※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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理由の駆け引き
寝るのか? という問いかけをされて、ティアは縋るように『もうちょっと』という旨を書いたスケッチブックを目の前に掲げた。
貴方がとても優しい事を知っているけど、いつも以上のわがままを言うのは緊張するの。
もう少しだけこの時間を長引かせたくて、普段ならもう消しているはずのランプに、今日はもう少し頑張ってもらいたいと思う。
「ふぅん……」
まぁいいか、とイブリスはティアのわがままを咎めない事を決め、寄りかかるようにしてソファに身を預けた。
期待も、望みも、きっと見えている以上にあるのだろうけど、自分に応えられるだけの器はないから、言葉にされた分だけを受け入れ、残りに気づかないフリをする。
望みが咎められない事は伝わったのか、ティアはそわそわと厨房に入っていく、夜を過ごすためのものだろう、湯が火にかけられる音がかすかに伝わってきていた。
なんとも甲斐甲斐しい、ただ好きにさせただけだというのに。
傍らに置いていた贈り物を手に取り、包みを解いていく。取り出されたチョコは数時間前にティアから貰ったばかりのもの、贈られたものにどういう意味合いがあるのか、認めるかどうかはさておき、わからぬと言うほどイブリスは愚鈍を装うつもりはない。
一つを指でつまみ、半ばだらけながら視界に置いて眺める。並べられたチョコレートには間違いなくティアの溢れんばかりの愛情が詰まっていて、渡された気持ちに見合うだけのものがこの胸にあれば良かったのだろうが、生憎はそうも行かない。
何も感じない訳ではないのだ、ただ生み出すだけの素養と、始めからの持ち合わせに乏しかったというだけ。
それを見過ごしながら手を伸ばせるほど不義理を働ける訳でもなく、かと言って突き返すほど彼女に対して思うところがない訳でもなく、誤魔化しを重ね、中途半端な現状に停滞している。
口をつけるにはしがらみが多すぎたが、眺めているだけでも彼女の想いを想像して、少しばかりの和やかさを得る事が出来ていた。
茶器と湯をやり取りする音、気のせいで片付けられる程度に上昇する部屋の温度と、たゆたう薄い湿気。
立ち上る香りにも随分と馴染んだ気がする、音と動きで何をしているのかは大体想像がついて、その通りに、ティアが二人分のティーカップを持って戻ってきた。
仕草を治す理由もなかったから、そのままに視線を向ける。
一方のティアと言えば、チョコをつまんで口にもせず、ただ眺めるだけのイブリスを見て、僅かに首を傾げていた。
茶器を置いて、いそいそとスケッチブックが手に取られる、一行だけ書いて、悩ましげに彼女の眉が寄った。
少しの迷いの後、吐き出す息は何かの決意だろうか、一気に書ききって、どどーんと掲げられたページには、彼女の疑問と、相当思い切ったのだろう提案が書かれていた。
『……食べないの、ですか? それなら、あーんでもしてあげましょうか。……なんて』
書かれた提案の大胆さに反して、スケッチブックを持つティアの指はぶるぶると震え、顔も半ばスケッチブックと髪の後ろに隠れている。緊張と、恥じらいと、少しの期待に不安。多少の嗜虐こそあれどそれを好ましいと思うのだけは間違いなくて、くっと口角を上げる。
スケッチブックの後ろからちらりと覗かれる視線、今の自分は相当悪い顔をしているのだろう、誘われている、と受け取ったティアは箱のチョコを手に取って、意を決した顔で近づいて来た。
膝をついてソファの傍らにかかる重み、接近と共に影は面積を増し、ランプの光を遮って視界が暗くなる。
向けられる苺色の瞳が揺れる、緊張で浅くなった吐息がわかる。チョコを摘んだ指が迫り、伺うように差し出されたそれを少し大きめに銜えて迎え入れた。
イブリスの唇がティアの指先を食む、意図的にした感触に笑みが漏れる。引き抜かれる寸前に舌ですくい上げ、指先の感触を舐め取りながら、くっくと喉で笑った。
触れた指は引き戻され、ティアの胸前に抱かれている、うつむく彼女の表情はどのような感情のものだろうか、興味と期待を持って反応を待つと、おずおずと震える指が、彼女の言葉をスケッチに綴った。
『あ、あの……わ、私もあーんってしてもらいたい、です。』
ハ、と吐息が漏れたのは、間違いなく己の愉しみから来たものだろう。
どうしたものかと打算する、口をつけるのにも、願いを叶えるのにも、一々理由を必要とするほどに己は屈折していた。施しという形で彼女の手から口をつけたのなら、受けた施しを返すべきなのは道理だろう。
チョコを一つ手に、彼女の口元へと運ぶ。一度ぱちくりと瞬いた彼女がゆっくりと口を開き、チョコに近付こうとする。
触れる寸前、その手を引き戻した。彼女の唇が空を切り、自分は笑いながら引き戻したチョコを口に咥える。
――これは既に俺がお嬢ちゃんから貰ったものだろう?
