※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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想いの確かめ方
ギルドハウスの厨房に男が二人、並んで作業に没頭する。
チョコレートを切り刻み、ボウルの中でヘラを回す。黙々とした時間だったが、それとなしに感じる焦燥がステンに余計な力を使わせている。
何故だというのか。
チョコレートはこの上なくなめらかに仕上がっているけど、心の違和感が見当違いなことをしている自分を責める。
言うならば、情けなさ。
リアルブルーからクリムゾンウェストに転移して、二つの世界を巡る戦いは、きっと間もなく決着に向かおうとしているのだろう。
――自分の与り知らぬところで、そう考えると心にささくれが残った。
何をしてるんだろうと考えて、言葉選びに逃避の色合いを感じ取ってしまい、自分で心を苦くする。
……何が出来るんだろう、きっとこれが正しい。
あまりにも所在がなくて、することを探した結果、こうしてチョコレートをこねていることは否定できない。
――誰かのためくらいにはなるかもだし。
ひどく言い訳じみているのは自分でよくわかっていたけれど、気持ちを持て余してるから、こうしてどこかで発散するしかなかった。
手元は大丈夫かとルドルフが尋ねてくる、菓子作りは人並みな一方で、他人の様子は良く見ている。
小さく鼻をならしながらも手元にちらりとした視線を向けて、思い違いをしていない事を確認すると、当たり前だろと尊大に言い放つ。
「気を使うところなんてオーブンと温度計のとこだけだ」
「そっか」
気にかけてはくれるけど、深入りをしない。こいつの間合いってのはそんな感じで、ステンからしてみれば、心地いい気もするし、持て余す気もする。
少しの葛藤の後、考えを聞いて欲しいのだとステンは内心で認めた。
ただルドルフの性質上それはこっちから求めないといけなくて、コミュ障気味なステンにとっては、少々のハードルを感じてしまう。
ルドなら馬鹿にはしない、その確信がある。でも家の事で悩むとかダサい気がして、あまり真剣にはなってほしくないのだけれど、馬鹿にしても欲しくないから、話すのはルドが適任だという結論にしかならなかった。
「あの、さ」
「うん?」
「帰りたいって、思ったことあるか」
自分に問うべき事を先に相手に問う、実に卑怯なのだけれども、こうでもしないと話せそうにもない。
「うーん……」
ルドは少し考える素振りの後、半分くらいかな、と答えた。
「話すと込み入ってくるんだけど」
実のところ、ルドも複雑なのだ。軍属である家族の生存を疑問視する諦念、それを確認するのかという不安。
帰れるなら帰りたいと思うけれど、恐怖があるから、迷う事が許されるならきっと迷ってしまう。
諦める事が最善に繋がるのなら、それを選ばないとは言い切れない、だってそうすれば決定的な喪失を先延ばしに出来る。
死亡率の高い生死不明という強烈なワードを、ルドは「家族がどうしてるかわかんない」という言葉でごまかした。だから仲間を優先するつもりだと言えば、ステンはルドの誘導通りに流されてくれる。
「俺も……まだ、帰りたいかどうか、決めてなくて」
この世界で覚醒者として力を得た、戦いもしたし、ささやかかもしれないけど、ステンとしてはそれなりに満足を覚えるくらいには得るものもあった。
でも、得たものの中から、自分を変えるものはどれほどあっただろう。
良い事はしたと思う、頑なな態度だって少しは息をつく隙間を得た、でも気晴らしにこそなれど、器用な立ち回りが崩れる事もなければ、心から必死になった事もない。
要は、他人事なのだ。ステンが関わって、少し思い入れのある物語ではあるけれど、ステンの物語としては浅すぎた。
少しだけ、リアルブルーへと想いを馳せた。
地球の姿がグレースケールで浮かぶ、何もかも停止され、過去はあっても未来はなく、破滅を先延ばしにした結果希望にも繋がらない。
考えて、少しだけ心が軋んだ。
家の中は冷淡で、色がなかったけれど、本当にそうなって欲しかった訳じゃない。
思えば、干渉されない事自体は悪くなかったのだ。ただ物質的な何もかもを与えられる一方で、心を分け合えない寂しさがあっただけ。
プライドが高くて気難しいステンにとっては面妖な事に、相互理解というものを欲していた。
ルドと話しているとなんとなく自分が見えてくる気がするのだ、干渉しないという意味ではルドの態度は家族と似ていて、なのに不快じゃないのは、ルドは話し合いを受け入れてくれるからか。
近しいからって同じ道を歩く必要はない、ただ存在を認めるという意味で、目の前の相手を知りたかっただけ。
それもリアルブルーが凍結された今は何も届かなくて、苛立ちと、情けなさがステンを取り巻いていた。
練ったガナッシュを少しだけ型に流しこみ、冷蔵庫に放り込んだ後に溶かしたチョコをルドから受け取ってブラウニーを作り始める。オーブンの予熱や細かい材料の用意をルドに任せ、暫しの力仕事の後、くるみを撒いた生地をオーブンの中に送り込んだ。
砂時計をひっくり返し、一息つく。
一足先に固め始めたガナッシュはトリュフの土台で、形が出来た後にとある村のジャムを入れて、残りのガナッシュで蓋をした後に固めて完成。
