※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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ある穏やかな午后に
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裏路地にある年季の入った喫煙具店。紫煙で燻されたかのような店構えは、落ち着いているもののどことなく暗く、一見には近寄りがたい印象を与える。
その店へ躊躇なく入っていく青年がひとり。
イブリス・アリア(ka3359)が扉を潜ると、馴染みの店主が声をかけてきた。「珍しいフレーバーの葉が入荷しましたよ」と。
勧められるまま銀色の缶を次々手にとり、鼻先へ近寄せる。バニラやショコラなどの甘ったるい香料に顔を顰めた。
「俺はいつものやつの方が好きだがね」
ぼやきながら最後の缶の蓋を開けると、甘酸っぱい果実の香りがふわりと舞う。途端、香りに誘われ緑の極光が鮮やかに思い出された。オーロラを見に訪れた龍園で飲んだコケモモ酒。あれの香りに似ていたのだ。
あの甘い酒も香料の強いこの葉も、正直彼の好みとは言えなかったが。いつもの刻み煙草と併せて、戯れに買い求めた。
薄暗い店から出ると、南天からの陽射しに目が眩む。片手を掲げて遮り、イブリスは足早に歩き出した。
休日の街には家族連れや恋人達の姿が目立つ。その中を独り歩くイブリスは、買い込んだ物を指折り数える。
(必要な物は揃ったな。さて、そろそろ戻るかね)
そう決め込み、角を曲がろうとした時だ。
「!」
「おっと悪い」
路地から出てきた小柄な女性とぶつかりそうになり、慌てて避ける。が――ベールから覗く豊かな銀髪、そこに揺れる髪飾りのロザリオに目を瞠った。
「お嬢ちゃん?」
「!」
慌てて振り仰いだティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)は、イブリスを認めるやみるみる頬を染めていく。ふっくりした唇をぱくぱくさせ、小脇に抱えていたスケッチブックを広げようとしたが、はずみで買い物袋から果実が転がり落ちた。
「っ、……!」
ティアはいっそ可哀想になるくらい耳まで真っ赤にして、おろおろと果実を拾い集める。手伝おうと手を伸ばしたイブリスの指が彼女の手に触れてしまうと、声なき悲鳴をあげて飛び上がった。
(小動物か)
イブリスは大袈裟な反応に笑いを噛み殺し、彼女の買い物袋をさり気なく引き受ける。声を持たない彼女が何かを伝えようとするなら、そのスケッチブックを使う必要があるからだ。
ティアはぺこりと会釈して、悩み悩み筆を走らせる。そして――
『こんにちは、イブリスさん。いいお天気です、ね?』
火照った顔からやっと出てきた言葉がごく普通の挨拶だったことに、イブリスは堪えきれず吹き出した。
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『もう……酷い、です。あんなに笑うなんて……』
並んで通りを歩きながら、ティアは書きつけた言葉を掲げて見せる。こうして自由に字が書けるのも、イブリスがあのまま荷物を引き受けてくれているからだ。
そんな心遣いを見せながら、彼は悪びれもせず肩を竦める。緑色の瞳に見下されるとまた顔が熱くなるのを感じて、ティアは下を向いて隠した。
(あんなに取り乱してしまうなんて、恥ずかしい、です……。けど、まさかこんな所でイブリスさんに会える、なんて)
嬉しい偶然に頬が緩みそうになる。ティアはほっぺたの内側を噛んで、お出かけ用の表情を何とか取り繕った。それに気付かず、彼はティアの買い物袋を抱え直す。
「そう怒りなさんな、ちゃんと最後まで付き合うさ。……にしても、これだけ買ってまだ買い物の途中とはね」
『持っていただいてすみません、重いですよ、ね?』
「それは構わないが。これ全部果物なのかね?」
『野菜も入って、ます。どれも朝採れのもので……栄養満点で美味しいです、よ?』
ペンを走らせながら、ティアは密かに深呼吸して気を落ち着かせようとする。けれど、大好きな彼とふたりきりという状況に、どうにも鼓動が弾んでしまって。
「どうしたお嬢ちゃん?」
『大丈夫、ですっ』
「全くそうは見えないが」
言って、また笑いを噛み殺す彼。これではいけないと、ティアは別の話題を探した。
『イブリスさんは、何を買われたんです、か?』
「これかね?」
イブリスは紙袋を無造作に開いた。その時点で酒瓶の口がいくつも覗く。
「シングルモルトにウォッカにラム……あと刻み煙草。こっちは非常食」
嘯き取り出したるはジャーキーやナッツ類。どう見ても非常食というより酒のアテ。ティアはじとんとイブリスを見上げた。
『もう……きちんと食事を摂らないと、身体を壊してしまいます、よ? 刻み煙草が2缶も……吸い過ぎは良くないと思い、ます』
スケッチブックにつらつらと気持ちを書き連ねていく。1枚じゃ足りなくて次の頁へ続いた。いつものらりくらりと躱してしまう彼へのアドバイスは、つい小言めいてしまうけれど、案じる気持ちは本物で。だからこそなかなか終わらず、遂に3頁目に突入した。
顔を上げると、ニヤニヤと口の端を歪めている彼がいて。
『もうっ……本当に心配しているんですから、ね?』
「はいはい、じゃあ改めるとするかね。……気が向いたら、な」
「!」
口を尖らせかけたティアだったが、ふと不思議に思った。
いつも身を案じるあまり口酸っぱく言ってしまうティアだ、買った物を見せたらこういう反応をするだろうことは分かっているだろうに。
煩わしく思われているのなら、まず見せたりしないはず。
それなのに見せてくれて、お決まりのような小言を(少し意地悪気ではあるけれど)笑って聞いてくれているのは――つまり?
