※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
おいしいごはん

「あれ」
 雑貨店にセレニテスが入るなりアズルを見つけ、声を上げていた。
 声で気づいたのか、アズルは手に持って鼻に近づけていた花薫る陶器を、左手で棚の位置を確認してから棚に戻すと、閉じた目をセレニテスに向けた。
「その声と足音はレナかしら。奇遇ね」
「ん、きぐーきぐー。アズルもお買い物?」
「そうね。ちょっとお部屋の香りを変えてみようかしらって思って、ちょっと香りの出る物を探していたのよ」
「ふーん。それで、いい物あった?」
 セレニテスの問いかけに、アズルは首を横に振りはしないが、少し曖昧そうな笑みを浮かべていた。考えてみれば店内で「いい物なんてない」と、はっきり言うような性分でもないかと、セレニテスは曖昧な笑みを見て思い至る。
「好きな香りの物はあるのよね。でも部屋へ置くにはちょっと、物足りないかしらって、思っていたところよ」
 答えなくてもよかった事を、なるべく当たり障りのないように答えてくれるアズルへ、セレニテスも笑みを返した。
「そっか。こういうのって、ほんのり薫るだけだもんね」
「そこがいいとも言うわね」
 アズルの指が隣の陶器に触れ、細い指で握って鼻に近づける。
 その様子を見ていたセレニテス――整った優しい顔、陶器に絡みつくしなやかな指、あまり広くないほっそりとした肩幅、節のない綺麗な指、柳腰の見本のような腰、長くて細い指、カモノハシのような脚、握ったら折れてしまいそうなほど華奢な指――
(さっきから、指ばっかり見ちゃう)
 自分の頬を軽く叩いて戒めるセレニテスだが、もう一度指に目を向けた時、ふと気がついた。
 どうしてこれだけ見てしまうか――細すぎるのだ。あんまりにも細いから、つい見てしまっていたのだと。そしてよくよく見れば全体的に、細い。それこそ、心配になってしまうほどだ。
 気づいてしまったセレニテスは思わず、口にしてしまっていた。
「ご飯、食べに行きましょう!」
 言ってから「しまったな」という顔をする。
 知らない人ばかりのこういうところに出たがらないイメージをのアズルが、こんな誘いを受けるはずがない、と思っていたからだ。
 だからこそ。
「良いけど、どこに行くの?」
 あっさり。
 実にあっさりとした反応に、セレニテスの目が丸くなってしまった。
「えっ……ほんとに良いの?」
「良いのなにも、断る理由なんてないでしょう? お友達なんですもの」
 至極、当たり前のことである。
 だがアズルの人となりを知っているだけに、すっぱりはっきり言われることはないかもしれないが、きっとやんわり断られるだろうとセレニテスはずっと思っていたのだ。
 しかも友達だからという理由で誘いを受けてくれた――セレニテスの頬がゆるむ。
「うん、そっか、友達だもんね!
 じゃあさ、どこに行こうか。どうせならおいしくて、楽しめるところがいいよね」
「レナが楽しければ、私はそれだけで楽しめるから。だから貴女の行きたいところを言って?」
「それなら私もよ。それに、友達とご飯だなんて初めてだし、これだけで楽しいし嬉しいもの」
 そう言って笑うセレニテスへ、「私もよ」と本当かどうかは分からないがアズルも笑ってくれた。そしてふと思い出したのか「あ」と、アズルが声を上げる。
「あと、ラシャが入れないと困るから、入れる店が良いわね」
 呼ばれたと思ったのか、店の奥から蒼いたてがみの犬、ラシャが顔をのぞかせる。
 ラシャの姿を見つけたセレニテスが、「あ、そうか」と頭を抱え、難しい顔でうんうん唸る。忘れたつもりはなかったが、あまりに浮かれすぎていて頭から飛んでしまっていたのだ。
 いっこうにセレニテスの顔が、晴れない。店を知らないわけではないが、ラシャが入れるか入れないかの注意書きがあったか、わからない店ばかりである。
(しまったなぁ。こういうことなら、あらかじめ目星をつけておけばよかった)
 こうなるとわかっていれば常に注意しているだろうが、こんな展開は予想外である。
 難しい顔をするセレニテスへ、アズルが再び笑った。
「お店を探すのもの、楽しいんじゃないかしらね」
 アズルの言葉に鱗でも落ちそうなほど目を開くセレニテス。何度もうなずきながら、「そっか、そうだよね」と繰り返すのであった。




