※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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黒い獣
――渇き。
その表現が、もっとも近いかもしれない。
厳しい冬の季節。雪に埋もれる山の中、食べる物も飲み水も見当たらない。過酷な日々の中、ただ喉の渇きを潤す物を探し求め彷徨う。
視界が白に染まる。
自分の中の何かが、少しずつ壊れていく感覚。
――いつだ。
いつまで待てばいい。
いつまで待てば、この冬は終わるのか。
いつになれば――この渇きは、癒えるのか。
「……ふぅ。次に取りかかるじゃん」
詩天の都である若峰でゾファル・G・初火(ka4407)は、研ぎ師として平穏な日々を過ごしていた。
時折、三条家や水野家からの打診を受けて『副業』に携わる事もあったが、それ程多い訳ではない。徐々に研ぎ師としての仕事が多くなっていく。
(この鎚が鳴る度に、俺様ちゃんは……)
打ち直しの刀に金鎚を振り下ろす。
作業場に響き渡る金属音。熱された刀は朱に染まりながら、火の粉を散らす。
かつてのハンター仲間も各々の道を歩き始めていた。
ある者は領地を得て野心を燃やす。
ある者は有力武家に仕える道を歩んだ。
中には慕う者に嫁いでいった。
ただ、自分だけが自由を謳歌していた。野心もなく、必要以上に欲しない。ただ、自分の本能に生きようとしているだけだ。
時折、腕試しの侍や喧嘩得意な男へ戦いを挑み続け、瞬く間に倒してきた。今考えてもおかしな勝負や命のやり取りだ。そのような事を繰り返していく間に、他人から厄介者の扱いをされている。それはゾファルにも分かっていた。
だからこそ、今の詩天に居るためには静かに研ぎ師の仕事をする他無い。
研ぎ師の仕事さえしていれば、誰にも煙たがられず不満の無い平穏な日々を送れる。
そう――不満などあるはずもないのだ。
「…………」
ゾファルは、一目不乱に金鎚を振り下ろす。
自らの魂を削って目の前の刀に叩き付けるかのように。
過去の自分と今の自分。
何も変わっていないはずだ。いつものように寝て、いつものように作業場で働き、夜になれば床につく。
何も変わらない。ただ、ゾファルの中にあった何かが少しずつ消失していく。
それが何だったのか。ゾファル自身にも分からない。
「あー。石が足りないじゃん」
無意識に作業をしていた為か、必要な材料に切らしている事に気付いた。
材料を入れていた籠に手を伸ばしても指先に当たる気配がない。今から商店へ買いに行けば良いのかもしれないが、ゾファルの頭の中に渦巻く何かが邪魔で作業に集中できそうもない。
今日の作業はここまでとして、自分の足で材料を集めた方が良いかもしれない。
そう考えたゾファルは愛用の加護に手を伸ばして、背中に背負い込んだ。
●
若峰の郊外にあった鉱山から戻る途中。
既に夜の帳が落ち、闇が道を暗く染め上げる頃。
ゾファルは、ある気配に気付いていた。
(……あー。分かりやすいじゃん)
後方に振り返らずとも、数人が物陰から現れて追跡してくる。
今は一介の研ぎ師であるゾファルであるが、かつては邪神ファナティックブラッドへ戦いを挑んだハンターだ。今も覚醒者であるが故にこの程度の気配は簡単に察知できる。最近はこのような気配を読む事すら行う必要はなかったが、不審人物が追跡しているのならば話は別だ。
(背後に回って逃走路を絶ったじゃん。となると、次に仕掛けてくるのは……)
夜道の中でもゾファルの目にははっきりと分かる。
行く手を阻む数名の男。
さらに横の茂みにも男達が潜んでいる。
――山賊。
行く手を阻んで獲物を一気に始末するつもりだ。敵の獲物は匕首。灯りを付けずに現れた事から考えれば、夜道での襲撃を得意とする連中だ。刃渡りの短い匕首を選んだのも誤って仲間を傷付けない配慮。要するに連中はそれなりの『経験者』である事が窺える。
「……ふぅ」
ゾファルは背負っていた加護を地面に降ろして構える。
いつ以来だろうか。相手が刃を向けてこちらへ襲ってくる状況は。
前を見据えるゾファル。
次の瞬間、背後から男が詰め寄った。
ゾファルは体を翻して突き出された匕首を回避。同時に右手で男の体を後方へ受け流しながら、左手の掌底を男の顎へ叩き込む。パリィグローブ「ディスターブ」を装備していた事から、男は悶絶したまま地面へ転がる。
ゾファルは一連の動作かのように地面に転がる男の胸へ拳を突き立てる。
一瞬だけ藻掻く男。少しの間を置いて男は動かなくなる。
(……ん?)
男の胸に拳が突き立てられた瞬間、ゾファルの中で何かが蠢いた。
待ちわびた何かを見つけた時の歓喜。
その時になって気付いた。
ゾファルの周囲に張り巡らされた空気。
それは戦場独特の――それも、単身敵陣へ突撃した時の空気。
自分以外はすべて敵。目に入る者すべてが自分に殺気を向ける状況。
「そうだったじゃん」
ゾファルの行動に警戒した男達は一斉に匕首を抜いた。
抜かなければやられる。男達がそう感じてしまう程の威圧感。
それに対してゾファルは久し振りの『感覚』に体を震わせていた。
「そうじゃん。この空気、この感覚。邪神が消えた以来じゃん」
死地を追い求めて戦い続けたあの頃。
欲望を満たす為に戦場を食い荒らしていた。何も考える必要はない。本能のまま戦うだけでいい。
――久し振りのご馳走だ。
餓えに餓え、喉を潤す絶好の機会。待ちに待った瞬間。
ゾファルは与えられたそれに食らい付く以外に考えられない。
「遅いじゃん」
気圧される男達よりも早くゾファルは動いた。
間合いを詰めると同時に男の足首に向けて蹴りの一撃。
足首があらぬ方向へと曲がる。同時に蹴った足で地面を踏みしめて体重移動。痛みで叫び声を上げる男が匕首を向けるよりも早く至近距離まで近づいた。
そして、男の目に向けての目潰し。指ではなく、手の甲を当てる。完全に目を潰すのではなく、視界を封じられればそれでいい。
そこから放たれる――渾身の拳。
男の顎が空を向いて倒れ込む。おそらく頸椎に大きなダメージを負っているだろう。
「次じゃん。早く来ないと、俺様ちゃんがぜーーんぶ喰らっちゃうじゃん」
ゆっくりと振り向くゾファル。
そこには詩天で静かに鎚を振るう研ぎ師の姿はなかった。
ただ、死地を追い求め命を賭けた戦いに身を投じる戦闘狂が一匹。
黒き獣は、闇が覆う夜道で獲物に食らい付く。
滾る獣。その咆哮は自らの再臨を喜ぶかのようであった。
一夜明け、山道に山賊の亡骸が放置されている事が見つかった。
当初、熊に襲われたと思われたが、その傷跡は熊の物ではない事が判明。さらに若峰の研ぎ師が一人、行方不明となった。二度の捜索が行われるも、研ぎ師の亡骸は見つかる事がなかった。
それからしばらくした後、南方で名を馳せた研ぎ師の噂が広がり始める。
戦いを求めて彷徨う黒い獣の噂と共に――。