※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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セレナーデは赤色で
訳アリ、奇人が住まう葡萄の館。
夜にも珍妙なその場所も、夜になれば眠りの静寂に包まれる。
尾形 剛道(ka4612)の部屋も静かなもので――とはいえ部屋の主である剛道は眠ってはいない。ボンヤリ、ベッドには横たわったものの天井を見上げていた。
妙に寝付けない。溜息が漏れる。さてどうしたものか。そうして考えていると……
ぱさ。
軽い音が窓辺で響く。
反射的に身を起こす。
音の正体は紙切れだった。外から投げ入れられたのだと剛道は理解した。
紙切れの正体は便箋だった。より詳しく言うのならば……ラブレター。
「今晩、いつもの場所で――」
名前は書かれていない。けれどその文字で、『こんなもの』を寄越してくる行為で、送り主が誰なのか剛道には一瞬で分かった。
……佐久間 恋路(ka4607)。
くつり。剛道は我知らず口角を吊り上げていた。
いつもの大太刀をその手に持って。赤いピンヒールをその足に履いて。
その様は――まるでデートに出かけるかのような。
状況反射めいた理解。彼から自分を呼ぶことなど、手当以外に何かあるものか。そして剛道は現在無傷。つまり、つまり、ああ、そういうことなのだ。
●
くるくる。くるくる。
恋路は手の中で拳銃を回していた。
とある廃墟。灰色の建造物は月の光に死体のように照らされている。
無用心なほど、フロアの真ん中に腰を下ろして。
「……、」
じっと、恋路は手の中で回る殺人道具を眺めている。じっと、恋路は剛道を待っている。
恋路は悩んでいた。
「運命の人に殺されたい」――『恐怖性愛(オートアサシノフィリア)』。殺されることへの興奮。初恋のように甘酸っぱく。片想いのようにじれったい。
思い浮かべるのは『食うか食われるかの殺戮愛好(ボレアフィリア)』の男。今、恋路が『すきなひと』。
彼は毎度、いつもの調子で危険な戦場へ行くのだから。心配しているのだ。
いつ死ぬか、分からない……己も、彼も。
だからこそ。
どちらかが死んでしまう前に、恋路は殺して欲しいのだ。彼の手で。彼の刃で。
(……いや、)
心の中でかぶりをふった。それは本音だろうか。
自問する。綺麗事の蓋をこじ開ける。そこにあったのは……嫉妬と恋心がない交ぜに煮詰まった感情だった。
溜息を吐いた。恋は病。ああ正に。その通り。不治の病。
どろりと渦巻く『綺麗事の裏側』が、どうしようもなく恋路を駆り立てる。
どうか特効薬を下さいませ。
「殺します、さもなくば殺してください」
ゆらりと立ち上がる。振り返らずに告げたのは、現れた剛道へと。
「ふん」
対するは鼻で笑う声と、ピンヒールの高らかな靴音と。
「そのつもりで呼んだんだろうが」
何を今更。言い捨てて、その手の刃はもう鞘から抜き放たれていた。
銀色の刀身に映るのは月明かり、三日月のように笑んだ剛道の唇。
既に誓い合ったのだ。殺し合うことを。ここに来たということは。ここで待っていたということは。
「ええ、お待ちしておりました」
振り返る恋路もまた笑顔だった。恋人に向けるような顔で、恋人に囁くような声で。
その手が剛道へ向けていたのは冷たい銃。恋路はなんの躊躇もせず、間髪入れず、引き金を連続で引ききった。
立て続けに響く銃声、銃声。
「どれだけ――俺が――」
横に跳んだ剛道を照準で追いながら。
「貴方のことを――想っているか――」
弾丸に込めるは強い恋慕。想っている数だけ弾丸を……放って、改めて恋路は如何に剛道を想っているかを自覚する。
「知ってるさ」
振るう一閃で弾丸を払い落とし、剛道は一気に間合いを詰めた。
「それとも――言葉にしねェと不安か?」
何の躊躇もなく急所狙いに薙がれる剛道の刃。その剣筋が、これが遊びなどではなく『本気』なのだとなによりも雄弁に物語る。
本気……そう、これは本気だ。遊びじゃない、真剣なもの。
敵だから、ではない。寧ろ味方、どころか、友人以上ですらある。だからこそだ。そこには憎しみや怒りや敵対心などなく、ただただ相手への思慕が純然と存在していた。
世間一般の常識とやらで評すのならば異常や狂気の類でも、それでも、二人は真剣で正気で真面目だったのだ。
そしてここに、愛し合う二人を謗る者など、いやしない。神様にすら許しはしない。ここは完全に二人だけの空間だった。
「愛の台詞は好きですよ、えぇ。甘い言葉も、ロマンチックなのも」
赤が飛び散る。左胸に赤い切り傷一文字。恋路は笑う。心臓に達しなかったことが残念でもあり、まだこの時が続くことを嬉しくも思う。
「悪ィな。生憎、饒舌なタチじゃねェ」
