※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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今日も今日とて腐れ縁
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夜の街を疾走する二つの人影がある。
そこそこの賑わいを見せる繁華街だというのに、誰の肩にぶつかることなくスイスイと彼らは走る。
一人は逃げ、
一人はそれを追う。
逃げるのは、老年の男。
追うのは、まばゆい美貌の青年。
一見、なんの接点もなさそうに見えるこの取り合わせ。
どういった因果が二人の間にはあるというのか――……
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「マリアちゃんさぁ……ほんとーにお仕事熱心だよねぇ」
おじさん感心しちゃう。
口笛を吹くかのように飄々と、黒髪の老年坊主――喬栄は言う。振り向きもせず人の合間を縫って走る。
「そう思うのなら、少しは誠意というものを返してはどうだ!!」
額に汗して、見目麗しい銀髪の青年ジル・ティフォージュは追う。伸ばす指の先、あと少しといったところでヒラリ逃げられ臍を噛む。
「気持ちなら、たくさん返してるじゃなーい」
「違う。違うそうじゃない、貸したアレだ!!」
「君を逃せないってかい?」
「愛は渡さない」
だからそうじゃない。
天下の往来でそのものを明言するには憚られる貸しとは『金』。
青年に課せられた仕事は、借金取りである。
ならば老年は何者かと言えば、なんてことはない借金を返さねばならぬ身分だ。
返す金があるのなら最初から借りるはずがなく、借りたのちに返す目途が立ったのならば、こうして追われるはずがなく。
それがたったの一度なら、まあ可愛らしい範疇と言えようが、この喬栄という男、夜逃げとんずら借金踏み倒し、その他諸々、筋金入った常習者。
追うジルも、それにすっかり慣れたもので、このやりとりである。
「いや違う、俺の本業は借金の取り立てではない! 慣れたくもない!!」
「またまたご謙遜を。巷では『借金取りの貴公子』の呼び声高く」
「ない!」
酔っ払いの横をすり抜け、イチャつく恋人の間へ割り込み、調子に乗るお子様は肩をトンと突いて後方へ流す。ジルがそれを避ける間に距離を取る。
舌先三寸口八丁、少ない労力で出来うる限りの妨害を仕込んで喬栄は逃げる。
純粋な体力勝負に持ち込まれては、若いジルに敵うわけがないのだ。持久戦も拙い。適当なところで撒かなければと考えてはいるが、相手も執念で食いついてきている。どうしたものか。
「くッ…… 今日という今日は逃がさんと……、言ったはずだッ!」
突き放されたところで、ジルの闘志にガソリンが投入された。さらに燃え上がり、地を蹴る脚に力が入る。
「えっ ヤダ、こんなところで激しい……っ」
「言ってろ!! 金が無いのは解かってる、今夜は身体で払ってもらうぞ覚悟しろ」
低姿勢からのタックルで喬栄を背後から押し倒し、そのままスリーパーホールドへ。
「ちょ、ちょ、まっ……! なんか固いの! 固いのあたってるんですけど!?」
「あてているんだ」
「うぐっ、こんなおっきなモノで締められたら……おかしくなっちゃうよぉ」
固く雄々しい大胸筋に後頭部を押さえつけられ、太く逞しい上腕筋が首を締めあげる。
「ぎぶ! ぎぶ! おじさんの負け! なんでもするから……! もうダメぇ……」
「お覚悟めされよ……!」
ジルが追い打ちと言わんばかりにあと少しだけ力を籠めると、その腕の中で喬栄は意識を失った。
「やれやれ、手間を取らせて……」
運びやすいように男を俵巻にしているジルへ注がれる、周囲の眼差しが実に生暖かかったことに本人は気づいていない。
ここまで、だいたい見慣れたいつもの光景。
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誰が好き好んで借金取りなどしているものか。
意識の戻らぬ喬栄を見下ろし、ジルは嘆息する。
腐れ縁という言葉は知っているが、これはもはや呪いに片足を突っ込んではいないか。なあ、そこの生臭坊主よ。
(力技に持ち込まねば勝てぬから、手荒なことをしてしまうが…… 借金の事さえなければ、な……)
もっと、違う関係を築けたかもしれないのに。
人間としての喬栄を、嫌っているわけではないのだ。
しかし、現実は深くて長い借金という名の大河が二人の間を流れている。如何ともしがたい。
「そろそろ、払うものを払ってくれ、喬栄どの。そうすれば、俺だって」
はあ。溜息を吐いて、起きろと艶も張りもないくたびれた頬をヒタヒタたたく。
「やだマリーちゃん。もっと優しく起こしてくれなきゃ」
「永遠に起きれないようにすることも可能だが」
ジルの本名は『ジルマリア』、喬栄はそれをからかいの種にするが、本人には触れてほしくない地雷だ。絶対零度の眼差しが男を見下ろす。
