※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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RainbowChaser.
「よう、じいさん元気にしてたか?」
劉 厳靖(ka4574)が勧められたソファに身を沈めたまま片手を上げた。
「皆さんがお変わりないようで何よりじゃ」
開かれた扉の向こうに好々爺然としたフランツ・フォルスター(kz0132)の笑顔を見た、浅黄 小夜(ka3062)が花が咲くように相貌を綻ばせる。
「おじいちゃんも……変わりない?」
「お陰様で健康そのものじゃよ」
「お久しぶりです。伯様。お元気そうで何よりです。街ではこの時期既に風邪が流行ったりしてますから、お気を付け下さいね」
エステル・クレティエ(ka3783)が脅すように告げれば、「おやおや、それは怖いことだ」とフランツも戯けて怖がるような仕草を見せ、一同は笑い合った。
王国歴1019年。後の歴史書で「邪神戦争」として語られる戦いが終わった。
異世界より侵略する巨大な歪虚、邪神ファナティックブラッドとの戦いに勝利した人類は、ついに平和を得た。
クリムゾンウエストとリアルブルーはひとまずは覚醒者限定ではあるが行き来できるように整備を始め、小夜はその第一次帰還で一度リアルブルーへと帰った。
その後はリアル生活の方ですったもんだと色々あったが、半年後には第二次帰還が可能となり、さらにその3ヶ月後にはターミナルポイントの設置がされた。
それに伴いリアルブルーでのハンター登録制度である『ライセンス』が発行され、小夜はその『エージェント』初期メンバーとなったため、その報告も兼ねてのフランツ邸訪問でもあった。
「なるほどのぅ……まぁ、国家同士の対立が今の所は表立って無いのが救いと言えば救いという状況のようじゃのぅ」
劉とチェス盤を挟んだ状態で、フランツは小夜の話に相づちを打つ。
「やっぱり、突然……全部を受け入れろっていうんは、難しいんやと思う……」
「そうじゃろうな……何しろ、法律からなにから、国家の基盤が完全に崩れるしのぅ……かといって、いつまでも受け入れを拒否しておれば、何かあったときに国防問題に発展するじゃろうし。まぁ、数年は見極めのために慎重になる国もあるのじゃろう」
「まーなー。リアルブルーの話し聞きかじってると、こっちの世界は割とゆるくなってんだなーって思ったからなぁ……ほい、チェック」
コツン、と黒のクイーンが白のキングを捕らえる。
「ほっ?!」
フランツは盤面を睨み、首を傾げ「この女王様はどこからおいでなすったかの……」なんてごにょごにょ。
「だから、じいさん、弱いのに話しながらとか無理だって言ったじゃん」
これで8戦8勝だな、と劉が笑えば、盤面を見ながら唸っていたフランツは両肩を落とした。
「じゃ、夕食はじいさんとっときのワイン、宜しく~」
「おかしいのぅ……今日こそ勝てる気がしておったんだが」
そうぼやくフランツは劉が土産だと手渡した紅茶葉を手に席を立つ。
フランツの本邸であるここには常に恰幅の良いメイドと壮年の執事がいるが、基本的にフランツは自分の客は自分でもてなすタイプらしく、基本的にティータイムは率先して動く傾向があった。
その為、3人は部屋を出て行くその背を見送って、顔を見合わせた。
「……そういや、おにーさまは元気か?」
「えぇ、ようやく身を固める気になってくれたので、今は親族挨拶やら、式の準備に忙しそうですよ?」
劉の問いに、エステルは両肩を竦めて微笑む。
「兄も腹を括って良かったんじゃないかなって思います。やっと小さい頃から義姉様と兄に仕込んで来た教えが役に立ちます」
フフフ……と笑うエステルを見て、小夜も小さく笑う。
どこからどう見てもお似合いの二人だった。ゆえに、“結婚することになりました”となった時には驚き以上に安堵した小夜である。
3人それぞれが二人(主に煮え切らない態度をとり続けていたエステルの兄)のエピソードを話し始め、フランツがティーセットを持って入ってきたのにも気付かないほど“恋バナ”で盛り上がっていった。
「私も……年内に決着つけたいんですけどね」
「何やら楽しそうで何よりだのぅ」
フランツの声に小さく悲鳴を上げるエステル。
「伯様……いつから……!?」
「そうじゃのぅ……“彼の言葉が営業トークだったとしてもあれはずるいと思うの”……あたりからかのぅ。会話から察するに商家のご子息のようじゃの」
キャーッ! と悲鳴を上げて耳まで真っ赤に染め上げたエステルを横に、小夜は小走りでフランツの傍へと駆け寄って手伝いを申し入れる。
「では、こちらの菓子を持っていって頂けるかの?」
「はい」
小夜がお菓子の乗った皿を運ぶ間も、劉がニヤニヤとエステルをつついている。
「うぅ……そういう厳靖さんは……!」
たしか、大人の戯れの様なお付き合い未満? の女性がいたな、と思い至るエステルだが、手練手管に長けた劉はさらりと躱す。