垂れ伝う赤。剛道のコメカミを掠めていった弾丸は、彼のそこに赤い線の傷口を作っていた。
「剛道さんのそういうところ、好きですよ」
恋路は心臓の上にできた傷を愛おしげに撫でながらうっとりと笑った。
「……ふん」
剛道は垂れてくる血をべろりと舐め上げ、そのまま口角を吊った。
互いに至近距離。
目は逸らさないまま。
銃声と剣の唸りが廃墟に響く。
奏でられる度、薔薇色の血潮がモノトーンの夜を彩った。
満身創痍に時間はかからず。
殺したい殺されたいと想いは募る。
剛道が太刀を振り下ろす。恋路が構えた銃でそれを無理矢理受け止める。火花が一瞬、笑む二人の顔を照らした。
「あれあれ? そんなもんですか?」
「煽んじゃねェーよ……ちゃんとくれてやるッ!」
再度振り上げられる刃。だがそれが落ちてくる前に、恋路の蹴りが剛道の腹を重く捉えた。
「ぐっ……」
たたらを踏む剛道。に、恋路は既に狙いを定めていて。
「ほら剛道さん、踊りましょう。踊って魅せて。はいワンツー」
発砲音。発砲音。放たれた弾丸が剛道の腹を射抜く。手の甲を貫く。
がらん。
撃ち抜かれた剛道の手から刀が離れる。地面に転がる。
つまりは丸腰VS拳銃持ち。
勝敗は決したか――のように思われた。が。
「まだ終わりなワケねェだろうがァ!」
笑う剛道は退くどころか踏み込んだ。
「――!」
恋路の表情には驚愕ではなく歓喜。
幾度めかの銃声。しかし弾丸は剛道を捉えることはできず。
伸ばされた剛道の腕。それが恋路の手首――銃を持っている方だ――を掴んだ。
「おら、次はお前が踊るんだよ恋路ィ」
「うわっ、」
ぐい。あまりにも力尽くで引っ張られた腕。
恋路の腕が真っ直ぐに伸びる。
その、肘。関節に向かって。剛道が腕を振り下ろす。
ごきり。鈍く響いたその音は、骨が折れる音。恋路の腕が反対側を向く音。
「うぐァ あ゛!!」
鋭い悲鳴が恋路の喉から迸った。激痛。握っていられなくなった銃が落ちる。
「ッは、イイ声じゃねェか」
「は、は、ひひ、いひひ、そりゃあ、もう」
歪に吊り上がった恋路の口角。痛みに浮かぶ脂汗。ゾクゾクする。
「剛道さんから頂けるものはなんだって嬉しいんですよ、俺は」
無事な方の腕で剛道の髪を引っ掴み、引き下ろし、膝で顔面を強かに攻撃しながら。
死ぬかもしれない。そんな可能性が高まるたびに恋路はどうしようもなく興奮した。ドキドキと止まらない心臓は恋の所為に違いない。
無残に、無言に、銃と剣は冷たい床に転がったまま、主人をただただ眺めていた。
丸腰の二人。そうなれば最早ケダモノ。拳で足であるいは牙で、二人は愛し合う。殺し合う。貪り合う。
「さぁ、もっと、もっともっともっともっと」
見開いた目は瞬きすら時間が惜しいほどに多幸感。恋路は剛道の横面を殴りつける。早く逝きたい。いやでももっと。いいや、いいや、でも、でも。
「ひとりは、」
嫌だ。片思いは実るべきだ。そうだ一緒に。両思いなんだから。
「連れて逝きたい、一緒に、剛道さん、貴方も、ねえ」
想いは募る。恋心。一秒が経つほどに膨れ上がる。恋路自身が戸惑うほどに。だから必死だった。頭がどうにかなりそうだった。ああ、恋ってこんなに胸が痛い。
「お望み通り――」
その首を、剛道の手が掴む。絞め上げる。圧し折らんばかりの握力で。
――恋路からしかけられたのは初めてだった。だから剛道は全力で応えた。結局こうすることしか出来ないのだと。
そう、だって、恋路もこんなに幸せそうで、だから、きっと、
これで、
『――――』
刹那に剛道の脳裏を掠めたのは、昔の男のある言葉。
「……ッ、」
剛道は奥歯を噛み締める。そのまま無造作に恋路を投げ捨てる。
地面に転がる恋路は気を失っていた。死んではいなかった。近くには、剛道の剣も落ちている。それを徐に、剛道は拾い上げて――その辺に捨てていた鞘に、収めて。
「……はぁ」
長い長い溜息。恋路の隣にどっかと腰を下ろして。
「くそ」
ぐしゃぐしゃと後頭部を掻いた。
――奴を殺した後、俺はどうやって生きるのだ。
心に芽生えたそんな感情。
悩んだことなどなかった筈なのに。
失いたくない。そう思う、弱い自分を見つけてしまった。
自らの胸を掴む。
胸の奥が、モヤモヤと痛い。苦しい。
恋は病。厄介な病。
甘く、切なく、狂おしく。
自覚した頃にはもう手遅れ。
剛道は血だらけの掌で、恋路の血だらけの額に触れた。
温かい。
生きていた。
……それが、少しだけ嬉しかった。
『了』
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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佐久間 恋路(ka4607)/男/24歳/猟撃士
尾形 剛道(ka4612)/男/24歳/闘狩人
副発注者(最大10名)
- 尾形 剛道(ka4612)