それを示すようにくつくつと肩を揺らす。彼女がジト目になり、むくーと膨れて、咥えただけで飲み込まれていないチョコを見つめる。
ああ、まだ口をつけてないとも。
意地悪も、挑発も、何度もした。だから彼女は的確に、欲しければ奪えと自分が誘われている事を理解している。
腹を決めたように引き結ばれる口元と、強く好ましくなる眼差し。肩に手が置かれ、顔の距離が近づいて来る。
息を呑み、驚いた風に見せるのも全て演技。勝算を持った彼女は、このまま目的を完遂するだろう。
口に含んだ愛情に、僅か自分の痕跡を足してチョコごと明け渡す。
チョコを一つ挟んだだけの距離が離れ、覗き込んだ彼女の瞳は、熱にのぼせたような色をしていた。
可愛らしい、恋ではなく庇護対象に向けるそれだけど、抱いた愛情をもって彼女の頭を撫でる。ふるりと恥じらう仕草、未だチョコの味が残る己の唇を舐め、彼女の耳元で『不味くはなかったぞ』と囁いた。
…………。
あーん、としてもらうはずのチョコレートが空を切った。
見ればチョコは取り上げられ、イブリスさんがくれるはずだったそれを口に含んでいる、咥えたままにっと挑発する表情から、ああまた意地悪されているのだと理解した。
奪ってでも欲しいかという問いかけに、思考内の自分は迷いなく頷いた。
だって今日は特別な日、あなたが許してくれるなら、少しだけ欲張りになってみたい。
決意をして距離を詰めていく、近づいていくのは指じゃなくて、顔同士。
吐息が聞こえそうなほどに近い、体温はおろか、鼓動だって伝わってしまいそう。
自分がそこまで思い切ると思っていなかったのか、イブリスさんが珍しく驚きの表情を浮かべた、逃げられないように、肩に手をかけて最後の距離を詰める。
逃さない、だって誘ったのはあなただから、許された機会を手放したりなんかしない。
意地悪な貴方、でも気づいているのでしょうか、貴方の瞳は前よりうんと優しく向けられる事を。
貴方から触れてくれる事も増えました、だって貴方の優しさは私にとってかけがえがないから、一つ一つ大切に覚えているの。
わがままも全部聞いてもらっている、断られる事も覚悟の上なのに、受け入れてもらえる度に感謝と慕情が募っていく。
今度こそ、と口を開いて、彼の口から「あーん」を受け取った。
チョコが自分の口に移る、舌に乗せたそれはすぐに溶け、中に含まれたリキュールが流れ出して喉を焼いた。
アルコールを飲み込んだせいか動悸が止まらない、とろけそうになる思考の中、「不味くなかった」という囁きだけを聞き届けた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3394/ティアンシェ=ロゼアマネル/女性/20/聖導士(クルセイダー)】
【ka3359/イブリス・アリア/男性/21/疾影士(ストライダー)】
副発注者(最大10名)
- イブリス・アリア(ka3359)