※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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春春を迎えるまでに 2
アルヴィン = オールドリッチは今日も絶好調。彼を知っている者に言わせてみれば常に楽しそうだと言うだろうが。
自作の鼻歌も軽やかに色とりどりの風船やら花が描かれたカードを封筒にしまっては封蝋を施していく。
「アルヴィンさん、こんにちは。良い茶葉が手に入ったんですが……」
「ヤァ、ヤァ、リンリン。丁度イイ所に」
満面の笑みでアルヴィンはフレデリクを迎える。
「手紙……ですか?」
差し出された封書を受け取ったフレデリクは宛名を確認する。自分宛だ。
「お祭りの招待状ダヨ」
「お祭り……あっ! アメノハナの!!」
白い封筒に型押しされている小さな花の形に思い当たる。「移住先で?」と問えばアルヴィンは「アメノハナの村でダヨ」と答える。
かつて彼らにアメノハナを歪虚から守るのを手伝って欲しいと頼んだ青年がささやかながら祭りを開催しようと計画しているとのことだ。
「今から招待状を配りに行くカラ付き合っテくれるカナ?」
「勿論です」
「あといくつかお店も寄りタイナ」
祭りに使う装飾も仕入れたいと。
「あぁ、良いですね。お祭りだし賑やかにしないと」
「さっすがリンリン分かってルネ!!」
善は急げ、アルヴィンとフレデリクは街へ繰り出した。
帝国領の北方、辺境と呼ばれる地との国境にアメノハナの村人たちが移住した村がある。
祭りで祭祀の代理を務めようという男は祈りを言葉を長老に確認をしに行き、アルヴィンは子供たちを集める。
「色紙を細く切ッテ、輪にシテ繋いでいくんダヨー」
祭りの装飾を子供たちと作るのだ。細く切った色紙には子供たちをはじめとする村人からのメッセージが書かれていた。
その間ソフィアは一人、建物など辺境での面影を残していると言われている村の様子を見て回り、大工を兼ねている村人からの話も聞いた。建物の様式など確認するためだ。
ドワーフに対するイメージの例に漏れず彼女もハンターであり、優秀な職人でもある。その技は鍛冶から木工、彫金……広い。
どれも必要に迫られ身に着けたものだが――一見10代半ばほどだが実際はいくつもの技術を習得するくらいには時を重ねている。詳細は伏せるが今回の最年長者だ。
村に残してきた家屋の修理をしても良いかと尋ねた時、謝礼をという話になった。ソフィアの依頼主はあくまで友人の青年だから辞退したが、よくよく聞けばその青年村人から一切謝礼を受けっていないらしい。
申し訳なさそうな長老たちの様子に見かねたソフィアは代わりに村に置いて来た材木を使わせてもらうことにした。
「まったく……青いな」
大凡外見に似合わないぼやきを発してソフィアは結い上げた髪をくしゃりと掻いた。
「ま、嫌いじゃねーが……」
すべて自分で背負おうとする若者らしい生真面目さも潔癖さも悪いものではない、とも思う。これから少しずつ周囲が見えるようになっていけばいいのだ。
「時間はあるさ……」
失敗を繰り返して学ぶ、若者の特権である。
移住先から国境線を越えてさらに北上していけば雪景色へと変わっていく。
「兄様、チアクちゃんに面倒をかけてないかしら?」
白い息を吐きながらエステルはすでに辺境の村にいるはずの兄と同行した村の少女の事を思う。
ああ見えて兄も面倒見が良い方だし、チアクもしっかり者だから大丈夫だとは思うのだが。
何せチアクはまだ10にも満たない子供で、兄はどこか抜けている。だから心配の種は尽きない。
それに間もなく村への目印ともなる遺跡の近くだというのに……
「此処にも迎えに来ないなんて……本当に兄様ってば気が利かないんだから」
兄に対して容赦のないエステルに友人の少女が「村でやることが沢山あるんじゃないかな?」とフォローを入れてくれる。
「……! ありがとうっ!」
そんな優しい言葉に兄の代わりに礼を述べてエステルは抱き着いた。いや抱き着いたのは兄の代わりではなくあくまでエステル自身としてだ。
