※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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Compressor & Limiter
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酔う、という感覚を、鵤(ka3319)はこれまでただの一度も味わったこともない。
幸せ、という感覚を、彼はこれまでただの一度も、自覚したことはない。
酒を浴びようとも。彼の周りが愉快に踊ろうとも。
ただの一度も、感じたことは、無い。
今も、そうだった。
「…………」
ゆらり、と。手にしたグラスの中で、琥珀色の酒が揺れる。それを、一息に呷った。飲み下すのも一瞬だ。味わいはすぐさま通り過ぎ、酒気が鼻をくすぐり、刺激が喉に落ちる。
痛みにも似た感覚だけが、ただ在る。
それだけを余韻として感じながら、すぐに次の酒を注ぎ始める鵤の瞳には、感情の色はない。
ただ、酒を注ぎ、飲み干すだけの機械になってしまったかのよう。黙々と、ただそれを為す。
酩酊は、彼にとっては救いの筈だ。
胸の奥から滲み出る苦い何かを飲み下すにはこの上ない最適解にほかならない。
それでも。
彼は自覚しない。自覚、できない。酔いは、終ぞ訪れることはない。
「…………」
酒を呷る鵤は、壊れ果てた機械のように孤独だった。
自律しているようで、自立していない。思考はどこにも、向かってはいない。
痛みこそが、今、望むものだった。身体が壊れていくさまこそが、彼が求めるものだった。
彼に出来る精一杯の自傷行為。建前のもとで行われる、緩徐な自死の道。
ああ。
何かを堪えきれず、鵤は吐息を零した。嘆息というには余りに無感情。さりとて、重く、深い吐息だった。
常人ならば、こうはなるまい。
先程までの友人とのやり取り――騒ぎ、とも言うべきだろうか――を顧みて笑うこともできるのだ、鵤は。
男の周りには、誰かがいるのに。いたのに。
それなのに。
「…………」
そうやって、何も思うことなく。思わないように自制して、ただ酒を呷る鵤は。
――ひどく、儚いものだった。
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3319 / 鵤 / 男性 / 44 / 抑え、制する先に】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。ムジカ・トラスです。この度は発注いただきありがとうございました。
おまけノベル、納品させて頂きますね。
鵤さんの二面性――仮面というには、渾然としてしまった勘のある心情に焦点をあてて、お書きさせていただきました。
幸せになって欲しいところではあるのですが、破綻を予感させる鵤さんから目を離せません(笑)
お楽しみいただけますと、幸いです。