※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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Please have a seat.
ぐしゃーん。
事の発端はそんな音と共に壊れた椅子と、佐久間 恋路(ka4607)が盛大に床で尻を打ったことから始まった。
「い゛っ……」
想像以上の激痛。バラバラに壊れた椅子の中で蹲る恋路。一体何が起こったのだ。座っていた椅子が壊れたのだ。なぜ。椅子がもうボロボロだったからだ。お気に入りだったのに。
そして恋路はこう決意した。そうだ、新しいソファを買いに行こう。
「というわけでして」
にこり。
「大きな買い物です。剛道さんも買い物、付き合ってくださると嬉しいのですが?」
その日の晩。そう言って、恋路は尾形 剛道(ka4612)を見上げた。
「……しょうがねェな。明日だ、今日はもう遅い」
「ちょっとしたデートですね。……な~んて」
それじゃあまた明日。
――あの『愛し合い<コロシアイ>』から既に幾日かが過ぎていた。二人の傷はすっかり癒え、もう日常生活に支障もない。
そう、支障はない、が。
「……、」
夜が終わって朝が来て。葡萄の館の自室にて、剛道はベッドの上で右掌を天井へと翳していた。
その手の甲には、弾丸一つ分の銃創。それは他ならぬ、恋路によって付けられた痕。あの日の晩、本気で殺し合って、そして、殺せなかった日の出来事。
――初めて、残しておきたい傷だと思った。
幸い障害のようなものもなく、穴もなんとか塞がった。
そっと、そこに口付けを。彼が起こしに来る前に。ベッドから起き上がる。
さぁ、支度だ。
一方で恋路も支度をしていた。お気に入りの服、お気に入りの靴、この前買ったばかりの香水をひとふき。鏡の前で最終チェック。
「……」
鏡に映る己を見て。恋路はふと、自分の左胸に手を触れた。
そこは、あの日の夜。彼によって切り裂かれた場所。今でも一筋の痕がある場所。この痕が消えて欲しくなくて、この怪我が治って欲しくなくて、未だに包帯を外せていない。
(おまじない、か)
リアルブルーにいる間、そんなことを聞いたことがあるような。確か消しゴムに好きな人の名前を書いてカバーで隠すのだ。
おっと他愛もないことを思い出した。さぁ行こう。
今日はデートなんだから。
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町は賑やか、高く上った太陽のように煌いている。
「晴れて良かったですね~」
いやはやいい天気。恋路は空を見上げて緩やかに微笑む。
「絶好のデート日和ですね」
「雨に降られたら物運ぶのに不便だからな」
周囲をキョロキョロ見渡す恋路の一方で、剛道はゆったりと歩いている。マイペースに歩いている――ように見えて、歩幅はさりげなく恋路に合わせていた。
恋路はそんな剛道の隣、上機嫌で彼を見やる。
「今日の服もお似合いですよ」
「…… 香水変えたか?」
世辞には特に返事はせず、不意に恋路へ顔を寄せる剛道。すん、と漂う香りを嗅ぐ。
「わぁ」
急に近くなったものだから。まぁ流石に顔を真っ赤にして飛び上がってドギマギしてしまうほど乙女ティックな反応はしないけれど。ビックリした、という反応。
「そうですね。香水、こないだ買ったばかりのやつを。よく気付かれましたね?」
「ニオイが違うんだから当たり前だろ」
「……前のやつとどっちがお好みで?」
「なんだァ、面倒臭い女みたいなこと言いやがって」
「あっはっは。そういうところ好きですよ剛道さん」
気付いて頂けて嬉しいです、と含み笑って。恋路は再度、通りへと目をやった。
「これだけ賑やかな場所だと店も多いですねぇ。……どれから回ります?」
「てめェが気になった店に入ればいい。金は俺が出す、好きなモン選べ」
「おおっ、太っ腹ですね」
「金は使う為にあんだよ。死んでからじゃ使えねェ、生きてる間に死ぬほど使ってナンボだ」
「はは、それもそうですね。ご尤もです」
死――という言葉に、恋路は目を細めた。
死。それは剛道と恋路を繋ぐ『赤い糸』。
恋路にとって剛道は『その手で殺して欲しい人』。
死の匂いを常にさせる、大切な人。
甘き死よ来たれ。されど、殺し合わない日々――今のような他愛のない時間も、恋路にとってかけがえのない時間になりつつあった。
『恐怖性愛(オートアサシノフィリア)』。殺されることへの興奮。ゆえにリアルブルー時代では普通の恋愛というものが出来なかった。
だからこそ、恋路はこの変化に驚いている。
どうして俺は、些細な言葉に一喜一憂してしまうんだろう――なんて。
横目に剛道を、ちらりと見やった。
凛とした横顔。
『食うか食われるかの殺戮愛好(ボレアフィリア)』。
剛道は、恋路を文字通り『殺したいほど愛している』。そしてその性癖を否定せずに生きてきた。
しかしながら。今、剛道は自分の欲求と戦っていた。殺したい、けれど殺したくない、喪いたくない。その気持ちは日を追うごとに強くなってゆく。