「僕等は少し遅レテ行ク?」
話したいこともアルデショ?とアルヴィンがエステルの友人に尋ねる。いつもの笑みが何か企んでいるように見えるのはエステルの気のせいだろうか。
「…………っ」
息を飲んだ少女が一つ、二つ呼吸を整える。
「皆で行って驚かせましょう」
「えー、驚かせるナラ君が一人デ……」
「きっと皆さんに早く会いたいと思うので。皆でいきましょうね」
アルヴィンに全部言わせない、有無を言わせない笑顔。
事の成り行きをハラハラ見守っていたエステルだが助けに入るまでもなく友人が押し切ったようだ。
間もなく村の入り口に立つエステルの兄とチアクがみえた。スコップに片手を置いて手を振っている呑気な兄に何か言おうとする前にチアクは飛びついて来る。
「いらっしゃい、久しぶり!!」
抱きしめた少女は少し大きくなっていた。
初対面の仲間にチアクを紹介してからエステルは兄と向き合った。
「兄様迎えに来るのが普通でしょ?」
開口一番お小言からだ。何っにも解ってない……、と深い溜息とともに頭を振る。
他にも兄には言いたいことが山ほどあるのだ。だが――。
「ごめんな」と謝る兄の顔に浮かぶちょっと困ったような笑み。
久しぶりに会う兄は一時期の空っぽ故の穏やかさと違って笑顔も自然になっている。
「元気になったのなら、良いけど……」
素直な気持ちは悔しいから言ってやらない。
それにしても、と思う。
便りがないのは元気な証拠――などという言葉はきっと筆不精の言い訳ということは兄に言わねばなるまい。
再会を喜ぶ中、一番早く仕事にとりかかったのはソフィアであった。
紙とペンを手に村を一巡する。お供に以前この村に来たことがあるフレデリクを連れて。
予め預かってきた鍵でドアを開け建具の具合を確認していく。
柱の補強などはともかく建具の調整は経験者でなくては難しい。
「フレデリクさん、天気もいいですし窓を開けておいてくれますかっ? その時開けにくい窓があったら教えてくださいね」
「はい。やっぱりお家も新鮮な空気で深呼吸したいですもんね」
フレデリクはカーテンを左右に開き窓を開けていく。
無人の家は湿気などから痛みが早い。だから時々風通しをよくしてやることも大切なのだ。
修繕個所をまとめたメモ、祭りの煮炊き用に広場に作る竃や祭壇の設計図を手にしたソフィアは今回自分たちを招いた青年を呼び止める。
「丁度良かった。嵐の時みたいに窓や戸を木で打ち付けたほうが良いか相談したいと思って」
「あぁ、雨戸がないところは念のために。一通り村を回って、修繕個所の確認をしてきましたよ」
ばっちりです、と胸を張る。
「ありがとう。助かったよ、俺だけじゃどうやっても直せないところあったし」
「ふふふー。そのための本職ですよ。あ、あとで正式に作業費等の請求書作りますね」
「うん、お願いします」
「ちゃあんとお友達価格にしておきますから、安心してくださいねっ」
本当ならばただでも良いと思っている。友人の頼みだ。職人としての技術を売るのだからそれはどうだろうという意見があるのも知っているが。
だけど敢えて仕事として受けることには意味がある。
それはこの青年に気負わせないため。友人が力を貸すのだから借りを返さなくともいいのだ、と言ったところで「自分は何も返せないのに借りばかり増えていく」などと思ってしまうだろうから。
そしてそう思うのは何も自分ばかりではないと気付いて欲しい……という気持ちもある。村人だって――……。
「そ・の・か・わ・り、今後とも我が工房をご贔屓に、です」
ぴっと敬礼。ツインテールがぴょんと跳ねるようにちゃんと動きだって計算済。
そうお友達価格に驚くことも計算済、だからこれは次からもうちを使ってもらうサービスですよと言外に。
「お友達なのにお金を取るの?」
とある家屋の修理中、工具を運んできたチアクがソフィアに問う。
「ふむ、さっきのやり取りですね」
青年とソフィアの今回の作業に関する費用のやり取りを聞いていたのだろう。技術だって無料じゃない、とか色々説明しようと思えばできる。
「お友達だから、ですよ」
身長は少しだけソフィアのほうが高い。屈んで少女と同じ目線の高さにしてそう告げた。
