※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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優しい人と輝かしい人
未悠がルナと初めて顔を合わせた時の印象は、自分とはまるで違うタイプだというものだった。見た目からしても肩の辺りまであるふわふわと緩くウェーブのかかった髪、マントを羽織り、袖やスカートのフリルが揺らめく女の子らしい雰囲気。だからといって気が合わないだとか、そんなネガティブな感情を抱いたわけではなくて、実際に話してみれば人当たりがよく、他のメンバーと一緒に作戦を相談していれば冷静に敵戦力から状況を想定して意見を挙げる。そんな彼女の性格には素直に尊敬の念を抱くことが出来た。行動開始の時間を何故だか勘違いしていたり、魔導トラックから降りるときに頭をぶつけたりしたのは愛嬌のうちだ。
依頼の最中はゆっくり話をする暇などなくて、それが可能となったのは無事一段落がついてみんなで祝勝会を行なっている時のことだった。とはいってもリアルブルー時代のイメージから想像するような派手な大騒ぎとは違っている。作戦決行時の行動を思い出して各自意見を出し合いつつ、自分がしたことについてアドバイスを求め、仲間がしてくれたことに感謝して。反省会のように真面目な雰囲気もあるが作戦が文句なしの成功だったのでやり取りはかなり緩い。
「高瀬さん、お疲れ様でした」
戦いの後は特に苦戦していなくても、最近は何故か運動量に見合わない疲労感が付き纏う。ぼんやりと座っているところにルナがやってきて、笑顔でそう言い隣に腰を下ろす。未悠も貴女もね、と返したあと、
「名前で呼んでもらえると嬉しいわ」
と付け足せばルナが、はいと頷いて答える。そしてちょっと考える仕草をしてこう言った。
「普通に話したほうがいいかな? 未悠ちゃんって呼ぶなら、そのほうがしっくりくるよね」
「多分あまり歳も変わらないものね。私はルナって呼ばせてもらうわ」
未悠の言葉を聞き、ルナがくすぐったそうに笑う。
「私、ハンターになるまで同じくらいの歳の女の子と話したことがそんなになくて」
「そうなの?」
訊いてから余計な詮索だったかもと危惧したが、ルナは気にした様子もなく自らの出自について話す。彼女の家は音楽一家で、両親だけでなく兄や姉も同じ楽団の一員として活動しているらしい。そんな話を聞いて、未悠は不意に自分の過去を思い起こした。否応なしに自活を求められる今と比べれば確かに不自由ではなかったけれど、そこに言葉通りの意味での自由は存在しなかった。揚げ足を取るように些細な失敗でも鬼のような檄が飛び、一人の人間としての未悠ではなく、誰もが認める御令嬢の高瀬未悠が求められていただけだ。したいことを口にすることも出来ない。仕事も恋愛も、未来全てが親の思うがまま。自分の限りある命に対する権限は全くなかった。
「……未悠ちゃん?」
「ルナは、ご両親に反対はされなかったのかしら?」
ほんの少し困惑を滲ませた顔でルナが首を横に振った。顔を伏せれば睫毛が影を作る。
「私、ね。今でも音楽を聴くのも演奏するのも好きだよ。でも、どうしても、音楽で生きていくのはダメだなって思う」
その手がルナ自身の喉を軽く撫でて、すぐに膝の上へと下ろされた。彼女の声のトーンから今度こそ踏み込んではいけない部分に触れてしまったと気付き、口を開こうとした未悠をルナは何も言わずに制止した。肌身離さず持っているリュートの弦を左手で押さえ、右手の指が撫でるようにそっと触れる。どこか懐かしさを覚える音色が響いた。リアルブルー由来かは分からないが曲の傾向は似ているように感じる。
自然と聴き入っていたのは未悠だけではなかったようだ。弦から指を離して演奏が終わったのを確認すると未悠がそうするよりも早く、周りにいる仲間たちから拍手がわき起こる。知識も経験もそれなりにあるが特筆出来る技術は持っていない未悠でも、彼女の腕が生業として通用するレベルだと分かる。
「凄いじゃない」
「ありがとう! 弦楽器は一番長くやっていて、得意なほうだから」
と、ルナが照れくさそうに言う。きっと彼女の家族も人柄がいいのだろうと思いながらも、自分の境遇と比較して考える。もしもこちらに来たのと同じように、唐突に向こうへ戻ることがあったなら。レールから外れた道を知った今なら、向き合うことが出来るのだろうか。想像して、震える手を未悠はぐっと握った。戻りたいわけじゃない。ここで自分の道を、戦って戦って人を守ると決めたから絶対にそれをやめない。
「未悠ちゃんは何か楽器はやる?」
「……私は歌くらいかしら」
楽器の演奏は人並みだが、歌唱力は珍しく褒められた記憶がうっすらとあって。未悠がそう言うとルナは目を輝かせた。
「なら今度歌ってほしいな。どの曲か言ってくれれば練習しておくから」
「分かったわ」
じゃあ約束、とルナが小指を差し出してきたので未悠も同じようにして絡めた。いつか機会が訪れたなら。そんな風に思ってそっと目を伏せる。
◆◇◆
