※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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今は遠き空の下にて
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夢を、見ている。
少女はぼんやりと、目の前に映し出される光景を見つめていた。
目の前で緊張したように正座をしているのは、今よりまだ幼い自分自身。
「浅緋零選手」
「はいっ」
弓懸を挿すとすっくと立ちあがり、足掛け胴造り。
取懸け、手の内を整え前方の的の中央、唯一点を物見る。
静寂のうちに弓構えが整い打起し。
零は無言でその様子を見つめている。
結果は予想出来ている。否。何度も『見てきた』のだから知っている、か。
打起し、引分け弦が引き絞られる。
(ああ……)
完成した引分け、会。狙う一点へ、全神経を集中し。
ピィ……ン。と、気高い音が静寂を裂く。
小離れ、空気を裂き放たれた弓は小さな放物線を描き……。
タァン!と、中白を打ち抜いた。
ワァ!と上がる歓声に残心の後、少女は振り返る。
2階の観客席には、彼女の両親が来ているのだ。
今の一射を見てくれていただろうか。自分の雄姿を、目に焼き付けてくれただろうか。
(いやだ……)
「パパー!ママー!見てたー!?零、決めたよー!優勝ー!!」
誇らし気に呼びかける娘へと、観客席の両親が手を振り返す。
(いやだ)
(いやだ、いやだ)
微笑む両親が、一瞬で引き裂かれる。
飛び散る赤、あか、アカ。
2階から降り注ぐ赤い雨に、笑顔のまま少女が凍り付く。
生暖かい赤。髪に、顔に、肩に、手に、全身に。
両親から降り注ぐ、何処か錆くさい大量の赤。
(いやだ、だれか)
けたたましい鳴き声が耳鳴りのように響き渡る。
ごとり、ごとりと。真っ赤に染まった少女の前に、何かが落ちる。
それは。
目を見開き、あらゆる箇所から赤を溢れさせた、彼女の、両親、の――。
「……っ」
跳ね起きなかったのは、もう繰り返しこの悪夢を見ているから。
それでも、到底慣れるものではない。
呼吸を整えつつ、零はゆっくりと室内を見渡した。
間違いなくここは、クリムゾンウエストにある自分が住むワンルームのアパルトマンだ。
「ゆめ……」
そう、夢だ。夢でしかない。
何故なら、あの場であんなことは起きなかったのだから。
平穏なリアルブルーでの生活。あの時に、憎むべき狂気の歪虚など存在しなかった。
夢だ。夢なのだ。
何故なら零の両親は、三人で出かけた先で歪虚に襲われ、自分を庇って……。
深く息を吐き、零はカーテンをそっと開く。
空はまだ暁。
その色がどこか、夢の中の『何か』と酷似しているようで。
ただただ、息が詰まった。
■
悪夢を見たからと言って、零の一日が変わるわけではない。
日も高くなった頃、彼女は静かに家を出る。
賑やかな街並みを通り抜け、向かった先は街外れの森の中だ。
まだ朝露に濡れている草花や、静かにさざめく木々。
持ち帰るべく広げたハンカチへと、気に入った木の実や草花を乗せていく。
零の趣味は手芸や工芸だ。
毛糸や布を使ったものを作ることも多いが、こういった自然のものを使って作るのも気に入っている。
「……ふぅ」
一通り目的のものを拾い上げた零は、まだ微かに冷たい木陰へと腰を下ろす。
葉の間から零れる日差しは柔らかい。
夏でも、森の中に入れば木々が優しい傘となって強い光から零を守ってくれる。
小さく目を閉じて、深呼吸を一度。
元々体力がある方ではない零にとって、日課の散歩は気分転換にもなるが疲労もついてくる。
いっそ眠ってしまおうか。
この森には、雑魔もいない。
どこか神聖な空気が、それを教えてくれるし、ハンターとして戦うこともある零の耳には、小動物の足音と鳥の羽ばたき以外は聞こえてこない。
ふと、スカートのポケットでかさりと音を立てたものに、意識を引き戻される。
静かに取り出したそれは――唯一、突然の転移の中手放すことなく持ち込めた家族写真だった。
優しい父母の真ん中で、其々に腕を絡めながらこちらへ満面の笑みを浮かべるのは、まごうことなき昔の自分だ。
瞬間。脳裏をよぎったのは朝方見た悪夢。
零は緩く首を振ることで、それを振り払った。
狂気の歪虚が憎い。それは変わらない。
両親を殺した歪虚は、零にとって憎むべき敵だ。
けれど。
「……大丈夫。レイは、強く……なった、から……」
写真の中、微笑む両親に語りかける。
そう。今の自分はあの頃よりきっとずっと強くなった。
「友だちも、仲間も、居る……から。……ゆっくりでいいんだ、って、見守ってくれる人も、居る……から」
一人ぼっちだったあの頃とは、違う。
今は頼りになる仲間も、少しばかり心配な友人だっている。
導いてくれる人も、いる。
零はそっと木漏れ日の隙間から空を見上げた。
薄い青が、そこには広がっている。
「パパ、ママ……レイは、大丈夫……だよ」
小さく微笑んで、そっと写真を胸に抱く。
静かに吹く風が、そんな少女の髪を優しく揺らしていた。
今はまだ、不安なこともある。
この先も、沢山のことがあるのだろう。
それでもと。零は思う。願う。祈る。
少しでも長く、穏やかな日々が続きますように、と。
少しでも多くの仲間が、友だちが、幸せでありますように、と。
記憶から遠き空の下。
少女は今日も、生きている。
END
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4710/浅緋 零/女性/14歳(外見年齢)/猟撃士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせ致しました。
素敵な零ちゃんの、辛い過去と前向きな今を私なりに書かせて頂きました。
きっと沢山の経験を積んで、これからもっと素敵な女の子になっていくのだろうな、と思います。
この度はご依頼、誠に有難う御座いました!