雪の重みのせいだろうか、家屋のなかには歪んで隙間ができてしまったものもある。その隙間を松脂を使った目地材で埋めながらエステルはハラハラと兄と友人を見守っていた。
兄が差し出した手に友人が工具を手渡す。息の合ったごく自然な二人の動作。
多分、ひょっとして、いやきっと友人は兄の事が好きだ……
「……と思う」
心の声に音に出して追加。そして兄は友人の事はどう思っているのだろうか、ウッドデッキの補強をしている二人を眺めながらぼんやり思う。
好意はある――はず。ただ……
その好意がどの方面に向かっているのか実の妹でもわからない。
雪で足を滑らせた友人を兄が支える。
慌てて俯いた友人はなんとなく照れているようにみえ、兄はそれに全く気付いていないようにみえる。
兄は呑気に笑いながら多分「解けかけの雪は滑るから気を付けてね」とか言っているのだろう。ずっと友人の手を持ったまま。
「兄様、そういうころよ!!」何がそういうところかはともかく、妹の声も悲しい事にここからでは届かない。
「仲良きことは美しきカナ」
「わわっ!?」
突然降って来た声に驚いたエステルは派手に尻もちを着いた。
上から覗き込むアルヴィン。ふっふーと口元に人差し指を当て満足そうに笑う。
「私もそう思います。でも兄様ちゃんと……」
友人と話したのかな、とか妹としては余計な気を回してしまうのだ。兄を信じてずっと待っていてくれた人に。
「こういうのはネ、当人たちの問題だから。僕らは見守るだけダヨ」
「……と、言いながら村に到着したとき率先してからかってませんでした?」
「ソレは面白いほうが楽しいヨネ」
周囲に飛び散る色とりどりの星を錯覚しそうなほどのウィンクを置き土産にアルヴィンは軽やかに去って行く。
「お尻大丈夫? 痛い?」
「大丈夫。ちょっと転んだだけだから」
ロープを抱えたチアクが通りかかる。座り込んだままのエステルを心配したのだろう。
「痛かったら言ってね。お薬貰ってくるから!」
ありがとう、と見送るチアクは小走りに兄たちの元へと向かう。
「チアクちゃんも兄様のこと好きよね……」
少女の好意は誰からみても明らかで、少し背伸びして一生懸命なところも可愛らしいと思う。
今は憧れでもあと数年すれば……――
「……まあ、その頃まで兄様のことを想っているなんて……ね」
幼い頃は近くにいるお兄ちゃんのような存在に憧れたりすることも多い。きっと年頃になったら相応の年齢の男の子に恋したりするのだろう。
「一緒に恋話とかするようになるのかな?」
それはそれで楽しそうだとエステルは思う。
色の違う二枚の板とにらめっこのフレデリク。
アルヴィンと一緒に雨戸の修理中だ。本来ならば二枚の板を重ねる必要はない。だが「それじゃあツマラナイヨ~」とアルヴィンが言い出した。
じゃあどうするのかと思えば、置いてある材木から色の違う板をアルヴィンは取り出し、薄い方を手早く模様を刳り貫く。そして二枚重ねてみせた。彫った模様からもう一枚の板が覗き楽し気な雰囲気に。
「面白いですね、私もやってみましょう!」
そう手を叩いたものの自分の器用さと相談しながら模様を考えるのは難しい。
「やっぱりお花とかがいいでしょうか?」
「お星サ~マ、キ~ラ、キラ」
謡いながら糸鋸で星形を刳り貫いているアルヴィンにどこからか飛んできた布が被った。
「あら、やだごめんなさい」
お祭り用の衣装の直しをしていた心は乙女の青年がやってくる。
皺にならないように干していたら風に飛ばされてしまったそうだ。
「これはこの村の刺繍ダネ」
少し固めの布に施された刺繍にアルヴィンは見覚えがあった。村人の装束などの施されているものと同じである。
「そうなのよ。村人からチアクが預かってきたんですって」
刺繍には一つ、一つ意味があるのだ、と以前チアクが教えてくれた。これは各家を表す刺繍らしい。その刺繍はその家にとっての魔除けの役割を果たしている。
「ソウダ! これダヨ!! リンリン」
閃いたヨ、そんな顔でアルヴィンはフレデリクを見た。
悪いモノが家に入ってきませんように、そう意味を込めて板に彫っていく。