(もしかしてイブリスさん、こういうやりとりが嫌いじゃないの、かも? 気のせいか、ちょっぴり楽しそうな……)
欲目がそう見せるだけなのか、それとも。都合の良い想像を、ティアは頭を振って追いやった。
そうして目当ての店へやって来た。看板を見上げ、イブリスは首を捻る。
「文具店か。趣味の品と言ってたが、お嬢ちゃんならスケッチブック……は、趣味とは違うか。さて、何かね」
興味を持ってくれたことが嬉しくて、ティアは先立って店の扉を潜った。彼は大人しく後をついてくる。ティアは迷わず奥のカウンターに向かった。
カウンターの下はショーケースになっていて、中では高価な万年筆や硝子ペンが宝石のように煌めいている。実際、貴族や豪商向けなのだろうそれらは凝った装飾がなされており、貴石と張るほどの値がつけられていた。
「実用品と言うより嗜好品だな」
周囲に聞かれないよう小さく口笛を鳴らすイブリス。ティアはくすりと笑うと、中で作業していた店員へ会釈した。
「お待ちしておりました、ロザリンド様」
メイ=ロザリンドは、ティアが表向きに名乗っている名だ。
「おい、まさかお嬢ちゃんの趣味の品ってこれか?」
珍しくぎょっとした彼の顔に見惚れてから、ティアは笑って店員の手許を指さした。店員が棚から取り出したのは……
「何だ、やっぱりスケッチブックか」
『まとまった量を取り寄せていただいたんです、よ。なくなると困ってしまうので』
「それはそうだな。……だが、これが言ってた趣味の品ってやつなのか?」
『いえ、それはまた別、です』
ティアは、少し店内を見てくると店員に言付けて、イブリスをある陳列棚へ案内した。
その棚にあったのは、硝子瓶に詰められた色とりどりのインク達。先程のショーケースのような高級感はないけれど、揃いの小瓶が様々な彩を湛えて並ぶ様は、何とも言えず可愛らしい。
小瓶の一つを手にとり、ティアはほうっと息をつく。
『キャンディケースを覗き込んだ時みたいに、わくわくしません、か? ほら、同じ緑でもこっちは夏の葉っぱの色で、こっちは春の新芽の色みたい、です。これは、少しイブリスさんの瞳の色に似てます、ね?』
「まあ、買い揃えて並べたくなる気持ちは分からないでもないがね」
イブリスは差し出された小瓶を手に乗せ、目の高さに翳し眺める。大好きな彼の瞳が3つ並んだように見えて、今日はこの色を買おうと決めたティアだった。けれど、
「こいつは?」
イブリスの長い指が、別の小瓶を摘み上げる。淡く黄色みが強いその緑に、ティアはすぐにピンと来た。
『北方で見たオーロラみたいな色です、ね?』
告げてから、あの時彼と過ごしたひとときを思い出し赤くなる。オーロラに見惚れるあまり知らず知らず仰け反ってしまい、彼の腕に支えられていたことは、何度思い返しても顔を覆いたくなってしまう。
こほんと咳払いして誤魔化してから、真剣に考え込む。
彼の瞳の色と、彼と一緒に見たオーロラの色。どちらの色を買うべきだろうと。
むむっと眉根を寄せるティアを、イブリスは可笑しそうに見つめる。
「そう値が張るもんじゃなし、そんなに悩むならどっちも買っちまったらどうだね?」
『いえ。こういうのはちょっとずつ揃えるのが……揃っていくのを見るのが楽しいの、です』
「一理ある」
『イブリスさんならどちらにします、か?』
「俺に聞くかい? 自分の目に似てると言われた色と、世間一般に綺麗だとされるものの色なら、俺がどちらを選ぶかはお察しじゃないかね?」
『うう……それなら、』
ティアはイブリスの手から片方の小瓶を受け取った。彼の瞳の色の方だ。
『こっちに、します……世間様がどうであれ、私にとっては一番綺麗な色です、から……』
書きつけた文字を見せてしまうと、そのままスケッチブックで顔を隠した。大胆過ぎたろうか、とっても恥ずかしいことを言ってしまった気がする……と、後悔してももう遅い。
破裂しそうになる心臓を押さえつけ、息を詰めて反応を待っていると――彼は小さく笑った。
「お嬢ちゃんには敵わんね」