「ん~? オジサンが気になっちゃう? オジサンはねぇ……酒場の女将にウェイトレス、それより何より酒が好き♪」
そう茶化す劉を見て、フランツは以前と同様に「しょうがないのぅ」と諦めの視線を投げるに留めた。
「ぐぬぬ……でも飲み過ぎはやっぱりダメですよ!」
むぅっと頬を膨らませて勧められた紅茶を含んだエステルの顔が、その香りと味に目を瞬かせた。
「あ、美味しい。……伯様、茶葉を見せて頂いても?」
「だろー? 最近見つけたリアルブルー製の中ではピカイチだな」
得意そうに胸を張る劉は置いておいて、エステルはフランツから茶葉を受け取ると「茶葉もいいけどこれは乾燥と保存状態が素晴らしいですね」と薬草学を学ぶ者としての視点から追求に入る。
「そういえば、小夜さんはその後どうなんです?」
一通り茶葉を確認して満足したエステルはにっこりと微笑んで小夜に問いかけた。
「うちは……その……まぁ、普通……? です」
突然水を向けられ、小夜はパッと頬を染めてはにかむ。
小夜は“大好きなお兄はん”だった彼と恋仲となって共にリアルブルーへ帰った。
彼は……その、他の人の言葉を借りれば『色々とこじらせて』しまっているらしいのだが、リアルブルーでの活動を見ている限り、彼は彼なりに『真っ当に』生きよう、生き直そうとしているのが分かるので小夜としては傍にいて見守り、その苦楽を共に出来る事に幸せを感じる日々だったりする。
一方小夜自身も中学校から勉強をやり直しているところだ。その辺り、サポート体制強化にいち早く日本政府が乗り出してくれたお陰で、厳しくも楽しい予備校ライフを満喫出来ていたりする。
その辺りのことは個人的にフランツには報告済みだったりするので、ここで話題に出す事は控えていたのだが。
ぽそぽそと話す小夜の話しをキラキラとした瞳を向け、うんうんと相槌を打ちながら聞いていたエステルは思わず「うぅ、小夜さん可愛い……」と身悶え始める。
「えぇ?」
唐突に褒められて小夜は困惑し、照れ隠しに紅茶を一口。
「良かった……未来に素敵な可能性があるなら歩いて磨く日々も楽しいですよね。小夜さんは本当に素敵な人だからきっと大丈夫」
真っ直ぐ、あけすけに褒められて小夜は更に紅茶をもう一口。
「お相手も見る目があるって事ですね♪」
恋人まで褒められて小夜は、嬉し恥ずかしで無言になる。
「……いいなぁ……私も頑張ろう」
そんな小夜に気付かないまま、決意を新たに前を向くエステルを小夜は眩しそうに見つめた。
エステルは彼女が覚醒する時に現れる金色の草花の文様が示す通り、光と生命力に溢れている。
一方で彼女の兄は風みたいでふわっといなくなりそうな印象があった為、初めて二人の報告を聞いた時には“彼女”が捕まえてくれて良かった、と思ったのを思い出す。
『わしが妻と結婚を決めたのはね、“あぁ、かなわないなぁ”と観念したからじゃよ』
邪神戦争前、その方針が出た直後にフランツに会ったときに、そうフランツが言っていたのを思い出した。
――お兄はんも、きっと、お姉はんにかなわないって、思ったのかな。
「そういえば……おじいちゃんが奥様に“かなわないなぁ”って思ったのはどんなときやったんですか?」
「ほ?」
唐突に話を振られて、フランツはきょとんと小夜を見た。
「……あ、あの……」
「そう! 兄様ばかり……私もフラット伯様にお会いしてお話聞きたいと思ってたんです! 奥様へのプロポーズのお話聞きたいです」
唐突過ぎた事に気付いた小夜が言葉を足そうとするその前に、エステルがキラッキラとした瞳をフランツに向ける。
「プロポーズもなにも……わしはお見合い結婚じゃからなぁ……拒否権など無いに等しかったわけじゃし」
「でも、奥様のこと愛していらっしゃったんでしょう?!」
身を乗り出さんばかりの勢いでエステルが問えば、フランツは苦笑しつつ紅茶を一口。
「そう、じゃの……ただ、エステル嬢が理想とする物とはちと違うようにも思うのぅ……」
何しろ時代が違う。貴族が貴族として家を残すためになら何でもあった時代だ。
一方で“俺(自分の家)のものにならないなら殺してしまおう”なんていう今となっては斜め上の発想が割とまかり通っていたりもした時代だ。
その上、フランツ自身はただの人。妻も義父も含めフォルスターの一族はただの人であったため、一部の覚醒者が“己の正義の為”に家族を害する危険性があった。
ゆえに代々一族はその頭脳を使い、情報を操作し、人、強いては帝国そのものを欺くことで自領の人々を護り通してきた。
そういう意味では出自こそ貴族ではあるが、戦災孤児となり紆余曲折あった後、剣が使えずとも試験さえ通れば採用があった官僚登用試験に合格したフランツは、フォルスター家から見れば、磨けば光る原石と思われたのだろう。ゆえに、白羽の矢が立った。
「ただ、そうじゃの。妻はいつでも静かに微笑んで、周囲に気を配り、耐えることに長けた人じゃったよ。若い頃のわしはそりゃもう短気で喧嘩っ早くて、すぐに思っていることが顔に出るタイプじゃったから……そういう意味でも妻には全く敵わなかったのぅ」
「見えねぇよなぁ」
