※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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ザッハトルテの作り方
誰かの視点で夢を見ていた。
柔らかな口調、優雅な所作、黒髪の彼はワゴンからお菓子を出しては机の上に並べていく。
ザッハトルテの上には透き通った紅色の花細工、どうやらこれもお菓子のようで、食べてみればいちごの味がした。
驚いたように彼を見れば、彼はいたずらっぽく笑って唇に人差し指を当てる。
それが嬉しいやら腹立たしいやらで――。
…………。
「素敵……」
目覚めたリツカは、はうと恍惚気味にそれだけを呟いた。
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世間はバレンタインデーである。
ミコトにとっては可愛くて綺麗で美味しそうだよね、みたいな感想になるのも致し方ない事だが、一方でリツカと言えば女子力! 修行! と意気込んでいる。
これも全ては夢の王子様に相応しくなるためだと本人は言う。
この話を聞いた当初はそうなんだ、くらいの気持ちだった。さして変わってるとも特別だとも思わない、変わり種というならミコトの方が有名だったし、少しだけ親近感は湧いたが、だからって安易に同一視するほど個人を蔑ろにしてはいなかった。
目を見張ったのは暫くしてからだと思う。
きゃいきゃいとあれこれトライする少女は当然人目を引くもので、声をかけられる度にリツカは夢の王子様の事を持ち出しては奇異な目で見られていた。
わかっていた、何しろミコトだってやった事ある。
流されるならまだいい方で、冷やかされたり、馬鹿にされる事も全くない訳ではなかった、現実的な問題を指摘された事すらある。
その度にリツカは「好きなの!!」の一言で全てを押しのけていた。
ミコトがリツカを尊敬するようになったのはこのあたりからだと思う。
全面的に応援してもらえる訳じゃない、でもそれだけ強く言えばとりあえず納得してくれる人もそれなりにいた。
ある程度事情が知れ渡ればもう野次馬しに来る人もいなくなって、少し変わり種の、二人の少女と、その友人達だけが残された。
話を戻そう。
意気込んでいるリツカが抱えているのは大量のお菓子特集、めくってみれば数多くの華美なお菓子が写真つきで紹介されていて、やっぱり綺麗だなぁとミコトは感想を抱く。
「あった、ザッハトルテ!」
リツカが指したのはシンプルなチョコレートケーキ。
華美な装飾はないのに高貴な佇まい、気品あるチョコレートの黒に、スポンジの優しい色が魅力的で、しかもおあつらえ向きな事に初心者向けと書いてある。
「ミコっち、今年のバレンタインはこれを作ろうっ!」
初心者向けだしなんとかなるよね、それくらいの気軽さでミコトはリツカの提案に頷いた。
…………。
材料を揃えて、二人でじゃかじゃか頑張って。
二つ作って両方失敗した。
スポンジはなんかへなっとしてるし、下のところとか硬すぎだし、焼き加減も良くなかった。
食べられなくはなかったから両方自分たちで完食したけど、これではとてもお友達に渡す事は出来ない、リツカもこんなものは王子様に渡せないと落ち込んでいた。
レシピ通りに作ったと思うのに、どこが悪かったんだろう。
とりあえず、用意した材料は尽きていたし、二人ともこれ以上は色々無理だったので、今日は一旦撤収する事にした。
お菓子食べてきたから夕ご飯食べられない、そんな事を言ったら幼馴染たちに呆れられた。
+
夜になって、部屋で一人になって、後を引いているのは今日の失敗の事だった。
なんとかしてリツカを助けてあげたい、と言っても別段料理が得意って訳じゃない自分に何が出来るだろう。
そんな事をうとうと考えながら、ミコトの意識は眠りへと沈んでいった。
…………。
目覚める、新しい一日である。
空気は少し冷え気味で、まだぼんやりしたままの意識を叩き起こしてくれる。
「……うん、行こう」
外出中のプレートを部屋にかけて、ミコは街に繰り出していた。
街に出て、美食通りに来た。
季節柄カップルが多く、スイーツ系のお店は活気づいている。
人気店のケーキはきっと美味しいだろうけど、話を聞くのは難しいかもしれない。狙うなら原材料を売ってるお店とか、個人が趣味でやってるお店だろうか。
いい店が見つかるといいな、そう考えながら、ミコは早足で街のお店巡りに繰り出していた。
流石リゼリオ、趣味でやってるお店とか探せば結構見つかる。
お金を払って、小さいものを食べさせてもらって、美味しいケーキはどういうものか知ると同時に、自分たちの失敗について相談させてもらう。
スポンジが膨らまないのは泡立てが上手く行ってないのかもしれない、ハンドミキサーとかそうそうないから材料を混ぜる時は力仕事をやるつもりで頑張る必要がある。
下だけ硬いのはオープンの下段を使ったからだろう、中段に置くとふんわりするはず。
泡立てるところだけ厨房に入って見せて貰った、言われた通りかなりの大仕事だ、お礼を言ってお店を去り、貰った助言のメモを持ってミコトはリツカのところに戻っていく。
