと。
 叫んで。こんなところで死んでいい人なんていないと。
 歌って。運命は自分達で切り拓くのだと。

 そして、掴んだ。愛しい人の、手を。

 その瞬間、意識を手放してしまい、気がつけば病院で。すぐにでも動こうとする未悠は、医者から問題患者扱いされ、ベッドに括り付けられられること1週間。
 ようやく本調子に戻り(やだな、拘束を粉砕しただなんてそんな)、医者から退院許可を得て(脅迫なんてしてないよ、ホント)、愛しい人を探し……その人は同じ病院の最上階で未だ滾々と眠り続けていると知ったのは本の数分前。
 逸る鼓動は階段を駆け上がってきたせいなんかじゃ無い。でも、胸が苦しいのは、期待と不安が胸の中で荒れ狂うからで、ドアノブに掛けた指先が震えるのは緊張のせいだって分かっている。
 そっと扉を開けて、眩しい程白い清潔な部屋と白いベッドが見えたとき、未悠は考えるより先に足が、身体が吸い寄せられるようにベッドへと近寄っていた。

「……良かった……」

 目に飛び込んできたのは、未だ取れない包帯と少し痩せたように見えるシグルド(kz0074)のその整った寝顔。
 その胸が規則正しく上下している事、触れた頬が温かい事に未悠は何よりも安堵して、溢れる涙が止まらなくなる。
「いけない……こんなに泣いてたらビックリされちゃう」
 涙を拭って小さく微笑むと愛おしいその寝顔を見つめる。
 ……と、ほんのりその額に汗が浮かんでいる事に気付いた。
 念のために訪室した看護師に身体を拭いても良いか問えば可、との事だった。


 キュッ、という音を立てて蛇口を閉める。
 水を零さないように洗面器を抱え、慎重に廊下を歩く。
 VIP御用達の特別治療室が並ぶこの階はとても静かだ。
 扉を開ければ、変わらず眠り続けている横顔が目に入る。

 微かに聞こえる呼吸音。
 こうして目の前にいてくれてる。
 再び涙腺が緩みそうになって、慌てて未悠は首を振った。

「顔を拭くわよ、シグルド。ちょっと冷たいかも知れないけど、我慢してね」

 固く絞ったタオルを額に押し当てる。
 少しぐらい、眉ぐらい動かしてくれるかと思った、その期待は裏切られた。

「……相変わらずポーカーフェイスね。我慢しなくて良いのに」

 半分は包帯に覆われたままの額を丁寧に拭う。
 次にそっと目頭から目尻を、眉間から鼻梁を、目頭から鼻翼を通って口角から顎へ。
 羨ましい程に綺麗に生え揃った眉毛、長い睫毛。真っ直ぐな鼻筋。意外に柔らかい頬。薄い唇。
 今は閉じられたままの一見、氷のように冷たい印象を与える青い瞳。でも未悠には、鋭い洞察力と冷静さを併せ持ったブルーサファイヤの輝きを湛えた美しい瞳。
 確かに、自分を見てくれた。
 今は閉じられたままのこの唇が呼んでくれた。
 確かに、自分の名前を呼んでくれた。

「声、聴きたいな……ねぇ、私を、見て……?」

 生きていてくれた。
 それだけでいいと思っていたのに。

「わがままかな……」

 看護婦は、言った。
 ハンターオフィスから改良された薬が出たにも関わらず、シグルドにはそれが効かなかったのだと。
 ……それ以上のダメージを受けた、という事らしい。
 一歩間違えば予後不良……再起不能となっていたかもしれない、と。
 いくら覚醒者であっても限界はある。明らかに限界を超えた、尋常では無い量の雷を一身に受け止めたその代償は誰にも計り知れない事で。
 命があるのが奇跡な程だった。

 包帯を避け、肌を拭いていく。
 拍動する頸動脈としなやかな喉仏。色気漂う鎖骨、厚い胸板。
 そっと耳を寄せればその鼓動が確かに聞こえた。

「離れたくない。あなたを感じていたい」

 胸の裡で呟いた言葉は自然に音となって零れた。

「死ぬのが怖い。あなたに会えなくなってしまうから。あなたを独りにしてしまうから」

 間に合わないと思ったファナティックブラッドとの最終決戦に、未悠は間に合ってしまった。
 ならば、決着を付けに行かなければならない。それが、ハンターとしての未悠の矜持であり、それを止める事は最早難しい。
 瞳を閉じれば、堪えていた涙が零れて包帯にシミを作る。
 こんなにも好きなのに。こんなにも愛おしいのに。それでも行かない、という選択肢は選べない。