恋と呼ぶにはあまりにも……。もどかしくて己が胸を引き裂いてしまいたくて――零れそうになった溜息を飲み下す。今はデートというやつだ。暗い気持ちは似合わない。
そんな思いを抱きながら、二人は店を見て回る。
唇には他愛もない会話。二人掛け、三人掛けと色々なソファを見て回り。
「……うん、じゃあこれでお願いします」
革張りのソファに座ったまま恋路はそう答えを出した。
滑らかなレザーを指先で撫でながら。シックなそれはするりと恋路を受け入れてくれる。ベストな座り心地だ。「ありがとうございます」と頭を下げる店員に会釈しつつ、立ち上がる。
その傍らでは剛道が、ポンと紙幣を店員に渡していた。良い質に見合う値段だけれど、何の躊躇もなく『ポン』だった。
「ご発送についてですが」
「いい、持っていく」
店員が「え?」と聞き返す前に、剛道はヒョイとソファを担ぎ上げた。軽々だ。
「力持ちですね剛道さんは。……ピンヒールが折れないように、足元には気を付けて下さいね?」
「分かってらァ」
そんなやりとりをしつつ。
「お買い上げありがとうございます、またのご来店をお待ちしております」と店員の声を背景に、二人は店から出た。空は昼下がりを過ぎたころ。まだ青い空。
眩い天から視線を恋路へ、剛道は問いかける。
「他に寄りたい店はあるか?」
「ええ、ちょっと。こっちです」
と、恋路が向かった先は。
――ワイン専門店。それも、この辺りでは有名な。
「剛道さん、少し待っていて下さい。……その大荷物だと店に入るのも大変そうですし」
なにせ入り口が狭いので、と苦笑して。恋路は店の中に入っていく。
「予約していたものを」なんて声がドアの向こうから。戻ってきたのはまもなく。恋路の手には包装されたワインがあった。王国産のいっとう上等なものだ。
「この前の、薔薇のお礼です。お口に合うといいのですが…… あっ、俺が持ってますよ。持たせてばかりじゃアレですし」
へら、と笑う。『この前の』。それは、剛道から贈られた六本の赤い薔薇。――『貴方に夢中』。
「……」
剛道はワインと恋路を順番に見て。ふ、と口角を和らげた。
「……帰ったら飲むぞ」
「いいですね。じゃ、用事も済んだことだし帰りましょうか」
そんな具合で。
二人はこのまま館に帰ってデートは幕を下ろす――
と、恋路は思っていた。
ふと。
歩きながら恋路の視線が吸い寄せられたのは、指輪専門店。
「指輪、か」
無意識だった。そしてほんの小声、ほんの独り言、視線をそこに向けていたのも一瞬で。
なのに。
気付けば剛道が隣にいない。あれ? 二度見した。恋路が見ていた店に入っているではないか。
「ちょっ、」
剛道さん!? 追いかけた恋路が、直後に目にしたのは。
「ここで着ける、箱だけくれ」
なんて言いながら、平然とした顔で一番値段の張る指輪を買っている剛道だった。
「イニシャルも彫れるんだな? なら――」
「あのっ、ちょ、剛道さん」
「あ? なんだ」
「いや、その、あ、や、これはその、違いますから」
流石に出過ぎた要求だ。恋路は彼にしては珍しく、目を白黒させている。
「なにが違うんだ? 俺が買いてェものを買ってるだけだが」
「ああ~~……」
そう言われては何も言えない。ソファを担いだままどこまでも平然としている剛道に、恋路はそんな腑抜けた声を漏らす他になかった。
そして、まもなく。
内側にイニシャルを彫り終わった白銀の指輪が二つ、二人のもとへ。
「てめェの分はこっちだ」
と。剛道が恋路に渡したのは――剛道のイニシャルが刻まれた指輪。そして剛道自身が着けるのは、恋路のイニシャルが刻まれた指輪。
それを――
恋路は、店に出ても着けることができず、ただただ呆然と両掌の中に置いて眺めていた。
空は日が落ち、黄昏時。
銀の指輪に、茜色の夕日が映る。
これは夢ではなかろうか。
着けようとしたら夢から覚めてしまうのではなかろうか。
「着けねェのか?」
「はっ、」
剛道の声に恋路は弾かれたように顔を上げた。
「つっ つけま つけます!!!」
嗚呼声がひっくり返ってしまった。格好悪いなぁ、なんて心の中で苦笑しながら。
おそるおそる、恋路は自らの指に指輪を。
それから、その手をそっと、天に翳す。
――夕焼けを宿して、なんと綺麗。
「……ありがとう、ございます」
表情が綻んだ。そうなるのを抑えられなかった。
ただの幸せが、こんなに幸せだなんて。
「あいよ」
素っ気無く剛道は答える。視線を前に逃がしながら――逃がしながら? 剛道は自らの行為に内心で驚く。俺は今、こいつの笑顔に『照れた』のか。
心に湧き上がる情動を。しかし、剛道には言葉に代える決意が足りなかった。夕日が、眩しくて。
「早く帰るぞ。夕飯に間に合わなかったら、俺達が明日の夕飯になっちまう」
そう誤魔化した。帰ったら、晩餐が済んだら、あとはもう、二人の時間だ。
『了』
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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尾形 剛道(ka4612)/男/24歳/闘狩人
佐久間 恋路(ka4607)/男/24歳/猟撃士