※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
-
未来に踏み出す一歩
明日は真ん中誕生日。
浅緋 零(ka4710)にとって特別な日。
零は薄緑色のネクタイを白い箱に丁寧に納めた。
揺れる黄味がかった灯りが照らす横顔に柔らかい笑みが浮かぶ。
これに解き終えた手作り問題集を添えて明日誠一へ贈る。
「初めて、の……せんせい、へのプレゼント は……」
兎の編みぐるみ。それはまだ自分が高校生だった頃。
初めての真ん中誕生日はフェルトの狸と子猫。
次の年は既製品のマグカップ。
去年は手作りの行灯と栞……一つ一つ頭に浮かべていく。
「……うん、上出来……」
我ながらかなり腕前が上がったものだと思う。
こうして誰かのことを思いながら物を作るのは楽しい。
手に取ったとき少しでも優しい気持ちになったり、嬉しくなってくれたらいいな、と思いながら手を進めていく。
戦いよりよほど自分に向いているだろう。
「せんせい……」
あのね……。胸の内で話しかけた。
零の心の中、ふんわりと浮かぶ未来の話。そこへ進むために。
ソファに寝転んだ神代 誠一(ka2086)がパズルのように弄ぶのは葉を象った金属細工。
一見レリーフに見える細工はその実、細かいパーツを複雑に組み上げて作られている。
「……よくできてるなぁ」
その職人技に感嘆の溜息を零さずにはいられない。
今、友人達が来たら室内を見渡し「何があった?」と驚くことだろう。
床は見えているし、書類が散らかっているテーブルは片付けられ花壇から拝借したコスモスが揺れている。
ただコスモスが活けられているのが花瓶ではなく酒瓶というのはご愛敬だが。
今日は教え子であり仲間でもある零との大切な日。一応、誠一だって早起きして部屋を片付けるくらいのことはする。
そしてちょっと張り切りすぎて早めに終わったのでごろごろしているわけだ。
カチリ、小さな音をたて開いた葉の合間から覗いた小隊のエンブレム。
「この先、か……」
仲間たちはどうするのだろうか。
自分は――まあ……どうにでもなる。
それよりも先に考えることが沢山あった。
相棒、恋人、仲間、友人……心配ごとは色々と尽きない。
「 」
口の中で呼んだのは一番気がかりな相棒の名。
大丈夫。俺が覚えて――……
「ぐぇっ……」
白くてふわふわした弾丸が誠一の腹に着弾した。少し遅れて玄関の呼び鈴が鳴る。
家主よりも一足先に足音に気付いた白兎のぐまが背もたれから誠一の腹に飛び乗ったのだ。
身体をくの字に曲げて呻く誠一の上から飛び降りるとぐまは玄関へと向かう。
「こん、にちは……、せんせい。ぐま。」
「いらっしゃい」
勝手に入って良い、と言っているのに律儀に呼び鈴を鳴らすところが彼女らしい。
ぐまが先導するように跳ねていく。
せんせい、は座っていて。そう言って零がお茶とケーキを準備してくれる。
湯の沸く音に食器を洗う音……あ、部屋の掃除はしたがそこは忘れていた。
折角の日に洗い物させてすまん……と心の中で誠一は謝罪しつつ零の立てる音に耳を傾ける。
パタパタとキッチンを行ったり来たりする足音。
軽やかな音に感じる彼女の成長。
「せんせい、楽しそう……」
零がフルーツタルトと紅茶のカップをテーブルに並べていく。
「気持ちの良い天気だなぁって。お、良い香がするなあ」
「うん……。木漏れ日が、綺麗……」
鼻を鳴らした誠一に零がはにかんだ。
紅茶は零が自分で茶葉を選んでブレンドしたらしい。
「美味しい、と……いいな……」
カップの脇には小さなブランデーの瓶も添えられていた。読まれている……と思わなくもないが一先ずその瓶は脇に。
「せんせい?」
零が目を丸くする。去年を思えば驚くのは当然か。
「零が選んでくれたんだろう? まずはこのまま楽しまないと勿体ない」
断じてやせ我慢ではない。教え子がこの日のために選んでくれたお茶を楽しみではない教師がいようか。
白いカップに赤に近い明るい琥珀。果実を思わせる爽やかな香。
鼻と眼で十分堪能した後、徐に口をつける。少し心配そうに此方をみている零。
澄んだ味。丁寧に淹れると苦みや渋みが少なくなる、とは何に書いてあったか。
「あぁ……うまいなぁ」