「すみません起きます」
首をさすり、咳き込みながら喬栄はゆっくりと体を起こし、周囲を見渡した。
馴染んだ酒の香り、賑やかな声、その割に見覚えのない場所。
「ここは……?」
「本日の返済分は飲み屋のツケ。店主が皿洗いで許すと言ってくれてな。手伝ってあげるから、一緒にお皿洗おう喬栄どの」
「皿洗い……。手が荒れちゃうでしょー? やだなー」
「選べる立場だとお思いか? これでも譲歩に譲歩を」
「労働張り切ります」
さすがに、この距離では逃げ切ることもできない。
言葉遊びを切り上げて、喬栄は大人しく傍らのエプロンに手を伸ばした。
「おさらあらい」
「お皿洗いだ。今がピークだからな。閉店まであと五時間、そこまでやり遂げれば今回に関しては放免だ。楽だろう」
「いやいやいやいやいや」
洗い場に山となった皿、グラス、器の数々。油汚れ、食べ残し、その他・惨憺たる光景である。
「飲むのはお好きだろう、喬栄どの。光あれば影がある。楽しい酒場の裏事情だ。社会勉強になったな」
「ふふ、釈迦に説法だよマリアちゃん。ふふふ…… あ、眩暈が」
「気付けが必要ならいつでも言ってくれ」
遠い目をしたまま、気絶で逃亡を図る喬栄の前にジルは己の上腕筋を差し出す。慌てて喬栄は首を横に振った。
「おじさんが労働するなんて……明日、嵐になっても知らないからね」
「矢でも鉄砲でも望むところだ。借金返済が世界平和の一歩だ」
「珠のお肌が……。もうお嫁に行けない……」
「はいはい」
今日は厄日だ。坊主の泣きごとを、ジルはサラリと受け流した。
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この世には、何も楽しい仕事ばかりという訳ではない。
日の当たらないお仕事、人に言えぬお仕事、それはもう様々なものがある。
借金を負う身も、借金取りも、そういった類だろう。
多くの借金取りに追われる喬栄であるが、その中でもジルは若さや性格から脅威の対象ではなかった。
適当にあしらい、逃げ切ることができる。ただし体力筋力に持ち込まれなければ。
(今日は俺の負けだねぇ……)
しぶしぶと、泡だらけのシンクに手を突っ込んで皿を洗いながら喬栄は思う。
返済を皿洗いで勘弁してくれるだなんて、相当な譲歩だということもわかっている。
(ここまで引き伸ばした甲斐があった、か)
この調子で、返済のハードルを下げてくれたら万が一捕まってもどうにか……
なんてことを、彼が考えていることはもちろんジルは知らない。
「……喬栄どの。その、これが終わったら酒でもおごる。だから」
だんまりしているのを、こうして勘違いして気遣ってくれるのが青年の甘さだ。ありがたやありがたや。
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「ふはー。労働の後の酒は格別だねぇ」
「動くな、喬栄どの。まだハンドクリームを塗り込み終えていない」
アフターケアはしっかり。
慣れぬ水仕事に荒れた喬栄の手へ、ジルは百合の香りのハンドクリームを丁寧に塗り込む。
「良い子だね、マリーちゃん。お手伝いありがとう?」
「その呼び方はやめろと言わなかったか」
みしり。
喬栄の左手を包み込むジルの両手に力が入り、厭な音を立てる。
「ぎぶぎぶぎぶ!!」
「はぁ……。俺が手伝った分も乗せんと、到底足りないくらいだったのだ……。それに、今回は『今回の』分だけだからな?」
深い深いため息に悲嘆の表情を浮かべるジル。
そういうところが『甘い』のだと喬栄に判断される由縁である。が、その甘さに助けられているのも事実だ。
「ほんと、感謝していますよ。ほら、杯があいてる。遠慮なく飲みなさいな」
「うむ……。……俺の支払いだがな?」
「ほーんと、マリアちゃんったら男前ー♪」
「だ、か、ら、その呼び方はやめろと!!!」
ガタタタッ
椅子を倒してジルが立ち上がる、喬栄の背後に回ってヘッドロックを掛ける。もがく喬栄の腕が料理の乗った皿を床へ落とし、店主が客があきれ顔でこちらを見ている。
毎日のように、飽きもせず。
縁は、腐れ落ちて外れてしまうこともなく。
今日も今日とて、夜は更け朝を待つばかり。
新しい一日は、どんなものになるだろう?
【今日も今日とて腐れ縁 了】
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka4565 / 喬栄 / 男 / 51歳 / 聖導士 】
【 ka3873 /ジル・ティフォージュ/男/28歳 / 闘狩人 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
愉快な腐れ縁の追い追われ、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
副発注者(最大10名)
- ジル・ティフォージュ(ka3873)