 2人で肩を並べ、街を歩く――ただそれだけのことなのに、セレニテスの足は軽やかで、今にも飛んでいってしまいそうなほどである。
 浮かれ具合が気配でだだもれしていて、見えていなくともアズルはクスリと笑ってしまった。
「ん、なあに?」
「いえ、、なんでもないわ。それで、見つかりそうかしら」
「大丈夫、任せて!」
 そう言ってアズルへ向けて親指を立てるセレニテス――さほど暑くないのに垂れている汗が、あまり思わしくないことを告げていた。アズルに見えていないことが唯一の救いである、
(さて、どうしようかな……ちょこちょこ見た限り軒先に、お断りの看板がぶらさがってる店ばかりだったや。こうしてみると、ほとんどの店が禁止しているんだなぁ……)
 ちらりとラシャに目を向け、目が合うなりニコリと微笑む。
「こんなにかわいくて賢いのにね。しかもアズルの家族なのに」
 セレニテスがこう言い出すということは、あまり思わしくないのねとアズルが細い指でラシャのたてがみに触れた。
「仕方ないのよ。こういうことには慣れっこですもの」
「悲しいことに慣れちゃだめだよ、こういうときは怒らなきゃ!」
 全てを諦めているような顔をするアズルに代わって、セレニテスが憤慨していると、アズルの顔は自然とほころんでいた。
「――あ!」
 突如声を上げるセレニテスが、屋台へと駆け寄り、店主と話している。
 ほんのちょっとの間。店主へ頭を下げたセレニテスが向かった時以上の速さでアズルの元へ戻ってくると、全開の笑顔を向けた。
「外の席なら大丈夫だって!」
「ん、そう。ありがとうね、レナ」
「屋台だから、そんなこじゃれた感じじゃないし、手づかみ料理だけど……」
「いいのよ。一緒にお食事ができるなら、それだけで楽しいのだから」
 アズルも楽しみにしてくれている――そう思うと、セレニテスのテンションがあがり、落ち着いていられないのか、その場で腕を振りながら足踏みをしている。
 アズルを席に座らせると、セレニテスが屋台へと向かう、するとその後ろをラシャがついていった。
「ラシャも手伝ってくれる?」
 セレニテスの問いへ答えるように、セレニテスの脚に頭をこすりつける。たてがみに指を絡ませてなでてから、店主へと次々注文をする。
 スライスされたバゲットが入った、バスケットかごの持ち手をラシャにくわえさせる。セレニテス自身はローストビーフや野菜の盛られた皿を左手の上に乗せ、2つの素焼きで素朴なコップの縁を指で挟んでテーブルまで運んでくる。
「お待たせ!」
 ラシャからバスケットかごを受け取り、テーブルに並べると、両手を合わせた。
「それじゃ、いただきます!」
「いただきます」
 小さくお辞儀したアズルの手がテーブルの上を彷徨い、気づいたセレニテスが少しためらいがちにアズルの指先を握った。
 びくりと肩をすくませ、アズルが手を引こうとしたがそれは一瞬だった。その手は何とかそこに留まり、力を抜き、セレニテスの思うがままにする。
「えっと、これがバゲット。こっちがローストビーフ、すぐ隣にあるのがカリカリベーコンと、腸詰。
 で、こっちにあるのが野菜――まあ色々。そのままつまんでもいいし、バゲットに乗せて食べてもおいしいから」
 ひとつひとつどこにあるか、教えてくれる。その心配りにもアズルは嬉しくなっていた。そしてついでに、ひとつ、ワガママを言ってみようという気になって、おおよその見当でバゲットを手に取り、セレニテスに差し出す。
「ありがとう、レナ。それじゃついでに、レナのお勧めでお願いするわ」
「え……お勧めかぁ」
「お友達からの、お願い」
 言ってる自分の顔がほころんでいるのに気付き、セレニテスばかりが浮かれているのかと思えば、自分もそれなりに浮かれているのだと自覚する。
(でも浮かれているというのちょっと違うかしら……楽しい。そうね、これまでの過程とか、向かい合わせで食べるとか、それだけで楽しいものね)
 バゲットを受け取ったセレニテスがうんうん唸りながら、いろいろ試行錯誤している様子が、嬉しいと楽しいの入り混じった心を震わせてくれる。
「……できた!」
 声からして自信満々なセレニテスのオリジナルバゲットを受け取ったアズルは、セレニテス苦心の作を一瞬の躊躇もなく、口に運んだ。
 ざくりと少し口の中が痛くなるほど硬めのパンからは、わずかにニンニクの香ばしさと、しみ込んだバターの塩分が感じられる。そしてその上に乗っているローストビーフは中に細長く千切ったレタスが巻いてあって、旨味が閉じこめられているのに蕩けそうなほど柔らかい肉の奥から、しゃきしゃきとしたレタスの瑞々しくて甘い歯ごたえ。
 さらにローストビーフの横には、カリカリのベーコンがアスパラを巻いて鎮座していたようである。いくらでも出る脂は甘いとさえ思え、中心のアスパラがもつ僅かな苦みが互いを引き立てる。
 そして極めつけに、上にはスライスしたトマトが乗っており、その酸味が脂のくどさを和らげ、なおかつ溢れて零れ落ちる水分が口の中で、硬くて厳しかったパンを硬いのはそのままなのに、しっとりした優しいパンに変えてくれる。
「……どうかな」
 声だけでもわかるセレニテスの不安。アズルは大きく頷いて見せた。
「おいしいわよ、レナ――ちょっとお肉が多い気もするけれども、ね」
「だって、やっぱりお肉食べて元気付けなきゃ!」
 ローストビーフを指で挟み、顔の高さまで持ち上げると、口の中へ落とす様に食べていく。
 そしてもう1枚、というところで気づいたセレニテスは自分の上にではなく、ラシャの上に持っていった。
 ゆっくりゆっくりおろしていく――ラシャは大人しく、興味がないよとでもいうかのように顔を横に向けていたが、鼻の先端に触れた瞬間、口を開き、ばくんと閉じる。
「へっへー、可愛い可愛い」
 ラシャの頭をわしゃわしゃと撫で、その微笑ましくて心地の良い空気をアズルは愛しく感じていたのだった。