吐息が湯気を揺らす。
カップから伝わる温もりまでも今日のご馳走のようだ。
紅茶を淹れたことはそれこそ数えきれないほどあるけど。
茶葉のブレンドからやるのは初めてだ。
砂時計とにらめっこしながら自宅で何度も淹れる練習をした。
それでも少し心配だから先生が「うまいなぁ」そう言ってくしゃりと笑ってくれたのがとても嬉しかった。
手のひら…… 汗、 かいてた……
テーブルの下で握っていた手を開く。
「あ……祝う前に飲んじまった……」
あちゃぁ、と顔を半分覆う誠一に零は首を横に振る。
「せんせいに……一番に 飲んでもらいたかった から」
零には一つ、夢ができた。この紅茶もその夢へ向けたもの。
では改めて――誠一が姿勢をただす。
「誕生日おめでとう」
「お誕生日……おめでとう」
祝いの言葉を交わしてタルトにフォークを入れる。
口の中でクリームの甘さと果物の酸味が重なる。紅茶にもよく合う……と思う。
特別な日だけど、会話は何時もと同じ。花壇の様子とかあそこの紅葉綺麗だった、とか。
こうして誠一と過ごす午後の穏やかな時間はとても心地が良い。
保健室よりもくだけたというか悪戯っ子のように笑う誠一の髪で肩で木漏れ日が揺れる。
誕生日プレゼントを考えた時にまず浮かんだのが木漏れ日だった。
正確には陽光を通した若く淡い葉の色。
春に芽吹く――冬を越えた生命の色。そして誠一がその身にまとう光の色。
この家を見守る大樹のようにせんせいを守ってくれますように……時として吃驚するくらい無茶をする人だから。
そう願いながら一針、一針心を込めた薄緑色のネクタイが今年のプレゼント。
二杯目の紅茶を淹れたあと、ネクタイを詰めた白い箱と解き終えた去年の問題集をテーブルの上に置く。
「最後の暗号はどうだった? 手ごわかっただろ」
「自信……ある よ」
「お?」
目を瞠った誠一がふっと目元を和らげる。
「なら今年はもうちょっと難しくしておくべきだったな」
誠一からは新しい問題集と懐中時計。当たり前のように差し出された真新しい手作りの問題集が嬉しい。来年の約束のように思えたから。
小さな箱から傷つけないようにそっと懐中時計を掬い上げた。
黒い金属に金古美色の葉のレリーフが施されている蓋を開ける。
四本の針が時を刻むのは生成りの文字盤に農茶の数字。風防の硝子に虹が波打つ。
「ぁ……」
蓋の裏に彫られた大樹に重なるように浮かぶ……
「1 1 1 2 ……」
一字ずつ声に出す。大切な言葉のようにゆっくりと。
「せんせい……ありがとう。大切に する……ね」
蓋を閉めて両手で包み込んだ。
チッチッチッチ……絶え間なく聞こえてくる音に耳を澄ませる。
時は進む。明日に向けて……。
最近零はこれからのことを考えるようになった。
でもその度に思うのだ。
高校三年生の時に転移をして……そしてこちらの世界で年を重ねた。
でも……。
手の中の懐中時計をゆっくりと握る。
自分は未だ高校生……子供なままな気がして。
だから……未来に進むために。
自分の足で立って……歩いて……先に――。
「……せんせい。あのね……」
零は顔を上げた。
「レイ、卒業式が……したい」
だから……。うん、誠一はいつものように零の言葉を待ってくれる。
「だから……。一緒に、リアルブルーに、帰りませんか?」
これは自身の我儘だと零は思う。
それでも先生から高校の卒業証書を受け取りたい――。
名前を呼ばれて、ちゃんと返事をして……。
きっと……それで初めて未来に進めると思う……から
しっかりと零は誠一の目を見て伝える。
チッチッチッチ……
零の手で時を刻む懐中時計の音が誠一の耳にも届く。
問題集と懐中時計――これからも成長を見守っていくという気持ちと、進む先に祝福を祈ってるという想いを込めて選んだ。
そして目の前の教え子は自分で考え一人で答えを出した。その先へ行くために……。
決意が浮かぶ零の双眸に鼻の奥がツンと痛むのを誤魔化すように息を吸う。
「……やろうな、卒業式」
自分の今後はまだ決めていない。
でも零の望みを叶えるためにも一度リアルブルーへ帰ろう、と決める。
正式な卒業式は難しいかもしれないが、できる限りのことはしてやりたい。
母校でやりたいというのなら教頭にだって校長にだって掛け合おう。頭だって下げよう。
