※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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影と過去、記憶の蓋はいまだ開かず
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クィーロ・ヴェリル(ka4122)は、遠くに空を見た。もう、夏が近しい。遠けき雲が、雄大さをひけらかすように、ゆるゆると流れていく。草原に背を預け、風に前髪を揺らす青年の表情には――影が、ある。眉を潜めた青年は、痛みをこらえるように、空を見上げた。その胸の裡ごと、ひときわ強く吹いた風が、撫でていく。
「……」
清澄な風に吹かれながらも、青年は険しい顔を崩さない。いや、崩せずにいた。
「…………」
自然と、その手が胸元へと伸びていく。緋色の鳥が刻まれたそこは、風に冷やされ、すこしばかり冷たい感触だけが返ってくる。クィーロは静かに、その鼓動を感じていた。
まるでそこに、何かを探し求めているかのように。
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――どうしても、考えてしまう。
辺境で目にした、僕自身の、《影》。あれは、僕が知っている自分と明らかに違っていた。乖離しすぎていた。
凶暴で、残虐で、暴力的な《個性》。僕の顔で、僕の声で――それでいて、この上なく滑らかに、その性質を曝け出していた。
頭が疼く。あの日以来、どうにも思考が定まらない。指の腹で目元を強く押した。募った疲労が、凝り固まっている。
「……あれは、僕なのか」
閉ざされた視界の中で、呟く。心の底に横たわる不安を言葉にすると、そうなった。記憶を亡くした僕にとって、『僕がただ、記憶を亡くしただけ』なのかどうかは、極めて重要な意味を持つ。
あれが、あの有り様が、僕なのか。
不安だけじゃない。落胆も、恐怖も、嫌悪も、忌避も――受け入れがたい感情のすべてが、胸の奥で渦を巻いていた。積もり積もった懊悩が、抗いがたい予感を伴って迫っている。
「もし、そうだとしたら――」
あの僕は、周りを傷つけずにはいられない。僕自身を害そうとしたように、周りにだって牙を向けるのだろう。
――僕は。
僕は、本当に記憶を取り戻すべきなのだろうか?
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僕が、どうなってしまうのか。不安の最たるは、そこだ。
もし記憶を取り戻したとして、あの《影》のような僕になってしまうのだとしたら。
今の友たちが、あの僕を受け入れてくれるとは――どうしても、思えなかった。害意を向ける僕を、受け入れてくれるはずがない。銃弾や刃をもって互いを排斥しあう未来しか、見えなかった。
そんな未来は、見たくはなかった。故郷を離れて得た友人たちは、誰も彼も得難い人たちだ。だからこそ――僕自身が“そう”在ることを、知られたくない。
僕の本性が凶暴かつ凶悪なものだとしたら。それを、彼らには晒したくは、ない。
僕の過去、本当の自分――失われた記憶には、期待と同じだけの、恐怖があった。今までずっと見ないふりをしてきたもの。風のように、今この土地で、自由に生きる。そうして、今まで明かされないままにきたもの。
その中身が。記憶を取り戻した時のことが、ただただひたすらに、怖い。
けれど。
「……それじゃあ、だめなんだよね」
分かってもいた。このままでは何も変わらないこともまた、痛いほどに身にしみていたのだ。
僕は変わってしまうかもしれない。変わらないかもしれない。
それでも。
「記憶を取り戻さないと、どこにも進めない……」
胸に当てた手に、力が篭もる。族長たちに刻んでもらった刺青が、熱を持つようにその存在を示しているように感じられた。
《何度でも、立ち上がれ》
苦境を予見した族長たちの願いがその裡に篭められていることを、僕は知っている。
頭は、疼くままだ。不快なその感覚は、止む気配もない。それは――あるいは、僕自身が記憶を拓くことを拒んでいるからかもしれないけれど。
「よし」
一つ、勢いをつけて、立ち上がると、不意に風の冷たさを感じた。背を押すように一際強く吹き上がった風が、首筋や髪を撫で、過ぎ去っていく。
「……頑張らなくちゃな」
そうして、決意を一つ、結んだ。
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歩み去るクィーロの表情は、決して晴れやかなものではなかった。それでも、足をすすめることだけはやめない。
その背を再び、風が撫でるが、青年は決して、振り返ることはしなかった。
――彼は、気づいているのだろうか。
自らが友と呼ぶ彼らをこそ、ことこの一件に関しては――遠ざけている、その意味を。
遠くない未来に、もし、彼自身がその事と相対するとき、過去の記憶とともに訪れるもの。
その意味を、青年は未だ、正しく理解してはいない。
しかして、語りかける者はなく、風はその背に触れ、流れゆくのみであった。
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka4122 / クイーロ・ヴェリル / 男性 / 25 / 逆風に舞え、緋鳥の翼】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。ムジカ・トラスです。この度は発注いただきありがとうございました。
シナリオの結果を受けてのノベルの発注、とても緊張しましたが、お喜びいただけたら幸いです。
おまけの方でも書きましたが、もともとのキャラクターの設定、過去をゲームのストーリーに絡めて展開できるのはWTRPGの良い所、ですね。クイーロさんが、そして、プレイヤーさんがこのゲームを楽しんでおられることを感じられて、とてもうれしく思いました。
それでは、今後とも機会がありましたら、よろしくお願い致します。