※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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躓く石も縁の端
一瞬、頭の中が真っ白になって。未悠が口を開こうとするより早く、隣から伸びてきた手がその勢いと激情を削いだ。そちらへと目を向ければ、落ち着きを宿した瞳がただ真っ直ぐと二人の正面にいる男を見つめていた。視線を向けられた男があからさまに顔をしかめる。
「あなたが未悠に対して何を思うかは、確かに自由だよ。――でも」
そこでリクは一度言葉を切って、一つ深めに呼吸した。
「役に立たないかどうかは実際に、未悠の戦いを見てから言ってほしいな」
口調こそ柔らかいものの、自分より上背のある彼にそう言われて男は舌打ちし。先に行く、とだけ言って逃げるように踵を返していった。少し乱暴に扉の閉まる音が聞こえ、ピリピリとしていた部屋の空気が徐々に解けていく。他のチームの人たちも気にしていたようだったが、下手に触れないほうがいいと思ったのか、何か干渉してくることはなかった。
未悠がじっと見ていることに気付いたリクが安堵させようとしたのか、目を細めて唇を笑みの形に変える。未悠も同じようにして応えたつもりだったが、上手く笑えた自信はなかった。
ガタガタと音を立てながら、魔導トラックの車体が揺れる。運転席と後部座席の間には襲撃対策の仕切り板が設置されていて、視界も声も通るのに二人きり、前部から切り離されたような気分になる。隣にいるのがあの人じゃなくてよかった、と思ってしまうのは仕方ないことだと未悠は思う。じろじろと厭らしい意味ではないが値踏みされて、戦力にならなさそうだから組むのは嫌だなんだとごねられたら誰だって怒るはずだ。戦って人々や仲間を守ること。それが未悠の矜持であり、自分で決めた途方もなく大きな目標で。先程のリクの言のように、見る前から決めつけてほしくない。
「おーい、未悠。ご飯作ってる時みたいな顔してるぞ?」
ちらっとこちらを一瞥してリクがそう言い、少しの意地悪さを含んだ顔で笑う。それにつられるように未悠もむっと頬を膨らませた。料理スキルと生まれに直接の因果関係はないはずだが、未悠の料理の腕前は上手い、の逆方向に突き抜けている。経験云々じゃなく、致命的に向いていないと言われるくらいに。未悠はそれで諦めるつもりは毛頭無く、暇を見つけては練習に勤しんでいる。しかし、タイミングを逸しないよう気を張っていると、戦闘中並に真剣な顔つきになる。それが元々クールだと評される外見も相まってちょっと怖いらしい。未悠の反応を見てリクはふき出した。
「だーいじょうぶだって。もしあの人がどうにもならなくても、その分も僕がカバーするよ」
リクがすぐに手に取れるよう脇に置いた黒と白の聖機剣に軽く触れる。自分だって負けるつもりはないけど、悩んでいる時にくれる彼の言葉やハンターとしての経験の差に頼もしさを覚えるのは確かだった。同時にまだ自分は強くなれるという確証も持たせてくれる。
「……ありがとね、リク。大丈夫――ちゃんとやれるわ」
言って、ぐっと膝の上で拳を握った。
結局のところ未悠が苛立ちを覚えるのは、あの人というより、自分に対してだ。投げつけられた言葉を理不尽だと思う反面で、胸を張って言い返せるかと訊かれれば答えはNOで。だって未悠は憶えている。戦えることに嬉しさを抱き、己の生き死にを愉しんでいた過去を。大切なものを失って、相手の気持ちも何もかもを無視して守るという行為に自己満足していた過去を。どちらもそう昔でもない話だ。今は克服出来たと自認しているけれど、同じ過ちを繰り返さないという保証もない。
「――未悠はさ、一人でなんでも背負い過ぎなんじゃないかな」
「……え?」
しばしの沈黙を挟んで投げかけられた言葉に、未悠は瞠目した。ん、とリクは小さく声を漏らして目を伏せる。何か考えているらしい。
「そりゃ僕だって、諦めるとか見捨てるとか、そんなのは願い下げだ」
後半は声のトーンが若干低くなる。彼には彼の自分には自分の。心の傷があって、未来への展望があって。それは必ずしも一致しているわけではないけれど、目指す方向は多分それほど離れていない。
「でも苦手なことは他の人に任せて、得意なことは他の人の分まで背負って。――そういう感じでもいいんじゃないかな?」
なんて偉そうなこと言える立場じゃないけどね。そう付け足して照れくさそうに頬を掻く。時にはわざとふざけたように、時には真摯に人と向き合おうとする彼のことが、友人として、あるいは仲間として好ましい。気心の知れた相手と一緒に組むことは戦力的にも心理的にも安心感を与えてくれる。それは決して甘えじゃなく、信頼の証だと思えた。
「僕がさっき言ったことは嘘じゃない。万人に受け入れられるなんて実際、有り得ないしね」
言ってリクにばしっと肩を叩かれる。声をかけるときより強く、励ますように。そのあと付け足された言葉に未悠は微笑む。そして自分が逆の立場だったら必ず守ってみせると誓った。
「でもやっぱり、友達を貶されたらムカつくかな」
◆◇◆
