※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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ウィル・オ・ウィスプの種火
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笑うカボチャの口の中で、ちらちらと蝋燭の明かりが揺れている。
ちょっと歯が欠けていたりするけど、ノイシュ・シャノーディンが一生懸命に作ったランタンだ。
「じゃあ、いってきます」
油断するとずり落ちて来る魔女の帽子のつばをちょっと持ち上げ、はにかむように笑うのは薔薇色の頬の少女。
綺麗に編んだ銀色の長い髪が、細い肩で揺れている。
黒いドレスの裾を翻し、ノイシュは家を後にする。
今日はハロウィン。
いつもはこんな夜遅くに外出することはないけれど、今日だけは特別。
ノイシュがおしとやかにしていないと渋い顔をする父親も、今日はお祭に行くことを許してくれた。
家の明かりが見えるところまでは、しずしずと。
けれど小道が林に入るあたりで、ノイシュはすうと息を吸い込み、力いっぱい駆け出した。
今日だけは特別。
夜に子供が出歩いてもいい日。
みんな幽霊や魔女や化け物になって、お菓子をもらいに行くのだ。
魔女になったノイシュは走る。息を切らせて、力いっぱい走る。
なんだか本当に、自分が違う生き物になったみたいに思えるから。
そのままの勢いで林を駆け抜けようとして、ノイシュはふとあることに気付いた。
「……あら?」
夜の木々や草むらから、湿り気を帯びた空気が立ち昇っている。
そこに混じるのは押しつぶされた植物の匂い、そしてたった今、地面からはがれた土の匂いだ。
ノイシュは足を止め、鼻をひくつかせた。
植物や土の匂いに混じって、独特の鼻を突く匂いを嗅ぎ取ったのだ。
(血の匂い……)
ランタンを掲げ、辺りを見回す。
慣れた林のことだ、普段と違うところがあれば夜であってもすぐに気付く。
「ねえ。だれかいるの?」
ノイシュは囁くように尋ねる。すぐ傍の草むらが、踏み荒らされていたのだ。
恐れる様子も見せず、ノイシュはそこへ近づいて行く。
「ねえ、……きゃっ!」
ランタンがノイシュの手を離れて落ちる。
ノイシュの肩と口元は誰かの手で押さえこまれていた。
「静かにしろ」
怜悧な刃物のような男の声だった。
ノイシュは目だけを動かして声の主を見上げる。
ランタンの光を下から受けて、若い男の険しい顔が浮かび上がっていた。
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男は近付いて来る足音に一瞬身構えた。
だがすぐに大きな息を吐き、壁に身体を預ける。
二回を二回、そして三回を一回。扉を控え目にノックする音が響き、続いて細い身体が物置小屋に滑り込んできた。
「眠っていなかったのね。傷は痛む?」
銀の髪が揺れ、紫の瞳が好奇心に満ちて輝いている。
返事をしないでいても、相手は勝手に傍に来て座りこんだ。
「ちょっと見せてね。痛くはしないから」
身体じゅうに巻いた包帯を外し、まだ生々しい傷に眉をしかめる。
男は黙って相手の様子を眺めていた。
リボンを結んだ銀の髪は艶やかに輝き、白い頬はなめらかでいかにも健康そうだ。
身に付けたドレスの布地は上質で、白いエプロンもフリルがたっぷりついた高級品である。
つまりは、見るからに大切に育てられたお嬢さん、という風情なのである。
その所作はしとやかで、小首をかしげる様子も愛らしい。
にもかかわらず、男は違和感を覚えていた。
そもそも昨夜、林の中で出会ったときにも妙に大胆だった。
深窓の令嬢にはときに恐れを知らない者もいるが、それとは違う豪胆さだ。
(こいつ、男か)
昨夜は咄嗟のことだったが、そういえば掴んだ肩は少女にしてはしっかりしていた。
だが相手が男でも女でも、自分にはどうでもいいことだ。
とにかくノイシュと名乗ったそいつは、自分が怪我をしているのを見ると、この物置小屋まで連れて来た。
普段は使わない狩り用の小屋らしかったが、取り敢えず横になることはできた。
ノイシュの勧めに従い、ここで傷を癒すことにしたのだ。
「お腹すいてない? 何か食べられそうかな」
ノイシュはケープの中に隠し持っていた包みを開いた。
ビスケットの甘い香り、そしてチーズや干し肉やパンが顔を覗かせる。
「火が使えないから、余り温かくないけど。我慢してね?」
どうやって持って来たのか、金属製のマグカップにスープまで入っている。
「……何故、俺に構う」
カップを前に、男は鋭い視線を投げる。
だがノイシュは臆する様子も見せず、僅かに考えこむ。