修理が必要ない家屋には小さな板に彫ってドアノブにかけれるようにして。
ドアの開閉を何度か繰り返す。ドアノブを掴む手に感じる引っ掛かりに「まだ甘いか……」とソフィアは工具を取り出した。
枠の浮きを叩いて少しずつ修正していく。
納得のいく仕上がりになったところでぐいっと背筋を伸ばす。
「流石にずっと同じ姿勢は疲れるよなぁ」
休憩と外に出て煙草を一服しながら図面を広げた。壊れた雨戸の修理をしていたアルヴィンも「僕も~」とやって来る。
「お祭りの祭壇カナ?」
「あぁ」
根を詰めて作業をしていたせいかつい、うっかり乱暴な部分が出てしまう。
「フィーリ君、広場にもう一つ作ってもらいたいモノがあるのダケド」
飾りを取り付けられるようにロープを渡す支柱を作って欲しいのだとアルヴィンが言う。
「それくらい構わねーよ」
ふぅ、と吐き出す紫煙。慣れた仕草と可愛らしい外見のギャップが激しい――がアルヴィンはそこに言及するつもりはないらしい。
そしてソフィアも今更変えるのもと思ったようだ。
「お祭りだからネ、賑やかにしないと」と雪の上に広場を描いてぐるっと取り囲むように支柱が欲しい位置を示していく。
「村の状態、専門家トシテの見立てはドーカナ?」
「思ったよりも建物の痛みが少なくて良かったよ。だが……」
湿気が少ない地方だからだろう。それでも人が暮らしていない影響は少しずつ蓄積している、とソフィアはたった今修繕したドアを振り返る。
「こうして定期的に手入れをしていればまだ大丈夫だろうが……」
その先をアルヴィンも察する。
いずれ村人に現状を説明して選択をしてもらう日が来るかもしれない、と。
その時あの年若い友人はどうするのだろうか。
ソフィアは紫煙の登っていく先へと視線を投じる。
「僕等にできることは多くはナイヨ」
「横から口を挟むなんて野暮はしねーよ」
決めるのはいつも当事者だ。自分たちにできることは見守る事、そして手を貸すこと。
「アルヴィンさん、手伝ってくださーーい」フレデリクの声。
「ほら呼んでるぜ」
「リンリン、今行くヨ~!」
ぶんぶんと手を振るアルヴィンを横目に、さて、もう一仕事してくるかな。ソフィアも煙草を消して立ち上がる。
村の修繕があらかた終り祭り準備へ。
料理の準備や祭壇の組み立て。やることは沢山ある。
料理の準備や会場のセッティングはそういうことを得意とする青年(心は乙女)が音頭を取り、祭壇の組み立てはソフィアが指揮を執った。
「それにしてもリンドバーグってばやるわね……」
彼が持ってきた青果に青年が改めて感心する。皆が移住先を訪れている間に一人で準備していたそうだ。これがあるだけで料理の幅が大分広がる。
「チアクちゃん、食べれないものある?」
料理班に回ったエステルが肉を切りながら訪ねる。
「好き嫌いはな――……」
元気よい返事が途中で尻すぼんだ。
何かと思い、チアクの視線を辿れば、その先にエステルの友人が手にしている緑の野菜、ピーマン。
「ちょっと苦いかな。じゃあ、これならどうかな?」
友人がそれとよく似たパプリカを手に取った。赤や黄色の可愛らしい色だ。それを少しだけ切って差し出す。
少し躊躇ってからしゃくりと齧って「甘い!」と驚き顔。
「なにこれ?」
「これはお子様用ピーマンです」
お子様用、という言葉に不服そうなチアクにエステルがすかさず
「緑のピーマンは大人の味なの。チアクちゃんにはまだ早いかな~?」
といえば「食べれるもん」とチアクが強がる。
「あら、偉い。じゃあ私は食べれた時のご褒美用に美味しいデザートを用意しておくわ」
デザートと聞いて喜んだのはもちろんチアクだけではない。
いよいよ祭り前夜ソフィアは祭壇の前に立つ。
最後の仕上げをしようかというときチアクが「夕食ができた」とやって来た。
「ありがとうです。これが終わったらすぐに行きますね」
「ソフィアが言っていたことが分かった……と思うの。なんとなくだけど……」
何の事か、と尋ねる前に「友達だからの意味」と付け加えられる。
「全部一人で抱え込んじゃうって言われていて……」
チアクは昼間片付け中にあったことを話す。