今回の依頼の目的は小さな集落が点在する地方で発生した歪虚――魔獣の討伐だった。それ自体はマテリアル異常で自然発生したもののため然程脅威ではないのだが、一つ目の集落に被害を与えた後、増殖して新たな群れを形成すると四方八方へ散らばっていった――とは命からがら逃げ延びた住民の目撃談だ。実際にその集落から各方角へ直進するように散開したことも確認されている。その退治に駆り出されたのが十数人のハンターと一般兵で、早期解決が望ましいことからシンプルに戦闘能力のみを考慮して臨時の混成部隊が結成され。その結果、リクと未悠の引いたくじがハンター、取り分け女性を見下す今日日見ないタイプの兵士だったというわけだ。
相手がハンターだったらこうも嫌な空気にはならなかっただろう、とリクは思う。もちろん経験を積んでいく過程で、人間的にどうしようもなく、反りが合わないと感じる相手もいる。しかし今回のリクと未悠のように親しくなって連れ立つことがあっても、全ての依頼で一緒に組むというパターンは意外と多くはなく、仮にそうだったとしても人数の関係から身内だけで完結することは皆無に等しい。しかしお互いに命を預けて戦うのだから、上手く折衷する術が自然と身につくものだと思う。今回はそれが一切通用しないし、贔屓目を抜きに未悠に落ち度は全くない。完全に偏見に基づく言動だからこそ、簡単に解決出来ない。根気よく向き合うだけの時間もない。
バツが悪いのか単純に一緒に行くのが嫌だったのか、他のチームのトラックに同乗したらしい件の兵士と再び顔を合わせたのは作戦の決行時刻ギリギリの頃だった。獣を模した存在だから多少ブレがあるが、じきにこの辺りに歪虚が近付いてくるはずだ。木々がなく開けている為見落とす心配もない。
リクが視線を向ければ、未悠は愛槍を手に、静かに呼吸を整えていた。正直なところ、彼女のことはそんなに心配はしていない。付き合いの長さゆえの信頼という奴だ。むしろ心配なのはチームのもう一人。言動だけ見ればはっきり言って気に食わない相手だが、多分彼は彼で――。
風もあまり吹かない中に刻まれる物音。それを聞き取って動きを止めたのは二人も同じだった。未悠と視線を交わし、もう一人にも目をやる。彼は未悠をじっと見つめ、そしてリクの視線に気付いて顔を背けた。ああ、とリクは胸中で息をついた。覚えのある感じだ。未悠もだろう。
姿を現した魔獣に戦いの口火を切ったのは未悠の放った光の矢だった。その後を追うようにレーザー状の光が六条伸びて数匹の胴体を刺し貫き、灰燼へ変わる。攻撃手段の関係上、二人から距離を取るようにリクは動いた。近接戦闘にも備えて唯一無二の愛剣を構える。巨大化させて薙ぎ払うのも一対多の戦闘には有効だろう。
「下がって!」
と未悠の声が聞こえたのは敵の総数が半分を切っただろうという頃合いだった。機導術で敵を退け目を向ければ、兵士を庇うように前に出た彼女の姿が見えた。ち、と小さく舌打ちして合流への道筋を探す為に思考をフル回転させる。
「俺は――」
「私も、貴方もっ! 守りたい気持ちは一緒なの!」
そんな叫びに考えは止まる。体は思考と切り離されたように敵へ対応しながら、リクの意識は二人のほうへ引き込まれた。
「だから、お願いよ。今は協力して」
リクも未悠も、そして彼も。全員が喪失を知っている。己の行動が何か一つ違っていれば、ほんの少しでも今より強かったなら。もしかしたら失わずに済んだかもしれないことを、嫌というほど知っている。親しい人なら言うまでもなく、顔も名前も知らない相手も同じで、誰かの明日が無くなるなんて絶対に嫌だ。喪失に慣れたらきっと戦う意義すら失う。ハンターも兵士も、犠牲が出て初めて事を知るケースのほうがずっと多い。
もう一人の仲間が後退する。それに合わせて未悠もじりじり下がり、リクは間隙を突いて前へ大きく踏み出すと二人分の名前を叫んだ。
それを聞いた未悠の走って、という指示に従って彼が魔獣と距離を取る。間近に迫った一体を彼女が三叉槍で叩き、怯んだところに刺突の一撃も加えて。そして背後が空いているかを確認することもなく飛び退った。そこに、濁流のようにうねる炎が割り込む。そして。
糸を針に通すように、炎の切れ間を縫って投げ放たれた未悠の槍が紫色の軌跡を描く。それは炎から逃れた魔獣の頭部に突き刺さった。あと一体。
追い詰められた魔獣の勢いは二人の想像を上回った。槍が未悠の手に戻るよりも早く、リクが術を放つのには短い。彼女に迫る魔獣を、武骨な剣が薙ぎ払った。荒い息が漏れ聞こえる。
「……悪かった」
彼が発したのはその一言だけだった。しかしその声音と言葉に様々な意味が混じっていると気付けば。ぱん、と手を打ち合わせる音が響いた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3199/高瀬 未悠/女性/21/霊闘士(ベルセルク)】
【ka0038/キヅカ・リク/男性/20/機導師(アルケミスト)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
おまかせノベルとはいえ、完全なる捏造で申し訳ないです。
リクさんの交友を見ると「姉の様な」という表現でしたが、
つぶやきでのやり取りを見ていると、姉弟のようでも
兄妹のようでもある友人同士という印象を受けたので
気持ち的にはリクさんが、戦闘面では未悠さんが
相手を上手く引っ張っていくというイメージで書きました。
今回は本当にありがとうございました!