「それでも行かなくちゃ。あなたが願う変わらぬ明日を守る為に」



「それでこそ、未悠だ」



 涙が飛び散るほど瞬き顔を上げる。
 未悠は最初、自分の瞼の裏のシグルドが話したのかと思った。
 そのくらい、シグルドの表情に変わりはなくて。

「シグルド……?」

 恐る恐る包帯の無い方の頬に手を伸ばす。
 指先が触れる瞬間、ブルーサファイアの瞳が未悠を捕らえた。

「まだ陽も高いうちから寝込みを襲われるとは思わなかった」

「……!?」

 慌て過ぎて椅子やら何やらを蹴倒しながら(それでも洗面器はひっくり返さなかった、エライ)、派手な音を立ててベッドから距離を取る。

「応えて上げたいのはやまやまなんだが……情けない事にまだ身体が起こせなくてね。手も、まだ上手く動かない」

「お、おおおおおおお起きて……!?」

「あぁ、未悠が看護師と話している辺りからかな。あぁ、別にポーカーフェイスを気取っていた訳でも無くて、気持ち良かったからそのまま任せてみたんだ」

 それって、かなり初っ端では……? と未悠は顔を真っ赤にしながら色々言いたいのに言葉にならず、空気を求める鯉の様に口をパクパクと動かすだけ。なお、涙は吃驚しすぎて引っ込んだようだ。

「……最終決戦か」

 他人をからかうようなトーンが消え、その眼光は厳しさを宿す。

「まさかベッドの上から君たちを送り出す事になるとは思わなかった。これでもそこそこ鍛えていたつもりだったんだけどね」

「シグルド……」

 あの場に一緒にいた未悠には分かっている。そのくらい、シグルドは無理をしたのだ。そうで無ければもっと被害が出ていたに違いない。
 自分を責めないで欲しいと、未悠は大きく首を横に振って伸ばされた手を取る。

「世界の未来を、明日を、頼む」

 その言葉に、未悠は大きく息を呑んだ。
 たとえ、回復が間に合っていたとしてもシグルドはその立場上、未悠と一緒に行く事は出来ない。
 それぞれに戦うべき場がある。命を賭さなければならない時がある。
 だからこそ。

「絶対にあなたの元に帰ってくるわ。だから信じて待っていてね」

 伸ばされた手を頬によせると、大きく引き寄せられた。
 青い瞳に吸い込まれるようで思わず未悠は目を閉じると、やわらかな熱が額に触れ、離れた。

「武運を」

 その唇を、キスを額に受けたのだとわかり、未悠は顔から煙が出るほど赤面して、そして、少しだけ……

「無事、帰ってきたら」

 そう言って未悠の唇を掠めた親指に唇を当てると蠱惑的に微笑むシグルドを見て、今度こそ本当に顔から火が出るんじゃ無いかと思うほど未悠は体中の体温が額に集まるのを感じた。



「愛してるわ……シグルド」

 2人の鼓動と呼吸を閉じ込めて、差し込む夕日が部屋を赤く染める。
 血潮の色の中、未悠は強く固く誓う。

 この温もりに再び触れる為に、必ず生き残る、と――



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3199/高瀬 未悠/女/外見年齢21歳/霊闘士】
【kz0074/シグルド/男/外見年齢22歳/闘狩人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 大変お待たせしてしまって申し訳ありません。
 いや、未悠ちゃんの恋が実って本当に良かったなと。おめでとうございます。
 そして私の中での彼はこんな感じに仕上がりました……閣下未監修ですので、かなり葉槻色の強いシグルド君に仕上がっております点、何卒ご容赦いただけましたらと。
 いや、でも本当に彼、きっとあのタイミングと状況じゃなければ未悠ちゃんに自分の胸の裡を明かしたりはしなかったと思うんですよね。
 なので、本当に何事も何がどうなるかわからない物だよなぁと。
 いやも、ほんと、おめでとうございます!

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またファナティックブラッドの世界で、もしくはOMCでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。

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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
未悠(ka3199)
副発注者(最大10名)
クリエイター:葉槻
商品:シングルノベル

納品日:2019/08/13 14:44