「そういうの見てるのは苦しいし……けど、それを言ったらきっともっと誰にも気づかれないように抱え込んじゃうと思う」
だから少しでも気安く頼れるようにするためにソフィアが代価を請求したのだ、と。
よくできました、その言葉の代わりにソフィアは「見てくださいね」と木を組んだだけの素朴な祭壇に触れ目を閉じる。
深呼吸を一度。祭りの成功を願いイメージするのは鋼を溶かす炎。「わぁ」とチアクが歓声を上げた。
波にたゆたうように広がった灰の髪がうっすらと鈍銀の輝きを帯び、足元、そして祭壇に置いた手から立ち上がるのは焔の幻。
祭壇を中心に広がる淡い浄化の白光。
再び髪が灰に戻った時点でソフィアは瞼を上げる。
「とっても綺麗だった」
はしゃぐチアクを招いて抱き上げると、祭壇に乗せる。
完成した祭壇に一番最初にあがるのは村人である少女が相応しいだろうと思ったのだ。
祭り会場つなる広場を囲む支柱に張り巡らされたロープに揺れるのは村の子供たちと作った輪飾りに丸い硝子のオーナメント。
硝子玉はクリスマス用のものでアルヴィンがフレデリクとリゼリオの雑貨屋を回りかき集めてきたものだ。
それ以外にもきらびやかなモールが家屋の軒先を飾り、春を出迎えるための可愛らしい手書きのウェルカムボードが村の入り口に立てかけられた。
「目一杯おめかししましょ」
何時もまとめられているチアクの髪を解いてブラシを入れるエステル。傍らには布で作ったアメノハナをモチーフにした花飾りを用意している。
「リボンはこっちの色のほうが映えるわよ。……もう少しスカート丈短くしておくべきだったかしら? ちょっと一回転してもらえる?」
言われるままにくるりと回るチアク。お兄さんはいつになく真剣な顔。
「そうね……」
これを着なさい、といつの間に用意していたのだろうパニエのようなものを取り出す。
「あとアナタにはこれ」
エステルの友人には衣装と同じ色合いで作った髪飾りを渡す。動くたびに垂らしたリボンやレースが揺れて可愛らしい。
「どっちがいいと思います?」
髪をまとめてあげてから、下ろしてみせるソフィア。
「まとめているのは活動的で可愛らしいし、下ろしているのも新鮮かな?」
手慣れた様子で既に準備をすませているお菓子屋の青年は「もう一度やってみて」とお願いする。
「どうかしら?」
うっすらと紅を指したチアクがお兄さんの背から顔を覗かせる。慣れない化粧に照れているらしい。
「チアクちゃん、可愛いっ!」
気付いたらエステルは少女をぎゅっと抱きしめていた。
女性(?)の準備が時間がかかるのはどこでも一緒である。
夕暮れ、鳴弦の音で祭りは厳かに始まる。
灯された篝火に照らされた硝子玉は淡く橙に煌いてどこかアメノハナを思わせた。
祭祀の代わりを務めた青年が祈りを捧げる。歌のような不思議な響きを持つ祈りは潮が満ちるように広がっていく。
祈りが終われば宴の時間だ。
「さあ、宴の始まりだ。賑やかに新しい季節を迎えよう――」
「春にカンパーイ!」
歓声があがり、あちこちで杯が空に向かって掲げられた。
「さて飲みますよっ!」
ソフィアが一気にカップを乾した。
最初の一杯は冷やしたエール。やはり仕事明けの一杯はエールに限る。「あぁ、美味いっ」つい素がでる。尤も今回は友人たちばかりだからあまり「ソフィア =リリィホルム」であることを意識しなかったのだが。
春の始め、しかも北方ともなれば日が沈めば寒い。だが赤々と燃える焚火の熱は頬を照らし汗ばむほどだ。
「染み渡る……」
くぅ、と唸る。
「合奏する?」
楽器を手にエステルは友人に声をかけた。控えめに「それとも……歌う?」とも加えて。
「チアクちゃんにお願いされたから村の祭りの曲を披露しようかなって」
リュートを弾く友人にエステルはそれ以上言わない。ひょっとして重ねてお願いすれば歌ってくれるかもしれない。でも音楽は無理強いするものではない。
特に友人の場合は。心に生まれた音が彼女の音楽なのだ。
広場の中心で爆ぜる焚火の音にリズムを合わせ、リュートがまず先陣を切った。
軽快な音は溶けかけの雪の上転がっていく。そこにエステルのフルートが重なる。たちまち二つの音がおいかけっこを始めた。
