※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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鎮命花
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其の花は、泥水が濃い程、大輪の花を咲かせるという。
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湿った心。
沈んだ命。
亡びを糧に、清い姿を魅せる白。
「この香は……ふむ、蓮の花か?」
夜咲きのものだろうか。形は見えぬが、水面を灯すように咲いて揺れる情景が、目に浮かんだ。
「宵っ張りな花もあるものじゃ」
夜気に忍んだ背理の花香が、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)の整った鼻筋を撫ぜ、陽光な色味で混じる桃色の鬢を梳いていく。
「おや……何じゃ、妾をあやしておるつもりかのう?」
微笑みを湛えた口許から出たのは、愁いを沈めた軽口。
誰が返すでもなく、夜風に流れ、月明かりの届かない闇に呑まれていく。
しかし――
「……」
自らの罪が呑まれることはない。
侵されていく強化人間達の心。
アスガルドの子供達。
失った命。この手で奪った命――。
「血に濡れたこの手で、目覚めた彼らを抱けるじゃろうか?」
見上げた先は、墨を流したような繻子に咲く、下弦の舟。蜜鈴は、薄青を帯びた月光に掌を翳す。
「生きれば生きる程に……妾の手は汚れてゆくのう……」
刻を手繰り寄せ、問えるのなら。
「果たして、意味があったのじゃろうか」
自らが行ってきたことは――と。
――『生きろ』。
其の願いと想いの呪いに心を縛られ、価値のない命と置くことすら叶わなかった。
唯、救いたい。
其の僅かな足掻きすらも、許されなかった。失われていくのは、“目の前”の命ばかり。
「神霊樹の夢へと旅立った折にも、幻獣達は疎か、龍達も救えぬとは……。護る為に有ると信じて居った力……なれど、結局は奪うばかりではないか……」
空蒼(そら)色の双眸に差す眩い月光を、手の甲で塞いだ。――いや。堰き止めたのは、蒼の雫。
想い疼く胸を水に浸す現は、まだ先だ。
涙は全てが終わる迄――。
そう、決めた。
尽きぬ後悔。
嗄れぬ嘆き。
絶えぬ失意。
零れ落ちるのは、虚ろな夢か。
「例え、そうであっても……妾は……妾は――」
誓おう。
この身に。
この心に。
この手で奪った命――其の全てを背負うと。
「諦めは……せぬ……」
蜜鈴は語感を確かめるように呟くと、心深く瞼を閉じた。途端に囁いてくるのは、“現し身”の自分。
姿。
弱み。
涙。
其のどれもが、誰にも見せられないもう一人の蜜鈴。だが、それも又、蜜鈴の在り方なのだ。
「ふふ……おんしだけじゃのう。おんしだけが、妾の無様な姿を見ておる」
蜜鈴は紅を差したかのような艶やかな唇で、弧を描いた。
「今宵も姿を変えては……妾を見下ろすのか」
物言わぬ夜空の主を仰ぐ。金色の油を溶いたような、光る月を。
――…………。
露を含んだ爽やかな風が、誰かの指先のように、そっ、と蜜鈴の頬を撫でていった。其れは、蜜鈴の汚れた心を洗い、悔いる心を豊かにするかのような――……
「まるで――……らの、ようじゃのう」
胸の奥で込み上げる想いは、繋いだ縁を形作る二人の友人。
傷を隠し、輝き笑う、秋の月のように冴え冴えとした白猫。
傷みを受け止め、弾け笑う、春の陽光のようにあたたかい桃猫。
大切な、大切な、蜜鈴の友人――“秋月”と“春陽”。
蜜鈴は慈しみ深い眼差しを一度伏せると、浅く吐息を漏らした。
「妾は観測者……過去は変えられぬ。如何に足掻こうと救えぬ……堕ちる愛しき幼子は救えぬ……未来へと投げられる賽の目は、変えられぬ」
授かった“役目”があるとしたら、遺せるのは“気配”かもしれない。
「しかし……ああ、そうじゃな。妾には、大事な友が居る」
薫る藤と、鈴の音。
彼女達に恥じない為に。
そして、蜜鈴自身も、先在る未来を歩んでいく為に――
「笑うて生きねば……奪った命の分まで……」
それが、せめてもの償い。
何時か泥水は沈み、真水となる。
開く花は小さくとも、気高く清らかな花は香を散らすだろう。
安らかに睡る、其の時まで。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4009 / 蜜鈴=カメーリア・ルージュ / 女性 / 外見年齢:22歳 / 蓮始開ノ来】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼頂き、誠にありがとうございました。ライターの愁水です。
黙する月に告白する蜜鈴様の荘厳なお姿を思い浮かべながら執筆させて頂きました……!
又、勝手ながらアドリブとして、古くから慈しまれてきた蓮の花にひっそりと重ねさせて頂いた次第です。如何でしたでしょうか……(どきどき)
蜜鈴様にとって、かなりデリケートな発注内容であったかと思います。彼女様の繊細なお心を当方にお任せ下さり、ありがとうございました。
又のご縁を祈り、感謝の言葉とさせて頂きます。