※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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暖かな陽光が肌を優しく撫でる。鼻孔をくすぐるのは、近くにある桜の香りだ。背中まである桃色の髪を揺らし、ミーナこと深那・E=ヘクセは青い目を細めた。
視線の先に佇むのは、一軒の民宿だ。看板に書かれた「巽館」の文字を見て、ミーナは手に力を込める。物陰に隠れて、民宿を観察するミーナは少し怪しい人物めいていた。
「タイミングが重要なのよね」
実は、ミーナが巽館の姿を覗き見るのは今日が最初ではない。
ソサエティで巽館の噂を聞きつけ、ミーナは何度もこの場所に足を運んでいた。ずっと会いたかった相手が、本当にいるのかを確かめたくて……。
ひと目姿を見て、ミーナは駆け出したくなった。
「……あ、出てきた」
巽館から一人の少女が姿を表した。少女は買い物に出かけるのか、カゴを片手に扉を閉める。その横顔は離れていた期間が長くとも、すぐに姉のものだとわかった。
今すぐにでも飛び出して抱きついてしまいたい。クリムゾンウェストへ転移をして、離れ離れになっていた時間は、ミーナにとって予想以上に長いものだった。
けれど、彼女の中にはもう一つの感情がむくむくと育っていた。
その感情に従って観察を重ね、姉がカゴを持って出かける場所が近くにある市場だとわかった。そして、買い物をしている時間もミーナはしっかりと計っていた。
「ふふ、それじゃあ、始めちゃおう」
姉が市場で買い物をしている時間は、ミーナが行おうとしていることには余りある時間だった。
姉の姿が消えたのを確認し、封筒を片手にミーナは巽館へと忍び寄る。
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巽館の主、巽宗一郎は窓から差し込む日を浴びて背伸びをしていた。
ハンターとして稼いだお金を元手に手に入れた、一国一城……には及ばないが自分たちの居場所。巽館の内部を眺め、軽く息を吐く。
「……ん?」
お茶でも入れようと腰を上げたところで、郵便受けがコトリと音を鳴らした。
郵便受けの中には、一枚の封筒が入っていた。真っ白い封筒は、宛名もなければ送り主の名前もない。小首を傾げ、宗一郎は封筒の口を切る。
中に入っていたのは、たった一枚の便箋だった。
「……え」
小さく声を漏らして、メガネの位置を直す。便箋の上に紡がれた文字は、定規を使って書かれていた。
文面は、その字体に相応しいものだった。
『お前の大事なモノを預かっている。返して欲しければ、今すぐ東の地区にある桜並木まで来い。この手紙を無視した場合、大事なものが無事でいられる保証はない』
神妙な面持ちで何度か読み返すうちに、宗一郎の表情は和らいできた。
便箋の選び方、偽装された文字に見える癖……逸る気持ちを抑えて宗一郎は巽館を出る。その口元には、笑みすら浮かんでいた。
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東地区の桜並木は見頃を迎え、ちらちらと花びらが舞っていた。咲き誇る桜間に、能面をかぶった少女がいた。桃色の髪を落ち着きなく弄りながら、少女はあたりを見渡している。
肩についた花びらを払い、少女は宗一郎の姿に目を留めた。
宗一郎も少女に気がついたらしく、真剣な表情で近づいてくる。手が届く位置まで近づいた宗一郎は、この能面の少女を見下げて黙した。
互いの視線が交わされる中、少女はくつくつと悪役らしい笑い声を上げ、
「早かったわねぇ、そんなにあの子が愛しいかい?」
と、宗一郎に問いかけた。
「彼女は、どこだ?」
「さぁ、どこだろうねぇ」
