※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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the girl
『高瀬家のご令嬢は、夏季休暇になると別荘巡りで随分と豪遊している』
そんな噂が流れるようになっても、高瀬 未悠(ka3199)が夏に実家に留まるようなことはなかった。
父親のご機嫌伺いに訪れる客、帰省ついでだと適当な言い訳を携えて何かしらの無心にやってくる親戚、高瀬の家の名との繋がりを求めてアポイントメントもないのに訪れる級友と呼びたくもない同級生……夏に限らず、長期休みとなれば高瀬家を訪れる客は多く、だからこそ噂という皮を被って未悠のプライベートが公開されているわけなのだが。
初めて避暑地の別荘で過ごしたその年、それらの煩わしい様々なものから解放されたと気付いたその年から、未悠の好きな季節は夏になった。
夏期休暇は格別に長いのだ。課題は計画立てて早めに終わらせてしまえばいいし、それまでに修めた学業の復習と新学期からの予習だって予め計画を立ててその通りに熟していれば実家に居る必要なんてどこにもないのである。家庭教師の必要もなくなっていたので、未悠は限定的だが自由を手に入れることができるようになったのだ。
「私、暑さにだけはどうしようもなく弱いのです」
厳格な父親にはその一言を告げるだけで良かった。むしろそうなるように日頃から努力していた。
春期休暇は進学や進級の準備が重なるために出歩ける先は限られる。
冬期休暇は年末年始の顔合わせ等、両親と共に顔を出さなければいけない行事が詰まっている。
そういった、絶対に避けられないものの前では求められる高瀬家の令嬢を完璧にこなしているのだ。
つまりは高瀬家の体面を保てる娘であればいいと気付けたので、未悠も夏期休暇を存分に頼むための負い目を感じなくなった。
年を重ねる度に、夏に実家を訪れる者達の悪意混じりの噂は増えていったけれど、全く気にならなくなった。表だって対抗してくるような相手は居なかったが、さりげなく会話に毒を仕込んでくるような相手にも余裕の対応ができるようでなければ高瀬家の令嬢など務まるわけがない。
「私、暑さにだけはどうしようもなく弱いのです……」
父親には事務的に伝えただけのその台詞を、あたかも儚げに伝えることで牽制という名の鎧にした。大抵の相手はそれで黙ってくれるので、その度に深層のご令嬢という面の皮のありがたみを感じる。
それは同時に親しい友人というものを得る手段を自ら捨てる行為でもあったけれど、何より人目を避けることを優先していた未悠ははじめそのことに気付いていなかった。
中学生にあがったころ、親友というものに憧れ出したころ。その事実に気付いた時の未悠は深層の令嬢を装う事が当たり前になっており、被り続けた大きな猫の皮を剥がす勇気を持ち合わせてなどいなかった。自分に付き従う家の者達ならともかく、高瀬家という括りの外に居る人間全てを信用することが非常に難しい現実に絶望の様なものさえも感じていた。
自分以外となら楽し気に会話を楽しむ級友は、自分に話しかける時だけ遠慮という名の仮面を被っている。表情だけでなく声色さえも違うことはとっくに知っていたことだけれど、それが相手の興味や打算という一方的なものだけでなく、自分のこれまでに積み重ね築き上げてきた壁によるものだと突きつけられてしまったのだ。
例えば転校生だとか、それまでの状態を全く知らない存在が現れてくれたなら未悠も自分を出す切欠になったかもしれないけれど。あいにく未悠が所属しているのは始めに決まったクラスのまま卒業まで持ち上がりが決められている特別編成クラスだったために、想定不可能なイレギュラーが起こることもなかった。
消化できない願望の反動は全て夏期休暇で発散されることになった。
未悠はもともとあまり物欲は高い方ではないので、噂のような豪遊と呼ばれるようなことはしたことがなかった。顔見せの必要がある時期には前もって衣類の新調や手直しなどを行っているが、不必要だと断言できるほどの購入欲は持ち合わせていなかったし、何より物持ちが良い自信があった。新年の晴れ着は祖母や母親から引き継いだ着物を仕立て直し、帯などをかえることで十分だった。簪などの小物はそれなりに数を持っていたが、それだって異常と呼ばれる数ではない。
消耗品を買うにしたって限度があった。高瀬の家は望めば最新のものが手に入るので、まとめ買いなんて考えは災害用の備蓄にしか適用されていなかった。
つまり様々な事情が働き、消去法で、飲食物くらいしかその発散方法がなかったのである。
しかし実家から離れた別荘とはいっても、付近に似たような境遇の別荘が並んでいるのである。ある程度の利便性を求めた結果それは仕方のない事である。そのため人目は完全に遮断できるわけではなかった。未悠は避暑という名目で別荘に滞在していたし、何より暑さに弱いのだと自ら触れ回っていたこともあり、観光等と称して活発に動き回るようなこともしなかった。
日除けの為の大きな帽子や、日傘、長手袋と言った厳重装備で、送迎の車を利用して。お忍びスタイルという名目の筈なのに全く忍びきれていない、カフェ巡り以外は。
「私、甘いものには本当に弱いのよね~……♪」
別荘地一か所につき数軒は、未悠のような避暑に来ている上流階級向けのカフェであったり、人気の店というものがあるものである。
そういった店舗の情報を掴んでは、未悠はお決まりのスタイルで足を運ぶ。その時ばかりは自分の好きなものを好きなだけ楽しむのだ。
はじめはその店の人気メニューとその日のおすすめメニューから。腹具合を確かめながら気になったものを次々に頼んでいく。日頃から学業だけでなく見栄えのする体型の維持にだって気を使っているので、カロリー管理もお手の物だが、この日ばかりは未悠もそのリミッターを外すことにしていた。実際、日頃の努力のおかげでそう崩れやすい体質でもなかったのが幸いしている。
ランチタイムに食事系のメニューをスルーしてすべてスイーツメニューだけで楽しみ、特に気に入ったものは夕食のデザート用に、他にも日持ちする菓子類があれば期限が許すだけの量を纏めて買い込む。そうして外出する機会を極力減らすという策も取っていた。
全ては人目を避けるためという信念のもとに行われているのだが、その姿は見る人が見れば豪遊以外の何物でもないのである。この段階で、奇しくも噂が真実との融合を果たしていた。
実際の金額を考えればそう大きなものではないのだが、行動があまりにも大物感溢れすぎていたと言ってもいいだろう。普段からご令嬢としての大猫を被っているからか、個室に案内される間に顔を伏せ気味にしていても、その所作で人目を惹いてしまっているのである。
「私自身で作れれば、こうやって出掛けなくても済むのに……残念だわ」
知らずに人目を惹きつけている自覚のない未悠は未悠で気楽な事を考えていた。
プロ並みの腕までは望まないけれど、自分自身の時間も潰せるし何より集中できて気分転換にもなりそうだ、ということで挑戦だけはしてみたのだ。しかし別荘お抱えのシェフには早々に匙を投げられた。横の情報網が回りきる前に、と複数ある別荘其々を転々としてそ知らぬふりで挑戦してもみたのだが、ついには母親にまで話が行って、やんわりと、けれど絶対厳守の禁止発言がもたらされたのであった。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【ka3199/高瀬 未悠/女/21歳/征霊闘士/かつてが在って今が在る】
このノベルはおまかせ発注にて執筆させていただいたものになります。
長いお休みだからこそ、歯止めをかけずに何かをしてみたいと思うものです。
普段からの柵でがんじがらめの猫さんは、その反動が強すぎただけなのですよ……きっと。