※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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鉄錆の風に想い馳せれば
貼り出された依頼。
盗まれた訳有りの品。
依頼内容は奪還と殲滅。
翻す外套。赤と白。
暗い曇天。白と灰。
賊を追い、主従――ジル・ティフォージュ(ka3873)とユージーン・L・ローランド(ka1810)は路地裏を駆ける。
紫と蒼の双眸が捉える背中、逃げる男が立ち止まった。不意に。
振り返る。不敵な笑み。
それと同時、物陰から現れる賊の仲間。路地の前後、挟撃――ジルとユージーンは背中合わせにそれらを見やった。
ただの賊かと思ったが、多少は頭が回るようだ。
美貌の青年二人は抜刀す。
「そっちは任せた、ユージーン」
「ええ、あなたの背中は僕がお守りします」
直後に四方八方、襲い来る凶器達。
息はピッタリ。ジルとユージーンの流麗な刃が、円舞の如く煌いた。
振り下ろされる野蛮な刃が、往なし、流され。
そうして生じた間隙に、容赦なく細身の刃が刺し込まれる。
たった二人。
けれど、その戦力は圧倒的。
背中合わせで互いに見えていないというのに、互いが互いの死角を完璧に補っている。
事前の作戦や打ち合わせなどもしていない。
それだけ、二人の絆と信頼は深く強いということ。
ひとり、ふたり、切り開くは血路。
閃く殺陣の向こう側、男が再び逃げ始める。
「「待て――」」
重なる声、賊を退けつ二人もまた、走り始めた。
最中に二人は想いを馳せる。
それは五年前、脳裏に蘇る過去の記憶――
●『ジル・ティフォージュ』
かつて革命があった。
下克上。多くの貴族が、平民達の手によって処刑台に送られた。
見境のない庶民の怒りは、貴族の一つであるティフォージュ家にも及びかけ――しかし寸でのところ、ティフォージュ家は秘密裏に亡命。事実上の没落。
そしてティフォージュ家の逃避行も一端の区切りを見たが、何しろ家族そろって身一つ。だけでなく、ジルは一族の中の唯一の男手で。
当然ながら、仕事を選んでいるような場合ではない。しかし貴族が『働くこと』に慣れている筈もなく。暗中模索、その末に、ようやっとジルが見つけた仕事は、教会の墓掘り人だった。
日々の鍛錬が幸いして、力には自信があった。司祭の親切もあった。何より北荻の襲来で男がおらず、墓堀り人は人手不足だった。
ざく。
ざく。
今日もジルは墓を掘る。
来る日も来る日も墓を掘る。
今日も、ジルは誰かの死を知り、その死を埋める。
ざく。
ざく。
スコップで、冷たい土を掘り返す。
単調な作業は嫌いじゃない。
周囲に並ぶのは十字架ばかり。シンと静かな死の褥。
ざく。
ざく。
言葉は、ない。
誰も、いない。
掘って。棺桶と司祭の祈りを見届けて。埋める。
雨の日も晴れの日も。
毎日毎日。
ざく。
ざく。
苦痛ではない。
決して苦痛ではなかった。
なによりジルには養うべき家族がいた。
だから苦痛などではなかった。
苦痛を感じないようにしていた。
ざく。
ざく。
喪失――
それはふとした時に、心の中から湧き上がってくる感情。
奥歯を噛み締め噛み殺す。
考えるな。
考えるな。
ざく。
ざく。
埋めてしまえ。
心の奥に。
思い出したりしないように。
弱音は遠い遠い『いつか』でいい。
今は。
今は。
埋めてしまおう。奥底に。
――そして、ジルは『彼』の墓を掘った。
領主嫡男の身代わりに死んだ若き騎士。
誠実にして勇猛、忠道に重んじ、主に殉じた。
騎士としては最上の理想。最高の誉れ。
確かその日は曇天。
灰色の雲が、低く分厚く空を覆っていた。
曇白の十字架がぽつねんと立っている。
埋葬が終わり、埋められたばかりの土がこんもりと湿っていた。
埋め終わったばかり。
地面に軽く刺したスコップに腕を置き、ジルは一息を吐いていた。
……乳兄弟――兄代わりとしては最悪の結末。
同じ年で自身が受けた喪失はまだ生々しく傷口を開けていた。
「――――、」
言葉はなく。
視線の先。
十字架の前。
こうべを――まるで懺悔のように垂れていたのは、金髪碧眼の麗しい少年。
座り込んでいる。その高貴な装束が土で汚れるのも構わずに。
否、座り込んでいる――というよりは、立ち上がれない、の方が正しいのだろうか。
呆然。
その相貌は真っ白。
血の気が無い。
見開かれたままの瞳。
呆然、幼い青い色が十字架を虚ろに映している。