「しめはやっぱり、デザート! といっても、珍しくて買ってしまったんだけど……紅茶のアイスってことは、紅茶でできたなにかってことよね」
 コーンと呼ばれるものの上に、丸いものが乗っかっている。そしてそれの周辺が煙っていて、それがとても冷たいものなんだとわかる。
 これだけ暑いのに、どうして溶かさずに保管できているのかわかりはしないが、だがこれだけは言える。
 これはこの時期、素晴らしいものだと。
「これは溶けるものなんでしょう、レナ」
「そうそう。だからもう、いただきます!」
「いただきます」
 2人がそろって一口。
 紅茶の香しい風味が鼻を抜け、わずかな苦みとミルクの甘みが舌を喜ばせる。しかも火照って熱を逃がしたがっている身体にこの冷たさは、かなり心地好い。
「お~いしい!」
 ほっぺを叩いて感激するセレニテス。アズルは「そうね、おいしいわ」と言って、クスリと笑っていた。
 見えてはいないが、今、不思議そうな顔をして自分を見ているのがわかるアズルはああそうなのねと、納得する。
(お友達と食べると、そのお友達の色々な発見がある――だからよけいに楽しい、ということなのね)
 セレニテスの視線を感じながら、アズルは閉じた目を開いてラピスラズリのような瞳を向けると、心より伝えた。


「ありがとう、レナ。誘ってくれて」




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka4911 / セレニテス・ローシェ / 女 / 15 / エネルギッシュ過ぎ 】
【 ka4823 / アズル=フェルメール / おとめ / 31 / レナより間違いなく女性してる 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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はい、まずはご発注ありがとうございました。世界観をだいぶ予想で書いており、世界観の理解力に不安があったりします。内容も大部分がこちらの想像ではありますが、納得のいく完成度であれば幸いです。
またのご発注、よろしくお願いします
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
セレニテス・ローシェ(ka4911)
副発注者(最大10名)
アズル=フェルメール(ka4823)
クリエイター:楠原 日野
商品:WTツインノベル

納品日:2016/08/08 11:06