※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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Phantom Pain
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人の行き交う賑やかな街も、ひと筋ふた筋と大通りを外れれば、全く違った表情を見せる。
「はて。ここはどこじゃ」
碓葉は目をぱちぱちさせて足を止めた。
誰かがやってくれば、互いに譲り合わねばすれ違うこともできないほどの細い路地に迷い込んでいたのである。
見上げれば、幾層にも階を重ねた古い建物。何本もの綱や竹竿が通りに渡され、薄汚れた旗のように洗濯物が釣られている。
とはいえ、ろくに風も通らぬような入り組んだ路地である。いつになったら乾くのか、あるいはいつまでも釣っておくのか、全くわからない。
また物干しのない窓には、外れかけたような鎧戸が危なっかしく張り付いていたりする。
お世辞にも美しいとはいえない路地裏であった。
「要するに、迷子なのじゃな」
ふむ、と、碓葉は考えこむように腕組みした。
少年としか見えぬ碓葉の横顔に、奇妙に老成した翳のようなものが漂う。
「ひとまずはこの道を戻り、もう少し小奇麗な通りまで出るとしようかのぅ。ここでは余を養う甲斐性のあるものもおらんじゃろ」
うむうむと自分の発言に頷く碓葉。
彼は己の面倒を見てくれる者を探していた。
ハンターでもあるのだから、その気になれば食い扶持は稼ぐことができる。
だが、碓葉は金が好きだった。
身も蓋もない言い方だが、金はいくらあっても困ることはない。
まして、彼は無意味に勤勉なタイプではなかった。
できることならのんびりとお菓子をつまみ、憂いなく日々を過ごしたい。
……尤も、碓葉は普段からそれほど切羽詰まっているようには見えなかったのだが。
ともかく、誰か拾ってくれる親切な金持ちとばったり出くわさないか、などと考えて通りを歩いていたわけで。
この路地裏では人攫いならともかく、どう考えても目的の相手とは出逢えそうもない。
碓葉がそう考えたのも無理からぬこと、ひとまずは来たほうへ戻ってみることを決め、踵を返す。
そこで、不意に辺りが薄暗くなる。
「なんじゃ?」
もともと太陽の恵みにあふれた場所というわけでもないが、それでも昼間は充分明るいはず。
やれ夕立かと顔を上げたところで、通りを塞ぐ大きな壁に気がついた。
碓葉はしげしげと壁を見つめる。
良く見ればそれは、人の姿をしていた。
てっぺんには燃えるような赤い髪。爛々と輝く金色の瞳が碓葉をじっと見下ろしていた。
「……やれ、随分とでかいのぅ」
碓葉はさして驚いた様子もなく、ただ無防備に感心している。
その直後、いきなり細い身体が宙に浮き上がった。
「むぅ?」
ふと気付けば、碓葉は赤い髪の大男に足を掴まれ、逆さまの宙ぶらりんになっていたのだった。
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どれほど立派で美しい街でも、裏の顔を持っている。
朱殷はそんな裏の顔を見せる細い路地から路地へと抜けていく。
両脇には彼の頭が二階の窓に届くかと見えるような、いい加減な造りの古びた建物がひしめき合っていた。
朱殷は幾度か角を折れる。その先に続くのもやはり、薄暗いじめついた通りだ。
黴やゴミの匂いと湿気がわだかまり、壁や地面にべっとりと染みついている。
痩せて汚れた野良猫が一匹、朱殷の姿に目をとめて一瞬身じろぎしたかと思うと、一目散に逃げていった。
「……本数は四本、だが猫では用が足りぬだろうな」
音もなく姿を消す猫を見送り、朱殷はまた角を折れる。
そこで金の瞳に、鋭い光が閃いた。
朱殷は鼻をひくつかせ、耳を澄ます。
ひたひたと歩く何者かは、小柄な二本足に違いない。
どこか懐かしいような匂いは、雑魔などのものではなかった。
迷うことなく、朱殷はそいつへ向かって歩き出す。
果たして、裏通りには似つかわしくない、身ぎれいな銀髪の少年の後ろ姿がそこにあった。
朱殷は少年の、否、正確にはそのか細い足をじっと見つめながら、静かに歩み寄る。
足音を忍ばせたのは確かだが、少年は全くの無防備で、手の届くところに近付くまでこちらを振り向こうともしなかった。
――喰えそうだ。
朱殷は表情を変えないままに、そう判断した。
彼が探していたものは意外にあっさりと見つかった。
少年が振り向く。
そのとき、ほんの一瞬ではあったが、妙な感覚が朱殷の意識に訴えてきた。
だが彼は迷うことなく、振り向いた少年の前に素早く屈み込み、細い足を無造作に掴んで立ち上がる。
拍子抜けするほど軽い身体だ。
目の高さまで持ち上げ、白い足が生身であることを確かめる。
その間、少年は悲鳴一つ上げなかった。
後に思い返せば、それ自体が異様なことだった。
だが失神していようが泣き喚いていようが、朱殷にはどうでもいいことだ。
そもそもこんな裏通りでは、子供の叫び声など誰も気にしない。