「…… 」
まるで、空白。
その少年は泣いてこそいない。涙は流してはいない。
けれど。
――ジルには、彼が泣いているように見えたのだ。
涙を我慢しているのだろうか。
涙は枯れ果ててしまったのだろうか。
泣かない約束を交わしたのだろうか。
分からない、けれど。
けれど。
放っておけなかった。
この、あまりに小さな少年を。小さな背中を。
「……なぁ、そこの、君」
気付けば、ジルは少年に声をかけていた。
直感が、己に囁くそのままに。
「…… ?」
虚ろな青い瞳が、ジルの方へと振り返った。
(ああ、)
その眼差しはあまりに無力で、今にも壊れそうで――
そう、そして、言葉が気付いたら、ジルの口から放たれていた。
「俺が人が来ないよう見ててやるから、今は泣いてもいいんだぞ」
言葉の後に、墓地を冷えた風が吹きぬけたのを覚えている。
ひゅるり、と。
刈り込まれた短い草がわずかに靡き、大気の流れが二人の間を緩やかに駆け抜ける。
揺らいだのは金の髪、銀の髪。
「……、」
少年が俯いた。
翳る。
その表情は、ジルからは窺い知れない。
泣いている、のだろうか。
否。違った。
少年は涙を零さなかった。
沈黙と俯きは、ほんの数秒。
やがて少年が顔を上げる。
――その目の光を、色を、ジルは忘れない。
初年の左目に灯った、深い灰蒼。煌き。
それは『覚醒』だと、ジルは気付いた。
そしてなにより、そう、覚醒よりもだ。
少年の目に宿った幼き『覚悟』の、遠くを見澄ます凛とした佇まいの、なんと高貴なこと!
視線を奪われる。
その少年の、名前は――……
●『ユージーン・L・ローランド』
想定外だった。
あっという間だった。
奇襲、猛攻、瓦解した戦線。
劣勢、窮地、追い詰められた状況。
少年は回想する。
「貴方さえ。貴方さえ生き延びて下されば、それが我々の勝利でございます」
兵士は笑った。傷だらけの身体で。負傷兵すら戦線に出なければならないほどの状況だった。それでも彼は――彼だけでない、誰も、彼も、少年に笑顔を向けたのだ。
「そうさ。お前さえ生き延びれば」
兄の掌が、少年の頭をぐしぐしと撫でる。
そのぬくもり、見上げた先の、兄の顔。
笑っていた。
……笑顔だった。
優しい、優しい、笑顔だった。
なのに、……どうして、こんなに、胸が、痛い?
かなしい? せつない? どうして? どうして?
「お前さえ、生き延びれば……僕達の勝ちなんだ」
どうして、どうして――ああ、分かってる、そんなに少年は子供ではなかった。
分かっている。分かってしまった。
死んでしまう。
きっと、死んでしまう。
誰も彼も。
あの兵士も。
そして……己のマントを纏った兄様も。
出陣する背を、遠くから――安全な場所から、見ることしか、できなかった。
止めることなど、出来なかった。
ただ、ただ、皆が、笑顔だった。
――どうして。
降り積もる感情。
それは後悔? 分からない。
そして誰もいなくなった。
王国は王と引き換えに勝利を。
少年は兄と兵を引き換えに己の命を拾った。
――大事な人が帰ってきた。
物言わぬ、冷たい骸となって。
「……、」
言葉を、失う。
死。
喪失。
現実。
真実。
「――――――ッッ !」
声無き絶叫。
棺桶に、土の下に、大事な人が消えてゆく。
気がつけば、目の前に、曇白の十字架。
死んだ。
ああ、死んでしまったんだ。
ああ、
ああ。
項垂れる。懺悔のように。
へたりこんでいた。土で汚れるのも構わずに。
不思議と――涙は出なかった。
涙の代わりに、訪れたのは――遅すぎる覚醒。
ああ。
忘れるな、と。
そういうことならば。
ああ。
いいだろう。
どんな重い荷でも、背負ってみせよう。
この命は既に自分一人のモノではない。
名も知らぬ数多の兵に。
自分の代わりに死んだ兄に。
多くの想いに、生かされた命。
たった十二年という人生で、決めた、幼い――幼すぎる覚悟。
覚悟は左目に。
誓いは心に。
少年――ユージーン・L・ローランドは、遥か遠く理想を見据えて生きることを誓った。
●
任務完了。
賊は片っ端から捕縛し、例のモノも奪還した。
見上げた曇天。
差し込む光にふと気付いた。
青い空が、ああ、白の合間に……。
『了』
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ジル・ティフォージュ(ka3873)/男/28歳/闘狩人
ユージーン・L・ローランド(ka1810)/男/17歳/聖導士