「どうしてかな。たぶん、怪我をしてたからかな?」
ふふっと微笑み、改めてカップを差し出した。今度は男も黙って受け取る。
「お兄さん、あんまり人に見られたくないのね」
男の手が止まった。
「ううん、理由はいいの。聞いてみただけ。あのね、私もいつも遊べるお友達はあんまりいないのよ。この近くには男の子しかいないから」
ノイシュはよくしゃべった。
とりとめのない話題を、ずっとしゃべっていた。
その間に男の傷を手当てし、顔を拭くようにと濡れたタオルを差し出す。
「はい、どうぞ。さっぱりするわ」
男はこれも黙って受け取った。
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そんな日々が何日か続いていた。
今日もノイシュは、父が出かけるのを焦れるような気持で待っている。
玄関先から呼ぶ声がした。待ち構えていた声だが、そうとは分からないように、あくまでも普段通りに見送りに出る。
父はノイシュを溺愛していた。
だがそれは、愛らしい理想の『少女』であるノイシュを、である。
意のままになる美しい人形。
ノイシュは父の言う通りにさえしていれば、愛して貰える。
だから、他の男の子と遊べなくても構わない。
走りにくいドレスも、面倒な長い髪も、そういうものだと思って受け入れていた。
だがハロウィンの夜、ノイシュは初めて父に秘密を持った。
行きずりの手負いの男。
野を駆ける肉食獣の様な、空を舞う猛禽のような人間。
彼のことは誰にも話す気になれなかった。
夜が明けて、陽の光の中でも影の世界に棲むかのような瞳。
鋭い視線はノイシュの心の中、自分でも知らなかったような部分を抉ってくる。
ノイシュには何故か彼が寂しげに見えた。
出会ったのがハロウィンの夜だったからかもしれない。
男は行くあてもなく彷徨う鬼火、ウィル・オ・ウィスプの化身を思わせたのだ。
だが寂しげな姿は、選びとった『今』に納得し、全て受け止めているようにも見えた。
そのせいだろうか。男はノイシュを拒絶しなかった。
何も求めない。何も否定しない。
男の深く静かな沈黙は傍にいて心地よく、ノイシュにはそれが不思議だった。
殆ど口もきかない男が一体何を考えているのか、どうしてこんなにもあの男に惹かれるのか。ノイシュはずっと考える。
父が望むことだけを考え、父が喜ぶことだけを思う。
そうして生きて来たノイシュが、赤の他人に興味を持ったのは初めてのことだった。
父が出かけた隙に、食べ物や傷薬を籠に詰め、それから頼まれていた物を持って、そっと家を抜けだす。
男はノイシュを待っていた。
「頼まれていた物。これで良かったかな?」
「……ああ」
鋏を受け取った男は、いきなり長い黒髪を切ってしまう。
「えっ……!」
驚くノイシュをよそに、髪を纏めていた紐をほどくと、短くなった髪が男の顔を縁取った。
「世話になったな。そろそろ発つ」
ノイシュは泣き出しそうな顔になっていたのかもしれない。
男は髪紐をノイシュの手に握らせた。
「いつかまたどこかで逢えたら……礼は、その時に取っといてやる」
今は厄介事に巻き込むつもりもない。
だがいつかこいつはドレスや甘い菓子を捨てて、外に飛び出すだろう。
自分がくれてやるのは、世界だ。
男は身を屈め、ノイシュの耳元で自分の名を告げた。
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ハロウィンの夜、ノイシュは彷徨う鬼火をみつけた。
自分の足で立って歩む、寂しく孤独な魂の輝き。
触れれば傷を負わずにはいられない。
――それでも。
籠の鳥は冷たく燃える種火を受け取った。それは胸の中で静かに燃えている。
だから、檻の外に広がるのが血と硝煙に満ちた荒野であっても。
鳥はいつか籠の扉を開いて飛び立つだろう。
髪紐を握りしめ、ノイシュは顔を上げた。
いつか飛び立つはずの空はどこまでも高く蒼く、残酷なまでに美しかった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4419 / ノイシュ・シャノーディン / 男 / 13 / 歩き出す人形】
【ka4612 / 尾形 剛道 / 男 / 24 / 鬼火の男】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ハロウィンの夜の邂逅、運命の出会い。
折角の季節エピソードでしたので、少しハロウィンらしくアレンジしてみました。
ご依頼のイメージから大きく逸れていないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
副発注者(最大10名)
- 尾形 剛道(ka4612)