何がどう敵わないのかは、ティアには分からなかったけれど。少なくとも呆れられなかったことにホッとして、おずおずと顔を覗かせると、真っ赤な顔のまま微笑んだ。
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そうして全ての買い物を終えてしまうと、彼と分かれ難く思ったティアは、思い切ってお茶に誘ってみた。
『近くに、大人っぽい雰囲気の素敵なカフェがあるん、です。でもひとりでは入り辛くて……一緒に行ってもらえません、か?』
「大人っぽい雰囲気と言ってもカフェだろう? そこに入り辛いって……お嬢ちゃんはお子様だな」
お子様と言われしょんぼりしかけたティアだったが、
「まあ、暇だからいいがね」
続く彼の言葉にぱぁっと目を輝かすと、彼の手を引き目当てのカフェへ足を向けた。嬉しくて思わず彼の手をとってしまったことに、ティアはしばらく気付かぬまま歩き続ける。我に返ってまた声なき悲鳴をあげたのは、数ブロック進んだ後のことだった。
窓際の席へ案内され、紅茶が運ばれてきてからも、イブリスはまだ肩を震わせていた。
『もう! そ、そんなに笑わなくたって……!』
「全く、お嬢ちゃんといると飽きないね」
ティアはちょっとむくれて紅茶に口をつけた。ティアのカップには蜂蜜を、イブリスのカップにはブランデーを一匙ずつ垂らしてある。イブリスも一口嚥下し、薫り高い茶葉と火酒に目を細めた。
「良い酒使ってるねぇ……ま、当然か」
感心しながら店内を見回す。この店は夜にはバーとして営業しており、内装の雰囲気はカフェよりバーの趣が強い。ティアがひとりで入り辛いのも納得だった。
間接照明で柔らかく照らされた店内には、恋人達の姿が目立つ。
まだちびちび紅茶に口をつけている彼女へ、イブリスはおもむろに尋ねた。
「で、お茶にまで招待されたわけだが……ここまでくるともうついでじゃなくて逢引で間違いないと思うんだがね?」
「!!」
瞬時に耳まで真っ赤になるティア。動揺するあまり、カップから少しばかり紅茶が零れた。
「おっと」
同時に布巾へ伸ばした手が触れ、ティアはびくっとして手を引っ込める。イブリスがテーブルを拭く様をしょぼんと眺め、肩を落とした。
『すみま、せん……何から何まで』
「お嬢ちゃんが火傷しなくて何よりだ」
『イブリスさん……』
顔を上げたイブリスと、見つめていたティアの視線が絡み合う。
「……で? お嬢ちゃんはどう思うね?」
『それは……』
そこまで書き付けて彼女の手が止まる。ティアは顔を上げると、イブリスさん、と唇の動きで呼ばわった。切なげに眉を寄せたその表情は、いつもより大人びていて――けれどその時、隣の椅子に置いてあった買い物袋が倒れ、また果物が転がり落ちた。
「おっと、またか! ……やれやれ、これは閉まらないな」
『です、ね』
鉢合わせた時と同じように手分けして拾い集めると、どちらからともなく笑いあった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3394/ティアンシェ=ロゼアマネル/女性/19歳/きのうより、一歩】
【ka3359/イブリス・アリア/男性/21歳/きのうより、近く】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お届けまで大変お待たせして申し訳ありませんでした。
ティアンシェさんとイブリスさんの休日のお話、お届けします。
もだもだな距離感が堪らない素敵なおふたりに、またお目にかかれて大変嬉しかったです。
ティアンシェさんのご趣味に関して、ご指定がなかったようなのでアドリブで描写させていただいたのですが、
こんな感じで大丈夫でしたでしょうか……?
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。
この度はご用命下さりありがとうございました!
副発注者(最大10名)
- イブリス・アリア(ka3359)