チアクが膨らんだスカートを靡かせて踊り出し、アルヴィンとお菓子屋の青年が加わる。即興で歌うのは祭祀を務めた薬師。
注がれたワインに口をつけてフレデリクは「おっ、これは……」と目を瞠る。そしてもう一度カップを傾けた。
口に含んだとたん膨らむ果実味。その中にある赤ワイン特有のざらつき。飲みやすいけど、軽いばかりじゃなく美味しい、とフレデリクはカップを覗き込む。
「口に合うかな?」
「このワイン……とてもいい物じゃないですか!?」
くわっと前のめりに意気込むと祭りを企画した青年が口元に笑みを刻んだ。「故郷のワインなんだ」と。
「沢山用意したから良かったら飲んで」
祭りが始まったばかりだというのに青年は早速席を外そうとする。どこに行くのかと問えば「以前の祭りで食べた煮込み料理とか作ろうと思って」と竈へと。
「果物をデザート用に切り分けようと思って」
青年に対して何かかけるべき言葉があるような気がするのだが、フレデリクはお祭りなのだから賑やかなほうがいいとアルヴィンのようなことを思い厨房の代わりになっているそこへ青年と一緒に向かった。
奏でられる音楽に合わせてステップを踏むような足取りで。
かつて祭りで仲間の一人が踊った舞を思い出しアルヴィンはお盆を持つ。
「に~んじん……」
「一体それは……?」
「にんじん五十年ダヨ!」
「……そうか」
その場にいたはずの薬師が珍妙な表情をした。「忘れちゃったノカナ?」そう言われても全く記憶にない。それもそのはず実際は「人間五十年」でありアルヴィンの踊りは似て非なるものだからだ。
「違う、違うよ、リッチー。にんじんはこうだった」
お菓子屋の青年がスカートを翻して参加する。これは実際の舞よりももっと軽やかで可愛らしくなっている。
「皆さん、果物はいかがですか? あ、それはにんじん五十年ですねっ!」
切り分けた果物を皿に乗せたフレデリクが反応する。何故にわかる――躊躇わずに二人の踊りを当てたフレデリクに薬屋は心底不思議そうな顔を向けた。
「私も!」
ソフィアが木樽を叩いてリズムを取れば、さらに踊りは元から想像つかないものに進化していく。
「……先生、これは?」
エステルに問われ「五十年ものの人参を讃える踊りらしいが……詳細は不明というところか」答えるのが精一杯。「不思議な踊りがあるんですねぇ」やはりエステルも分かってないようで首を傾げた。
兄を手伝ってくるといった友人が中々戻ってこない、とエステルが広場隅の竃あたりをみれば二人の姿はそこにない。
何時の間に、とついエステルの演奏が止まる。
「どこに行ったのだろう?」
大丈夫かな、探しに行くべきかな、余計なお世話かな、などと気を揉んでいると風に乗るリュートの音。
雪解けを、春の柔らかな日差しを思わせる音は友人のものだ。友人が感じたこの村の春。
この曲がアメノハナに届けばいいな、と思う。
皆の想いが届けばいいな、と思う。
帝国に移り住んだ村人たちの顔を浮かべる。アメノハナを前にしたチアクの顔を浮かべる。
彼等にとって祖霊花は掛け替えのないものなのだろう。
エステルはフルートを唇に当てがった。
例え戻らなくても……
村も花も皆の良き拠り所であります様に
願いを込めて音を奏でる。
運ばれて来る料理はどれも美味しい。ほどよく膨らんだ腹を押えてフレデリクはベンチ代わりの木箱に腰掛けた。
「少し冷たい空気が気持ちいいなぁ」
後ろに手を着いて空を仰ぐ。
「ワインはもう飲みました?」
同じくベンチにて酒を楽しんでいたソフィア。
「はい、とても美味しくてつい進んじゃいますよね」
「赤だけじゃなくって白もあるんですよ」
どうです、と瓶を傾ける。
「いいんですか!?」
「もちろん。お酒はみんなで楽しむものですから」
フレデリクはカップに注がれたワインに口をつける。
「こっちも美味しいです」
「どっちも甲乙つけがたいですよねっ」
にっこり笑顔でさらに勧めるソフィア。
「アメノハナ、とても可愛らしい花ですね」
群生地のアメノハナは祭りの少し前に咲き始めた。だがリゼリオから持ってきたものはいまだ蕾をつけていない。