呵々と笑う劉と同意するように頷くエステル、小夜にフランツは困ったように視線を交わらせる。
「やはりフォルスターの家に生まれ育った妻は、処世術に長けておったんじゃよ。それと、小さな事に幸せを見出しては喜んだ。初雪が降れば“これでまた本を読んで引きこもっていられる”、雪が溶ければ“春が来る”と。雲の形が鳥に見えたとか、どこそこの子どもが花を摘んできてくれたとか、な」
そんな下らないことで、と何度思ったか知れない。それでもそれを心底喜び、笑う妻を見ていると、いつの間にか胸が温かくなる自分がいることに気付いた。
これが愛しいと言う事かと気付き、ゆえに『守る為にどうしたらいいのか』を考えるようになって、フォルスター家がどうしてこのザールバッハに固執するのかを知った。
帝国の中の辺境とまで言われる豪雪地帯であるこのザールバッハにおいて、中心の町であるマインハーゲンだけではダメなのだ。周囲3つの村との相互互助の関係があってこの地域は成り立っている。
雪深い地域ゆえ、織物や木彫り、藁編みなどの工芸が得意ではあったが、フォルスター家は3代ほど前から子供らに字を教え、読書を広め始めた。
様々な国の話しを知識として取り入れた子らが外へと出、そしてここほど厳しい自然に守られ、フォルスター家によって外界の脅威から隠れている地域は無いことを知り、自分が見聞きした情報をフォルスター家に寄せるようになる。
長年自領を誠実に統治してきた結果、村人達は余所者には厳しいがフォルスター家には絶対の信頼を置くようになっていた。
――しかし、それも自分の代で終いだ。
跡取りがいないことはもちろんだが、帝国が瓦解し、民主化した今、この地域も人々の手で変わっていくだろう。
そうなっていいように、村人達には何代もかけて“帝国の中の辺境”という隠れ蓑の下、帝都の役人達と渡り合えるほどの教養を身につけてさせてきたのだから。
「“みんなが幸せでありますように”……これが妻の口癖じゃったよ」
“みんな”とはこのザールバッハの人々を指す。フォルスター家は決して博愛主義ではない。シビアなほどに現実主義でもあった。
自分達の手で守れるギリギリの範囲を必死で護り通してきた一族に迎え入れて貰えたことに、フランツは感謝し、ゆえに最期の時までその役目を全うしようと誓っても居る。
目を細め、穏やかに話すフランツを見て、エステルと小夜は言外に愛情を感じて微笑み合う。
「……っと。もうこんな時間か」
壁の時計を見て、劉がよっこいせ、と重い腰を上げた。
「今年は雪が遅いから、帰り道を見失うことはないとは思うが……早いに越したことはないじゃろうな」
「もっとお話したかったのですけれど、お墓参りにも行きたいので……」
依頼でこの町出身の少女と関わった。その体験はエステルにとって掛け替えのない物として胸に残っている。
「あぁ、彼女の父親も喜ぶだろう。是非行ってあげておくれ」
「お父上もお元気ですか?」
「あぁ、変わらず頑張っておるよ」
その答えにエステルは安堵して両目を細めた。
「じゃあ、じいさん邪魔したな! また来るぜ!」
玄関先まで送りに出てきたフランツに劉が手を振る。
「また、来ます。おじいちゃんも……風邪とか引かんよう、気ぃ付けてね?」
小夜が心配そうにフランツの手を取れば、そのシワの刻まれた……そして予想より骨ばった力強い手が握り返した。
「小夜嬢も。また向こうでの活躍話を楽しみにしておるよ」
「あ、小夜さんいいなー、私も、伯様と握手したいです!」
そう言って小夜と替わるってエステルはフランツの手を取った。
シワは多いが、無骨なその手のひらから様々な困難を乗り越えてきた人生が見えてくるようで、エステルはきゅっと口元を結ぶ。
「伯様。また、訪ねても良いですか?」
「もちろんじゃよ」
来た時と同じ好々爺然とした笑みにエステルはほっと息を吐いて笑みを返した。
小夜が振り返ると、やや小さくなったフランツがまだこちらを見送っていてくれた。
もう一度大きく手を振ると、フランツがそれに応えてくれるのが見えて、小夜は笑みを零した。
「また、春になったら」
「また、雪が溶けたら」
劉とエステルが同時に言葉にして、3人は笑い合いながら、次なる目的地へと歩みを進めたのだった。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4574/劉 厳靖】
【ka3062/浅黄 小夜】
【ka3783/エステル・クレティエ】
【kz0132/フランツ・フォルスター(NPC)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼いただき、有り難うございます。葉槻です。
いつもフランツを気にして下さって有り難うございます。
張り切りすぎてジスー様と盛大に喧嘩してしまった辺り、私も成長がありませんね……
口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。
またOMCでお逢いできる日を楽しみにしております。
この度は素敵なご縁を有り難うございました。