※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
目蓋の裏は赤かった

 それはまだ、尾形 剛道(ka4612)の髪が長かった頃の話。
 つまりは昔話、追想録。


 彼にとって、愛とは暴力であった。
 いつからそうであったのかは覚えていない。
 気が付いたら、彼の『誰かを愛すること』とは『誰かに暴力を振るうこと』であった。
 そんな彼の『愛』を受け止められる者、ましてや彼を『愛せる』者など、彼の周囲には一人もおらず。
 誰もが彼を敬遠した。誰もが彼を恐れた。「変な奴だ」「狂ってる」と不気味がり、近寄ることをしなかった。
 それは当然とも言える結果。彼はあまりにも、不器用すぎた。

 けれど、五年前のある日。

 彼はとある男に出会った。
 彼の知らない世界から来た男。
 男は彼と同じ異常――『食うか食われるかの殺戮愛好(ボレアフィリア)』を抱えていた。
 磁石が引かれ合うように、二人が惹かれ合うのは必然とも言えた。

 彼にとって男は何もかもが初めての相手だった。

 自分を嫌がらない者。
 自分を恐れない者。
 自分を不気味がらない者。
 自分が近付いても逃げない者。
 自分に近付いてくる者。
 自分に笑顔を向けてくる者。
 自分といて楽しそうな者。
 自分が一緒にいて楽しい者。

 自分が心から『愛して』も受け入れてくれる者。
 自分を心から『愛して』くれる者。

 初めてだった。
 いつもいつも周りに誰もおらず、いつもいつも嫌悪感しか浴びてこなかった彼にとって。
 男は、彼の居場所とも言える存在になっていた。

 それを世間一般では幸せと呼ぶのだろう。
 それは世間一般ではあまりに歪だけれど。

 それでも、彼は確かに幸せだったのだ。

 殴り、殴られ、蹴り、蹴られ、手足が折れたら噛み付いてでも。
 斬った。刺した。撃った。絞めた。折った。抉った。
 何度でも。何度でも満たし合った。
 体が動かなくなるまで、己の全てをぶつけ合った。

 傍から見れば常軌を逸した狂気の行為。
 けれど二人はいつも、笑顔だった。
 血に塗れた笑顔だった。

 幸せだった。

 文字通り『死に物狂い』の恋をした。これまでの不幸が霞むような。
 彼は男を愛していた。好きで、好きで、大好きで、世界で一番愛していた。
 男も彼のことを愛してくれた。彼のことを、世界で一番愛してくれた。
 嗚呼、ようやく、ようやっと、出会えたのだ。運命の人とでも言うのだろうか。心が満たされる相手。心から愛せる相手。心から愛してくれる相手。

 このまま、この時が続けばいい。永遠に。ずっと。いつまでも。
 そんなことを願いながら、彼は男を愛し、愛して、愛し続けて――……



 ――彼にとって、愛とは暴力であった。
 ――彼の『誰かを愛すること』とは『誰かに暴力を振るうこと』であった。



 悲劇は、訪れる。


 ぞぶ。

 感覚、感触。
 彼は瞳を見開いた。
 彼が構えた刀の切っ先は男の左胸。
 心臓を、捉えていて。

「――、」

 名を呼ばれ、目が合った。
 男は笑っていた。血を吐いて。幸せそうに。
 伸ばされた手、刃ごと引き寄せられて、ずぶりとまた深く刺さって、最期の口付けは、噎せ返るほどの鉄の味で、なんて冷たい舌なんだろうと、彼は思った。呆然とした頭で。
 解放と呼吸と。至近距離で男が囁く。

「お前の想いにかかって死ぬなら、幸せだ」

 それは、呪いの言葉だった。
 そして、男は事切れた。呆気なく。
「おい」
 一人きり、彼は倒れた男に呼びかける。
「おい、どうしたんだよ」
 呼びかけた。返事はなかった。
「なァ、おい、聞いてンだろ、返事しろよ、なァ――」
 何度繰り返しても静寂。
 ただ、目の前の男が、冷たく固くなっていくだけで。
「嘘だ」
 いいや、真実。
「なんで」
 自分が、殺したから。
「嫌だ」
 駄々をこねても。
 男は、もう、いない。