リツカは大丈夫だろうか、昨日ので落ち込んでないだろうか。
ノックして部屋に入ると、リツカはたくさんの資料とにらめっこしていた。
「……あ、ミコっち」
資料は全てお菓子作りのものらしい、昨日使ったのと違うザッハトルテのレシピや、スポンジだけに絞ったものもある、基礎知識を書いた失敗例まとめなどもあるようだ。
「レシピといっても色々あってさー…全部目を通して見て、気をつけるべきとことか、見比べてた」
レシピの中には手順を書いても気をつけるべき所を書いてないものも多い、手順を踏む事でどういう効果があるのかも含めて、別のレシピから拾い集めていた。
「色々取り入れる事になるから上手く行くかどうかはわからないけど」
試してみる価値はあると思う、そうリツカは言う。
「昨日の夜ね、あの人の夢の事考えてた」
夢の彼は優雅に、魔術でもするかのようにお菓子を作るのだという。
でも、自分で作ってみて、そんな簡単な事じゃないと思い知った。
じゃあ彼が特別なの? 彼が魔法使いみたいな王子様だから、あんなに簡単そうに、美味しそうなお菓子を用意する事が出来たんだろうか。
「違う……って思ったんだよね」
普通に作るだけなら一発で上手く行く事もあるかもしれない、でも美味しく作るには多分試行錯誤も必要だ。
時々、彼が何かを読みふけっている姿を夢で見る。
気楽な時もあったけど、真剣な顔をしている時もあって、のんきな自分は「真面目な顔も素敵」くらいにしか思っていなかった。
今ならわかる、あれはきっと彼の努力の一端だった。
「だから、今回くらいは真面目にしないと届かないかなー……って、あはは」
似合わないかな? とリツカが照れたように言う。
そんな事迷うまでもない、ミコトは即答する。
「ううん、とってもかっこいいと思うよ!!」
ぐ、と体を乗り出す。本当に、自分の幼馴染は恋に真剣で、かっこよくて、可愛い。似合わないとかそんな事があるはずない。
「りっちゃんに元気を出してほしくて、他の人に作り方とか、失敗を相談してきたの」
そもそも落ち込んでなかったけど、と今度はミコトが照れたように笑う。
「今度は一緒に上手く出来るといいなって……」
リツカの助けになりたかった、そうミコトは言う。
だって友達だから、友達のヒーローになりたかった、困ってる時に、落ち込んでる時に助けてあげたかった。
でもこれはミコトの願望だ、それをリツカが望んでくれるかどうかはわからない。少し緊張した面持ちでどうかな? と伺うと、さっきミコトがしたように、リツカは大きく頷いてくれた。
「うん、今度は一緒に成功したい!」
もう一度材料を揃えなおして、三度目の挑戦となった。
手順の一つ一つをメモを見ながらこなしていく。力強く混ぜる手順があると思えば、混ぜ過ぎちゃダメな手順もあったりして、お菓子と言うよりは薬でも作ってるかのようだった。
神経も腕も使うからへとへとになる、ようやくオーブンに入れるところまでこぎつけて、ジャムとソースを作りながら中の様子を監視する。
出したら空気を入れるために枠ごと落とし、すぐに型を外す。
膨らんだ天辺を削ぎ落として上下に切り、ジャムを挟む。チョコレートをかけて整えて、飾り用のクリームを用意して、後は冷ますのを待つだけ。
一通りやった後、二人はソファに突っ伏していた、時間もかなり経過している。
「つ、疲れた……スイーツって作るの大変……」
「で、でも頑張ったよねっ、今回は飾る前からへなっとしてないし……!」
これなら皆に持っていく事も出来そうだ、少しだけ味見して、問題なかったらリツカの分を残し、後は夕食後に持っていこう。
「有難う、ミコっち!」
「りっちゃんが頑張ったからだよ!」
二人して笑い合う。多分だけど、ミコトの勇気も、リツカの努力も、少しずつ後押しした。
これも理想な自分への一歩、二人で作ったザッハトルテは、きっと幸せと友情の味がする。
…………。
また、夢を見る。
夜も深いというのに、彼はまだ寝る素振りもなくて、ランプを一つだけつけて、机に向かって没頭している。
飲み物くらい用意すればいいのにって思うけれど、そこまで手が回らないほどらしい。
仕方のない人だと厨房に向かう、二人分のコーヒーを淹れて、片方を彼の横に置く。
返事は期待していない、どうせこういう人だから。少し休んだほうがいいよ、と一応声だけかけたけど、暫くの間コーヒーを啜りながら、彼が文書に向き合うのを見ていた。
彼にしては早い時間で顔を上げる、コーヒーを取って、有難うございますと微笑んでくれた。
仕方のない人だと思うけど、こういう所で許してしまう。
「何してたの?」
「ザッハトルテの作り方。上手く行ったから、メモしてたんですよ」
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3953/ミコト=S=レグルス/女性/16/霊闘士(ベルセルク)】
【ka3955/リツカ=R=ウラノス/女性/16/疾影士(ストライダー)】
副発注者(最大10名)
- リツカ=R=ウラノス(ka3955)