※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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【宿縁】先端の始
「ない?」
アスワド・ララの眉根が跳ねた。
普段はララ海運商会の一員として船を駆る彼が、こうして陸路を辿ってくるよりない北方の荒れ地まで出張ってきた理由。それこそはこの地で遊牧を営むとある氏族の内でのみ相伝されてきた、まさに秘伝のスパイスを買いつけるためなのだ。
なのにそのスパイスがないだと!?
氏族の長は語る。あるにはあるが、持って来れなかった。なぜなら雑魔が現われたから。
細かい製法はもちろん知らないのだが、件のスパイスは発酵を抑制するため、冬期に作られて壺詰めされ、さらに土中へ埋められるのが通例らしい。そうしていざ掘りだそうと行ってみれば、そこには雑魔が待っていたと。
長はさらに、自分たちにとってもあのスパイスは非常に高い価値を持つ。取り戻すための手は打っていると説明し、包の入口へ目をやった。
「入るぜ!」
ばさーっと払い開けられた口から跳び込んできたのは、十代半ばと思しき少年だ。
「えっと、なに? お宝? 雑魔ヤロウぶん殴って取り返しゃいいんだろ? 任せとけって!」
言いながらどっかと座り込み、アスワドが口をつけていなかったバター茶を一気に呷って――「熱っちぃ!」。
「長、こちらの、よく言えば単純明快そうな少年はいったい?」
アスワドが少年を指して問えば。
「長! こっちのすかした兄ちゃん、なにもんだよ!?」
少年もまたアスワドを指して問う。
「失礼しました、名乗っていませんでしたね。僕は香辛料を主に取引しているララ海運商会から来ました、アスワド・ララです。一応、生業の商人のほか、稼業としてハンターをしてもいますが」
少年は入れ墨で鎧った剥き出しの両腕を組み、唸る。あからさまな不信の顔。
ったく、顔に全部出てんじゃねぇか。見た目まんまの脳筋ヤロウが。
アスワドの胸中での毒づきに気づくこともなく、少年は腹を守る獣がごとくに上体を倒し込んでアスワドをにらみ上げ。
「道元 ガンジ。流しの零闘士だよ。別に土地のもんじゃないけど、このへんにいること多くてよ、その縁で仕事頼まれたんだ」
自分もハンターであることを明かした少年――ガンジは鼻をひとつ鳴らし。
「しっかしいけすかない兄ちゃんだな。第一印象超悪いぜ!」
アスワドは眉尻をひくり。胸中で吐き捨てた。
おまえに言われたくねぇよ!
雪すらも降ってはくれぬ、冷たいばかりの荒野。
「なんでついてくんだよ? アスワド? は待ってりゃいいだろ」
ガンジは唇をとがらせ、斜め後ろを駆けるアスワドへ言葉を投げる。
おまえのこと信用してねぇんだよ。人柄やなにやらもそうだけどよ、ハンターとしての腕ってのをな。
アスワドは胸中で言い返したが、もちろんついてきた理由はそればかりではない。
あのスパイスがなければ、ララ海運商会ならびにララ香辛料店はいくつもの有力な取引先を失うこととなる。
そしてあの氏族との関係がこじれればスパイス自体が手に入らなくなるし、逆に氏族へ卸している商品も行き場を失くすことにもなってしまうのだ。
「そもそもの取引は彼らと僕とのものですから。荷を取り戻す責任は僕にもあります」
それだけのことですよ。すまし顔で語り終えたアスワドは、なんともうさんくさげに鼻を鳴らすガンジへ逆に問うた。
「なぜ馬を借りてこなかったんですか?」
対してガンジは固い声音で応える。
「どんな雑魔が何匹いるかもわかんないだろ。巻き込んで死なせちまうのはダメだ」
アスワドはひとつうなずき、口を閉ざした。自分勝手なようでいて、意外に他の誰かのことを気にする性分なのか。もっとも、馬にやさしいだけなのかもしれないが。
と。
ガンジは右、アスワドは左へ跳んだ。
その間にあった地が割り裂かれ、ガギン! 獲物を喰らい損ねた金属の顎が打ち鳴らされる。
「魔獣かよ!」
「長の示した壺の場所まではまだ距離がありますが……」
予想以上の広さで雑魔の侵食を受けているらしい。
とすれば、戦いながら進み、戦いながら戻るという、なんとも気の滅入る決死行を強いられるわけだが。
「上等だぜ!」
着地の勢いを乗せて身を撓め、弾みをつけてガンジが前へ大きく跳んだ。