 慟哭、悲嘆。

 せめてもの心の証として、彼は背中の刺青と、『尾形 剛道』という愛した男の世界の名前を残した。
 けれど。
「お前が居ない世界で、俺はどうしたらいい」
 どうしようもなかった。
 また、一人。
 一人は慣れていた、筈だったのに。
 満たされる幸福を知ってしまったからこそ、もう、元には戻れない。
 足りない。足りない。乾いて、満たされなくて、不安で、やりきれない。
 まるで中毒者のように。
 死に場所という唯一無二の薬を求め、『剛道』となった彼は彷徨い続けた。

 お前は違う。
 お前じゃ足りない。
 お前は駄目だ。

 満たされない。

 どれだけ歩いても、戦っても、彼が愛せる者はいなかった。彼を愛せる者はいなかった。
 死ぬことは、出来なかった。
 あんなにも楽しかった筈の戦いに、どこか焦燥めいた苦痛を感じ始めていた。
 それは、かつての男との『愛し合い』があまりにも幸せだったから。
 並大抵の殺し合いでは、もう満足できない体になっていた。
 そもそも、剛道に渡り合えるほどの者がいなかった。
 誰も、彼も。
 少し剛道が本気を出せば、たちまち呆気なく死んでしまって。
 見渡した戦場、一人きり。
 彼の周りには誰もいない。
 ただ、血生臭さと死体とが延々と転がっている。
 手にした刀は血塗れきっていて、切っ先からはポタポタと赤い雫が垂れ続けていた。

『お前の想いにかかって死ぬなら、幸せだ』

 リフレインするあの言葉。
 剛道は刀を手放し、頭を抱える。
 呻いた。叫んだ。
(ずるい人だ)
 彼が自分だったなら、彼と同じぐらい幸せになれたんだろうか。
(ずるい、)
 自分を遺して、幸せになって。
 それでも、彼が幸せになったことは嬉しくて。自分は最期まで愛せたんだと。愛憎。もう良く分からない。

 剛道は異常者ということは自覚している。

 だからこそ、自分と分かり合える稀有な存在などもう二度と現れないのではないかと思った。絶望にも近い感情だった。
 ないものねだりと知りながら。血沼の中で蹲った剛道は呟く。

「……誰でもいい、早く、早く俺を殺してくれ」

 どうかどうか、お願いだから。
 殺して。殺して。愛して。殺して。愛してくれ。

 誰か、誰か、誰か――……





「―― ッは、」
 寝言だったのだと次の瞬間に気が付いた。
 自己意思に関係なく飛び起きたのだとその次に気が付いた。
 はぁ、はぁ。
 零れる荒い息。夢にうなされるだなんて、自分らしくない。自嘲じみた苦笑。溜息に似た深呼吸。
 そして――思い出すのは夢の内容。
 幸せそうな血濡れの笑顔と、呪いの言葉。
 見渡した。いつもの廃墟だった。夜の闇、暗い灰色、ガラスの割れた窓から冷たい夜風が流れ込んでくる。
 夜の温度に床はすっかり冷え切っていた。ズキン――今更ながら、思い出したかのように、剛道は己の体の痛みを自覚する。寄せられた眉。呻き声を噛み殺した。
 額に手をやり、大きく吐き出した息。それがどこか穏やかだったのは、近くに見えた人影に安堵したからだろうか。

『――、』

 名を呼ばれ、目が合った時のことをふと思い出す。
 幸せそうに笑いやがって。
 出会ったそいつは、本当に、貴重な、稀有な、異常な存在だ。
 記憶の笑顔に釣られるように、剛道も小さく笑う。

 この先に待っているのは、きっと、間違いなく、血と死で彩られた『悲劇』だと言うのに。

 さぁ、今度は誰が『幸せ』になれるんだろうか?
 そんなの誰にも分からないけれど――今はただ、出会えた存在を狂おしいほど愛していたかった。



『了』



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
尾形 剛道(ka4612)/男/24歳/闘狩人
  • 2
  • 0
  • 0
  • 0

発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
尾形 剛道(ka4612)
副発注者(最大10名)
クリエイター:ガンマ
商品:シングルノベル

納品日:2015/08/28 18:54