「はい、だから新しい村でも咲くようになれば……」
あっ、とフレデリクが声をあげて立ち上がる。
「もとはと言えば儀式だし……」
しゃがんでかき集める雪。長老が雪もまた神聖なものだと言っていました、と。
「こうやって……」
かき集めた雪を胸に抱いて。上着が濡れても気にしないのは酔っぱらっているからだろう。口調もしだいに打ち解けたものになっている。
「ブワっとやればいいかな?!」
雪を夜空に向かって投げる。広がった雪がはらはらと落ちてくる中、雪に空に語り掛けるようにフレデリクは目を閉じ手を天に向かって差し出す。
祈っているようだな、とソフィアはその姿に思う。
「僕も参加するヨ!!」
雪合戦と勘違いしたアルヴィンが両手で思いっきり雪をかき上げた。隙あらば雪遊びに参加するスタイル。広がった粉雪がソフィアとフレデリクを襲う。
「……っ。受けて立つぜ」
ソフィアがベンチから飛び降りた。止めに入った薬師を交えて壮絶な戦いになったことは言うまでもない。
最終的に止めたのは「折角の料理に雪が被るでしょ」というお兄さんの一言だ。
アルヴィンはアメノハナの群生地から戻って来た青年の隣に進む。
いくつか軽口を交わしたあと、青年が広場の中心に顔をむける。
少し眩しそうに目を眇めた横顔に浮かぶのは穏やかな笑み。
彼の中で嵐が一つ落ち着いたのだと思う。皆の前から姿を消した彼の辿った道筋は問うつもりはない。
話してくれるのならば勿論聞くが。
例えば彼があのまま自分たちの前から姿を消す選択をしても責めるつもりはない。それも彼の選択だと、己は受け止めるだろうと思う。
でも青年が再び戻って来てくれたことが嬉しい――とアルヴィンは思った。
「チョットはすっきりしたカナ?」
青年は少し驚いた顔をしてから俯く。
「声を掛けてくれてありがとうダヨ」
お祭りは楽しいカラネ、とはにかんだような笑みを浮かべる青年の頬をぐにっと指で押した。
青年がチアクと踊り始める。少女と青年のやりとりに「朴念仁!!」と妹は容赦ない。
「中々に手強いネ?」
アルヴィンが同意を求めた少女は曖昧に笑ってリュートを鳴らす。ちょっとその音が乱れているような気のせいか。
「一緒に踊ろう」チアクが少女に手を差しだす。エステルが「いってらっしゃい」と友人の背を押した。
「アルヴィンさん……」
輪になって踊る三人にエステルが溜息を吐く。
「周りは素敵な人ばかりなのに兄は何でああなんでしょう?」
「実は無自覚のフリをしてるダケだったりシテ?」
質問の意図からちょっと外した冗談交じりのアルヴィンの回答。
「そっちもですが……ってぇえ?!」
驚くエステル。
「皆も一緒に踊ろーヨ!」
敢えてそれ以上は言わずに「まさか、そんなこと……」悩み始めたエステルの手を引いて皆に声をかけた。
「同じ阿呆ナラ、レッツダンシンダヨー」
「どこの言葉だ、どこの」
呆れ口調の薬師もやってきて歌い始める。誰かが手拍子を刻み、誰かが杯を掲げる。
終わりのほうには会話がちぐはぐになっていたが笑い声は絶えない。
祭りの夜はそうして更けていく。
翌朝。まだ朝食の準備を終わっていない時間。
まだベッドで寝ている者も。
そんな中、朝の静寂に雪を踏みしめる二つの足音が聞こえ、そして――
「アメノハナに蕾が……!!」
駆け抜けた風が皆の目を一気に覚ませるのだ。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)
ソフィア =リリィホルム(ka2383)
フレデリク・リンドバーグ(ka2490)
エステル・クレティエ(ka3783)
チアク(NPC・村の少女)
━━━━━━━━━━━
ご依頼ありがとうございます、桐崎です。
春を迎える村での数日間のお話いかがでしたでしょうか?
仲間っていいなぁ、と思いながらワイワイガヤガヤしている様子を描けるように心掛けました。
1と2合わせてお読みいただければ幸いです。
2つのお話の登場人物の立ち位置など矛盾点などはこう薄目で見て頂けたら何よりです。
気になる点がございましたらお気軽にお問い合わせください。
それでは失礼させて頂きます(礼)。