※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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待っているよ
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蝋燭の光が、暖かく感じる初冬のある夜のこと。
ノワは燭台を手に、自宅兼研究所の一室へ向かっていた。
同居の犬も、ノワを見守るように後をついてくる。
「そうですよ。これは試してみる価値があるんですよ。どうして今まで思いつかなかったのでしょう……!」
寝巻に毛布をぐるぐる巻いたままの姿で、何やらぶつぶつとひとりごとを呟きながら廊下をぺたぺたと歩いていく。
たどり着いた扉を開くと、そこは彼女の宝物を収めた部屋だ。
蝋燭の明かりをランプにうつすと、部屋全体が少し明るくなった。
それほど広くない部屋だが、ほとんど全ての壁が棚となっていて入る者を圧倒する。
ランプを持ちあげながらノワが背伸びした。
「えっと確かここに……あれ、もうちょっと……!!」
指がむなしく空を泳ぐ。ノワは下の方の段に片足をかけ、目的の棚に手を伸ばした。
棚に並ぶのはすべて鉱石だ。それぞれにカードが付いていて、ノワの書いた文字が並んでいる。
名前のわかる鉱石は名前が書いてあるのだが、それとは別に記号や数字が並んでいる。それは分類用の通し番号で、別の棚に並んだ管理用のノートを見れば、その石と出会った場所や日時、調べた限りの名前や、実験の結果などの類がびっしり書き込まれているのだ。
この徹底した管理具合からわかる通り、ノワは鉱物の研究家である。
それも少し特殊な、鉱石が秘めたパワーで病や怪我を癒すことを目的とする『クリスタルヒーリング』という学問の研究者なのだ。
とはいえ、まだ師の教えを実践するのに精いっぱいの見習いである。
だがその熱意は半端ではない。
今夜も一度ベッドに入ったのに、素晴らしいアイデアを思いついてはね起きて、明日の朝まで待てずに研究室へとやってきたのだ。
ようやく届いた小箱を胸に抱え、ノワは眠気も忘れて興奮ぎみだ。
「そうですよ。この石との組み合わせなのですよ。えっと、確かあっちの棚に……」
片手にランプ、片手で鉱石を収めた小箱を胸に抱えたところで体を捻る。
――それがいけなかった。
気が急くあまりの無理な姿勢に、床に踏ん張っていた足がわずかに床を滑ったのだ。
「あれ?」
ランプを落としたら危ない。鉱石を落としたくない。
どちらも選べなかったノワは手で何かにつかまることができず、そのまま見事にひっくり返ってしまった。
「あれーーーーーー!?」
ノワの体が目の前の棚にぶつかり、元々鉱石の重みで緩んでいた棚は何度か身をゆすった後、こらえきれずに倒れてくる。
「うひゃああああ!!!!」
どんがらごろごろがっしゃん!
派手な物音と共に棚の鉱石が転げ落ち、床一杯に散らばってしまった。
「きゅうー……ん」
心配そうに犬が鼻を鳴らす。
「……やって……しまった……っ。うん、でも怪我はないよ、心配してくれてありがとうね」
わしわしと耳のあたりをなでまわすと、犬は嬉しそうに目を細めて尻尾をパタパタさせる。
実際、ノワに怪我がなかったのも、ランプが割れなかったのも奇跡といっていい。
の、だが。
「うわー……散らばっちゃったよ……」
いつも元気なノワも、さすがに辺りの悲惨な状況にはがっくり肩を落とすしかなかった。
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とはいえ、そうしていてもはじまらない。
もう眠気は飛んでしまったので、棚を立て直し、散らばった石を元の場所に片づけ始める。
管理用のノートを見ながら、それぞれ決まった場所に収めて行くのだが。
「ええと、こっちは……ああよかった! 割れてなかったです!!」
ノワが嬉しそうにレンガ程の大きさの鉱石を抱え上げる。
それはノワの師匠が分けてくれた星花石だ。
暗くして金槌で叩くと、それは綺麗な火花の星が飛び散るのだ。
もっともノワ自身は、もったいなくてめったにやらないが。
でも最初に師匠が見せてくれた時の感激は、この石を抱いているとついさっきのように思い出せる。
――けど、今は浸っている場合ではない。
「おっと危ない危ない」
うっかりしていたらこれで一晩過ぎてしまうところだ。
ノワは一番よく見える棚に、星花石をそっと置く。
「えっとそれからこれは……おおっ、ほかほか石ですね!」
こっちは噂を聞いて尋ねた遠い村で分けてもらった、不思議な石だ。
ふつうは鉱石を触るとひんやり感じるものだが、この石はいつでもほんのり暖かいのだ。
実は温度計でちゃんと計測すると、他の石と変わらない。なのに触れるととても温かいのである。
「この子は有望株なのです。あの村でもみなさん、お腹が痛いときはおへそに当てるって言ってました」
理屈はわからない。単に気の持ちようかもしれない。
でもノワは信じている。この石のように、人間を癒してくれる何か不思議なパワーを持っている石は絶対にあるのだ。
ノワは目を閉じて、頬に当ててみる。まるで石が『がんばれ』と励ましてくれているようで、とても心が安らかになる。
「……はっ。こうしている場合ではないのですよ!!」
作業は全く進んでいないのだ。
それからも何度か同じようなことを繰り返し、どうにか大きな石を片づけたところで、小さな丸い石が落ちているのに気付いた。
「あっ、これは新入りの」
半透明で、柔らかな薄緑色をした、滑らかな小さな石である。
「『キラキラの落し物』。あの時の皆さんは、やっぱり大切な人にあげたのでしょうか?」
ランプの明りにかざすと、石そのものが発しているかのような優しい色で光る。
元の名前はキアーラ石。贈った相手を幸せにするといわれる石だけど、小さな村を本当に幸せにしてくれそうだった。
「きっとすごいパワーを秘めているんですよね。いつかまた、探しに行けるでしょうか」
そしていつかその力を解明したい。
その力で、もっともっとたくさんの人を幸せにしたい。
ノワは小さな石をそっと握りしめて額に当てる。
――きっとできる。
だって私は、みんなのおかげで幸せになったのだもの。
『がんばってごらん。その日を待っているよ』
「えっ?」
ノワはきょろきょろとあたりを見回す。誰かの声が聞こえたような気がしたのだ。
もちろん、犬と自分しかいない。
「何か聞こえたような気がしますが……」
首をかしげながら部屋を見回すと、ふと時計が目に入る。
「ひゃあああ、もう夜が明けてしまいます!」
それからしばらくの間がんばって、全部の石を拾って棚に収め、ノワはようやく息をつく。
「ふう……少しは寝られそうですね。じゃあおやすみなさい」
誰にともなくそう言って、少しふらふらしながらノワは部屋を出て行った。
『おやすみ』
鉱石はノワが自分達の力を役立ててくれる日を、静かに眠りながら待っている。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3572 / ノワ / 女性 / 16歳 / 人間(CW)/ 霊闘士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました!
シナリオでの思い出をご指定いただけて、とても光栄です。
頑張り屋さんの鉱石研究家さんのある夜を、こっそり覗いてみたようなイメージで執筆いたしました。
お楽しみいただけましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。