その体から噴き上がったマテリアルが精霊の加護によって黒く彩づけられ、彼をしなやかな獣毛まといし人狼へと変える。
「ぶっ飛ばす!!」
その両拳を鎧うは虚纏拳甲「ネオール」。彼の命を吸った甲は刻まれた龍鱗をぎらりと照り輝かせ、空に白銀の軌跡を焼きつけた。
「おらぁっ!」
ただ振りかぶり、振り下ろしただけのチョッピングレフトで雑魔の頭部を強襲、そのまま地面に叩きつけながら着地して、地面を削るほど低く繰り出したアッパーカットでへこんだ頭を突き上げた。
「ぶっ飛ばすって」
右拳でアッパーを打ったことにより、ガンジの重心は上に放り出され、左足は宙に浮いている。
「言ったろうが」
彼は慣性の軛を引きちぎって上体を無理矢理に下へ振り下ろし、左足を踏み下ろした。どん! 太い足音鳴り響き、下へ向かっていたガンジの体が文字通りに踏み止められて。
「よぉおおおおおお!!」
すべての力を集めた右のスマッシュが咆吼に乗って加速、雑魔の顎をへし折って、その奥の口を割り砕いた。
正直、技的に見るべきところはない。直感に任せて動き、辻褄が合わなければ力尽くで合わせにいくばかりだ。
しかし。
ただ思いっきり殴る――それだけを思い定めていればこそ、ガンジの一撃は強い。
その威勢のよさと見合う程度には肚も据わっているようですが。
アスワドは小さく息をつき、腰に巻きつけていた流星錘「梅枝垂」を抜き打った。
蛇がごとくに地をすべる鋼の梅花が地の一点へ達した瞬間、アスワドが弦をつまびくように指を繰る。
指が起こした波は、鎖を伝い進むほど大きな波動となって錘を踊らせ、ついには渦を形作って噴き上がった。
ギャリッ! 死角からガンジへ襲いかかろうとしていた雑魔が渦に絡め取られて転がり、ギギギ。固い呻き声をあげた。
「雑魔が何匹いるかわからない。そう言ったのはあたなだったはずですが」
特に他意を含めた言葉ではない。確認であり、警告だ。
しかしガンジは伸び出した鼻柱に皺を寄せて牙を剥き。
「やっぱてめぇ、いけすかねぇじゃん」
助けてもらった奴が吐くセリフじゃねぇだろ脳筋バカが!
ガンジとアスワドは目的地目ざして突き進む。
「おらぁっ!!」
アスワドの「梅枝垂」をつかんだガンジが、大きく円を描きながら雑魔の脇をすり抜けた。
ガンジを支えていたアスワドが、金属の外殻を持つ蟷螂へ巻きつけられた錘をがぶり、その上体を振り回す。
虫型の長所は多脚による足元の安定だが、踏ん張らせてしまえば動きは止まる。
「がんばってんじゃねぇ!」
駆け戻ってきたガンジがスライディングし、動きを止めた雑魔の腹の下へ仰向けにすべり込んだ。
発動させた超聴覚により、雑魔の核がどこにあるものかは聴きつけていた。大事なもん、腹の真ん中に隠してんだろ!?
左脚を立てて急停止、右膝を振り上げ、突き立てた。
核を揺らされた雑魔はあわてて飛び退こうとするが。
「縛られていることを忘れましたか?」
鎖を左右に振りながらフェイント、蟷螂の体を崩したアスワドは、ふと手の内に潜めていたルージュナイフを投じた。その細刃は狙い過たず、ガンジの膝が当たった中心部を穿ち、亀裂を刻む。
「もうひとつ」
身を翻し、肩に担いだ鎖を引けば、未だ捕らわれたままの雑魔が足を浮かせ。
「とっとと寝ろやぁ!!」
ヘッドスプリングで起き上がり、腰を据えていたガンジの正拳突きを受けて、ついに核を爆ぜさせた。
ガンジがアスワドに拳を突き出してみせ、アスワドがガンジに高く手を掲げてみせて――互いに引っ込めた。
迂闊にもコンビネーションなど決めてしまい、その流れで喜びを分かち合おうとしてしまったわけだが……互いに噛み合わなかったおかげで我に返ることができた。
「まだ着かねぇのか?」
気まずい顔でガンジは甲で鎧った拳をなぜ、ごまかした。
「あと少しなのですが……雑魔の数が先ほどより減っていますね」
アスワドは目を逸らしながら伸びをし、息をついた。
「減ってんならいいじゃねぇか」
「個体として強くなっていても、ですか?」
雑魔の数は最初に比べて大きく減っている。代わり、脅威は徐々にいや増していた。その法則が保たれるならば、スパイスの在処にいる雑魔は相当に強力な個体ということに……。
「一発で足りなきゃ十発殴りゃいいだろ」
アスワドを押し退け、ガンジは踏み出す。あくまでまっすぐ、迷いなく。
その単純さ、今は頼もしく思いますよ。
苦笑を漏らしたアスワドはガンジの背を追って足を早めた。
「悪い予感はよく当たる。先人の知恵は侮れませんね」