かなり大量に作ったのは育ち盛りの子供が取り合うからだ、我先にと頬張って、どうせ美味しいとしか言われないのに、几帳面なステンは毎回毎回きっちり作ってしまう。
家族について、好きや嫌いを決められるほど、彼らと関わりが深かった訳じゃない。どっちかなら迷う事もなかっただろうに、自分の気持ちすら明確にできぬまま、ここまで来てしまった。
「色々考えたんだけど……わからないし、決められなかった」
帰りたいのか、帰りたくないのか、未だにステンの中では燻ったまま。
自我がむき出しになるほどの強烈な経験をしてこなかったというのもあったし、価値観が変わるほどの波に揉まれた訳でもなかった、そして何よりは。
「だってステン、確かめにも行ってないじゃない」
ルドの首を傾けて笑う仕草がどうにも腹立たしい、当たり前の事で、でもずっと背き続けた事だから、反論する言葉すら持たなかった。
確かめろと、きっとそれはこの場所に居ては果たせない事なのだろう。
だって向き合っていない、目の前にいっていない、言葉を交わしていない。ずっと出来なかった事で、でもそれをしないとステンは前に進めないのだ。
「……行っていいのかよ」
今更という言葉が頭をよぎる、ステンは強くもなく、覚悟だって最前線に比べればそれほどではない。
世界を守りたい訳じゃない、ただ、確かめるために世界が続いて欲しいのだ。
「動機という話なら、いいんじゃないかな」
この選択肢は取り返しがつかないからと、ルドは考える素振りを交えながら口にした。
「それに、ステンが本心を確かめる機会なんて今回くらいだと思う」
ステンは気難しい性格をしているけど、上手く生きるという意味ではそれなりに器用だった。
些細な事なら理屈をつける事が出来る、自分の本心だって上手くごまかせてしまう、逃げという手をとって、それで収まるなら選ばない理由はどこにあるだろう。
「世界の破滅くらい切羽詰った方が、覚悟は決められるかもしれない」
「……なんか貶されてる気がするんだが」
「普通の弱さだと思うよ」
決定的な確信を先送りしちゃう俺も含めて、そんな想いを口に出す事なくルドは微笑んだ。
「動機じゃない話なら、俺はすごく心配」
でも止めないよ? と告げて向けられる眼差しは、言葉に反してまだ少し引き止めたさそうな素振りが残っている。
「ステンは、転移の日を覚えているかな」
記憶は少し遠くになってしまったけれど、勿論覚えている。非現実的だった、まさかという思いに心が引きつった。
ステンが持つ器用さでどうにかなる事態じゃなくて、思えばそういうのが、ステンの世界に色を差すきっかけになった気もする。
そのひび割れは時間によって半ば癒着していて、戦場に赴くというのは、きっとその傷を広げるような行動になるのだろう。
「ああいうのがまた来る、それも今回は巻き込まれたんじゃなくて、自分で選んで赴くとなると、流石にね」
ステンもルドも、覚醒者になって戦う力を得た。経験はあるし、中には数歩違いで命の終わりが訪れるものもあった。
それでも尚、世界を決める戦いとは比べものにならない。数歩違いではなく、きっと無造作に死が降ってくる、そんな戦いになる。
「――でも、あの子はきっと行くって言うから。ヒーローは逃げないって言うから」
だから行くし、付き合う。選択肢なんて決まっていたのだと苦笑して、決意に満ちた言葉はルドが自身に言い聞かせているような色が濃い。ステンと同じく、ルドも自らの中に秘めるだけだった考えを確かめたかったように思えた。
わだかまっていた言葉はなくなり、いくつかの考えを宙に浮かせたまま、手持ち無沙汰に時間が過ぎるのを待っていた。
砂時計が落ちきり、オーブンからプレートを取り出せば、入れた生地は見事にくるみ入りのブラウニーになっている。それらを切り分けて、適量ずつ袋の中に押し込んだ。
作業を一通り終わらせ、片付けを進めているといつの間にかルドがサンドイッチの軽食を用意してくれている。ちょうどよく訴えられる空腹は、はたして作業の余韻か、それとも考え事のし過ぎか。洗い物を一箇所にまとめると、先にそちらを口にする事にした。
「……悪くない」
ステンから渡される料理の評価としては上々。黙々と進められる食事の中で、ルドが一言だけ口にした。
「ステン」
「ん?」
「死なないでね」
「……たりめーだろ」
実のところ『死にたがる理由はない』くらいだったが、求められた以上、ステンはとりあえず了承を返していた。
天涯孤独を覚悟したルドにはもうクラスメイトの彼らしかいない、そんな想いに気づく事なく。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3749/ルドルフ・デネボラ/男性/18/機導師(アルケミスト)】
【ka3946/トルステン=L=ユピテル/男性/18/聖導士(クルセイダー)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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一番常識的に見える人が一番やばそうなの好きです(小声)
副発注者(最大10名)
- トルステン=L=ユピテル(ka3946)