宗一郎の問いかけに、大仰な手振りで少女は答える。続けて思い浮かんだセリフを吐こうとした少女を手で制し、宗一郎は考えをめぐらすフリをした。
不意に、宗一郎がふっと笑みを浮かべる。
「きっと市場かな。美味しいお菓子も買ってくるはずだ」
「お、お菓子?」
「多分、ミーナも気にいるんじゃないかな」
「え」
不意に名前を呼ばれ、能面の少女ミーナは身体をこわばらせた。
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動かないミーナを前に、宗一郎は頭の後ろあたりを掻いた。
「それで、何やってんの。ミーナ?」
「えっ……と」
能面の裏側で、ミーナは赤面していた。こうも早く看破されると思っていなかっただけに、心の準備が間に合っていない。わたわたと手を動かすミーナに、宗一郎は表情を和らげた。
「いや、流石にわかるよ」
「わ、わかるかー」
宗一郎の指摘に、ミーナはおずおずと能面を取り外す。悪戯がバレた子どものように、仮面を目元までズラし宗一郎を見上げる。仮面を完全に取らないのは、紅色に染まる頬を見せないようにするためだった。
それを知ってか知らずか、宗一郎はさらに一歩近づく。
晴れた視界に、はっきりと宗一郎の顔が見えた。久々に間近で見つめていると、隠している頬がますます熱を帯びるのがわかった。
「えーと」
ミーナに見上げられたまま、発生した沈黙に宗一郎が耐えかねて、声を漏らす。
「それで、ミーナ」
「ま、まぁほら、大事なもの!」
宗一郎の声を遮って、ミーナは自分を指差しながら叫んだ。能面を持った手が下がり、紅潮した顔が晒された。
ミーナはうっすら涙を浮かべていた。
「大事な……ものよね?」
「当たり前だ」
宗一郎は、聞くまでもないことだと破顔する。
手を伸ばして頭をなでれば、ミーナも気恥ずかしそうに微笑む。
「さて……それで、どうする?」
「どうするって……何が」
「巽館に来るんだよね?」
宗一郎の言葉にミーナは、これでもかと頷いた。
「ようこそ、巽館へ」
伸ばされた手をミーナはしっかりと掴む。
一陣の風が吹き、桜吹雪が舞った。留学先だった日本で、告白した時も桜吹雪の仲だった。
「どうしたの?」
「ちょっと、懐かしいなって思ったの」
横並びに歩きながら、ミーナはリアルブルーでの出来事に思いを馳せる。姉から聞いていた宗一郎の姿に淡い恋心を思っていた頃、初顔合わせとゲームの話に花を咲かせた頃……そして――。
「あぁ、あのときも桜が咲いてたっけ」
「覚えて……るんだ」
「あの告白は、忘れられるものじゃないよ」
宗一郎は笑みを浮かべ、ミーナをまっすぐ見下げる。ミーナの顔は、また赤みが増していた。
リアルブルー時代、恋心が募っていったミーナは、その思いを打ち明けることにしたのだ。親しい相手に本心を隠すことがミーナにはできなかった。
今日みたいな日に、桜並木のある道で、ミーナは姉と宗一郎の前で好意を告げたのだ。精一杯の告白の末、ミーナは彼女である姉公認の愛人となったのである。
いま目の前に広がる光景は、リアルブルーのものとはまるで違う。
けれど、桜はどこでも咲き誇る。そして、隣に立つ宗一郎の姿も変わらない。
「これから、どうなるのかな」
「何とでもなるよ。三人なら、ね」
やっと再会出来たミーナと宗一郎。そして、姉の三人でクリムゾンウェストの地で生きていく。宗一郎の言葉どおり、ミーナは何でもできるような気がしてくるのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 深那・E=ヘクセ(ka6006) / 女性 / 16 / 人間(リアルブルー) / 聖導士(クルセイダー) 】
【 巽 宗一郎(ka3853) / 男性 / 18 / 人間(リアルブルー) / 闘狩人(エンフォーサー)】
ゲストNPC
【 姉 / 女性 / ミーナの姉であり、宗一郎の恋人 】