すぐ使えるよう、腕に巻いていた「梅枝垂」を解き、アスワドがため息をついた。
スパイスの所在を示す杭を一端とし、錆鉄の巣を張り巡らせていたのは鉄の大蜘蛛である。
「あれじゃ喰えねぇな。ち、いいかげんハラ減ってんのによ」
口の端を歪めるガンジ。
アスワドはあきれた目で、今や巨漢と化した彼の顔を見上げ。
「こんなときによく食欲がわきますね」
「しょうがねぇだろ。オレぁスキル使うとハラ減るんだって」
リジェレネーションによって癒えていく反面、燃料は減りゆくということらしい。
「……とにかく、あれをなんとかしてからの話です」
しかし、蜘蛛は予想外どころか案の定手強かった。
尻からは錆鉄の糸、口からは酸を吐きつける。攻防に隙がないのも厄介だが、最大の問題はあの巣だ。
「……捕まるとくっつきやがる」
巣の上に残されたガンジの黒毛がじわりと溶けていく。あの糸は、その錆のささくれで獲物を引っかけ、塗り込まれた酸で溶かすのだ。
「突っ込んでどうこうできるものではありませんよ。いいかげんに憶えてください」
まっすぐ突っ込んでいっては蜘蛛のフェイントに翻弄され、余計な傷を負うガンジに言い、アスワドがその太い右脚に錘を結んだ。
「てめぇ、なにする気だよ?」
「僕が呼んだらまっすぐ蜘蛛へ」
説明せず、ただそれだけを言い置いて進み出る。
縦糸を伝って迫り来る蜘蛛。やはりそこは、普通の蜘蛛と同じですね。
これまで充分に観察はしてきた。そして今、確証をつかんだ。あとは。
縦糸を踏み。
「ふっ」
ランアウト。
正確に縦糸をなぞったアスワドをすり抜ける形で蜘蛛が行き過ぎて、急停止しようと八肢を踏み止めた瞬間。
「道元さん!」
最初の「ど」で、ガンジは跳びだしていた。
アスワドの意図はわからないし、知るつもりもなかった。しかし今、自分と彼を繋いだ鎖の先に勝利があること、それだけはわからずとも知れる。
「いけすかねぇ奴だけどよ」
なぜだろう、その行動を疑う気になれないのは。
アスワドが踏んだ縦糸を踏んで跳び、ゆるく握った拳をまっすぐ、やさしく突き出した。
そして、アスワドと彼との間に張られた鎖に邪魔されて動けない蜘蛛へコツリ。届いたと同時。
すべての力を握り込む。
かくて生まれ出でたのは衝撃。分厚い外殻をすりぬけ、蜘蛛の内部に浸透した衝撃は内で爆ぜ、蜘蛛を構築する鉄を引き裂き、かき回した。
「臭っ!」
元の少年に戻ったガンジが盛大に顔をしかめた。
「発酵していますからね。よく乾かして研ぎ上げた銀鉈で刻む。そうして初めてスパイスになるんです」
壺を抱えたアスワドの説明も、鼻声になっているせいで聞き取りづらい。
「ま、なんでもいいや。それよか早く帰ろうぜ。メシ食わないと倒れちまうよ」
アスワドは白けた息をつきながらも、先のガンジの戦いぶりを思い出す。こちらの要求を思考ではなく直感で嗅ぎ取り、動いてくれる。意外に相性は悪くない……のかもしれない。
「……今日の食事代は僕が持ちましょう。お好きなものをお好きなだけどうぞ」
ともあれ今日は助かった。礼くらいはしておくべきだろう。
「マジかよ!? ――って、あそこの氏族じゃそんなすごいもん食えないしなぁ」
がっくり肩を落としたガンジに苦笑し、アスワドは言い添えた。
「近く、うちの商会にも立ち寄ってください。最高のスパイス料理をごちそうしましょう。ガンジさんが守ってくれたものがどれほどのものか、知っていただきたいですしね」
そんな先のことより今日のメシだぜー! 吠えるガンジだったが、心の内ではアスワドの印象をわずかばかり上方修正していた。いけすかない奴だけど、メシをケチらないとこだけはいい奴だ。
ふたりはまだ知らない。
この出逢いがひとつの宿縁、その先端であったことを。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【道元 ガンジ(ka6005) / 男性 / 15歳 / 黒狼】
【アスワド・ララ(ka4239) / 男性 / 20歳 / ハンター】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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負と負かけ合わされば正を成す。
副発注者(最大10名)
- アスワド・ララ(ka4239)