在校生の代わりに送辞も読むし、歌だって……。
卒業式、それが零の望みで先へと踏み出す切っ掛けになるのなら。誰が断るものか。
恥ずかしいと言われるくらい全力で送り出してやる、そんな気持ちを込めてもう一度「リアルブルーで卒業式をやるぞ」と言葉を重ねた。
「卒業式にはこのネクタイをしていくかな……」
誠一は零から貰ったネクタイを軽く締めてみせた。
薄緑色のネクタイは手触りもよく、ピラリと捲ると小剣に小隊のマークが入っているのも心憎い。
世界でたった一本、自分のために作られたネクタイ。
「大切に使うよ。ここぞという時の勝負ネクタイとして」
「……たくさんつかって 欲しい……」
ダメになったらまた作るから、と嬉しい言葉。
「それにしても、売り物になりそうだなぁ」
「ほんとう?」
「ああ、嘘なんかつかないって」
零が口元を綻ばせる。
「……将来……ね、レイが作った雑貨や、思い出のパーティー用品を置いたり……そんなお店を出したい……」
「……」
零をまじまじと誠一は見つめた。
目を離せば消えてしまうのではないかと思うほどに空虚で儚かった少女が。
「それで……皆が来たら、紅茶とお菓子……を出して」
あぁ、今日の紅茶はそういった――誠一は納得した。そしてとても大切なお茶だったのだと手に残る温もりを思い出す。
今を生きることすら精一杯で、明日のことですら考えることのできなかった高校生の零が、いつの間にか明日の事を楽しみにするようになって。
それだけでもとても嬉しかったのを誠一は覚えている。
それが今度は……。
あの子が将来について話している……。
胸の奥に広がる熱。
当たり前のように仲間や友達が出てきて、そこにあるのはまだ見ぬ将来への希望だ。
本人は気づいているだろうか。
あぁ……。
一度飲み込んだはずの鼻の奥の痛みが蘇ってきたから慌てて誤魔化した。
「……酒を出すのも悪くないと思うが」
「たまになら……」
不意に零が視線を下げる。
「レイに、できる……かな?」
「大丈夫」
間髪入れず誠一は力強く頷く。
「零が望むなら何にだってなれるよ。俺の自慢の教え子なんだから」
気休めや慰めではない。何故なら自分は彼女の歩みをみてきたのだから。
「だから、たまにじゃなくって、毎日酒を出さないか? バータイムを設ければ……いけるな」
「せんせい……」
呆れた眼差しで刺さしてからふわっと零が微笑んだ。
庭をぴょん、ぴょんと跳ねるぐま、その後ろを並んで歩く二人。
湖畔の風は冷たいけど陽射しは穏やかで暖かい。
「種を……もらっていい?」
「好きなだけもっていけ」
朝顔、コスモス……植木鉢や花壇から種を掌に乗せる。
将来お店にも花壇が作れたら素敵だな、と思う。
てるてる坊主を吊るした窓から見える花壇には木漏れ日の家から連れてきた花が揺れる。
まだ名前は決まっていないけど……ちょっとしたカフェも兼ねた雑貨屋。
棚に並ぶ自作の雑貨、「なぜ?」とお客さんが首を傾げるパーティー用品は思い出の品。
カランとベルを鳴らして時折顔を見せる友人や仲間たち。
ここで過ごした時間のように紅茶とお菓子を出して……。
ぐまを頭に乗せて花壇の枯れ草を退けている誠一をみる。
うん、偶にはお酒も……。
先生の今後はわからないけど……
もしもこれから先、互いに暮らす世界が分かれたとしても、それでもせんせいはきっと店を訪れてくれる。
これは確信だ。
零の望む未来には当たり前のように誠一がいる。
「俺の髪は草じゃねぇぞ」
誠一の髪を食んでる白い兎に「ぐまも……来れるお店が……いいな」と思う。
皆の笑い声が響くような。
零が心に思い描いくのは木漏れ日のように温かい幸せに溢れた店だ。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【ka2086 / 神代 誠一】
【ka4710 / 浅緋 零】
大切な記念日をおまかせくださり本当にありがとうございました。
真ん中誕生日いかがだったでしょうか?
お二人の未来に祝福がありますように、私も祈っております。
気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。