少年の足を掴んだまま、反対の手で無造作に膝に手をかける。
こきん。
軽い手応えで、関節が外れたとわかる。
「凶暴な奴じゃな」
突然、少年が言葉を発した。
朱殷は一瞬手を止め、その顔を見やる。
少年は目を細め、にんまりと笑っていた。
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――おかしな小童だ。
流石の朱殷もそう思った。
だが彼の目的はひとつであり、その目的のためには、相手が恐怖でおかしくなろうとどうでもいいことだった。
「余を喰ろうても美味くはないぞ」
少年はからかうように更に言葉を続けた。思わず朱殷も口を開く。
「美味いかどうかはこの際どうでもよい」
そう言いながら、更に股関節をまさぐる。
「ならば何故余を喰うのじゃ」
「知らぬのか、童。足を喰らえば足が治るのよ」
こきん。
確かな手応えがあった。
――足を喰らえば無くした足が生えてくる。
誰かに唆されたか、強く願った結果の妄想か、ともかく朱殷はそう信じていた。
大人の足は太く固い。
童子ならばその点、喰い易かろう。
その思いは朱殷の胸中にいつしか根付き、正気の影で今か今かと顔を出す機会を待ち望んでいたのだ。
誰もいない裏通りを歩く少年の姿を見た瞬間、そいつは朱殷の意識をしっかと捉えた。
「詮無きことよのぅ。失せたものを取り戻せぬは世の道理じゃ」
少年はやけに大人びた口調で言った。
いや、単に口調が大人びていただけではない。
少年の物とは到底思えぬ、乾ききった陰りや年月の積み重ねを、言葉は伴っていたのだ。
「だが我が足はまだここにある」
失ったはずの片足は、そう思えるほどに存在感を示す。残った足と何ら変わるところがない。
ときに耐え難い程に痛む足が、どうしてないと言えるのか。
きっと目に見えぬだけで、そこに確かに我が足はあるのだ。
朱殷の金の瞳は異様な輝きを放っていた。
狂信。渇望。歓喜。
そんなものがないまぜになった瞳を見据え、少年は口元を緩める。
関節を外された痛みなどまるで感じていないようだ。
「面白い小僧よのぅ。龍人である余の足を喰らおうとは。どうなろうと知らぬぞ?」
朱殷は思わず手を止めた。
小僧に小僧呼ばわりされた事もさることながら、気になることは他にもあった。
「龍人、だと」
幾度かの瞬きの後に瞳からは狂気が消え、ぶら下げた少年をじっと見つめる。
――この華奢な小童が、同族だと?
だが自らを龍人と称するのは同族の証ともいえる。
龍の一族を自称する彼の同族は、ある村にかたまって住んでいる。
それでも朱殷のように外に出ていくことを好む者もおり、実際に外に同族がいても不思議はない。
……ないのだが。
朱殷は、自分よりどう見ても年少の『龍人』をしげしげと見つめた。
偶に村に戻ったときには、頼まれてもいないのに新しく増えた同族をいちいち教えてくれる奴もいる。
朱殷が生まれてから後に増えた同族なら、知らぬ筈はないのだ。
そこで先程から感じていた、少年の異様とも言える佇まいに改めて気付く。
朱殷は考えこみ、考えながら言葉を発した。
「……私も龍人だが、貴様に見覚えがない。名は何と言う」
「余もそなたには見覚えがない。おあいこじゃな」
少年はさも面白そうに、くっくと声を上げて笑った。
結局、朱殷は少年を伴って同族たちの住む村に帰った。
真偽のほどを確かめるためだ。
少年の名は碓葉といった。
見た目こそ少年であったがその正体は、遠い昔に村を去った村の長老であったのだ。
それを知った朱殷は内心で安堵した。
別に村の長老を喰らうこと自体を忌避する心があったわけではない。
誰にも咎められなければ遠慮なく食らっただろう。
ただ、同族達に煩くあれこれ言われることが面倒だと思ったのだ。
「喰えない小童に用はない」
朱殷はそう言って碓葉を放り投げ、翌朝には村を出て行った。
そして碓葉もまた、いつの間にか村から消えていた。
慕う者も引きとめる者もいた。
だが彼は、ひと通りの四方山話の後に、また街へと戻って行ったのだ。
その心は誰にもわからない。
そうして街の片隅で、龍の末裔たちは、それぞれの望みを叶えてくれるものを求め彷徨い歩く。
決して癒えることのない、見えない傷を抱えたままで――。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3559 / 碓葉 / 男性 / 12 / 人間(クリムゾンウェスト)/ 霊闘士】
【ka1359 / 朱殷 / 男性 / 38 / 人間(クリムゾンウェスト)/ 霊闘士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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出会いは偶然なのか、必然なのか。
それぞれに抱えていらっしゃるだろう物を、タイトルで例えてみました。
ご依頼の内容を壊さないように気を付けたつもりですが、大きく逸れていないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。