ルナが未悠と初めて顔を合わせた時の印象は、しっかりしていて頼りになりそうな人だというものだった。家族を始めとする周りの人達から天然と言われることが多いルナは、自分ではそんなことはないと強く信じているけれど、時折起こる詰めの甘さは自認している。日常生活で自分に対してやってしまう分には反省し、ほんの少しの間だけ落ち込むだけで済むからまだしも、命を懸けた戦いの時にもし、と思ったら、内心怖くも感じてしまう。しかし未悠のような人がいるのならそんな心配も吹き飛んで、安心して仲間を支援することが出来る。最初はそんな風に思っていた。でもそれは、歪虚との戦いが始まるまでの間だけで。
魔術師として隙間を縫って雷撃を浴びせたり、味方に対して支援行動を行なったりと、自分に出来ることで懸命に戦うルナの立ち位置は基本的に後衛となる。だから、その時の状況はよく見えていた。土壇場で予想外の行動を見せた魔獣が仲間の一人に迫って間に割り込んだ未悠が敵を退ける。端的にいうならそれだけのことだったが、ルナはその時に何とも形容しがたい違和感を覚え。そして任務が終わった後に皆で話をしていて気付いたのだ。未悠のあの反応はあまりに早過ぎたと。自分達と敵には明らかな戦力差があったから彼女は怪我をすることもなくあの場をやり過ごせた。けれどもし、それが拮抗していたなら。未悠は大怪我を、下手をすれば命を落としていたのかもしれない。それほどまでに早さを求めた強引な割り込みだった。まるで、他人を守れるなら自分のことなどどうでもいいと言わんばかりに。流星のように一瞬の煌めきだけで散っていく光景が思い浮かんで、血の気が引く思いがした。
弦を優しく指で弾けば音が鳴り響く。メロディも何もない、ただの音だ。それでも、ルナの力加減によって固く柔らかく印象を変える。
音楽に国境はないというけれど、いい音楽なら必ず万人に受け入れられるというほど単純なものではなく。それに、心を震わせるためには技術よりも想いが大事だ。更にいえば、奏者がただ一方的に相手を想い奏でても、聴く側の人間に受け入れられるだけの心の余裕がなければ響かない。あの時の未悠はそうじゃなかったし、演奏するルナ自身も同じだった。あの時の彼女の心を動かしたいという気持ちはきっと、自分の中にある苦しみから生まれたものだ。音楽で人助けが出来れば苦い思いを帳消しに出来る、そんな気持ちが心の深い場所に、ルナ自身も気付かない間に存在していたから響かなかった。今ならそれがよく分かる。
「お疲れ様、ルナ」
無秩序な感情を持て余していると、あの時とは逆に未悠がやってきてルナの隣に腰を下ろした。あれからそれなりの時間が過ぎ去って、一緒に任務に参加したり、全く会わない日が続いたりを繰り返しながら、お互いに少しずつ、けれど確実に変わっていった。未悠は無茶な戦いをしなくなって楽しそうに笑い、時には大切な人への甘酸っぱい気持ちを話すようになった。ルナはずっと目を背けていた過去と向き合って随分久しぶりに人前で歌を歌うようになった。それは音楽を愛する一人の人間として想いを伝えるだけではなく、ハンターとして戦いに挑む際にも味方を助け、あるいは敵を妨害するのに確かな効力をもたらす。過去は現在に、そしてこれからも未来に進む力へ昇華されていく。
「未悠ちゃんもお疲れ様。未悠ちゃんが引っ張っていってくれたから、あんなに上手くいったんだと思うよ」
「そうかしら? でも、頼りになったのならよかったわ」
言ってほのかに頬を赤らめながら微笑む彼女はとても可愛らしくて、ルナも自然と笑みが零れる。そして、初めて一緒に戦ったときにその生き急ぐような危うさから流星のよう、と感じた過去の自分に大丈夫だよと言ってやりたくなった。
「……私が月なら、未悠ちゃんは太陽かな」
「――私が、太陽?」
迷いなく頷く。以前に未悠が話してくれたことだ。自分の名前が月を意味することは知っていたけれど、それがリアルブルーの神話に語られる女神が由来となっていることは知らなかった。そこから女神という言葉は彼女のほうが似合うと思って、でも月は――。
「月が夜に輝くのは、太陽の光を反射しているから。でも未悠ちゃんは、ちゃんと自分の足で立って前に進んでいくでしょ?」
「それを言ったら貴女だってそうじゃない」
「うん。でも私はやっぱり、未悠ちゃんやみんなと一緒にいる時のほうが私らしいなって思えるから」
「私はひとりでも平気って言いたいのかしら?」
そう言って未悠は意地悪そうに笑い、ぎゅっと抱きついてきた。彼女の長い髪がルナの頬やうなじの辺りをくすぐって、耐え切れず笑い声が漏れる。今度はそれにつられて未悠も笑い、二人の声が重なり調和する。
ひとしきり笑ったあとには約束通り二人で歌を歌った。輝く太陽と優しい月のハーモニーが空の下で瞬きを続ける。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1565/ルナ・レンフィールド/女性/16/魔術師(マギステル)】
【ka3199/高瀬 未悠/女性/21/霊闘士(ベルセルク)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
実際とは知り合った経緯や時系列はまるで違っていると思いますが
二人が相手を知って、仲良くなっていく過程はこういう感じかなと。
最後の方のやり取りは気心の知れた親友同士をイメージしつつ。
家業や心の傷があるという共通点があり、でも出身や性格など
当たり前ではありますが全く違っているところもあってと、
自分なりに感じた印象を膨らませて書いてみたつもりです。
今回は本当にありがとうございました!